小休止


 「無理だ
 「「やっぱり」」

 スネイプ教授の低い声と、の同時に出た言葉を耳にして、俺は大きなあくびをした。
 最近手に入ったという上等のコーヒーと、が厨房に行って作ってきた焼きたてのクッキーを持って教授の部屋に来たのはつい先ほどのことだ。
 部屋の戸をノックすると教授は苦い顔をして出てきたが、俺たちだとわかると部屋に入れてくれた。
 いつも教授の部屋に入ると使う椅子に腰掛ける。
 俺は、の足元に横になる。
 二人はこれから闇の魔術に対する防衛術について教授といろいろ話すみたいだから、俺は目を閉じることにする。
 魔法のことはいっぱい分かっていたほうがいいとは思うけれど、は授業以上のことを教授に要求するから、高度な魔法用語がたくさん出る。
 高度な魔法用語はよくわからなくて、まだ眠くなる。

 「ほら、言っただろう、。教授がそんなに簡単に毒薬の作り方を教えてくれるわけがないんだよ」
 「そうだね。でもさ、暗殺したいくらい気分が悪い授業だって言うのはも承知のうちだろう?」
 「そりゃそうさ。授業中何度相手の首を絞めてやろうと思ったことか
 「だから、犯行がばれない毒薬を教えてもらおうと思ったんですけどねぇ、教授?」
 「…あるにはある。だが、教えることはできん。胡散臭い笑顔をばら撒く無能でナルシストの教師に使おうと思っているのだろう?却下だ」

 教授がコーヒーに口をつけた。

 「…じゃあ、殺した後、傷口だけを綺麗になくしてしまう魔法…とかは?」
 「ある
 「「教えてください!!」」
 「……却下だ」

 二人が笑っている声が聞こえた。
 もちろんこの二人が言っているのは冗談なのだ。冗談だが少し背筋が凍るほど怖い会話をすることがある。
 そのあたりスリザリン寮の血なんだろう。
 教授も二人が冗談でそういうことを言っているのはわかっているのだが、冗談に付き合おうとはしない。
 固いよな、陰険だ。

 「それならせめて、闇の魔術に対する防衛術の参考書を教えてください」
 「先生の前で言うのもなんですが、ギルデロイ・ロックハートの授業は授業とは呼べません」

 教授は、それなら…といって、何冊か参考書の名前を口にした。
 がそれぞれ、手にしていた羊皮紙に羽ペンでメモをしていく。二人とも勤勉なのだ。

 「そういえば、何でロックハートを雇ったんですか?」
 「そうですよ。生徒だってそろそろ気づきますよ。彼が無能でほとんどといっていいほど魔力を持っていないことに」
 「すでに気づいている生徒だって多いはずです」

 教授はいつも渋い顔をしているが、もっと渋い顔になって二人を見た。
 一度咳払いをする。

 「ほかには誰もいなかったのだ」
 「……それなら……」

 と、言いかけては言葉をとめた。
 おそらく、スネイプ教授が闇の魔術に対する防衛術のクラスを受け持てばいい、とでも言おうと思ったのだろう。
 だが、それは禁句だと俺は思う。
 たぶんもそれに気がついて言葉をとめたのだろう。

 「はい、。クッキーあげるよ」

 が自分が作ったクッキーを俺にくれた。
 今日は紅茶のクッキーだった。なかなかおいしい。
 時々が作ったお菓子をもらうけれど、に教わったのか、とてもおいしい。
 の作るお菓子はやニトにも好評だ。
 もクッキーをひとつ口に入れる。

 「今日は紅茶のクッキーか」
 「あまり甘いのは教授の口に合わないと思ったからね。教授って甘いものあんまり好きじゃなさそう……」
 「……そう見えるか?」
 「はい。チョコレートとかはあんまり食べないと思います。でも、クッキーとかなら食べそうですね。軽食にもなりますからね」
 「…まあ、大体当たっているがな」

 教授は渋い顔をしたままで、のクッキーを頬張った。
 もしかしたら…と、俺は考えた。
 が言うように、チョコレートなんかすごく甘いのは食べないかもしれないけれど、が作るクッキーとかその他のお菓子を教授は拒んだことがない。
 甘いものが本当に嫌い…というわけではなさそうだ。

 「今度はシフォンケーキにしますか?」
 「…楽しみにしている

 の笑い声が聞こえた。

 「で、教授。魔法薬学のほうで質問なんですが、この薬を作るときに使う勿忘草というのはどの位育ったものが一番理想的なのでしょうか?」
 「…ええと、この薬を作るなら、花が咲いているのが最も適しているな」
 「なるほど」
 「…この前は花が咲いていないのを使ったから失敗しちゃったんだね」
 「そうだね。確かに薬自体はできたけれど、効果は絶大とは言い難かったからね」
 「じゃあ、花の咲いた勿忘草を見つけてもう一度作ってみようか」

 二人の算段。
 勿忘草なんて使う実験は、本来5年生になってからやるものらしい。
 だから、二人は勉強を先取りしすぎていると俺は思うのだが、まあ、だからそれもありえるのではないかと思ってしまうのだ。
 何しろ、この二人は勤勉すぎる。
 成績もいいわけだし、まあ、いいんじゃないかな。

 「……あ、……」

 が一瞬、笑顔を崩して真顔になった。
 俺の耳には、シャーというような、聞きなれない音が聞こえた。
 それから、何かがずるずると這うような音も。
 動物である俺は耳がいいんだ。だけど、それが何であるかなんて想像がつかない。
 ……は気がついているようだったけれど。

 「ん?どうかしたのか、
 「………いや、空耳だ」
 「何か聞こえたのか?」
 「ええ。でも、空耳ですよ。だって教授の声でもの声でもありませんでしたから」
 「…空耳が聞こえるなんて、、年寄りになったか?」
 「それはやだなぁ」

 くすくす笑う声が聞こえたけれど、の表情が少し翳っていた。
 きっとこの音には何か秘密があるんだろう。
 今年は、ホグワーツで何かが起こるってが予言していたから、やっぱりそれに関係することなんだろう。
 何なんだろう。
 俺は首をかしげて、の足に擦り寄った。
 が、手を伸ばして俺の背をなでていた。

 「そろそろ帰ろうか、
 「うん、なんか、就寝時間も過ぎてるみたいだし」
 「それじゃ、教授、ありがとうございました。また何かあったらお伺いしてもいいですか?」
 「ああ。いつでも来るがいい」 

 教授は言葉とは裏腹なぶっちょうずらで俺たちを見送ってくれた。








 廊下に出ると、少し寒かった。
 就寝時間を過ぎているとあって、廊下は暗く、二人の足音が良く響いていた。
 そしたら、向かい側からハリーがやってきた。
 …どうやら、ロックハートの教室から出てきたようだ。
 おそらく、が話していたとおり、校則を破った処罰の帰りなんだろう。
 が、にささやいた。先に戻る、と。
 が軽くうなずいてに手を振った。

 「……?」
 「やあ、ハリー。ロックハート宛のファンレターに返事を書いていたみたいだね、お疲れ様」
 「…ほんと、疲れたよ。まったく、あの胡散臭い笑顔ときたら……」
 「そうだね…でも、本当は別のことで悩んでたりしないかい?」

 の言葉にハリーが驚いた顔をしてを見つめた。

 「…なんでわかるの?」
 「なんとなく…かな」

 が笑った。ハリーもつられて笑った。ハリーの顔は微妙に赤い。

 「…声が聞こえたんだよ。すごい変な声だった。氷のようにつめたい毒の声……」
 「へぇ」

 は平静を保っていたけれど、ハリーがそれを口にした途端、表情が変わったのが分かった。
 もちろんハリーは気づいていなかったけれど。

 「一体なんだったんだろう。ロックハートには聞こえなかったんだ。僕だけ…」
 「…そう。でも、あまり深く考え込まないほうがいいよ」
 「うん。深く考え込んだところで今この場で答えが出るわけじゃないし。去年、あんなことがあったから、ハリーは少し変わったものに神経質になりすぎているんだと思うよ」

 もしかしたら、肖像画とか幽霊とかのいたずらかもしれないしね、とがウィンクした。

 「そっか。そうだよね…」
 「それに、疲れているんだろう?そろそろ寮に戻って休んだほうがいいと思うよ」

 がそういって、優しくグリフィンドール寮のほうへと促した。
 ハリーも、よっぽど疲れていたらしく、それ以上何も言わずに寮のほうへと歩いていった。
 ハリーが無事に歩いていったことを確認すると、もスリザリン寮に向けて歩き出した。






 「…ねぇ、。僕だけじゃなかったみたいだよ、あの声が聞こえるのは」
 がつぶやいていた。

 「…僕だけだったらよかったんだけど、やっぱりそれはないみたい。今年もハリーを巻き込んでしまうことになりそうだ」

 俺はわけがわからずに首をかしげた。

 「ああ……僕が知らなくちゃいけない秘密に関わることさ。寮に戻ったらちゃんと説明してあげるよ」

 分かったと、うなずいて俺はの隣を歩いた。
 はまた少し悩むようになった。
 ホグワーツで生活すると、は本当に楽しそうなんだけれど、でも、悩むことが多い。
 だから、俺、ホグワーツに来るのは微妙なんだよな。
 ホグワーツに来てが笑顔で友達と触れ合う姿を見るのは好きだ。
 けど、たまに深く考え込むことがある。それがあんまり好きじゃない。
 どうしたらいいんだろう。
 俺はのために何ができるんだろう。
 やっぱり、星見に生まれついたは運命が見えてしまうことで辛い思いをしているのだろうか。
 俺も、の助けになりたい。
 ……そう思う。






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 考えたのですが、うちのスネイプ教授は甘いもの好きにしようかな(爆)
 なんか、好きそうじゃないですか?スネイプ教授って。
 ちょっとギャップがあるのも楽しそうですねぇ…