ホグワーツ特急


 雨、雨、雨。
 長い休暇の終わりを告げたのは、降り続く激しい雨だった。

 「マーシャルハイム卿が帰城する前に、城壁の大掃除が必要だな」

 紅茶を片手に窓から外を眺めたヒューは、あまりに激しく窓ガラスを打つ雨に失笑していた。
 湖も今にも溢れそうだった。昨日の素晴らしい景色は何処にもない。
 エーゼルから紅茶のお替りを受け取ったイーノックは窓の外を見てあからさまな溜息をついていた。ですら、不機嫌な天候に苦笑するしかないようだった。
 休暇の終わりの憂鬱さを現す最高の天気、だ。

 「休暇が終わってホグワーツに戻れる最高の日なのに。なんでこんなに憂鬱な天気なんだろう……」
 「大抵の場合、休暇が終わってしまった最悪の日を現すからじゃないかな」
 「なにそれっ! ヒューは学生時代、ホグワーツに戻る日が楽しみじゃなかったって言うの?」

 イーノックの不機嫌さにヒューが苦笑した。
 空いた紅茶のカップをエーゼルに手渡すと、ヒューは食事を終えたとイーノックの方へ歩み寄る。

 「僕だってホグワーツに戻る日が楽しみだった。君と同じように。でも、長い長い休暇が終わってしまったんだ。自由な時間から時間割通りに進む学校生活へ逆戻り。少しは憂鬱になるものなんじゃないかな」

 ヒューの視線がに向いた。
 は小さく笑みを見せて、紅茶のカップをテーブルの上に置いた。

 「……そう、だね。ホグワーツに戻ることを憂鬱だとは思わないけど……ヒューやイーノックと離れなくちゃならないっていうことが、今の僕にとっては憂鬱の種、かな」

 は苦笑しながら俺の額を撫でた。まだほんの少し、いろんなことを引きずってるらしい不安定な心が伝わってくる。
 の荷物は全てエーゼルが部屋から広間へと運んでくれた。自身も既にローブに着替えていて、食事を終えればキングズ・クロス駅にいつでも旅立てるだけの準備が整っている。
 ……きっとそれも、イーノックの機嫌を損ねる原因なのだろう。

 「あーあ。にせっかく再会できたのに。もうすぐお別れなんて寂しくって仕方ないよ」
 「だからって、そうやってふてくされていても時間は過ぎていくんだ、イーノック。それより、と一緒にいられるこの時間を笑顔で満たそうって思わないかい?」

 やはりヒューの方が大人だ。
 俺はヒューの言葉に感心したが、イーノックは納得いかないみたいだった。
 雨は相変わらず窓ガラスを激しく打ちつけている。きっと、この雨はホグワーツへ戻ることを憂鬱と感じている大勢の生徒たちの気持ちを表しているんだろうな……なんて、俺は柄にもないことを考えていた。

 そうしてつかの間の朝食の時間を楽しんでいた俺たちに、エーゼルが出発の時間だと伝えにきた。エーゼルにお礼を言うと、と俺はヒューとイーノックに連れられて、ホグワーツ行きの特急列車が待ついつもの駅、キングズ・クロス駅9と4分の3番線に向かった。
 駅のホームには、と同じようにローブを纏ったホグワーツの生徒たちやその親が大勢押し掛けていた。
 紅に輝く蒸気機関車ホグワーツ特急も既に入線し、白い煙を吐き出している。

 「あー。僕もと一緒にこの汽車に乗っていきたいよっ!」

 イーノックが汽車を見上げながらの肩を強く抱く。まるでを乗車させたくないかのようだ。
 イーノックの手の上に自分の手を重ね、が困った笑みを見せる。

 「……僕も。せっかく二人と再会できたんだから、もっと一緒にいたかったな……」

 少し残念そうなの声。
 頭の中に浮かぶ思い出と、まだ拭いきれない自責の念。
 日記帳こそかばんの中にしまったけれど、やっぱりまだの心の傷は癒えていない。

 「落ち込む必要ないよ、。ホグワーツの生活を楽しんで。近いうちにまた会えるから、さ」
 「え……?」
 「ヒュー! 僕には口止めしておいたくせに、自分でに伝えちゃうなんてずるいよっ!! ふふっ。きっと近いうちに僕たちまた逢えるよ、。でも、これ以上は伝えちゃだめなんだって」

 まるで子供のように目を輝かせるイーノック。ヒューもどこが楽しげだ。
 思いがけない二人の言葉に、と俺は目を合わせて首をかしげた。

 「深く考えなくていいよ。きっと今晩わかるから」
 「今晩?」
 「うん、きっと、ね。が気をつけることは昨日説明した通りさ。それだけ気をつけてくれれば後は万事上手くいく」

 ヒューとイーノック、二人は視線を合わせてに微笑んだ。
 だけど俺とは二人の話していることの真意が読み取れなくて、首を横にかしげるばかりだった。どうも昨晩のことといい、この発言といい、二人は俺たちに何かを隠しているようだ。
 ほんの少しの不満が頭の中に渦を作ろうとしたころ、ホームの入口辺りに見慣れた人影を発見した。

 「!」

 数名の使用人に囲まれてホームにやってきたルームメイトのは、の姿を見つけると小走りで俺たちの方へやってきた。腕に抱かれた黒猫のニトも元気そうだ。
 の名を呼び、とびきりの笑顔をに見せ、を腕の中に包み込んだ。大袈裟だな、と笑っていたけれど、もまんざらではないようだった。

 「随分たくさんの荷物だね、
 「兄上と姉上がね、今年のホグワーツにはこれも持っていくべきだ、あれも持っていくべきだって……」

 の後ろに立つ使用人は、の倍はあるであろう荷物を、苦い顔一つせずに持っていた。
 と抱擁を交わした後、はヒューとイーノックの存在に気がつき、軽く会釈をした。

 「先日はどうもありがとうございました、ノードリー博士、それに……」
 「イーノック、でいいよっ! あー、のルームメイトなんて本当にうらやましいっ! それに今年のホグワーツは良くも悪くも充実した一年になるはずだし……」

 イーノックは興奮気味でと握手をし、ヒューはイーノックの態度にやや呆れ気味。は三人の様子を柔らかい笑みを浮かべて見つめていた。
 四人の談笑に少し退屈しだした俺の視線がホームの中央あたりで赤毛の軍団を見つけたとき、ちょうど汽笛がホームに鳴り響いた。
 ヒューがを汽車へと促す。

 「それじゃ、近いうちにね。
 「気をつけてね、
 「うん、ありがとう。二人も気をつけてね」

 去り際にヒューもイーノックもを軽く抱擁した。
 はニトを俺に任せると、荷物を持ってきた使用人にも挨拶をした。
 それはいつもの光景だった。もう四回目になる……いつもの光景だ。だけど、今年は不思議な気分でこの時を迎えているな、と俺は思った。
 目の前にいるのはだし、そのルームメイトのだ。ニトは相変わらず俺の背中の上でくつろいでいるし、が選ぶコンパートメントも変わらず汽車の隅だ。
 だけど、コンパートメントの窓からヒューとイーノックに手を振るの姿が、なんだかいつもと違うような気がして……ほんの少し胸の中にとげが刺さったような痛みが走る。
 きっとは寂しがっている。それに不安もある。
 ヒューもイーノックも心配するな、と言うけれど、心配しないほうが無理というもの。
 壮大な計画を聞かされ、だけど、断片しか伝わってこない真意。俺たちは今年のホグワーツで何をすればいい? 一体どんなものに出逢うんだ? 分からないから不安が募る。分からないから、二人と別れたくないんだ。
 の気持ち、よくわかる。

 やがてキングズ・クロス駅は遙か後ろの方に消え去り、退屈な汽車の旅が始まった。
 と向かい合うようにしては腰を下ろした。そのすぐ横に俺が飛び乗ると、俺を追いかけてニトも飛び乗ってきた。

 「元気そうで何よりだ、
 「こそ」
 「……実は、クィディッチの試合の後からずっと、君のことが心配で仕方なかったんだ。たった一週間だって言うのに……僕はずっと君のことを考えていた」

 汽車の窓を流れる水を見つめていたが話しかけた。
 きっとも、この一週間複雑な思いを抱えていたんだろうな……と同じように。
 クィディッチの試合の日、がした決断はとても大きなものだった。は大切な友人だからを巻き込みたくない、とずっとホグワーツでの生活の時に気を使ってきていたけれど、今年はどうやらそれも変わるようだ。なにしろ、は自らの側に入り込んで来たのだ。を守りたい、という純粋な思いで。

 「少し心配していたんだ。君に負担をかけてしまったかな、と思ってね」
 「そんなことないよ、。君を巻き込んでしまったことはとても心苦しかったけど……でも、僕……すごく嬉しかったんだ。みたいな親友を持てて僕は本当に幸せ者だ」
 「僕の方こそ。君のようにすばらしい親友を持てて幸せ者さ。……ところで、昨晩の事件のことなんだけど……」
 「昨日?」

 俺とは顔を見合わせた。
 昨日の夜、何かあっただろうか……?
 一瞬、俺たちが森の中でバーティ・ジュニアに姿を見せたことをが知っているのかと思ったが……それは、事件と言う言葉を使うほどの大それたことではないような気がする。

 「昨晩、何かあったの?」
 「マッド・アイ・ムーディの自宅で騒ぎがあったのさ」
 「……初耳だ」

 少し驚いた。
 マッド・アイ・ムーディと言えば、今年度の『闇の魔術に対する防衛術』の授業を受け持つ教員に採用された奴じゃないか。
 それに……あいつが復活するために用意した計画に名前が挙がっていたはず……

 「他愛ないことなんだけどね。敷地内に侵入者の気配を感じ取った彼は、ゴミバケツに呪いをかけて対抗した……そんなところさ。だけどほら……何かあるんじゃないかって思って」

 何となく直感した。その事件の際にバーティ・ジュニアとマッド・アイ・ムーディは入れ替わったんだろう……って。
 に視線を移すと、少し難しい顔をして考え込んでいた。
 ……確実に、あいつを復活させるための計画が動いている。

 「君が知らないならそれでいいんだ。どうせマッド・アイ・ムーディお得意のお騒がせだったんだろうし……でも、僕に隠し事はしてほしくないな……」
 「隠し事なんて……僕にもよくわかってないんだ。極力僕を関わらせないようにって言われているらしくて……僕にも秘密ばっかり。事は進んでいくのに、その神髄が分からなくて僕も混乱してるんだ……」

 まったく厄介な話だ。は計画の中心に近い位置に立つ。いや、もしかしたら中心そのものかもしれない。だけど、あいつの命令では極力計画から離されている。
 伝わってくる状況や情勢。でも肝心の芯が分からない。そんなもどかしさが俺とを包んでいる。
 それなら、一歩枠の外に出たの場合は? きっともっと疑問があることだろう。
 も、霧の中にいるような感覚に悩まされている。

 「……それじゃ、退屈な汽車の旅の始まりだな。これで天気でもよければ少しは気分も紛れるんだが……外はあいにくの雨だ」
 「もしかして、今年の一年生、この雨の中あの湖を渡るのかな?」
 「それは……とんだホグワーツの歓迎だな」

 その姿を想像して二人は声を出して笑った。
 窓の外は相変わらずの雨。ホグワーツでは伝統的に一年生は湖を渡って正面ホールに入るというしきたりがある。
 達の時は……大した問題はなかったんだっけな。ぼーっと雨の打ち付ける窓を見ながら思い出してみた。ホグワーツにつく前にこの雨が止んでくれないと、今年の一年生はずぶ濡れで組みわけの儀式を行うことになりそうだな……

 ……と、俺の耳が小さな鈴の音を捉えた。
 俺の腕の間でくつろいでいたニトもその音に顔を上げた。
 ほんの少しだけ空いたコンパートメントの隙間から、黒を基調に、おなかと腕の一部に白の毛が生えた上品な猫が現れた。
 首には淡いピンクのリボンが結ばれていて、そこについた小さな鈴が、猫が動くたびに ころろん と音を立てて鳴いていた。

 「……猫?」
 「迷い猫、か?」
 「まさか。ホグワーツ特急の中だし、きっと誰かの飼い猫だよ」

 整った顔立ちの綺麗な猫だった。
 猫は椅子の上のニトをじっと見つめて動かず、ニトも猫に興味持って体を動かした。すとん、という音とともにニトが床に飛び移る。
 お互いにやや警戒しながら……それでも興味津々の様子で……互いの匂いを確かめ合っている。

 「綺麗な猫だね。でも、一体誰の飼い猫だろう……こんな上品な猫を連れてる生徒、いたかな?」
 「僕も記憶にない……もしかしたら、新入生の連れ猫かもしれないな」

 猫はニトとしばらくじゃれ合っていた。……と言っても、ニトが俺にするような無邪気で歯止めのきかないじゃれつき方ではなく、お互いを確かめ合う程度の軽いものだ。大人しい気性の猫らしい。
 そのうち、ぴくっと耳を動かし、入口の隙間に猫の視線が注いだ。少し嬉しそうな鳴き声で喉を鳴らしている。

 「あの……そちらに、黒と白で淡いピンクのリボンをした猫が、迷い込んでませんか?」

 通路から静かな声がした。
 すぐにが返事をし、コンパートメントの扉を開けて声の主を招き入れた。
 白いフリル付きのブラウス、黒いひだ付きの上品なスカート。コンパートメントに控えめに足を踏み入れたのは、愛らしい女の子だった。ホグワーツでは見かけない顔だ。

 「この子のこと、かな?」
 「……ええ、ええ、そうです。すみません、お邪魔でしたでしょう? ずっと大人しかったのに、汽車に乗った途端、私の手をすり抜けて走り出してしまって……ごめんなさい」

 丁寧な言葉の節々にほんの少し柔らかい感触がある。何だろう、生粋のイギリス英語じゃないみたいな……でもそれが、彼女の愛らしさを引き立てている。
 床にしゃがみ込み、猫と視線を合わせた彼女は、猫の鼻先に指を向けて困った笑みを浮かべた。

 「駄目じゃない。新しい学校につくまで、ちゃんと大人しくしていてねって、言ったじゃない?」

 猫は彼女の出した指に首筋をこすりつけると、何事もなかったかのように ころろん と鈴を鳴らし、彼女の腕の中に飛び込んだ。
 猫を追いかけて、ニトが彼女の腕によじ登ろうとする。
 の手がニトを抱いた。

 「……こちらこそ、すまない。ニトは少し好奇心旺盛で……」
 「ニト、さんって言うの? とても綺麗な毛並み」

 の腕の中のニトを覗き込み、それから少女はを見上げた。
 目が合った二人の間に不思議な沈黙が流れた。がそれを興味深げに眺めている。

 「よかったら、座って話さない? ホグワーツに到着するまでまだたっぷり時間あるし、ね?」

 中々次の行動を起こそうとしない二人にそう提案したのはだった。
 なんだか不思議な沈黙を湛える二人の間に風を吹き込んだような形になったが、も少女もの提案に賛成した。
 の隣に少女が座ると、大人しく抱えられていた猫は床に飛び降り、の腕の中にいたニトもの腕を逃れて床に飛び移った。
 結局二匹は床の上で先ほどと同じようにじゃれあいを続け、がそれを微笑ましく見つめていた。

 「初めまして、だよね? 僕は。君の隣に座ってるのが、親友の……」
 「だ。

 いつもの笑顔でが自己紹介をする。
 少女も笑顔だったけど、の名前を聞いたときに、一瞬だけ鼓動の音が変わった。
 俺が耳を動かしたのを察したのか、すぐに彼女は極めて何もなかったかのように振る舞ったけれど……この二人、何かあるんじゃないだろうか、なんて俺はさっきから勘ぐってばかりいる。
 が俺の首筋を撫でた。俺と目が合うと、小さな笑みを俺にくれたけど、それは 余計な詮索しないように、と俺を戒めているようにも思えてなんだか恥ずかしくなった。

 「初めまして。シャロンです。シャロン・ヨーク。本当にごめんなさい。いつもはこんなに聞き分けのない子じゃ、ないんだけど」

 シャロンと名乗った少女は、ニトと楽しそうに戯れている自分の飼い猫を見て困ったような溜息をついた。
 無論も俺も、突然やってきた可愛らしい客人を歓迎していた。それでもシャロンは少し困った笑顔を浮かべている。

 「ヨークって……もしかして、お兄さんがスリザリンにいる?」
 「ええ。スリザリン寮の……六年生、だったかしら。ええ、きっと、そうだわ」
 「僕たちもスリザリン寮所属なんだが……彼に妹君がいるっていう話は一度も聞いたことがない」

 は顔を見合わせた。
 俺の中にも、シャロンがホグワーツにいたという記憶はない。
 だけど、こうしてホグワーツ特急に乗っているということは魔法使いとしての能力があるわけで……どういうことなんだろう?

 「しきたり、なの。女児が生まれた場合、ホグワーツの四年生になる歳までは、その存在を周囲に漏らさないこと。それが、我が家のしきたり、なの」
 「なるほど……」
 「それで私、去年まではボーバトン魔法アカデミーにいたの。私はずっとホグワーツに憧れていたんですけど……四年生になるまでは駄目ですよ、って……だから今年、ダンブルドア校長先生に、転入の許可をいただいたときは、とても嬉しかったの」

 シャロンは本当に嬉しそうにふんわりとした笑みを浮かべてそう言った。彼女のややゆっくりとした柔らかい英語が何とも言えず愛らしい。

 「四年生なら僕たちと同じだね」
 「ほんとう? 素敵。ホグワーツに到着する前から素敵なお友達ができるなんて……なんだか嬉しいわ」

 シャロンが微笑むと周囲が温かい空気になる。
 彼女の笑みに包み込まれると、自分の中の焦りや不安が浄化されていくかのような感覚に陥る。
 なんだか不思議な魅力だった。とはまた別に人を引き付ける魅力を持っているんだな、と俺は感心した。

 「もっといろんなこと話したいけれど……お兄様が中央のコンパートメントで待ってるの。あまり待たせると、怒られてしまうわ。せっかく仲良くしてる二匹を離してしまうのは、ちょっと可哀そうだけど……」

 床に降りた二匹の猫はじゃれあうのにも飽きたのか、二匹は身体を寄せ合ってくつろいでいた。
 シャロンは本当に困った表情をして自分の飼い猫を見つめた。
 それから意を決したように、自分の飼い猫の身体に手を添える。

 「ありがとう。二人と話せて楽しかったわ。お兄様が待ってるから……ホグワーツで、また、お話できる、かしら」
 「もちろん」
 「何か困ったことがあれば、協力するよ。ホグワーツにようこそ、シャロン」
 「ありがとう。ほんとうに、ありがとう」

 すっ、とシャロンの手が飼い猫を抱きあげた。最初こそやや不満のある声を出した猫だったが、結局シャロンの腕の中にすっぽり収まると、床の上で猫を見上げて声を上げているニトを見つめた。
 ニトはが抱きあげた。

 「ほんとうに、ありがとう。ホグワーツでも仲良くしてください、ね」
 「もちろん。いつでも訪ねてきてくれ。ニトがほかの猫にこんなに興味を持った姿を見るの、僕は初めてなんだ」
 「ふふっ。この子も、そうなのよ。いいお友達ができて良かったわね、アーシャ」

 最後にもう一度シャロンはに謝辞を述べ、コンパートメントを後にした。
 ニトが寂しそうに数回声を上げた後は、いつもの光景に戻り、コンパートメントは静かになった。
 沈黙に耐えきれなくなったのか、が小さく声を漏らして笑う。

 「素敵な子だったね」
 「ああ。でもまさか、ヨーク家に娘さんがいらっしゃったとは思わなかった。しきたりと言っていたが……それにしても、見事にその存在を隠し通したな……だけど、少し解せない」
 「何が?」
 「のことさ。君の隣に座っているを見ても、全く驚きもしなかった。なんだか不自然じゃないか?」

 自分の名が出たので顔を上げた。
 俺も顔を包み込むようにの両手が首筋に触れた。俺と目を合わせ、顔を覗き込む
 紅い瞳に吸い込まれそうになって、なんだか胸の辺りが熱くなった。

 「きっと、お兄さんから話を聞いていからじゃないかな。僕とって、ホグワーツではハリー・ポッターたちと双子のウィーズリーたちの次くらいに有名だろうから……」

 の手が俺の額に触れる。
 優しく撫でてもらってなんだかゆったりとした気分になる。

 「……そんなものだろうか」

 はあまり気にしていないようだったが、は少しシャロンの行動に不可解な点があるんじゃないか、と考え込んでいた。
 はそんなをじっと見つめて小さな笑みを見せた。
 それから、窓の外を眺めながら考え事をするの向かい側で、は持ってきた本を広げ、視線を本に落した。

 窓の外は相変わらずの雨。
 ホグワーツまではまだ時間がたっぷりある。






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 言葉で声やしゃべり方の雰囲気を伝えるって難しい……