秘密の部屋


 バジリスクに案内されたその部屋はなかなか居心地のいい場所だった。
 かの有名なホグワーツ創設者の一人、サラザール・スリザリンが作った秘密の部屋ですもの。
 普段のホグワーツとはまったく違うその雰囲気は、恐らく私たち以外の人が見たら不気味と感じるのでしょうけれど、あいにく私たちはそうは感じない。
 この部屋が異様に素敵な空間だと思ってしまうのだ。

 「綺麗な場所ね、バジリスク」

 「サラザールが作ったんだ。我は今までずっとこの場所にいた」

 「そう……」

 訳あって子どもの体をしているバジリスクの目がなんだか寂しげに見えた。
 恐怖の生き物、バジリスクといえども、やはり感情はあるらしい。

 「ねぇ、早くもとの姿に戻して」

 部屋の中を丹念に見回すリドルのローブの袖を引っ張りながらバジリスクは言った。

 「…もとの姿に戻してもいいけど、それですぐに僕たちを殺されても困るんだよね」

 そんな言葉であざけりながら、相手に忠誠を誓わせている。
 リドルはつくづくすごい人だと思う。
 ……なんて言っている私は、魔法で丸いテーブルと椅子を取り出して、そこに座る。
 ここに来るまでに疲れてしまったのよ。
 なんていったって、秘密の部屋。
 おまけにあのサラザール・スリザリンが作った秘密の部屋。
 厄介な仕掛けがたくさんあってそれなりに緊張したの。
 だから、一息入れようと思って休憩してる。

 「ここまでつれてきたのに、そんなことを疑うの?」

 「…なら、この場で誓えるか?僕に忠誠を誓うと」

 「………できるよ」

 にやり、と、リドルが笑ったような気がした。
 気がした、って言うのは、実際の表情には表れていなかったから。
 リドル自体はバジリスクに悟られないように普段の態度をとり続けている。
 でも、なんだかいつも一緒にいるとリドルの考えていることが分かるようになってきてしまったわ。

 ああ、リドルに汚染されている気がする。

 「…では、解いてやろう」

 すっと杖を取り出すリドル。
 闇の呪文が渦を巻く。
 リドルが呪文を唱え終わると、闇の力が部屋中に充満した。
 その気に中てられそうで気分が悪くなって目を閉じた。
 気分が悪くなったのに、リドルの秘めたる力にぞくぞくしていたのも事実だった。

 『戻った……』

 バジリスクのパーセルタングが聞こえた。
 目を開けたら、先ほどの少年とは思えないほど大きな蛇のような…サラザールの文献に書いてあったバジリスクの姿がそこにあった。
 リドルが私の隣に腰掛けた。

 「…あなたって、本当にすごいのね」

 驚いたというかあきれたというか…そんなため息をこぼしながらそういったら、リドルは小さく微笑んだ。

 「お褒めに預かり光栄です、様」

 ふざけていったその言葉と同時に、リドルは私の足を枕にして横になる。
 バジリスクは…といえば、喜び勇んで部屋の中を駆けずり回っているので放っておいても大丈夫だろうと思う。
 リドル特有の香りがした。

 「…疲れた?」

 「正直言うと疲れたね。今の呪文はかなり高度で魔力を使うから……」

 「お疲れ様」

 リドルの頭をなでたら驚いた目で私を見つめていた。
 その紅い瞳に見つめられると、やっぱり顔が高潮する。
 この人は、自分の魅力も最大限に利用している気がする、と思ってならないわ。

 「………

 甘い声。
 彼の顔を見下ろしたら、彼の手が私の肩にかかって……
 甘く口付けを交わした。

 反則よ、こういうの。

 余計あなたに惹かれてしまうから。

 「…もう少し調べてから帰る?」

 「そうだね。この部屋は魅力的だ。どうせならこの部屋のことを何かに記録したいくらいだよ。すべて鮮明に…ね」

 「あなたの頭の中に記憶できそうじゃない。首席のヴォルデモート様」

 くすくす笑ったら、彼も微笑んだ。
 この部屋の扉を開けた時点で私たちに罪が架せられたのだけれど、そんなこと気にならなかった。むしろ楽しかった。










 しばらく部屋の中を散策して、すべてを記憶した私たちは、時間も圧してきていることなので部屋を後にすることにした。
 バジリスクが見送りについてきた。

 『また我を独りにするのか?』

 「…この部屋を頻繁に訪れるのは難しいよ。開けてはならない部屋のはずだからね」

 『………』

 「だけれど、これでおしまいではないから」

 『…また…来るか?』

 「おそらく。何年後になるか分からないけれど」

 『……』

 そんな会話をしていたらすぐに出口にたどり着いてしまった。
 バジリスクは体は大きいけれど、寂しがり屋のようだったので、別れ際にそっと体をなでてあげた。

 また来るからね。

 そんな言葉と共に。


 だけど、誰かがこの扉のあるトイレを使うなんて考えても見なかった。
 女子の間ではあまりこの階のトイレは使用されないから私も見逃していたわ。
 誤算ね。
 扉を開ける前に、扉の外を確かめたら、めそめそと泣いている少女がいるようだった。

 「どうする?」

 「とんだ誤算だったね。気づかれたらまずい……」

 すこし考えてからリドルは仕方ない、と首を横に振った。
 それが何を意味するのか分かったので、少しぞっとしてリドルの手を握った。

 「…怖いのかい?」

 「……ええ」

 「そう…そう思うのは間違いじゃないよ。でも、世の中には仕方ないこともあるんだよ、

 紅い瞳がまっすぐに私を見つめる。
 複雑な思いだった。
 ……でも、私はこの人についていくと決めた。
 何があっても、一緒にいると…

 しかたない、と、割り切ることにした。胸がちくちくと痛んだのだけれど。
 リドルを見ればバジリスクに何かを命令している。
 バジリスクも頷いている。
 それから扉を開けた。

 リドルが蛇語でしゃべる。
 扉の中にある私たちの記憶も気配も全部取り払うようにバジリスクに命令している。
 と、トイレの個室が開いて少女が出てきた。
 私たちの姿を見られる前に、彼女は動かなくなった。
 ほんの一瞬の出来事だった。
 バジリスクの力。
 バジリスクの目が人を殺した。

 ああ、違うわ。

 殺したのはバジリスクかもしれないけれど、私たちが殺したことに変わりないわね。
 それにしても私は…少女がひとり死んだっていうのにまったくもって冷静だった。
 それからそそくさと外に出て、何も無かったかのように振舞う。

 バジリスクが、なんだか輝いているように見えたのは私だけだったのかしら。

 「…ヴォル……」

 「…?」

 ぎゅっと、リドルの手を握った。彼は心底驚いていた。
 私は普段そんなことをしないから。

 「…珍しいね、君から手をつないでくるなんて。ほかの生徒に見られたらどうするの?軽い怪我じゃすまないかもしれないよ?」

 「誰も気がつかないわ……」

 リドルも優しく握り返してくれた。
 彼の手は冷たかった。

 ああ、どうしてこの人は冷静なんだろう。人を殺したって言うのに。
 ああ、どうして私は冷静なんだろう。人を殺したって言うのに。

 なんだかむずかゆい感じがして、一刻も早く部屋に戻って寝たかった。






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 は優しいから、ちょっと衝撃が大きいかも。
 本当に人を殺したら錯乱するような気がする。
 でも、リドルとだから冷静なのかも。
 それにしてもこの二人は甘すぎる(爆)