相談事
クリスマス休暇はあっという間に過ぎ去った。
雪の降る丘を散歩したことも、澄んだ夜空を見上げながら語り合ったことも、魔法商店街の路地裏で闇の魔術書を読み漁ったことも……
すべて、思い出という名の曖昧な過去へと姿を変えた。
のもとにもう少し長く留まっていたいという思いと、ホグワーツへの思い。
その狭間で悩みつつも、ホグワーツ特急は定刻に発車する。
ホームまで見送りに来たにしばしの別れを告げると、とはホグワーツ特急へ乗っていつもの生活へと戻っていった。
月曜日から始まったホグワーツの授業は、いつもとなんら変わりなかった。
魔法生物学のハグリッドの授業は、これまでの授業より幾分か楽しい授業になっていた。
占い学の新学期は、手相の授業から始まったが、ハリーの生命線が一番短いとトレローニー教授が言って、またハリーが不快な気持ちになっていた。
一方、闇の魔術に対する防衛術のルーピン教授は学期はじめからどうも顔色が良くなかった。
ハーマイオニーの猫、クルックシャンクスが俺に言った、狼という言葉も気になっていたし、ルーピン教授はどうしたんだろうって思っていた。
そんな一週間の終わりに、はハリーに呼び出された。
場所は、魔法史の教室だった。
「こんばんは、ハリー。いきなりどうしたの?」
先に教室についていたは、ハリーが部屋に入ってきたことを確認すると、ゆっくりと座っていた棚から床に降り立った。
ニコニコといつもの笑みを浮かべ、やんわりとした表情でハリーに質問する。
「…だったら、話してもいいとおもって、さ」
ハリーは荷造り用の大きな箱を抱えていた。
それを、どかりと床に置くと、その横に立つ。
「と練習するんだったら、使ってもいいって言われたから、ルーピン教授から借りてきたんだ」
「……まね妖怪?」
「そう。吸魂鬼を追い払うための呪文を練習しているんだ」
ハリーはやや疲れた表情をしていた。
はそっとハリーの側に近寄って、じっとその目を見つめた。
それからいつものようにやんわりとした笑みを浮かべた。
「それで、僕に聞きたいことがあるんでしょう?」
見透かされた。
と、ハリーの目が困惑の色を見せた。
が俺の体に寄りかかりながらじっとハリーを見つめると、参った、というような表情をしてハリーが床に座り込んだ。
「君にうそはつけないね。聞きたいことがあるんだ」
ハリーの目はいつになく真剣で、なんだか近寄りがたかった。
はハリーと向き合って座った。
俺はの隣に座って、に何があっても平気なように周囲に気を配っていた。
「…守護霊って…居ると思うかい?」
ハリーの言葉はあまりに突然だった。
流石のも苦笑するばかりで、なかなか返事ができないようだ。
俺の鬣を弄びながら、何度か口をひらいたり閉じたりして、言葉を捜してる。
「…そうだな……」
少し経ってから、はゆっくりと言葉をつむぎ始めた。
「Expecto patronum!…たぶん、ルーピン教授が君に教えている呪文だと思うんだけど…」
「うん、ほんと、その通り」
「…あのね。呪文で呼び出すものは守護霊ではありえない」
の目がきらりと光ったような気がした。
逆にハリーの目は少し翳って光を失った。
「僕、うまく呼び出せないんだ。白いもやもやが出るだけで…」
「…本当の守護霊がいたら、ハリーの呼びかけにこたえて姿を現してくれると思うんだけど…この呪文は、自分で守護霊を作り出すものだもの。守護霊ってなんなんだろう、とか、どんな思いが守護霊を作るんだろう…とか、そんなことを考えたほうがいいのかもしれないな」
は真剣で、うそを語っている風にはまったく見えなかった。
ハリーの瞳も真剣で、の言葉を理解しようと頑張っているみたいだった。
「呼び出せるかな、僕にも」
「呼び出せると思うよ。焦らず落ち着いてやれば」
にっこり微笑んだに、ハリーも戸惑いながら笑みを返す。
「…でも、は……」
「ん?」
「は、吸魂鬼が恐くないんだよね…」
「え?」
「…あ、ごめんね。ロンから聞いたんだ。が追い払ったって。前回のクィディッチの試合で……」
ああ、とは低く唸って俺の鬣を撫でた。
くすくすと笑いながらも瞳は困惑しているようだ。
「ハリー…君は特別だ。それ以外に何もいえないよ。僕だって吸魂鬼には恐怖を覚えるし、ほかのみんなもそうだ」
「でも…」
「そんな顔しないで、ハリー。次のクィディッチの試合、君がすばらしいプレーを見せてくれると信じてるよ」
「あ……ありがとう」
すっ、とは立ち上がった。
魔法史の教室にハリーを残したまま、扉の取っ手に手をかけた。
それから振り返ってハリーに笑みを向ける。
「一人では練習しないほうがいいと思うよ。僕もあいにくチョコレートを持ってないしね」
戸惑ったハリーを背に、は寮へと戻っていった。
談話室を抜けて部屋に入ると、がニトの毛づくろいをしていた。
ただいま、とが部屋に入る。
ちら、とこちらに視線を向けたは、呆れた表情でを見返した。
「…どこに行ってたんだい?」
「魔法史の教室」
「……誰と一緒に?」
「…ハリー」
はぁ、と大きなため息が聞こえる。
は苦笑しながら、俺をベッドのほうへ促し、自分も夜着に着替え始める。
「グリフィンドール寮の人間と一緒にいてなんになる?」
「さぁ。でも、マイナスにはならないと思うよ」
くすり、と無邪気に笑うに、はこれ以上何もいえない。
だからいつもため息をつく。
もぞもぞとのひざの上で動き出したニトは、俺のところへ駆け寄って、俺の尻尾を追いかけ始める。
うとうと眠くなってきた俺も、ニトが寝るまではこの遊びに付きあってやる。
「…明日は?」
「レイブンクロー対スリザリンのクィディッチの試合」
「じゃあ一日ゆっくりできるね」
「…そうだな。一週間の疲れを少し癒したいな」
屈託なく笑うは、ハリーのところで見せた真剣な表情のとは別人みたいに無邪気だ。
ハリーの前ではどうしても大人びて見えるけれど、はと一緒にいると歳相応に見える。
なんだか不思議な二人である。
俺は、クリスマス休暇のことを思い出しながら眠りについた。
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この辺の話ってすごく書きにくい。