狡猾な週末 2


 「……父上からの梟便がもう届いてもいい頃だ。僕の腕のことで聴聞会に出席なさらなければならなかったんだ……三ヶ月も腕が使えなかった理由を話すのに……」

 ドラコはにやりと嫌な笑みを浮かべながらそんなことを言った。
 珍しくと別行動になった僕は、ドラコたちとともにホグズミードにやってきた。
 質のいい店が並んでいるとはいえないが、ホグワーツの密閉された生活から解き放たれた生徒たちは、ここぞとばかりに遊び続ける。
 勿論、僕やはこのあたりの相場を知っているから、ある程度のものしか購入しない。
 ドラコも、楽しんではいるものの、時々品物を見てはふんっ、と鼻を鳴らして笑う。
 ああ、その程度の店並なんだ。

 一通り買い物を済ませた僕たちは英国一の呪われた館『叫びの屋敷』のほうへ歩いていた。
 この丘の上は静かで、なかなかおぞましい光景が見られる。
 人通りも少ないので、休憩して話をするにはもってこいの場所なんだ。

 …と。
 ドラコの話に半分耳を傾けつつ、半分ほかの事を考えていた僕は、視界に赤い髪の毛が入ったことに気がついた。
 よく目を凝らしてみると、それはウィーズリー家の人間だった。
 どうやらドラコも気がついたようで、にやりと意地悪く顔をゆがめた。

 「ウィーズリー、何してるんだい?」

 鼻につくような声でそういった彼は、背後のぼろ屋敷を見上げた。

 「さしずめ、ここに住みたいんだろうねぇ。ウィーズリー、違うかい?自分の部屋がほしいなんて夢見てるんだろう?君の家じゃ、全員が一部屋で寝るって聞いたけど…ほんとかい?」

 くすくすとクラッブとゴイルが笑う。
 確かに、一つの部屋にウィーズリー家の人間全員が寝るなんて、どれだけ家が狭いんだろうと想像してしまう。
 一人一部屋なんて当たり前じゃないのか?

 に頼まれていた荷物を抱えていた僕は何も言わなかったが、その場でウィーズリーを助けようとも思わなかった。
 グリフィンドールの生徒が何を言われようが、僕にはなんら関係のないことだからね。
 でも、ローブの中に隠して連れてきたニトは、何か気になることがあるらしくてひたすら僕のローブを引っ張っていた。
 それがなんなのかは解らないが、おそらく…おそらく、動物的直感でも働いたのだろう。
 両手がふさがっていてニトを外に出すことが出来ないから、僕はニトのしたいようにさせることにした。
 …つまり、その場でじっとたたずんでいたわけだ。

 「僕たち、ちょうど君の友人のハグリッドのことを話してたところだよ」

 ドラコが意地悪くそういった。

 「『危険生物処理委員会』でいまあいつが何を言ってるところだろうな、ってね。委員たちがヒッポグリフの首をちょん切ったら、あいつは泣くかなぁ……」

 満面の笑みだった。
 その場でヒッポグリフとドラコのやり取りを目撃した僕としては、原因はドラコにあると思う。
 けれど、ドラコのような生徒をしっかりと扱えない教師も教師であるし、第一彼はホグワーツを退学になった身の上だ。
 そんなものが教員になること自体快く思っていないから、あえて口出しすることはしなかった。
 これはと話していたことだし、ヒッポグリフを助けたいのならば、裁判に勝つ根拠を見つければいいだけのことだ。
 簡単じゃないか。

 そんな風に彼らのやり取りを傍観していたときだった。
 何かが僕の側を勢いよくとおりすぎた。
 それからすぐにべちゃっという音がした。

 「な、なんだ……?」

 見れば、ドラコの頭に泥が命中し、彼のシルバーブロンドの髪から滴り落ちているところだった。
 泥は彼自慢のローブにまでおよび、一瞬にして綺麗に着飾っていたドラコが汚れた。
 泥を飛ばした主は誰だかわからない。
 ただ、必死になってニトが僕のローブを引っ張っているのがわかっただけだ。
 ロナウド・ウィーズリーは垣根につかまらないと経ってられないほど笑いこけていた。
 クラッブとゴイル、それにドラコはそこいらじゅうをきょろきょろ見回しながら、バカみたいに同じところをぐるぐる回り、ドラコは髪についた泥を落とそうと躍起になっていた。

 どちらの姿も滑稽で笑える。

 続いて、酷くぬかるんで悪臭を放っているヘドロの辺りから、また泥が投げられた。
 今度はクラッブとゴイルに命中した。
 あまりの滑稽さに僕は荷物を足元において少し口元を緩めた。
 ロナウド・ウィーズリーの笑い方も、見えない敵を躍起になって探す三人の姿も…
 どちらも、同じくらい面白い。
 僕のローブを必死に引っ張っているニトを抱き上げると、ニトはにゃぁにゃぁ声を立てて鳴いた。

 「あそこから来たぞっ!!」

 ドラコもほかの二人も死に物狂いだ。
 目に見えない敵ほど恐いものはない。
 恐怖におびえながらも、目に見えない敵を探し出そうと躍起になっている……
 そんなときか。
 クラッブの馬鹿でかい体がいきなり前につんのめった。
 そして、ここにいるはずのないハリー・ポッターの頭が空中に現れたのだ。
 ニトの鳴き声が一層大きくなる。

 「ぎゃあああ!!

 煩いニトの鳴き声をかき消すほどのドラコの悲鳴。
 僕のことも忘れ、彼ら三人は一目散に丘を走り降りていった。

 残された僕とニトは、ハリー・ポッターの生首をじっと見つめた。
 額にある稲妻型の傷。
 いつもかけている丸い眼鏡。
 首の高さは丁度彼の身長と同じくらい。
 首が浮いているというよりは、首から下が見えなくなっていると表現したほうがいいのかもしれない。
 ニトは警戒してふーっ!と声を上げ毛を逆立てている。
 一度ハリー・ポッターと目が合ったが、僕は何も言わずにすぐに目を逸らした。

 「…ニト、そんな風に威嚇するな。弱きものほどそうやって相手を威嚇するものだ。強いものほどどっしりと構えているものだ。何も恐がることはない。ただのハリー・ポッターの生首ではないか」

 ニトの背中をなでながらそういうと、僕はニトをローブの中に戻し、地に置いた荷物を手にして丘を下ることにした。
 ハリー・ポッターと会話をする気にはなれなかったし、何故彼がここにいるのかを問い詰めようとも思わなかったのだ。

 「…ハリー!」

 後ろのほうでロナウド・ウィーズリーが絶望的な声を上げているのが微かに聞こえたが、それすらどうでもよかった。
 面倒ごとに巻き込まれるのは、友達を助けるときだけで十分だ。
























 かたり、とマグカップをテーブルの上に置いたは、ひとしきり語り終えたのかため息をついた。
 はくすくす声を漏らして笑っている。

 「それでこんなに早く帰ってきちゃったんだ」

 が時計の針を見ながら微笑んだ。
 は呆れたような疲れたような表情で、二杯目の珈琲を口にしているところだった。

 「…面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだからな」
 「ハリー・ポッターか…いつも何かしらやらかしてくれるけど、だから退屈でなくなっていいと思わない?」
 「…どうだろうな。彼らの行動は勇気があるというよりは無鉄砲極まりないし、質のいい悪戯とも思えない。憎悪の念から復讐を考えているとしか思えないし、あまり能力があるとも思えないが」
 「…当たってる…かも」

 またがくすりと微笑んだ。
 白く細い指で、たちがホグズミードに行っている間に作り上げたマフィンを口に運んでいる。
 の隣に寝そべっている俺は、時々の手からマフィンのかけらをもらう。
 ニトは心底疲れたらしく、俺の背中に丸まって早々に寝入ってしまいしばらく起きそうにない。

 ホグズミードから生徒が帰宅する時間にはまだ程遠かった。

 「じゃあ、。これからハリーたちがどうなるのかを見に行かないかい?」

 が立ち上がると、はため息をついて頷いた。

 「本当は気になってるでしょう?ハリーの生首」
 「…大体の想像はついているが…本人の口から聞いて見たいものだな。どんな言い訳が出てくるのか」

 二人同時に笑った後、俺の上からニトを抱き上げたは、扉のほうに歩いていった。
 続いて、そしてしんがりは俺だ。

 寮の談話室には低学年の生徒がまばらに残っているだけだった。






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 が黒いのは気のせいでしょうか(笑)