狡猾な週末 1
グリフィンドールのロンがシリウス・ブラックに襲われた事件から少し日にちがたった。
今まで注目を浴びたことのなかった彼は、この事件のことを日々誇張して皆に伝えているようで、最初の頃は恐怖におびえながらも、恐いもの見たさで聞き入っていた生徒たちも、最近では彼の話に飽きてきていた。
それでもロンは、シリウス・ブラックに襲われたときの話を誰かにしたくてうずうずしている様子だった。
そんなあわただしい一週間が過ぎた。
勿論がシリウス・ブラックが逃げるのを手伝ったことはホグワーツの誰も知らないことであったし、おそらくこの先も誰にもばれないであろう事実であった。
は何事もなかったかのように一週間を過ごし、ニコニコといつものとおり笑顔を振りまいていた。
「本当に行かないのか、ホグズミード」
「うん。なんだか悪い予感がするし、ちょっと調べたいこともあるからね」
「…そうか。それなら僕が数の少なくなったものを補充しに行っておくよ。何か必要なものはあるかい?」
「そうだな…ホグズミードはあまり品揃えがいいとは言えないけど…強力粉と薄力粉と…それから……」
就寝時間間近。
眠そうな目をこすりながら、紅茶の入ったカップを片手にとがそんな会話をしている。
そう、明日はホグズミードなのだ。
シリウス・ブラックの事件以来、ホグズミードに行くことすら危ぶまれたのであったが、この一週間シリウス・ブラックがホグワーツに侵入してこないので、ひとまず危険は回避されたと判断したのだろうか。
今週末はホグズミードに出かけることが出来るようになった。
けれど、どうやらは行かないらしい。
のベッドで先にまどろんでいた俺は、耳をぴくぴくと動かした。
「……これだけでいいのか?」
「うん。たぶんこれで大丈夫だと思うけど…もしが何か気付いたら補充しておいてくれると助かるな」
「解った」
「明日、楽しんできてね」
やんわりとした笑みを浮かべたは、手早くカップを片付けると俺の隣に潜り込んだ。
冷たい空気が掛布とシーツの間に滑り込んできたが、すぐにのぬくもりに変わった。
眠さとやりたいことの間に阻まれて、はいつも夜になると何かと葛藤している。
ベッドに潜り込むのは、眠気が最大限になったときだ。
ほら、今だって俺と、ニトにおやすみ、と声をかけるや否や夢の世界へと旅立っている。
いつも寮の部屋の電気を消すのはなんだ。
そのうち、しばらくがさがさやっていたも眠りについたらしく、規則正しい寝息が聞こえてきた。
翌日、はドラコたちと連れ立ってホグズミードに出かけていった。
寮にはまだホグズミードに出かけることの出来ない低学年の生徒たちのみが残り、と同じかそれ以上の学年の生徒たちはみんな出払ってしまっていた。
寮は異様なほどに静かだった。
を見送ったは、ニコニコと微笑みながら地下牢へ向かった。
不思議な顔をしてついていくと、いつものとおりスネイプ教授の研究室が目に入った。
トントン、と二回ノックする。
中から渋い顔をした教授が現れた。
「…ホグズミードには行かなかったのか?」
「はい。生徒がいなくて静かになる日なんて、ホグズミード週末のときくらいでしょう?少し気になることがあって、スネイプ先生とお話したかったんです」
にっこり笑むと、教授は苦い顔をしながらも、親切に部屋の中にを招き入れた。
そして、いつも切らすことのない珈琲をカップに注ぎ、の前に差し出した。
「…それで、話とはなんだね」
「はい、シリウス・ブラックの襲撃事件について少し…」
いきなり問題をたたき出したに、教授はやや苦い顔をした。
でもはそんな教授にやんわりとした笑みを返しただけだった。
手にした珈琲を口にしながら、教授の次の言葉を予想して楽しんでいるようにも見える。
「…我輩よりも良く知っておろう」
「事実でしたら、ね。でも今日僕が知りたいのは、彼の襲撃事件を受けて、ホグワーツの教員の方々がどのような行動をとったのか、またこれからどのような行動をとるのか…そのことです。事実ではありません」
教授はまた苦い顔をした。
は微笑を絶やさずに差し入れに持ってきたクッキーを頬張った。
「ふん、これまで以上に警備を強化する、その程度だ。そんなことであの忌々しいやつがつかまるとは思えんがな」
「…ああ、そういえば教授はシリウス・ブラックと同期でしたか」
くすり、とが口元を緩めると、教授はますます苦い顔をした。
「…でも、それ以上のことも知っているでしょう?」
「どんなことだ?」
「そうですね…シリウス・ブラックが本当に例のあの人の部下であったのかどうか…など」
声を潜めた。
が言葉を切ると、教授の研究室は、しーんと静まり返った。
自分の鼓動の音が聞こえるくらい静かだ。
「…我輩に意見を求めるまでもないだろう、。その手の話については我輩よりも詳しいはずだが」
「僕が持っているのは知識としてなんです。実際その場で彼の姿を見たわけでもなく、彼のことを知っているわけでもない。だから、憶測で物事を決めるのはどうかと思いまして。やはり、ここは教授にご意見を伺うのが一番いいことかと思ったのですが…」
は小さなため息をついた。
「やっぱり、ダメですか?」
少し寂しそうな笑顔。
悲しそうに曇った瞳。
それが演技であることに、長年一緒にいる俺が気がついたのがつい最近のことだった。
はいつも自然にそれをやってのける。
別に心にも思ってないことを口にし、そして自然な態度でその言葉と体を調和させる。
俺が長年気付かなかったんだ、いくらホグワーツの教員といえど、教授だって気付くはずがない。
教授は一瞬詰まってから、しばらく考え込み、それから薄い唇をゆっくりと動かした。
勿論声はいつも以上に小さい。
「…我輩が知っているのは……シリウス・ブラックを始めとする例の一味の中には自分ひとりでは何も行動できないやつがいたということだけだ。いつも強いものの後ろに隠れ、自分が一番安全な位置に身を置く。我輩が嫌いな卑怯な考え方を持ったやつだ。…けれど、そいつは死んだ…いや、我輩がその場にいたわけではないから確証はないが、世間的には死んだことになっている。そして、シリウス・ブラックも捕まった。これ以上何を望むというのだ?」
教授はたまっているものをすべて吐き出すかのように一気にしゃべった。
は口元を緩めて微笑んだ。
…教授もの手の内にはまったのか…と、の狡猾さに舌を巻いた。
「では、シリウス・ブラックがあの時ハリー・ポッターを傷つけずに逃げた理由の推測はついていますか?」
「…それは……」
はまたにこりと微笑んだ。
「教授、僕にはどうしても引っかかることがいくつかあるんです。けれど、それを証明するにはいくつか校則を破らなくてはならないんです。もしも教授が黙認してくださるのなら……」
そこでいったん言葉を切ったは、何かを含むような笑みを浮かべた。
「ホグズミードから生徒が帰ってくる少し前に、銅像の前で待っててください。そこで何が起こるかはお教えできませんが、面白いことが起こるでしょう」
スネイプ教授は眉間にしわを寄せてを見つめた後、黙って首を縦に振った。
それが了承の合図だった。
は微笑みながら会釈をし、部屋を後にした。
結局の知りたいことはなんだったのか、俺にはわからずじまいだった。
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とが珍しく別行動してます。