刻まれた眼差し


 ホグワーツの新学期が始まってすぐの金曜日。午後の授業のないこの日は、昼食後に中庭の大樹の下でと過ごすのが僕の楽しみの一つだった。
 は大してしゃべるほうではない。けれど、僕の他愛ないおしゃべりにはきちんと応えてくれる。機嫌によっては此処で一緒に過ごすことを渋る日もあるが、結局僕と一緒にいてくれることが多い。だから、ある程度はも楽しいのではないかと勝手に思っている次第だ。
 そして、今日のの機嫌は極上。大樹の幹に寄りかかったは、今年入学してきた新入生についていつもより表情豊かに語っている。此処までが口を開いて話すことは珍しいので、僕は内心嬉しく思いながら彼の話に相槌を打っていた。

 「へえ。まだ新学期が始まって日が浅いっていうのに、おまえがそこまで新入生一人に入れ込むなんて珍しいな」
 「入れ込むというか……すごく興味深い子だと思ってね。既に自分の中の魔力を完璧にコ操っているし、頭もいい。アルバスに出逢うまでは自分が魔法使いだって知らなかったと言っていたけれど、彼は純血の名家の血を引いている。今から将来が楽しみな子さ」
 「アルバスに連れてこられるなんて、スリザリンに入寮する生徒にしては珍しいな」
 「両親共早くに亡くなったそうだよ。親の顔は知らないって言っていた」

 僕やと違ってがお気に入りの生徒を見つけるのは珍しい。ここ数年は、それとなく目を掛けてはいるけれど、と数人の名前を上げる程度だった。その点、今回の生徒は入学してすぐにが入れ込んでいるのだから、相当素質があるのだろう。
 楽しそうにその生徒のことを語るを僕は目を細めて見つめた。がこれだけ入れ込んでいるのが僕ではないのが多少残念だが、それでも彼がこんなに嬉々としている姿を見るのは稀なので、それはそれでいいか、と思ってしまう。

 「それで、その子の名前は何て言うんだ?」
 「トムだよ。トム・リドル」

 は愛おしそうにその少年の名を呼んだ。まるで恋に溺れた人間みたいだ、と呟くと、はそうかもしれない、と困ったような笑みを浮かべた。こんなに一人の生徒に心酔するを見るのは、久方ぶりだ。まるでサラザール・スリザリンに付き従っていた時ののようで、彼が心酔している相手が唯の生徒というところに若干の嫉妬を覚えてしまう。

 「!」

 新調したばかりのローブを着た少年が中庭の入口からこちらにやってくるのが見えた。こちらをじっと見つめた少年は、少し歩く速度を速めてやってくると、の名を呼んだ。
 顔を上げたの表情が綻ぶ。ああ、なるほど。この子がの心酔している子なのか。
 その子は漆黒の髪に深紅の瞳で、透き通るような白い肌をしていた。その姿はに酷似していて、違いは髪の毛の長さくらいのものだった。表情には年相応の幼さが残るが、精悍な顔立ちをしている。
 がその子に心酔するのもよくわかる、と僕は頷いた。彼は見た目も身に纏っている魔力の気配も、がかつて心酔していた主、サラザール・スリザリンにそっくりなのだ。特に胸に刻みこまれる紅い視線が、間違いなく彼がサラザール・スリザリンの子孫であることを物語っている。

 「探したよ、。教えてほしいことがあるんだ」
 「授業でわからないことでもあったのかい?」
 「ううん。図書室で見つけた本の中にわかりにくい文章があるんだ」

 少年は僕の方には目を向けず、の膝の上に腰を下ろした。彼が膝の上に広げた分厚い本を覗き込むと、およそ一年生に理解できるとは思えない高度な魔法の説明がずらりと並んでいた。
 ふうん、と感心したように頷くと、少年は顔を上げちらりと僕の方を見た。

 「誰?」
 「やあ、初めまして、少年。グリフィンドール寮の寮長、だ」
 「ふうん。の友達なの?」
 「そうだよ」
 「そうなんだ。仲良いの?」

 大して興味なさそうに僕の顔を覗き込んだ少年は、すぐに僕から目を逸らした。の説明に熱心に耳を傾けているその姿は非常に愛らしかったが、同時に言いようのない焦りを僕に与えていた。
 心を鷲掴みにされるようなあの瞳、が覚えていないわけがない。過去の幻影に囚われているだけなのか、それとも本当に彼に心から惹きつけられているのか……どちらにせよ、という存在を僕以外の者に獲られることに激しく苛立っている自分がいた。直感、とでも言うのだろうか。の心を奪った彼に勝つことはできない、と心の何かが告げていた。何より頭にきたのは、たった一度覗きこまれただけで、僕自身が彼に惹きつけられてしまったことだった。

 「ねえ、の部屋で説明してよ。此処だとなんだか集中できない」
 「そうかな? 昼下がりのいい天気だと思うけど」
 「雑音がして落ち着かない。と二人で勉強したいんだ」

 どうやらは非常にこの子を可愛がっているようだ。基本的に寮長室に生徒を入れることはないはずだが、この子は入学してすぐにの部屋を訪れる権利を手に入れたらしい。

 「……すまない、。僕はトムと一緒に部屋に戻るから、何かあったらまた声を掛けてくれ」
 「あ、ああ……」

 が少年の手を引いて中庭から出て行くのを、僕は何とも言えない気持ちで見つめていた。
 決して変わることはないだろう、と思っていた僕との関係が、あんな小さな子ども一人に壊されようとしている……なんだかみじめな気分だ。
 僕を意識しているのか、こちらを振り返った少年は勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
 そんな彼の態度に僕はどうしようもない焦りを覚えていた。所詮まだ11歳の子どもなのだ、気にしてはいけない、と必死に自分を納得させようとしているが、それでも内心穏やかでない。
 それ以来、と少年トム・リドルの姿はホグワーツの至る所で目撃されるようになった。他の生徒たちが、とトムはまるで本当の兄弟のように仲が良い、と噂するほど二人の仲は相当に親密らしい。
 も必ずトムの話題を出してくるほど彼を気に入っているらしく、談話室でが他の学生と話しているときのトムは少し機嫌が悪いだとか、最近は深夜遅くまで勉強していて、そのままの部屋で一緒に寝てしまうことが多いだとか、本当に楽しそうに彼のことを話すものだから、僕の中にはもやもやした気持ちが蓄積していった。
 癪に障るのは、トムの話をしているときの、滅多に見せない笑顔を振り撒き、愛おしそうに彼の名を呼ぶの姿を、僕がどうしようもなく愛おしいと思ってしまっていることだった。そのせいでこんなにもやもやした感情が僕の中にあることをに伝えられずにいる。
 の笑顔が見られるなら、と思っている自分にすら嫌気がさしてくる。
 そもそも僕は自分の感情を押し留めておくことが苦手なのだ。今すぐにでも爆発しそうなこの感情を辛うじて押し留めているのは、の眩しい笑顔に過ぎない。

 金曜日の午後の楽しい時間をトム・リドルに奪われた僕は、苛つきながら守護者の間に足を踏み入れた。
 あの日以降、トムは僕のことを敵と認識したのか、僕とが一緒にいると必ずどこからかやってきてを奪っていくようになった。で、とは後でしゃべれるから、と言ってトムを甘やかすものだから、僕の気持はどんどん穏やかでなくなってくる。大体、今日だって本当は僕と一緒に出掛ける予定で……
 濁点の付くような音であー、と叫んでいると、よく知った気配が部屋の中に現れた。

 「……何をそんなに苛ついているんだい、
 「、か」

 呆れた溜息をついたに見つめられたが、僕はふいっと視線を逸らしてしまった。こんな感情を抱えたままでと二人きりになるのは良策ではない。此処には生徒の視線も教授の視線もないから、ふとした瞬間に感情が爆発してしまいそうだ。
 は眉をひそめて僕の隣にやってきた。

 「トムの相手をするんじゃなかったのか?」

 意地悪にそう聞くと、は大きな溜息をついて僕を真っ直ぐ見つめた。
 ……その瞳は反則だ。そんなに真剣な目で見つめられたら目を逸らせなくなる。

 「彼なら部屋で寝てるよ。このところ夜遅くまで頑張っていたから疲れたんだろう。後でどうして起こしてくれなかったんだ、と怒られそうな気もするが、あのくらいの年頃の子どもには睡眠も大事だからな。寝台の上に寝かせてきたよ」

 ふうん、と興味なく呟くと、ますます眉間にしわを寄せたが僕の輪郭に触れた。触るなよ、と手を払いのけようとするが、貫くように僕を見つめた深紅の瞳に絡め獲られ、身動きが取れなくなる。
 やっぱり、その瞳は反則だ。

 「君は僕とトムが一緒にいることが気に入らないのか? いつもすごく不機嫌になる」
 「……当たり前だろ。一体何度あいつのせいでおまえとの約束が延期になったと思ってるんだ?」
 「すまない。少し甘やかし過ぎているという自覚はあるんだが……」
 「少し? 非常に、の間違いだろ。あんなに寮長を独占する一年生にはこれまで出逢ったことがないぞ」  「だが君だって、アルバスが在学してた頃は随分彼のことを贔屓していたじゃないか」

 溜息をついたが自分の額に手を置いている。どうせ僕のことを子どもっぽいとでも思っているんだろう。そりゃあお気に入りの生徒と四六時中一緒に過ごせるんだ、はご満悦だろう。だけど僕は……

 「……。僕は君のそんな不機嫌な顔を見たくないんだ」
 「がトムばっかり贔屓しなければいいんだ」
 「唯の学生に君はどこまで感情を荒立てれば気が済むんだい? トムはただの学生だ。それ以上でもそれ以下でもない。確かに僕は彼を気に入っているけれども、7年後には卒業してしまうんだ。たった7年の短い付き合いじゃないか。僕と君が一緒にいた時間の長さには遠く及ばない」

 貫くように僕を見たの瞳は深紅の輝きを放っていた。呆れたような溜息に眉間のしわ。せっかくの綺麗な顔が台無しじゃないか。
 の髪に手を伸ばすと、一房手に取り指で弄ぶ。

 「……あんまりあいつに構うなよ」
 「たった7年じゃないか」
 「長い」
 「……トム以上に我儘だな、君は」

 あいつと比べるなよ、との頭を小突くと困ったような顔をして彼は僕を見た。感情によって様々な色に変化するこの瞳に僕は惹きつけられているんだろう。結局、がトムを甘やかすように僕もを甘やかしているのかもしれない。
 週に2、3回は僕の相手もしろよ、と呟くとまたの表情に困った笑みが浮かんだ。
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 ◆記憶に焼きつく5のお題◆ お題配布元:refinery