縺れた友情


 レイブンクロー対スリザリンのクィディッチの試合は、僅差でスリザリンが勝利した。
 その翌日からだろうか。
 毎日毎日ハリーが骨董品のような箒でクィディッチの練習をするようになったのは。
 そんな姿を窓から眺めつつ、俺達はいつもどおり生活をしていた。

 「…、ちょっといいかしら?」

 そんなある日のことだった。
 図書室の閉館ぎりぎりまで中で調べ物をしていたの元に、珍しい人物が声をかけてきたのだ。
 ハーマイオニー。
 両手にはあの大きな猫、クルックシャンクスを抱えていた。

 「……どうかしたの?ハーマイオニー」
 「え…ええ。少し話したいことがあって」
 「そう。それじゃ、少し待っててくれるかい?この本を片付けてきてしまうから」

 ぱたん、と本を閉じてもとあった棚に戻しに行こうとすると、がじろり、とをにらんだ。

 「そう恐い顔しないで、。先に寮に戻っていてよ」
 「…仕方ないな」

 も本を閉じ、広げていた羊皮紙をくるくるとまとめるとそれを綺麗にかばんにしまう。
 その様子を、ハーマイオニーがじっと見つめていた。

 「…さて、ここじゃほかの生徒も居るし、どこか静かな場所に行こうか」

 にっこり笑ってがハーマイオニーを誘うと、ハーマイオニーはこくり、と静かに頷きの後について図書室を出た。
 廊下はとっても寒かった。

 「…どうかしたの?ずいぶん疲れてるみたいだけど」
 「あのね…私ね…」

 しばらく廊下を歩いてみたけれど、あいにく空き教室がなかった。
 だから、は比較的暖かそうな階段の踊り場に腰を下ろした。
 ハーマイオニーはの隣に座った。

 「ロンがね、クルックシャンクスがスキャバーズを食べたっていうのっ!!」

 いきなり大きな声でまくし立てるように話し始めたハーマイオニーに、俺もも顔を見合わせた。
 どうやらハーマイオニーはずいぶんと疲れているようだ。

 「…落ち着いて。ハーマイオニー。どうしてクルックシャンクスがスキャバーズを食べるんだい?」

 はハーマイオニーのひざにどかりと腰を下ろしているクルックシャンクスの喉を撫でながらそんなことを言った。

 …以前、クルックシャンクスは俺に、『ねずみは悪いやつ』と言った。
 だから、食べてしまったのだろうか。
 俺は気持ち良さそうに撫でられているクルックシャンクスの瞳をじっと見つめた。

 <食べてないよ>

 うなー、とクルックシャンクスが不満そうに鳴いた。
 毎度のことながら、クルックシャンクスの言葉が聞こえるのには驚いてしまう。

 <もう少しのところで取り逃がしたんだ。ちょこまかと動ける体なのをいいことに、俺の足の間を通り抜けていったさ>

 ぺろぺろと自分の体の毛づくろいをしながらクルックシャンクスはしゃべり続ける。
 俺はその話をじっと聞いていた。
 クルックシャンクスの言葉を理解することは出来ても、俺の気持ちをどうやって伝えたらいいのか、俺にはわからなかったのだ。

 「確かに、クルックシャンクスは執拗にスキャバーズを追い掛け回していたわ。だけど、食べるはずがないじゃない」
 「…ねぇ、ハーマイオニー。その事件のあった後、クルックシャンクスをお風呂に入れた?」
 「お風呂?いいえ。まだそんなに毛並みが汚れていないから、入れてないわ」
 「そう…どれどれ、クルックシャンクス、僕に口をあけて見せてごらん」

 <お前はいい主を持ってるな。客観的に物事を見られるやつだ。あの、ねずみの飼い主も見習ってほしいものだ>

 はクルックシャンクスを自分のひざの上に乗せた。
 クルックシャンクスは嫌がる風もなくのひざの上に乗り、自ら口をあけた。

 「どれどれ…はい、ありがとう」

 ちらっ、と口の中を見ただけで、はハーマイオニーにクルックシャンクスを返した。
 ハーマイオニーは心配そうにその様子をじっと見つめていた。

 「…食べてないと思うよ」
 「ほんと?!」
 「うん。だって、口の周りの毛にも、口の中にもねずみを食べたときに飛び散るような血のあとがないし…」
 「…よかった…」

 ほっと胸をなでおろすハーマイオニー。
 クルックシャンクスは、うにゃん、と甘ったれた鳴き声を出してハーマイオニーに甘えている。

 「…ロンと喧嘩したの?」
 「だって、ロンがクルックシャンクスがスキャバーズを食べた、って言うんですもの」
 「…まあ、その可能性は否定できなかっただろうね、そのときの状況では」
 「でも、それからひと言も口を利いてくれないの。それに、バックビークの裁判のことだって手伝いにも来ないのよ?!」
 「……ねえ、ハーマイオニー。君、もしかして最近疲れているんじゃない?」

 しばしば声を荒げるハーマイオニーの姿を不審に思ったのか、が顔を覗き込みながら聞く。
 はっ、とハーマイオニーの顔が赤くなるのが解った。

 <疲れてるんだよ。人よりも多くの授業をこなして宿題をこなさなくてはならないからね。それに、この子は頑張り屋さんだから、適度に力を抜くってことを知らない。全部頑張ってしまって、最後に抱え込んでしまうのさ>

 べろり、と自分の口の周りを舐めながら、クルックシャンクスがそんなことを言った。
 なるほど、ハーマイオニーならやりかねない。

 「…私…その……」
 「なんだかとっても疲れてるみたい。たぶん、ロンやハリーと話を出来なくなっちゃったのも君の心に負担をかけてるんだろうな。でも、なんでも一人で抱え込まなくてもいいのに」
 「……」
 「確かに、ほかの人よりもたくさんの教科をこなすのは大変だ。それに、宿題も多い。でも…やっぱり、くつろげる空間があることってとても大切なんじゃないかな」
 「………」

 はのほほんとつぶやいた。

 「時には休憩することも必要だと思うんだけど」

 にこっ、とハーマイオニーに向けて満面の笑みを浮かべると、ハーマイオニーはかーっと赤くなった顔を両手で覆った。

 <ほんとに、お前の主はいいやつだよ。誰も勉強ばかりしてるハーマイオニーがいっぱいいっぱいになってるなんて悟らないのに>

 クルックシャンクスが満足げに喉を鳴らした。
 俺も、がほめられるのが嬉しくて喉を低く鳴らした。
 の手が俺の耳に伸びて、耳と頭の間をごしごしと撫でてくれる。

 <ほぉ。やっぱりお前も嬉しいのか。俺も、君の主の…ああ、とやらに体を撫でてもらうのは大好きなんだ>

 「僕、時々中庭で食事をしてるから。お昼休みにでもおいで。何でも話を聞いてあげるから」
 「ありがとう。でも、に…」
 「…?…あ、……そっか。やっぱりグリフィンドールの生徒たちには驚異の存在なのかな?」

 くすくすは声を上げて笑った。
 ハーマイオニーはバツが悪そうにうつむいた。

 「大丈夫。だって、状況をわきまえてくれる人だから。スリザリン寮生だから、少しお高い部分はあるけれど、いい人だよ」

 はハーマイオニーに微笑んで見せた。
 何も心配要らない、というような感じで。

 「…ありがとう。。少し元気になったわ。クルックシャンクスの無実もわかったし」
 「お役に立てて光栄です」
 「それじゃ。私、宿題が山ほどあるの。これで失礼するわね」
 「うん。それじゃあ、あまり無理しないでね?」

 ひらひらと手を振ってハーマイオニーと分かれると、は俺を連れて寮へと戻る。





 途中、の手が俺の体に触れた。
 なんとなくわさわさと俺の体を大雑把に撫で回す。

 「どうも気になるね。スキャバーズの件。少し調べてみる必要がありそうだ」

 がスキャバーズに疑いを持った。
 クルックシャンクスは最初からスキャバーズに疑いを持っている。
 まだ俺には真実はわからないけれど、おそらくシリウス・ブラックが脱獄した事件に何か関係がありそうだ。






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 ハーマイオニーとお話。
 アズカバンの囚人のハーマイオニーはいっぱいいっぱいだった。
 だから、ちょっと手助けしてあげたい。