腫れた頬
魔法生物飼育学。
ハグリッドの授業だが、最近の授業は臆病になってしまったハグリッドのせいで、あまり楽しくない、とがこぼしていたのを聞いたことがある。
それでもはハグリッドのことが好きだろうし、授業内容が暇であれば、何かやることを見つけて作業をしているから、あんまり問題はないんだろうなと思う。
授業が終わった。
城内に戻る道を歩いていたら、とを待ち構えていたかのようにドラコが嫌な笑みを浮かべながら近づいてきた。
手には誰かからの手紙を持っている。
クラッブもゴイルもニヤニヤと笑っている。
「どうかしたの?ドラコ」
「ああ、父上からの手紙が届いたんだ、」
ああ、とが声を漏らした。
「バックビークの裁判か」
が差して関心のなさそうな声でそうつぶやいた。
ドラコはニヤニヤとした笑みを絶やさず、手紙の内容を読み上げた。
「……ハグリッドの敗訴、バックビークは処刑。ただし、ホグワーツに戻ることは許された……か」
一瞬の瞳が曇った。
俺は、ドラコがバックビークに襲われた日の授業を思い出していた。
あれは、明らかにドラコが悪かった。
ハグリッドは最初にヒッポグリフは誇り高い生き物だと注意を呼びかけていたし、こちらからお辞儀をするように教えていた。
ハグリッドの忠告を聞かずに、バックビークを馬鹿にするような言葉をかけたドラコに非があったはずなんだ。
何しろ、もも俺も、漆黒のヒッポグリフの背に乗って空を飛んだし、ハリーも飛んだ。
バックビークは、ハリーに対して何もしなかった。
それなのに、どうしてバックビークが負けることになったのか。
俺にはそれがわからなかった。
「……それで君は満足したのかい、ドラコ」
「ホグワーツにバックビークが戻ってきたって言うのが気に入らないけれどね。あんな凶暴な生き物を授業に使うなんてどうかしているよ。それが証明されただけでも僕は嬉しいかな」
くすくす嫌な笑みを浮かべて、クラッブとゴイルが後ろをちらちら振り返る。
気になって振り返ったら、そこにはハグリッドを中心として、ハリーやハーマイオニー、それにロンが話をしながらやってきていた。
「でも、バックビークはヒッポグリフの中でも美しい部類にはいると思ったけれど」
「ヒッポグリフは貴重な生物だからな。処刑されるのは少し惜しい気がするよ」
とがつぶやくと、ドラコの表情が少し曇った。
どこまでこの少年は自分の意見が通らないと気がすまないんだろう……
「僕の腕が3ヶ月も使えなかったんだぞ?それだけでヒッポグリフは処刑されるに値するじゃないか」
「……ああ、そうだな。ハグリッドたちが控訴したとしても既に結果は決まってるだろう?」
「ハグリッドは極度のあがり性だからね。裁判の席に、それも加害者側として立つなんて、なんて不利なことだろう」
との発言は呟きだ。
ドラコに向けて話しているものでもないし、お互いがお互いの発言を意識してつぶやいているものでもない。
もも、ヒッポグリフの背に乗って空を飛んだ、最初の授業の日のことを思い出しているような気がした。
第一印象はよくなかったが、冷静に見れば半鳥半馬の生物は、気高く雄雄しくその場に存在していた。
羽根が毛並みに変わっていくさまは、今思い出しても美しいものだと思う。
ドラコにしてみれば、自分のことを攻撃したものになってしまうのかもしれない。
けれど、しゃべれないバックビークにだって主張する権利はあるだろうに、どうしてドラコの意見ばかり通ってしまうのか、疑問だ。
「見ろよ、あの泣き虫!」
いきなりドラコの声がした。
俺達が城の入り口に足を踏み入れたところだっただろうか。
少し先を歩いていたドラコたちは、城の扉のすぐ裏側でハグリッドたちの会話に聞耳を立てていたらしい。
振り返ると、ハンカチに顔をうずめたハグリッドが小屋に戻っていくところだった。
がやれやれ、と首を横に振っていた。
どうも最近の瞳は曇りがちだ。
「あんなに情けないものを見たことがあるかい?」
マルフォイが言った。
小屋に戻っていくハグリッドの姿を指さして馬鹿にしたように笑っていく。
くつくつと嫌な声で笑う。
「しかも、あいつが僕達の先生だって!」
瞬間、目の前で不思議なことが起こった。
バシッ!
ハーマイオニーがあらん限りの力をこめて、マルフォイの横っ面を張ったのだ。
マルフォイの発言に怒ったハリーとロンが手をあげるよりも速かった。
これには俺もも自分の目を疑った。
は最初に俺と顔を見合わせ、それからと顔を見合わせた。
は、はしたない、と小さくつぶやき彼らから顔を逸らした。
それからはハーマイオニーをじっと見つめた。
「ハグリッドのことを情けないんだなんて、よくもそんなことを。この汚らわしい―この悪党―」
殺気だっていると表現すればいいのだろうか。
もう一度ドラコに向かって手を上げたハーマイオニーは、怒りをあらわにしてドラコに向かってくる。
「ハーマイオニー!」
ロンがおろおろしながら、ハーマイオニーが大上段に振りかぶった手を押さえようとした。
「放して!ロン!」
ハーマイオニーが杖を取り出した。
ドラコは後ずさりし、クラッブとゴイルはまったくお手上げ状態でドラコの命令を仰いでいた。
流石にまずいと思ったのだろう。
城内とはいえ、生徒が淫らに魔法を使うことは禁止されている。
それに、いくらここでハーマイオニーとドラコが喧嘩したところで、裁判の結果が覆されることはないのだ。
確かにハーマイオニーが怒る理由はわかる。
一方的にハグリッドをバカにしたドラコに非があるのは目に見えて明らかだ。
けれど、ここでハーマイオニーがドラコに手を上げたら、たぶんルシウス・マルフォイが黙っちゃいない……
俺は、そう思う。
もそう考えたのだろうか。
「ドラコ、次の授業の準備をしに戻ろう」
「……あ、ああ。行こう」
ドラコがそうつぶやくと、三人はたちまち地下牢に続く階段を降り、姿を消した。
とが顔を見合わせてため息をついていた。
が先に地下牢に続く階段を降りた。
は少し待って、ハーマイオニーのほうを振り返った。
ハリーとロンと少し興奮したハーマイオニーがなにやら話をしているところだった。
の瞳がなんだか深い色をして三人の様子をじっと見つめていることに気がついた。
「…………」
気がついたのはハーマイオニーだ。
かぁっと顔を赤くして、自分のしたことを思い出しているらしい。
は寂しげな笑みを浮かべていた。
「たまには、休息も必要だと思うよ、ハーマイオニー」
はそうつぶやくと、のあとを追うようにして地下牢へと続く階段を降りていった。
後に続いた俺は、三人が話をしているのを耳にしたけれど、なんていっていいのか分からなかった。
寮の談話室では、ハーマイオニーにたたかれた頬を真っ赤に腫らしたドラコがふくれっつらをして椅子に座っていた。
次の授業に行くまでの些細な時間だったが、は氷とタオルでドラコの頬の治療をしていた。
マダム・ポンフリーのところに行くには時間がなく、こんなことになってしまった原因を話すのが面倒だから、とは言う。
「だめだよ、ドラコ。あんなふうに相手の気持ちを逆なでするようなことを直接言っちゃ」
「君は、窮鼠猫をかむ、という言葉を知らないのかい?」
ドラコのふくれっつらは治らない。
よほどハーマイオニーにたたかれたのが気に入らないらしく、すねたような表情をしている。
「だけど、本当のことだろう?ホグワーツを退学になった身だぞ?魔法も使えない。そんな奴教師をやるなんておかしいじゃないか」
「……ああ、確かにな。それに、ハグリッドに授業を教えるのは不向きだと思うよ」
「だったらあれくらい言ってもいいじゃないか」
ドラコの体温で溶けてしまった氷を交換しながら、がつぶやいた。
「ダメなんだよ、直接言ったら。攻撃をするなら、直接するよりも間接的にしたほうが相手に衝撃を与えることが出来る」
「直接言うと、今回のように痛い目にあうこともあるからね」
「……」
は笑顔だったけれど、その笑顔はどこか寂しげで、先ほど起きた事件のことをじっと考えているようだった。
次の授業が始まるまで後10分しかない。
が何を考えているのか……
その思考の断片だけでもいいから俺にわかって、と悩みを共有できたらいいのになぁって常に思う。
俺にはの考えていることがよくわからなくて、結局はいつも独りで抱え込んでいる。
ハーマイオニーのように爆発することはないけれど、が悩んだ表情をするのは好きじゃない。
「君がハリーたちを気に入ってないことは知ってるよ。特にハーマイオニーはマグル上がりの生徒だから余計だろうね」
「それに、父親からのプレッシャーもあるんだろう?」
「それでも、相手を攻撃するならもう少し上手くやったほうがいいよ、ドラコ」
むすっとしたドラコに優しい笑みを向けながら、はドラコの頬の腫れがひいたかどうか確かめているところだった。
「……ハーマイオニーがちょっと気になるかな……」
そっと俺の耳元ではそうつぶやいていた。
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原作だと、横っ面を張ったって表現です。
…がっ!!映画だと思いっきり殴ってますよね、このシーン……
ハーマイオニーはどうやらいっぱいいっぱいのようです。