忘れられない日


 俺は、意識が芽生えたときから独りだった。
 俺を生んでくれた母親は、俺を生んですぐに居なくなったという。
 父親は、母親が俺を生む前に死んだという。
 だから俺は、どうして自分がここに居るのか、どうして周りのみんなと違う姿をしているのか、まったくわからなかった。



 獅子というものは縄張りを持っていて、その縄張りを治める長が居る。
 だけど俺は、どこの長からも、仲間に入れてもらえなかった。
 紅い体は、狩をするには目立ちすぎるという。
 俺みたいに華奢な体つきでは、過酷な戦いのときに戦力にならないという。
 みんな同じ理由で俺を仲間にはしなかった。

 だから、独りだった。

 別に気にしていなかった。
 もともと俺は特別だ。
 食事をする必要がないし、この姿がゆえに誰も俺を襲おうとは思わない。
 孤独ではあったが、一人気ままに過ごしていれば、俺は何もしなくて良かった。
 だから毎日、気ままに過ごしていた。










 そんな、ある日のことだ。
 俺は、不思議な奴に出会った。

 それは、いつものように気ままに散歩をしていたときのことだった。
 そいつは緑豊かなこの場所には不向きな黒い格好をしていた。
 黒いフードを深くかぶり、俺の姿を見ても動じずにじっと俺を見つめていた。
 紅い、紅い瞳だった。

 「…紅獅子、か。珍しい」

 そいつは何事かつぶやくと、ゆっくりと俺のほうへ歩み寄ってきた。
 俺はその場から離れることも出来ず、ただただじっとそいつの瞳を見つめていた。
 恐怖はなかった。
 紅い瞳は神秘的で、どこか自分と同じような思いを感じたのかもしれない。

 「お前はどこからやってきた?」

 青年がそうつぶやいたときには、俺の横にどっかりと座り込んだときだった。
 ほんの少し手を伸ばせば、俺の体に触れる距離。
 流石の俺も、少し身構えた。

 「ああ、言葉がわからないか」

 杖を取り出したそいつに、俺は驚きの視線を向けたが、相手はさして気にする様子もなく、何か言葉を唱えた。
 一瞬俺の体が光って、次には相手の言葉がわかるようになっていた。

 「紅獅子、お前はどこからやってきた?」

 わかる。
 はっきりわかる。
 相手は、俺に尋ねている。
 でも、俺は答える術を知らなかった。
 低く喉を鳴らしてみても、ぐるぐるという音しか出ない。
 相手が口にしているような音は出なかった。

 「…ここの生活に不満があるんだな?」

 不満そうな音しか出ない。
 相手は口元を緩めて笑った。

 「唸ったところで、どうしようもないだろう?獅子は本来群れを成す動物だ。それがどうだ。お前は常に独りで行動している。一日中何をするわけでもなく、誰と接するわけでもなく…単調な生活がつまらないと思わないのか?」

 誘った風な言葉は、俺の耳をぴくぴくと反応させる。
 こいつは何が言いたいんだ?

 「…ついてこい。ここはお前が居るべき場所ではない。その能力すら開花させずに居て、何が楽しいのだ?」

 相手は言葉巧みに俺を誘う。
 そのうち立ち上がり、箒を取り出した。
 すっ、と、俺を抱き上げる。
 簡単に相手の腕の中に絡め取られてしまった。
 幼い体では、いくら抵抗したところでこの不思議な奴から逃れることは出来ないだろう。
 そう判断したのかもしれない。
 あるいは、この男の妙な能力に惹かれていたのかもしれない。
 俺の体の色と同じ、紅。

 紅い瞳をした青年は、俺を抱きかかえたまま、空を飛んだ。

 「ヴォルデモート、という」

 そいつは言った。

 「今日から、お前の主だ。よく覚えておけ。常に側にいろ。そして、命令にはそむくな」

 それから、屈託なく笑った。

 「そんなに恐い顔をするな。何もとって食うことはしないし、悪いことをさせるつもりもない。お前はただ、ついてくるだけでいい」

 外界から遮断された場所に入れられて、俺はじっとそいつを見つめていた。

 「ああ、そうだ。名前をあげよう」

 名前。
 その言葉を聞いて思い出した。
 俺には名前がなかった。
 どんな子どもでも、母親から名前で呼ばれていたのに。
 緑豊かないあの場所で、俺は、俺の存在をどう表現すればよかったのだろう。
 紅獅子としか呼ばれなかった。
 でもそれは、俺の名前じゃなかった。
 こいつは名前をくれるという。
 きっとこれは、俺がほしかったものだ。

 「…。今日からお前の名前はだ」

 ヴォルデモートはそういって、屈託なく笑った。

 
 それが俺の名前。
 今日が俺の生まれた日。
 名前をもらった日。
 そして……今日が忘れられない日。






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 出会い。
 このころのは、本当に幼い。