地下牢にて
先にスネイプ教授の地下牢に行ってるといいよ、とはに言った。
そして自身はルーピン教授の研究室のほうへ向かっていったのだ。
は首をかしげながら地下牢のほうへ向かって歩いていく。
は、が完全に自分の場所から見えなくなると、ゆっくりと歩き出した。
流石にハリーたちを危険なところへ陥れるのは得策じゃないと考えたのかもしれないな。
「…ハリーには少し自分の置かれている状況を把握してもらいたいんだ。だけど、スネイプ教授にかかればハリー・ポッターですらどんなことをされるかわからない。…いや、ハリー・ポッターだからかな。だから、少々手助けを頼んでおこうと思うんだ」
俺にそう話しかけながら、はしっかりした足取りでルーピン教授の研究室にたどり着いた。
トントン、と扉を二度ノックすると、中から入りたまえ、というくたびれた声が聞こえた。
きぃ、と扉を開け、まずが最初に中に入る。
次に俺が続く。
あいかわらず、乱雑としたその部屋の中で、ルーピン教授はくたびれたローブに身をまとってボロボロの椅子に腰掛けていた。
ホグワーツにきていくらか健康的になったとはいえ、ほかの教員や生徒に比べれば肌の色も髪の色もくたびれている印象を受ける。
「おや、珍しいお客さんだね。ホグズミードに出かけなかったのかい、」
書類の山の中から顔を上げたルーピン教授は、気さくに微笑むとに椅子を勧めた。
は笑顔でそれに応じると、ついこの間作ったお菓子を机の上において、ルーピン教授に差し出した。
「ほぉ。これはまた美味しそうなものを…」
「マフィンなんですけど、少し甘いかもしれません。もしよかったらどうぞ。先生のためにメープルシロップも持ってきてます」
はにっこりと微笑んで、大きなシロップの入った入れ物を机の上に置いた。
ルーピン教授はの意図していることをわかっているのかいないのか、ただニコニコと微笑んで差し出されたマフィンをじっと見つめていた。
「これは嬉しいね。丁度休憩をしようと思っていたところなんだ。紅茶でいいかい?」
「ありがとうございます」
ちゃっかりの横の椅子に飛び乗った俺は、の笑顔とルーピン教授の笑顔に挟まれてくらくらしている。
二人とも、笑顔が綺麗だ。
「…それで、僕に何の話だい?」
ルーピン教授は出来たばかりの紅茶に角砂糖を4つ入れながら、ニコニコとに話題を振った。
わかっていたのか、とは笑顔で返事をすると、紅茶に角砂糖を1つ入れながら返事を返した。
「ハリー・ポッターのことで少々お話が」
ハリーの名前を聞くと、ルーピン教授の眉がぴくりと動く。
どうやら教授もハリーには特別の興味を持っているようである。
「ハリーがどうかしたのかい?」
「ええ。ホグズミードに出かけた僕の友達が奇妙なものを見たといって帰ってきましてね」
長い足を組んで、紅茶に口をつけながらは話し始めた。
マフィンを笑顔で頬張りながら、ルーピン教授の耳はの声を真剣に聞き取ろうとしているみたいだ。
その目で解る。
「『叫びの屋敷』まで行ったところでロナウド・ウィーズリーと出会ったそうなんです。彼らの話では、ロンは一人でそこにいたはずだと。それが、何事か会話をした後に、どこからともなく泥の塊が飛んできて、…ドラコ・マルフォイの頭に命中した、とね」
「…誰かの悪戯じゃないのかい?例えば、ロンのお兄さんたちなんかは無類の悪戯好きだからね」
「ええ、僕もそう思ったんです」
は比較的ゆっくりと、緩やかな声で話を続ける。
ルーピン教授は2つ目のマフィンに手を伸ばしながらの話に耳を傾けている。
「けれどその後に、どこからかハリー・ポッターの生首が現れたというんですね。…の話では、首から下が見えないようにそこにあったようだ、と」
ルーピン教授の表情が少し固くなった。
はすまし顔で紅茶を飲んでいる。
「…それで?」
「ハリーはホグズミードに行く許可を受けていません。ただ、誰にも見られないようこっそりと、透明マントか何かで身を隠してホグズミードに遊びに行く程度でしたら、僕も何も言わないのですが…今回は、人に姿を見られていますからね。少々やりすぎではないかと思うんです。突拍子もない行動をするのは彼には良くあることですが…今はシリウス・ブラックの件もあり、ハリーが突拍子もない行動を起こすといろいろと厄介なことが……」
がさりげなく強調した透明マントという言葉に、ルーピン教授は食いついた。
当たり前だ。
かつてルーピン教授も、ハリーの両親やシリウス・ブラックなどと一緒にそのマントを使った本人である。
たくさんの悪戯が成功したのもそのマントのおかげといえなくないだろう。
「それはつまり……」
「…ハリーはおそらくスネイプ教授の地下牢にいると思います。被害にあったドラコが報告しているはずですから。ドラコの目の錯覚という風に片付けられる問題ならいいのですが、生憎クラッブもゴイルも、それにも彼の生首を目撃していますから、錯覚ということでは片付けられないかと」
3つ目のマフィンに手をつけようかどうか迷いながら、ルーピン教授はのほうを向いた。
その目は困惑していて、そして真剣だった。
「…僕、ハリーにはあまり危険なことをしてもらいたくないんです。ここでスネイプ教授にお灸を添えてもらえるのはいいことなのでしょう。ですが、スネイプ教授はスネイプ教授でハリーを毛嫌いしていますから…できれば、ルーピン教授が少々手助けをしてくださると嬉しいんです。勿論、ハリーのことは任せます」
ルーピン教授は難しい顔で頷いていた。
そんなときだったか。
いきなり教授の後ろにある暖炉の中からスネイプの聞いたことのある声が響き渡ったのは。
『ルーピン!話がある!』
「…おや、早速お呼び出しのようですね」
くすくすとが微笑むと、ルーピン教授はやれやれとため息をつきながら笑って暖炉に近づいていった。
も立ち上がる。
「君も来るといいよ、。この暖炉はセブルスのところにつながっているからね」
すっ、とルーピン教授が暖炉を潜り抜けた。
その姿は消えてなくなり、部屋にはと俺だけが残された。
俺はのほうを見上げたが、はいつものように笑顔を絶やさずそこを見つめていて、教授の姿が完全になくなったのを確認した後俺を連れて暖炉の中に入った。
暖炉の中は必要以上に灰がぱらぱらと降ってきて、何度もむせそうになった。
それでも、その暖炉の中は確かにどこかに続いているようで細い道が続いていた。
しばらく歩くと、明かりが見え、その先にルーピン教授、スネイプ教授、それにハリーとがいるのが見えた。
最初に暖炉の外に出たのはだ。
次に俺が出た。
は自分のローブについた灰を丁寧に取り、その後俺の体についた灰を綺麗に落としてくれた。
そうした姿を見て、ハリーが目を丸くして驚いていたのは言うまでもないだろう。
「セブルス、呼んだかい?」
先についていたルーピン教授は、穏やかにそんなことをいった。
「いかにも」
怒りに顔をゆがめ、机のほうに戻りながら、スネイプが答えた。
はのほうに歩いていき、ニコリと微笑んだが、はため息をつくばかりであった。
いままで何をしていたんだい、とが小声でに囁く。
(…ハリー・ポッターに一連の事件の内容を説明して…彼のポケットの中身をひっくり返したところだよ)
(それで、ハリーは何を持っていたんだい?)
(ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングズの名が刻まれた羊皮紙さ。無理に中身を読もうとするものを侮辱する内容が浮き出ている。…ほら、スネイプ教授がルーピン教授に渡している、あの紙切れさ)
は呆れてものが言えないという表情だ。
は微笑んでいたが、その瞳の輝きがいつもと違うことに俺は気がついた。
鋭く羊皮紙を見つめていた。
何かを真剣に考えているのか、もしくはにしか見えないものが見えているのか…
そのどちらかであろう。
「この羊皮紙にはまさに『闇の魔術』が詰め込まれている。ルーピン、君の専門分野だと拝察するが。ポッターがどこでこんなものを手に入れたと思うかね?」
「『闇の魔術』が詰まっている?」
教授は静かに繰り返した。
そのさい、ちらりとハリーのほうに視線を送り、黙っているようにと警告したように見えた。
もも黙ってその様子を見ていた。
「セブルス、本当にそう思うのかい?私がみるところ、無理に読もうとするものを侮辱するだけの羊皮紙に過ぎないように見えるが。子供だましだが、決して危険じゃないだろう?ハリーは悪戯専門店で手に入れたんだと思うよ―」
ルーピン教授の声は穏やかだった。
ゆっくりとやわらかくしゃべり、スネイプ教授をこれ以上興奮させないよう務めているとしか思えない声色だ。
スネイプ教授の眉間がぴくぴくと動く。
顔をゆがめてルーピン教授を舐めるように見つめている。
はうまくやったものだ、という感じで満足そうに微笑んでいた。
は相変わらず何も言わずにその場にじっとたたずんでいる。
(…悪戯専門店の商品か)
(なんでもいいさ。僕はあんなところに興味はないからね。あそこに並んでいる商品のことなんて覚えていないし、あそこはよく商品が入れ替わるから、今回同じ商品が並んでいなかったとしてもなんら不思議はないね)
「悪戯専門店でこんなものをポッターに売ると、そう言うのか?むしろ、直接に製作者から入手した可能性が高いとは思わんのか?」
「ミスター・ワームテールとかこの連中の誰かからという意味か?ハリー、この中に誰か知っている人はいるかい?」
くすり、とが笑みをこぼした。
は呆れたため息をついた。
「いいえ」
冷静を保ちながらハリーが答えた。
「セブルス、聞いただろう?私にはゾンコの商品のように見えるがね」
とたん、合図を待っていたかのようにロンが研究室に息せき切って飛び込んできた。
スネイプの机のまん前で停まり、胸を押さえながら途切れ途切れにしゃべった。
がおかしそうに笑みを浮かべている。
が呆れたため息をついている。
ハリー、ルーピン教授、ロン。
三人の茶番劇を見ているのはなかなか愉快なものである。
流石にスネイプ教授にハリーの出てくる場所を教えたのはまずいと思ったのか、が仕組んだこととはいえ、ルーピン教授は良くやってくれている。
しばらく話をしていたが、ルーピン教授がハリーとロンを連れて部屋を出て行ってしまった。
部屋には怒りに顔をゆがめたスネイプ教授ととが残った。
「まったく」
いらいらした表情で何度もため息をつくスネイプ教授に、がゆっくりと口を開く。
「…ルーピン教授はグリフィンドール寮出身ですからね。おまけにハリーのご両親とも仲が良かった。友人の息子ともなれば、かばわずにはいられないのでしょう」
「でも、これ限りだと思います。いくらなんでも目撃者が多い。これ以上ハリーが考えなしに行動を起こせば、いくらルーピン教授といえどもかばいきれるはずがないですからね」
スネイプ教授はまだ納得のいかない渋い顔をしていた。
「…ああ、二人ともご苦労だったな。また何かあったら我輩に話すように。もう寮にもどっていい」
くすくす微笑みながら、とはスネイプ教授に一礼すると部屋を出て行った。
「…別に、かばわなくても良かったんじゃないか?」
「いや、いいお灸になったと思うよ」
「だろう?ルーピン教授に話をしたのは」
「うん」
「ハリー・ポッターなんかかまわずに、あのままスネイプ教授に尋問させていればよかったのに」
「…最初はそう思ったんだけどね。スネイプ教授の厳しい尋問を何時間受けるよりもさ…ルーピン教授に真剣にたったひと言言われたほうが、ハリーにとってはお灸になるような気がしたんだ」
寮に戻ると、はそんなことをいいながら、マフィンを頬張った。
甘めに作ったはずのマフィンに、大量のメープルシロップをかけて頬張っていたルーピン教授を思い出して微笑みながら。
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狡猾ではありますが、ちゃんとフォローもします。