秘め事


 「

 森の中で動物たちと戯れていた俺は、自分の名前を呼ばれたことに気がついた。
 とたん、森の動物たちはザーッと蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
 俺が振り向くと、そこにはあいつが居た。

 「さあ、今日の仕事は終わった。帰るよ」

 そういって俺を抱き上げるヴォルデモート卿。
 俺は一度大きなあくびをしながら、ヴォルデモートの腕の中にすっぽりとおさまった。

 こいつはいつも、仕事といっては、俺をどこか深い森や洞窟に置いていって、しばらく帰ってこない。

 仕事が終わると俺を迎えに着て、一緒に帰宅する。
 秘め事があるな。
 そんな風に思ったのは、ずいぶんと前のことだった。
 でもそれを教えてくれる奴とも思えないし、それを知ったからといって、俺がこいつの元から離れていくようなことはないから、あんまり気にしないことにしている。

 何しろ今の俺はまだ小さい。
 ヴォルデモートのする仕事には邪魔になるんだろう。
 集中力があるわけじゃないし、体力が有り余っているわけでもない。
 きっと、疲れて眠ったりなんかしてしまったら、ヴォルデモートのお荷物になってしまうだろう。
 だから俺は、置いていかれる森や洞窟でおとなしく待っていることにしている。

 「今日は遅くに出かけようと思ってるんだ。も来るだろう?」

 箒の上でそんなことを言う。
 耳をぴくぴくと動かしてみる。

 「…ああ、仕事じゃないよ。置いていくことはしない」

 ははは、と快活そうに笑った。
 仕事じゃないのか。
 じゃあ、置いていかれる心配も、そのまま放っておかれるかもしれないという心配もしなくていいんだな。
 俺は、満足そうに喉をごろごろと鳴らした。





 帰宅すると、あいつはいつもより念入りに手を洗った。
 それから、森でついはしゃぎすぎてどろどろになってしまった俺の体もしっかりと洗った。
 どうやら、特別なところに行くらしい。
 ヴォルデモート卿にしては珍しく浮かれ気味のご様子で、俺にブラッシングを始めたんだ。

 「綺麗な毛並みだな…ああ、出発は夜が更けたころになるだろうから、眠くならないように今の内に睡眠をとっておくといい」

 なんだか浮かれている。
 その理由が、今日いく場所なんだろうか。
 そんな風に想いつつ、ブラッシングが終わると俺は、あいつが準備してくれたふかふかのソファを陣取って目を瞑る。
 なんでヴォルデモート卿がこんなに浮かれているかはわからなかったが、それでも俺には嬉しいことだった。
 何しろ、ヴォルデモート卿といえば、いつも俺のことを気にかけているようで、どこか抜けているからだ。
 自分が、あの緑豊かで退屈な場所から俺を連れ出したというのに、時々俺にへんなことを言う。

 「お前がここに居るのは、運命なのか、それとも偶然なのか……」

 なんて……
 それが運命だとしても、偶然だとしても、俺が主の側を離れることなんてないって言ってるのに、言葉のしゃべれない俺は、この思いを全部は伝えられない。























 「さあ、いくよ」

 そういわれたのは、外が真っ暗になった頃だった。
 いつものように黒いローブを身にまとい、深くフードをかぶった彼は、やっぱり俺をすっと抱きかかえた。
 でも今度は、目立たないように、と、自分のローブの中に俺をしまいこんで箒を飛ばす。





 どのくらい走ったか、遠くの小高い丘に、大きな屋敷が見えた頃だった。
 屋敷の側に箒を下ろしたヴォルデモート卿は、ノックもせずに屋敷の中に入っていった。
 住処を変えるのだろうか。
 そんな風に思ったけれど、どうもそうではないらしい。

 中には、綺麗な女の人がいた。

 「また、突然なのね、ヴォル」

 「…君は突然に起こることが好きだろう?」

 「紅茶でいいかしら?あいにく珈琲を切らしてしまってて」

 「かまわないよ。ああ、そうそう。この前話していたを連れてきたんだ」

 「あの、紅い獅子?」

 「そう」

 あいつは、親しげに女の人と話をし、普段、どこに行っても脱がないフードを脱ぎ、そして驚いたことに、優しく微笑んだのだ。
 どうも、この女性はヴォルデモート卿にとって特別な存在らしい。
 ローブの中から出された俺は、ヴォルデモート卿のひざの上に座らされる。
 こんなところに乗るのは初めてだ。
 いつも、どんなときでもさっと動けるように、と、俺をひざに乗せてくれたことなど一度もなかったのに。

 「まあ、素敵な獅子ね」

 紅茶を運んできた女性は、俺の鼻先をくすぐり、それから隣に腰掛けた。

 「あら、ヴォル。また…?」

 「……ああ」

 「…最近ちょっと激しすぎるんじゃない?貴方の匂いに混じって、血の匂いがするわ」

 首をかしげてヴォルデモートを見る。
 表情はいつものまま。

 「マグル一掃は始まったばかりなんだ、。少しくらいマグルたちに恐怖を植えつけておいたほうがいい」

 「そう…」

 「…汚いと思うかい?」

 「まさか」

 、と呼ばれた女の人はにっこりと微笑んだ。
 それから、ヴォルデモート卿のひざの上に乗っている俺の首筋を優しく撫でた。

 「…正直驚いたわ。貴方が動物を連れてくるなんて思わなかったの。我が家の二匹の猫にだって、さして興味をもっていなかったあなたが、どうして、紅獅子とともに行動しようって思ったのかしら?」

 「僕の仕事は大変なんだ。大きく育てば、率先力になるはずさ。それに……後継者の護衛にしたいんだ。僕は、自分の息子に世界一のものを与えるつもりさ」

 「…貴方らしい考えね」

 でも、とは寂しそうに笑んだ。

 「…この子は、貴方のしている仕事を手伝うには無垢すぎるんじゃないかしら?純粋で…なんだか、優しい目をしているもの」

 「……マグル一掃のことかい?心配しなくていいよ。は僕についてくる」

 自信たっぷりに言われたら、逆らうことなんて出来ないだろう?
 こんな優しそうな主を見たのは初めてで、いつもしている仕事の秘密を知ったのも今日が初めてだ。

 マグル一掃。
 普通の魔法使いと違うってことは、最初っから解っていた。
 普通の魔法使いは簡単に魔法を使うことなんてしないだろう。
 それに、俺を連れて出向く場所は、大抵暗闇の中で、なんだか危険な香りのする場所だ。
 だけど、こいつが……

 「…昨日の新聞。惨劇!一体いつまで我々は闇に潜む影におびえなくてはならないのか…ですって」

 「いいね。人々の恐怖をあおるタイトルだ」

 「……もう」

 「…こんな僕を嫌うかい?」

 「いいえ」

 とヴォルデモート卿がどんな関係なのか俺にはわからない。
 ただ、すこぶる良い関係であることは明白だった。
 ヴォルデモート卿のひざの上にいながら、俺は、初めて知った二つの秘め事を考えていた。

 一つは、ヴォルデモート卿が、血を見ることを恐れない魔法使いであるということ。
 もう一つは…そんなヴォルデモート卿にも、愛する女性がいるっていうこと。

 どうも俺は、とんでもない奴を主に持ってしまったようだ。
 生活を変える気にはならないけれど、今までのように優雅に暮らせるわけにはいかないみたいだ。






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 秘め事。