星空の下
ハーマイオニーが占い学の教室を飛び出した。
彼女にとって占い学の授業は‘ばかばかしい’ものでしかなかったのだろう。
人には得て不得手がある。
解っている。
解っているんだけど、僕の心は痛んでいる。
占い学を否定するということは、トレローニー先生を否定するだけでなく。
母の仕事を、代々続いてきた家の家業を…そして、おそらく僕の将来をも全て否定することになる。
彼女はずっと占いを拒んでいたから、どれだけ長い間授業を受けようと何か予言をすることなんて出来ないだろうと思うし、無理に授業を受ける必要もないと思う。
占い学は選択授業だ。
それでも、それでも僕は……なんだか胸が痛いよ。
「……珍しいですね、。こんな時間にここにいることが知られたら貴方は困るのではないのですか?」
「…ベイン……」
がさりと揺れた茂みから現れた黒い毛並みのケンタウラス。
禁じられた森の奥で、星の力を吸い込んで輝いている魔法石とともに星を見上げていた僕の傍にやってきた。
今夜の空は明るい。
月があたりを照らし、途切れ途切れの雲の間からはまばゆく輝く星達が顔を出したり隠したりしている。
「金星がいつもと違った輝きをしています。青い星座は瞬きが弱い……」
ケンタウラスは僕の隣に腰を下ろし、僕を上から見下ろした。
がぴくぴく耳を動かし、僕のほうに身を寄せたから、僕はの体を優しくなでた。
「占い学っていうのは、深い学問だから。理解されないことも多い……よね」
ぼそりとつぶやき、空を見上げた。
なんだか悲しくなってきた。
僕の…僕が何かできるかといえば…何にも出来ないんだ。
僕がいくら占い学がすばらしいものかを説いたって、ハーマイオニーが占いに対して心を開かなかったら何も変わらない。
それに彼女はあまりに真面目すぎるから、トレローニー先生の仕草に耐えられないんだろう。
彼女のためには、占い学をやめるということが良かったのかもしれない。
解ってるんだ。
解ってるんだ、頭の中では。
「……あまり深く悩まないことですよ、。前に言ってくれましたね。未来は変えられる、と。そしてそれを私達に体験させてくれました。きっと大丈夫」
ベインはすくっ、と立ち上がった。
黒い毛並みが月明かりに照らされ輝いている。
ケンタウラスの神秘的な雰囲気に僕はいつも見惚れてしまう。
「このまま貴方と一緒に星を見ていたいのですが。どうやらフィレンツェが私を呼んでいるようです」
そういうと、ベインは僕に一度会釈してひらりと茂みの中に舞い戻っていった。
静寂に包み込まれた。
僕と、と…瞬く星。
ぎゅっとに抱きついた。
何かぬくもりのあるものに触れていないと、涙があふれそうでどうしようもなかった。
「、」
ふわり、と一瞬首に提げてあった日記帳が浮いた。
中から輪郭のぼやけたリドルが現れた。
彼は僕の斜め横に腰を下ろすと、僕の顔を心配そうに覗き込んだ。
まいったな……リドルにも僕の感情が伝わってしまっているみたいだ。
もさっきからずーっと心配そうに僕を見つめ、僕に寄り添ってる。
「……リドル……」
「夜の禁じられた森、か。が星を見によく足を踏み入れていたよ。君もやっぱりの血を引いてるんだね」
そういって空を見上げたリドルは、そういえば、とつぶやくように言葉を続けた。
「がここに来るときはいつも…何か自分だけでは解決できないことを読み取ったときだったかな。生憎、僕に占いの潜在的能力はないからね。それがどんなことなのかは解らなかったけど」
君も、そうみたいだね……と、リドルは言った。
僕はただリドルをじっと見つめていることしか出来なかった。
占い学を否定された。
それは…やっぱり母を否定することで、僕を否定することにつながるのではないかと…
僕はハーマイオニーが大好きだから。
だから、ハーマイオニーに否定されるのはとっても辛いんだ。
きっと彼女はそんなことこれっぽっちも思っていないんだろうけど、でも、どうしても…
理解していても胸が痛むんだ。
「……占い学をやめた生徒がいたんだ」
「ふうん……」
リドルは大して興味がなさそうだ。
なんだか語るのも気が引けたけれど、口にしてしまえば少しは楽になるのかもしれないと思って、全部吐き出してしまうことにした。
「占い学は深い学問だから、理解されないことも多いと思う。でも……」
なんだか言葉にしにくい。
理解しているはずなのに、僕の心はかき乱されている。
「占い学を否定するっていうことは、僕の家系や母の仕事や…それら全てを否定することにつながりかねないから……僕は、どうしていいか分からないんだ。その子が占い学から去るだろうって言うことは前からわかっていて…でも、僕にはどうすることも出来なかった。本当は何かすればよかったのかもしれないんだけど…どうすればいいのか分からなくて……」
最初、リドルは何も言わなかった。
ほんの少し沈黙が辺りを包む。
ざわ、と森の木々が風に揺れる音だけがする。
が、僕の体にすがりよってきて、僕はの体を優しくなでた。
気を緩めたら涙があふれてきそうで、どうやってごまかそうかと…
そう考えて気を紛らすことしか出来なかった。
「……高貴な技術は、それなりの力を持ったものにしか解らないものなんだよ、」
「リドル……?」
「昔、も同じ事を悩んでいたよ。彼女の力は本物だ。でも、時に彼女の能力を偽者だという奴らがいた。……君だって、」
一瞬リドルが言葉を切った。
僕が首をかしげると、リドルは口元を緩めてふっと軽い笑みをこぼした。
「君は優しいからね。どんな奴らからも好かれたいと思っているんだろう?そして、自分が好いているものから否定されるのが恐くて仕方がない……そうだろう?」
「……」
「あのね、。世の中には相容れない存在や考えがたくさん転がっているんだ。馬が合う人がいれば、そりの合わない人もいる。万人から好かれればいいけれどね、そんなことはありえない。それに、君は僕の本体の後継者だ。高貴な技術を理解できないような奴が一人去ったくらいで悩んでいてどうするんだい?」
リドルの言葉は、なんだか鋭い。
的確に僕の弱いところをついてくる。
涙があふれた。
「…泣かせるつもりじゃなかったんだけど。まるで僕が悪いみたいじゃないか」
が身を乗り出して僕の涙を舐め取った。
リドルは呆れたため息をついて、その大きな手で自分の顔を覆った。
ただ僕は…心の底にあった僕の弱さを言葉にされてどうしようもなくなっただけなんだ。
理解していたのに、それから逃げていた。
「この先君が相手とどうやって接するのかは君しだいだよ。僕だったら即抹殺するけどね」
すこし黒い笑みを見せたリドルに、僕は苦い笑いを返しただけだった。
握った手で涙を拭うと、星を見上げる。
…違う。
涙がこれ以上こぼれてこないよう、月明かりに照らされた青い空を見上げたんだ。
「……星が、囁いてる」
「悪いけど、僕には聞こえないよ。星はただ輝いているだけだ」
「…囁いてるよ、色んなことを。……僕が…僕がこれからどうすればいいかは、僕が決めていいんだよね?」
「当たり前だろう?」
僕らの会話はお互いにつぶやきに似ている。
お互い目を合わせることもなく、お互いの言葉に反応しているのかしていないのかすらよくわからない。
「どんなに否定されても、僕は占いをやめることは出来ない」
「だったら続ければいい」
「…うん」
「何も悩むことなんてないじゃないか。否定する奴はその程度なんだよ。君が悩む必要はない」
リドルの言葉は冷たくて鋭い。
だけど、僕の心に響く。
ハーマイオニーについてはもう少し考えたいことがある。
きっと彼女は占い学を否定したりドラコの横っ面を張ったりしていないといけないくらい、パンクしそうになっているんだと思う。
やりたくて占い学を抜け出したんじゃないって信じたい。
ベインの言葉を思い出した。
「未来は変えられる」
確かにそうだ。
過去は変えてはならないけど、未来には無限の可能性がある。
星からの予言は未来への忠告だ。
金星のいつもと違った輝きは…これから起こる色んな人たちの人間関係の悪化を表している…けど。
僕がそれを阻止することも、促進させることもできるんだ……よね?
「……もう自分の中で答えは出てるんじゃないのかい、。君はいつもそうさ。深く悩んでいても、自分で答えを見つけるじゃないか。深く考えることなんてないんだよ。君は自分自身をよく理解してるじゃないか」
リドルの大きな手が僕の髪に触れた。
ふっ、とやわらかい笑みが口元にあふれた。
言ってもらいたかった言葉だ。
僕は自分の中にある自分に自信がないときがある。
でもリドルは、僕の一番ほしかった言葉をくれた。
「ありがとう、リドル。そろそろ戻らないと、が心配しそう。僕、寮に戻るよ」
立ち上がると、リドルは何も言わずに日記帳の中に戻っていった。
星の力を吸い込んだ魔法石を専用のビンに詰め込むと、僕はゆっくり歩き出した。
が心配そうな表情をしながら、僕についてくる。
でも、たぶんもう大丈夫。
占い学が否定されたのは悲しいよ。
でも僕がハーマイオニーを好きなのに変わりはないし、彼女の気持ちも…
きっと、僕らを否定したかったわけじゃないと思うんだ。
うん。
パンクしそうなほどに切羽詰った彼女…
僕がすべきことはきっと……
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悩んだけど、自分で解決しちゃう(笑)