甘い


 人数の関係上、私とリドルはそれぞれ一人部屋だった。
 それは都合のいいことだ。
 こうやって、私がリドルの部屋に足を踏み入れても、誰も何も言わないのだから。

 女子寮に男子が入ることは出来ないけれど、男子寮に女子が入ることはそこまで厳しくチェックされてはいない。
 消灯時間に自分の部屋にいれば、それでいい。

 だから、リドルに連れられて、初めてリドルの部屋を訪れた。
 二人で図書室にいて、いろんな人にじろじろと見られるのは気分が良くない。
 かといって、隠し部屋に足を踏み入れようにも、最近は見回りが多くてそれも出来ない。

 苦肉の策として、談話室に人がいなくなったのを確認してから、リドルに連れられて部屋に入った。
 落ち着いた感じのいい部屋。
 ところどころ、魔力を感じる本がある、興味深い部屋。
 時期に闇の帝王となる彼が生活するにはあまりに質素なその部屋。
 一人で考え事にふけるにはちょうどいいかもしれない。

 「読みたい本があったら、読んでいいよ」

 紅茶を入れながらリドルはそういった。
 こうやって二人でいられる場所に着たけれど、すでに宿題は終わらせている。
 ゆっくりくつろぐ時間だ。
 本棚から一冊の本を取り出す。

 『闇の魔術史』

 魔力の強いその本はぼろぼろだった。
 何度も読まれたページはよれよれになっていたが、そこに書いてある内容はとても興味深くて……
 リドルもきっと、この本のこの部分に惹かれたんだろうと思いながら読み始める。
 リドルが入れてくれた紅茶はそのままで。
 が私のひざの上で丸くなって眠っているのを感じながら本を読み進めていく。
 それから、と一緒にいる黒猫―ルデと名づけたのだけれど…―はリドルの横でくつろいでいる。
 リドルも何もいわないから、その部屋は静かだった。
 ぱらぱらと本をめくる音だけが響く。
 静かで、心地よい空間。



 私は、我を忘れて本を読みふけっていた。




























 思った以上にその本が面白くて、読み続けていた。
 だから、私は忘れていた。
 リドルや、猫たちの存在を。
 自分を。
 が何かの気配を察知していなくなったこと、ルデがと共にどこかにいったことなんて知らなかった。

 「

 少し強めに名を呼ばれて、後ろから抱きつかれる。
 思わず持っていた本を取り落としてしまう。
 ばさっという音が響く。
 リドルに抱きしめられている感触。

 「……ヴォル…?」
 「…、僕の存在を忘れていない?」
 「………そんなことないわ」

 取り繕ったけれど、少し忘れていた部分もあった。
 まるでこの世には自分ひとりしか生きていないかのような錯覚にとらわれたまま…ずっと本の世界にいた。

 「時計見てごらん?もう三時間もその本と見つめあっているみたいだけど」

 ……
 ……………
 リドルの部屋に無造作に置いてある時計に目を向けた。
 すこし、自分を忘れすぎていたかもしれない、と、心の中で反省する。

 午後11時。
 就寝時間に近いその時刻。
 もうほかの寮生たちは消灯している時間ではないだろうか。
 ちょっと、本に集中しすぎたわ。

 「あら、こんな時間」

 とぼけて、部屋に帰ろうとしたけれど、リドルがそれを許してくれなかった。
 立ち上がろうとしても、リドルの腕から逃れられない。
 心なしか、さっきよりも抱きしめる力が強くなっている。
 ……リドルをないがしろにしちゃったわ…ほんと、ごめんなさいね。
 でも、そろそろ帰らないと……
 リドルの部屋は興味深いものがたくさんあるから困るのよ。
 リドルの部屋に入ると自分の存在さえも忘れてすべてに引き込まれていってしまう感覚に陥ってしまう。
 だから、困るのよ。
 こうやってリドルのことも忘れて本を読んでしまった……彼が気を悪くするのも無理ないわね。
 ……小さくため息をついた。

 「離してくれるかしら。もう戻らないと……」
 「…だめ」
 「…………だめって…ヴォル、子供みたいだわ」
 「三時間も僕の存在を忘れてたのになんてことをいうんだろうね」

 リドルが笑む。
 リドルの微笑は黒く見える。
 ……忘れていたわ。リドルがこういうひとだってことを。
 忘れていたわ。もっと注意しないといけないわね。

 「それじゃあ、ヴォルは何をお望みなのかしら?」

 リドルを待たせていたことは事実だから、困ったように笑ってそういった。
 そうね、私ばっかりいい思いをしていてもいけないわ。
 本を読んでいいといったのはリドルだけど、三時間も本とみつめあっていた私が悪いわ。

 「外に行こう」

 リドルが魔法で箒を取り出す。
 半ば強引に乗せられて、開け放った窓から外へ飛び出す。
 ……もちろん、誰かに目撃されないように細心の注意を払ってね。






 満天の星空だった。
 今日はちょうど新月で月の輝きがない。
 星本来の美しさや輝きが良く見える日だった。……星見には最高の日。

 「…綺麗……」

 思わずつぶやいてしまった。
 見上げた空には無数の星たち。
 普段とは少し輝きの違った星もいくつかあった。
 ……その理由が分からない。
 なぜなら、それは私の未来だから。
 星見は自分の未来だけは決して知ることが出来ない。
 この先何が待っているのか分からないけれど、少し驚いた。
 久しぶりに、読めない天体の動きを目の前にしたからかもしれない。

 「……どこに行くの……?」

 気になって問いかけてみた。

 「んっ…?!」

 箒から落とされないようにリドルの腰に抱きついていたのだけれど……
 もちろん、リドルは正面を向いてどこかに向かって箒を飛ばしていたわ。
 それが、私が問いかけたとたんとまって…
 それで、私のほうを振り向いた。
 ぷかぷかと浮いている箒に二人。
 向かい合っているのはなんとも奇妙な光景である。

 ……なんて考えていたら、リドルと唇が重なっていた。

 それは普段よりも甘くて深い口付け。
 普段は軽い口付けなだけに驚いて声がでなかった。

 ようやく唇が離れても、リドルが私を抱きしめて放さなかった。
 本当は行くあてなんてないのよね。
 ただ、人気のないところに連れて行きたかっただけ。
 いつもあなたは突発的。
 分かってはいるけれど、予期せぬ行動が多すぎて驚く。

 ……あくびがひとつでた。

 「……ご満足…かしら?」
 「………どうかな」
 「本に嫉妬でもしていたの?……ヴォルって時々子供みたいだわ」
 「………」

 少し顔を背けてから、それから、リドルは私の耳元でささやいた。

 「…」

 と。
 紅い瞳でまっすぐに見つめられると顔が紅潮する。
 結局私は、リドルなしでは生きていけないのかもしれない…と、思ってしまうのだ。

 また、あくびがひとつ。

 そろそろ午前0時にでもなるんじゃないだろうか。

 「…眠いわ」
 「寝ていいよ」
 「……………」

 リドルは私を抱きしめて離さなかった。
 だから、目を閉じて、リドルの胸に顔をうずめた。
 眠気が極限に達していた。
 ……
 耳を澄ましたら、リドルの鼓動が聞こえた。
 優しい香りがする。
 …………
 ほかの人は、闇の帝王と聞いてどんなイメージを抱くか知らない。
 でも…
 私は、リドルと一緒にいることがいいのだろう…
 そう思った………






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 ちょっと甘めな二人(笑)
 ヴォルデモートは愛情を知らなかった…と、いう。
 けれども、やっぱりヴォルもとは愛というものがあったんです!(笑)