占い学の試験
なんだか世の中がめまぐるしく動いているんじゃないかと思う。
ハーマイオニーが占い学の教室を飛び出して、それからクィディッチの優勝杯があった。
結果は勿論ハリーのいるグリフィンドールの勝利。
この日は夜遅くまでグリフィンドール寮が騒がしかったのは言うまでもない。
だけど、そんな楽しさもつかの間。
達には大きな課題が待ち受けていた。
試験だ。
六月が近づき、談話室では夜遅くまで皆が勉強をするようになった。
もともとスリザリンの生徒達は、狡猾であったり意地悪かったりするけれども、勉学に対してはかなりまじめな生徒達だ。
やは勿論のこと、あのドラコでさえ、談話室で無駄なおしゃべりをすることなく、黙々と試験の準備を始めていた。
俺とニトは、との足元に寝そべって、いつもと違う静かな談話室でうとうとしている。
まだ少し肌寒いと感じるこの時期、人の多い静かな談話室は丁度良い温度で気持ちがいい。
ついつい、が俺の名前を呼ぶまで深い眠りに落ちてしまうんだ。
でも、この時期に試験があることはにとって幸いしたんじゃないかと俺は考えている。
たぶん、普段のような生活を続けていたのなら、ハーマイオニーのことやシリウス・ブラックのこと、いや、それだけじゃなくて、色んなことを一人で悩んで抱え込んでいたんじゃないかと思うんだ。
だけど試験だ。
皆が試験勉強をするし、もする。
羽ペンを持っている間だけは少し勉強に集中して、ほかの事から気を紛らわすことが出来たんじゃないかなぁ…って、俺は勝手に思っている。
最近のはいつも分厚い本を読み漁っていて、前のように苦しい表情を見せない。
それはやっぱり試験のための準備に忙しいからなんじゃないかな、と思うんだ。
「…最後の試験ってなんだったっけ」
「占い学だ。君がもっとも得意とする科目じゃないか」
「僕の占いとトレローニー先生の占いは少し種類が違うもの。点数がちゃんと取れるかどうかわからないよ」
「そもそも、占いというものに点数がつくのかどうかが疑問だが」
「そういえばそうだね」
最後の試験会場である、北塔に向かいながらとが会話していた。
今日までの試験は全てそつなくこなした二人は、最後の試験も心配することもないのか、教科書すら手にしていない。
トレローニー先生の教室にあがる螺旋階段には、占い学を選択しているたくさんの生徒が腰掛けごった返していた。
「私、本物の占い師としての素質を全て備えているんですって」
そんな声が聞こえた。
うとうとしていた俺は顔を上げて声のするほうをみた。
パーバティが誇らしげに顔を輝かせてはしごを降りてきているところだった。
「私、いろーんなものがみえたわ……じゃ、頑張ってね」
ハリーとロンにそう告げたパーバティは、ハリーとロンのすぐ近くに並んでいたの前で足を止めた。
はさりげなく顔を逸らしていたが、どうやらパーバティはにはまったく興味がないようだった。
「お疲れ様、パーバティ」
はいつもと変わらず、優しい笑みを見せる。
「ありがとう、。私、トレローニー先生にとてもほめられたのよ。でもきっと、貴方は私以上にすばらしいんでしょうね。今度時間があれば、占いについて語りたいわ。ああ、最後の試験が占い学で本当に良かったわ。それじゃあね、頑張って」
パーバティは浮かれた様子で螺旋階段を降り、ラベンダーとともに談話室のほうに向かって歩いていった。
は優しい笑みで二人を見送った。
上を見上げると、丁度ロンがはしごを上って部屋に入っていくところだった。
「…僕はいまだに、トレローニー先生の占い学の授業で、これといった予言が見えたことがないんだが」
「……たぶん、今の教え方では全然見えないと思うよ。おそらく、パーバティやラベンダーは、トレローニー先生の占いの言葉や意識を全部肯定し、彼女を崇拝しているからこそ、見えたように錯覚しているんだと思うよ。結局は、トレローニー先生の言葉に頷いているだけで、本人になんら能力はないんじゃないかな」
「そういうものなのか…」
「そういうものだよ。本当に能力のある人間は……いや、あまり深く語るべき問題じゃないな、これは」
「またそうやって君は独りで抱え込もうとするんだから」
はぁ、とがため息をつきながらを見つめた。
はやわらかい笑みをたたえたまま、静かにはしごの上を見つめている。
紅い瞳が穏やかな光を放っていて、なんだか美しかった。
「占い学でいい成績を上げたいのなら……うん、分かってるよね」
「当たり前だろう?へまはしないさ」
ロンが降りてきて、ハリーがはしごを上って、それからどれくらい経っただろう。
ハリーが妙な表情をして降りてきて、それとほぼ同時にの名が呼ばれた。
は俺にニトを預けるとはしごを優雅に上り、ハリーは妙な表情をしたままはしごを降りてきて、の横でぴたりと止まった。
「…どうかした?」
「、僕…僕、トレローニー先生がへんな予言をするのを聞いちゃったんだ。いつもの先生らしくなかった。なんだかおかしかった。声も声も違ったんだ。でも…なんだか…なんだか今までの予言よりも命中しそうな感じがして……」
ハリーの瞳が困惑していた。
ふとを見たら、何か遠くを見透かすようなあの瞳をして、優しい笑みの中に何か難しいものが混じっているように見えた。
「……ハリー、君が何を聞いたとしても、君が行わなくてはならないと思ったことをすればいい、それだけさ」
ふっ、とが笑みを浮かべた。
優しい笑みだったけれど、これ以上何も言いたくない、と伝えるかのような、真剣な表情だった。
「…」
「ロンやハーマイオニーが待ってるんじゃないの?早く行かないと、怒られちゃうよ?」
そっと螺旋階段を降りるように促したは、ハリーの後姿を神妙な面持ちで見つめていた。
なんだか深い悩みがまた沸き起こってきたようだった。
最後の試験を前に、の心がかき乱されているようで俺は心配でしょうがなかった。
「…、君の番だよ。どうやら君で最後みたいだ」
はっ、と顔を上げるとが居た。
試験を終えてはしごを降りてくるところだった。
僕は、彼にやさしい笑みを向けると、彼とすれ違うようにしてはしごを上り始めた。
は後ろについてきている。
「どうだった?」
「それなりかな。君の眼に映っているものとは違うだろうけれど、トレローニー先生は満足なさったようだった」
「それなら、それでいいと思うよ。所詮はただの試験だもの」
「ああ、そうだな。君が試験を終えるまでここで待っていようか?」
「……ううん、先に寮に戻っていてよ。どれくらい時間がかかるかわからない試験だからね。君を待たせるなんて悪いよ」
「そうか。なら談話室で落ち合おう。健闘を祈ってるよ」
「ありがとう」
そんな短い会話の後、僕ははしごを上って部屋に入った。
は螺旋階段を降り、談話室のほうに向かって歩いていった。
塔のてっぺんはいつもより一層暑かった。
僕は苦笑しながら、大きな水晶玉の前で待っているトレローニー先生のところまでゆっくり進んだ。
トレローニー先生の様子は普段と変わりなく夢見るようで、声もいつものように霧の彼方の様だ。
「こんにちは。貴方が最後の生徒よ」
先生の目の前の椅子に座ると、が僕の足元に寝そべった。
大きな水晶玉はいつもの授業のように、中に白い靄を渦巻いていた。
母の…母の仕事場のようで、まったく違う。
占いという同じ学問を扱いながら、なんという差だろう……と、僕は苦笑した。
「この玉をじっと見てくださらないこと……ゆっくりでいいのよ……それから、中に何が見えるか、教えてくださいましな」
ハリーがトレローニー先生の様子がおかしいというような事を口にしていたから気になったけれど、彼女はいつもと変わらない。
安心して、僕は集中して水晶玉を覗きこむことにした。
この試験が終わるまで、気にしちゃいけない……
「どうかしら?」
じっと水晶玉を見つめる。
自分の使っている水晶玉ではないから、少しだけ見え方に差がある。
おまけにこの水晶玉、とっても大きいんだもの。集中力も膨大にいるみたいだ。
だんだん靄が晴れる。
水晶玉の中にぼんやりと浮かび上がる影。
動物の姿のようで、いや、人の姿に見えなくもない。
僕の心に流れ込んでくる、憎しみや憎悪の感情。…でも、それよりも悲しみの感情のほうが多い。
胸が張り裂けるかと思うくらいの…悲しく深い思い。
……ああ、これは。
「……今夜、かつて共に過ごした仲間が集い、そして…悲しいこの十二年間が幕開かれる」
さらりと口にした言葉は、予言といえるものだったのかどうか定かでない。
ただ、母上が口にする予言のしかたと良く似ていた。
僕はただ、伝わってきたことを言ったまでだ。
眼の間の水晶玉は相変わらず、黒い動物のような影を映しては消し、映しては消し、を繰り返していた。
「ああ、すばらしいわ。貴方には本当に占いの才が備わっておいでなのね。ありがとう、さ、これで試験は終了よ」
すっ、と僕は立ち上がった。
僕の予言の内容を、深く追求しないでくれたのがありがたかった。
眠りに落ちていたを起こし、これで試験も終了だ…と思いながら、立ち去ろうとしたそのときだった。
が低く唸った。
僕のローブの裾をひっぱる。
振り返った僕は、トレローニー先生の体が普段と違うことに気がついたんだ。
トレローニー先生の体の回りから、なんだかいつもと違うオーラが見える。
なんていうんだろう、これは。
部屋の空気も、いつもの暑さとは違う。異様な暑さがある。
「今夜だ」
荒々しい声が響く。
そうか。これが、ハリーの聞いたトレローニー先生の予言なのか。
口元を緩めると、僕はトレローニー先生であってトレローニー先生でない、目の前の先生をじっと見つめた。
普段の先生の口からは発せられることのない…荒々しい声と、的確な予言。
予言者、というのならば、今の姿のほうが合っているかもしれないな。
「闇の帝王は、友もなく孤独に、朋輩に打ち棄てられて横たわっている。その召使は十二年間鎖に繋がれていた。今夜、真夜中になる前、その召使は自由の身となり、ご主人様の元に馳せ参ずるであろう……」
かっ、と眼を見開いた先生は、ぎょろぎょろした瞳で僕をじっと見つめた。
手を僕のほうに伸ばし、そして僕の姿を見て驚いたような表情をした。
の鬣が逆立ち、彼が何か得体の知れないオーラにおびえているのが解った。
僕はの体に手を寄せると、不思議な予言をする先生をじっと見つめた。
…そう、見つめただけだった。
一言も何も言っていない。ただ、見つめただけだ。
「おぬし……闇の帝王の……」
トレローニー先生なのか、それとも何か別の存在が乗り移ったのか、僕にはよくわからないけれど。
ダンブルドアがトレローニー先生を教授として雇う理由がわかった気がした。
がくっ、と前に傾き胸の上に落ちた。
ふっ、と正気に戻ったトレローニー先生が顔を上げ、夢見るようないつもの声を出した。
彼女は自分の予言に気がついていない。
けれど、彼女の予言は深いものだ。
十二年間鎖に繋がれていたもの……闇の帝王。
どうやら僕は、真夜中が来る前に、自分のこの心の中にあるものに答えを出し、行動を起こさなくてはならないみたいだ。
この予言をハリーも聞いたのならば、彼らが手を出す前に、彼らの動きを察知しなくてはならないだろう。
最後の試験が占い学で、本当に良かったよ。
「あら、ごめんあそばせ。さっ、試験も終わったことですし、早く寮にお戻りなさいな。大丈夫、貴方は満点ですからね」
夢見心地のトレローニー先生の声。
僕は先生に軽く会釈すると、まだ怪訝な表情をして先生を見つめているを連れ、談話室へ戻った。
どうやら今年も、すばらしいことが起こるようだ。
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試験です。
ここを書き終えれば、ちょっと楽しいクライマックスへ…