新任教師


 ホグワーツを卒業する日は意外に早くやってきた。
 中には人目をはばからず涙を流す生徒もたくさんいたけれど、私にはそんな感情は沸かなかった。
 確かに、ホグワーツを去って魔法省なりなんなりに就職する人たちから見れば、ここを去るっていうことはとても寂しいことなのかもしれないわ。
 でも…私は卒業してもこの場所を離れないの。
 ついこの間まで生徒として授業を受けていたのに、新学期が始まったら教師としてこの場所にくることになる。
 だから、さして悲しみなんて感情は沸かなかった。
 むしろ……やっと見つけた本音で語り合える相手が新学期からはいないってことのほうが、少し悲しいと思ったわ。

 彼は世界を見て回るんだと、喜び勇んでホグワーツを出ていった。
 私は、彼を邪魔することはできないし、私はホグワーツの教師という立場を利用して仕事をしようと思っているの。
 だから、少しの間、私たちは離れ離れ。
 私が一番つらいのは、ヴォルと離れ離れになってしまうことかもしれないわ。










 新学期が始まる少し前、早めにホグワーツに足を踏み入れた私は北塔に足を踏み入れた。
 ひんやりとしたその部屋はすっきりとしていて何もなかった。
 小さくまとめてきた自分の荷物を置くと、部屋を見回してみる。

 「…ここで授業をしなくてはならないのね…」

 ふっ、と口元が緩んだ。
 ついこの間まで私が受けていたこの教室は、占い学に精通している独特の教師のために、ごちゃごちゃと物が置かれていた。
 けれど、その教師が引退したとたんこの部屋はこんなにもすっきりとしてしまっているのだから。

 とんとん

 誰かが部屋の扉をノックする。
 それから、音を立てて部屋の扉が開く。
 入ってきたのは、変身術の教師ダンブルドアだった。

 「久しぶりだの、。……ああ、もう生徒ではなく先生、かの」

 ちゃめっけたっぷりで入ってきた彼は、一組だけ用意してあった椅子と机に腰掛けた。
 すぐに紅茶を準備して出す。

 「お久しぶりです、ダンブルドア先生」

 「どうかの、自分の教室を持った感想は」

 「まだ実感が沸きませんの。ついこの間卒業したばかりのこの場所で、今度は私が教えることになるなんて」

 「ふぉっふぉっふぉ。最初はみんなそんなもんじゃて」

 ダンブルドアは探るような目つきで私を見ていた。
 ダンブルドアは私の心のうちに眠る闇を見透かしている。
 それでも何もいわないのは、彼には確信がないからかもしれない。
 私たちは何一つとして証拠を残していないから、彼が私を訴えたとしても彼に勝機はない。
 だから、きっと何もいわないのね。

 「君は優等生だったからね。教師は何も心配しておらんのじゃよ。ただ、ついこの間まで一緒に過ごしていた生徒たちを教えることになるから、少々最初の授業はしにくいかもしれんがの。まあ、それはさして問題にもならんじゃろ」

 ニコニコと微笑んでいたけれど、その笑顔は吐き気がするほど嫌いだった。
 でも、いつものとおり、私も作った笑顔で彼に笑顔を返すの。
 その笑顔すら、ダンブルドアは見破っているのかもしれないけれど、彼は何も言わない。
 私も何も言わない。

 「…さて。長旅で疲れているじゃろうから、おいとましようかの」

 ダンブルドアはそう言って立ち上がった。
 すっと立ち上がると、私は扉を開けた。
 今はまだ、何か変な態度を取らないほうがいい。
 教師として新米。それに、ちゃんとほかの教師たちの信頼を得てから行動を起こしたほうがいいだろう。
 ヴォルも、1年くらいで戻ってこれるような薄っぺらい旅をするわけではなさそうだから、今はまだ行動は起こさなくていいわね。
 独り、そんなことを思いながら去っていくダンブルドアの後姿を見送った。


 彼がいなくなると、部屋の中をさっと掃除して、占い学の教室に見えるように模様替えをした。
 …ほんの少し、ヴォルと過ごした隠し部屋のようにデザインしたかもしれないわね。

 さてと。
 明日からホグワーツは新学期が始まるわ。
 しばらくはおとなしく、授業をしていましょうか。






 夏休みが明けて、学年がひとつ上になった生徒たちが授業を受けにやってくる。
 ホグワーツ特急が到着し、新しく入学する一年生が大広間から入場してくると、先に集まっていた生徒たちがざわざわと騒ぎ始める。
 …まあ今年は、私が教員の座る席に座っていることで最初からざわざわとしていたんですけれど。
 新任教師が寮監になるのは珍しいことなんだけど、スリザリン寮の寮監に任命されたの。
 話によればダンブルドアが私を推薦したみたい。
 彼が何を考えているのか、私にはよくわからないけれど、反抗はせずに静かにやっていこうと思っているの。
 だから、スリザリン寮に入ってくる生徒たちには少しだけ興味があるかもしれないわ。
 実際に私が教えるのは3年生以上の生徒たちだから、一年生はあまり関係がないのですけれど……

 「…さて、皆さんもう気がついていると思いますが、今日はに、さん話をしようかと思っています」

 まずは…と、校長が私に目配せをする。
 面倒だけれど、立ち上がって挨拶をしようとする。
 立ち上がるといきなりざわざわと話をする声が聞こえてくる。

 「去年までの占い学の先生は去年の授業を最後に引退しました。そして、今年から新しい先生を迎えることになりました。もうみんな知っているかもしれないが、新しい占い学の先生の先生です」

 大きな拍手が沸く。
 一度礼をすると、なおいっそうざわめきが大きくなる。

 「先生にはスリザリン寮の寮監を兼ねてもらうことになりました」

 「…いたらないところも多いと思いますが、皆さんどうぞよろしくお願いします」

 軽い挨拶、軽い会釈。
 面倒なことだけれど、これからの計画には必要なことだから仕方ないわね……
 そしてすぐに盛大な拍手。
 私ってこんなに人気あったのかしら?
 優等生を演じていた効果ってこんなにもあるものなのかしら…
 少し首をかしげながら私は席についた。






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 少女夢の親世代スタートです。
 …といっても今回はまだ出ていませんね。
 もうしばらくはじめて授業をするを見守ってくださいな。