困惑
まさか、ね。
いずれ知られることでは会ったけれど、どうしてそれが今でなければならなかったのか、と僕は苦笑するしかなかった。
感情に任せて口を滑らせたハリーの言葉。みんなが僕を疑っている。
「君がブラックがアズカバンから脱獄し、ホグワーツに入るまでの手引きをしたんだ、!何食わぬ顔をしてホグワーツに居て…でも、実はハリーの死を一番願ってたんだ!だってそうだろ?!君の父親が『例のあの人』なら、そうだよ!!」
「…………」
説明しにくかった。
ヴォルデモート卿が僕の父親であることは事実だし、僕はそれを否定しようとは思わない。
だけど、事実を知らせてしまえばみんなに恐れられてしまうだろう……
そんな風に考えて内緒にしていたんだ。それなのに……僕は、一体どうしたらいい……?
「……僕は、シリウス・ブラックの手引きなんかしていないよ、ロン。彼は自力でアズカバンを抜け出し、ホグワーツに来たんだ」
「そうさ!ピーターを殺すために……さあ、ねずみをよこせっ!!」
僕の言葉に反応したのか、シリウス・ブラックがまたロンに飛びかかろうとして、それをルーピン先生が止めていた。
僕ももシリウスを止めに入った。
「待ってくれ!そういうやり方をしてはだめだ…みんなにわかってもらわねば…説明しなければならない」
「後で説明すればいい!!」
「みんな、全てを知る、権利が、あるんだ!」
ルーピン先生はブラックを押さえようとして息を切らしながら言った。
みんなただ二人の行動をじっと見ているだけだった。
「ロンはあいつをペットにしていたんだ!わたしにもまだ解っていない部分がある!の部分も含めて…それに、それにハリーだ!シリウス、君はハリーに真実を話す義務がある!」
シリウス・ブラックはあがくのをやめた。
でも、その落ち窪んだ目だけはまだスキャバーズを見据えたままだった。
ロンの手は噛み付かれ引っかかれて血が出ていたが、スキャバーズをしっかり握り締めていた。
……ハリー、ハーマイオニー、ロンの三人はじっとルーピン先生を見つめていた。
みんなが疑っている。……だから、時々彼らはちらちらと僕のほうを見る。
それは、痛い視線だ。
僕も、真実を話さなければならなくなるのだろうか。……不安になるよ。
「いいだろう。それなら、君がみんなになんとでも話してくれ。ただ、急げよ、リーマス。わたしを監獄に送り込んだ原因の殺人を今こそ実行したい」
「正気じゃないよ、二人とも。が裏で糸を引いていた。それだけだろ?!僕はそれをみんなに話すよ。もう行くよ」
シリウス・ブラックはスキャバーズから目を離さない。
ロンは呆れた声を出し、折れていないほうの脚で何とか立ち上がろうとしていた。
でも、ルーピン先生が再び杖を構えスキャバーズを指した。
「ロン、最後までわたしの話を聞きなさい」
ルーピン先生の声は恐ろしく静かだった。
「ただ、聞いている間、ピーターをしっかり捕まえていてくれ」
「ピーターなんかじゃない。こいつはスキャバーズだ!」
叫びながら、ロンはねずみを胸ポケットに無理やり押し戻そうとした。
しかし、スキャバーズは大暴れで逆らった。
ロンはよろめき倒れそうになった。
無意識に、僕は手を差し伸べて彼を支えようとした。
でも……
「触るな!!」
ひた、と僕の手が止まった。
……嫌われた?
僕のかわりに、よろめいたロンをハリーが支えベッドに押し戻した。
無意識だった。何も考えずに手を出したんだ。
だけど、僕は……僕の中に『ヴォルデモート卿の血』が流れているから?だから、拒絶されたの……?
たったそれだけで、僕は嫌われてしまうのか……
胸が、苦しくなった。
「ペティグリューが死んだのを見届けた証人がいるんだ。通りにいた人たちが大勢……」
「見ては居ない。見たと思っただけだ」
ハリーの言葉に反応して、シリウス・ブラックが荒々しく言った。その目はスキャバーズを捉えて離さない。
……そうさ、ピーター・ペティグリューは生きている。
だからこそ、僕はここに来たんだ。
「ピーター・ペティグリューが死んだという証拠……実は、不確かだ」
抱えていたクルックシャンクスを床に下ろし、僕はにしがみつきながらそう呟いた。
いまや、僕の言葉にみんなが反応する。
……僕は僕なのにね。胸が痛いよ、……
「シリウスがピーターを殺したと、誰もそう思った」
ルーピン先生が頷いた。
「私自身もそう信じていた……今夜、地図を見るまではね。『忍びの地図』は決してウソをつかないから…ピーターは生きている。ロンがあいつを握ってるんだよ、ハリー」
ハリーはロンを見下ろした。二人の目が合った。
二人は何を考えているんだろう。僕にはよくわからないよ。
どうしたらいいのか分からない。
深く複雑な感情が心の中に渦巻いていて、何も考えられなくなりつつあった。
僕は僕だ。
父は父だ。
『闇の帝王の後継者』だと、ことあるごとにリドルは僕に言う。
……確かにそうだ。でも、でも。
僕がホグワーツにいる間に父がどうなるのか、それは誰にもわからないし、僕の将来だって……
正直、まだ考えたこともないよ。
ただ、生まれた。
僕は父と母の間に生まれた。
それだけだ。それだけなのに……
ロンに拒否された。それが、とても辛いよ。
「でも、ルーピン先生、スキャバーズがペティグリューのはずがありません。そんなこと、あるはずないんです。先生はそれをご存知のはずです」
傍らではハーマイオニーが震えながら冷静を保とうとし、ルーピン先生にまともに話してほしいと願うかのように口を開いていた。
ルーピン先生はいたってまともだよ、ハーマイオニー。
僕はもう、何も言いたくなくなって、ただに抱きついていることしか出来なかった。
はいつものように僕に寄り添っている。
「だって…だって、もしピーター・ペティグリューが『動物もどき』なら、みんなそのことを知っているはずです。マクゴガナル先生の授業で、『動物もどき』の勉強をしました。その宿題で、私、『動物もどき』を全部調べたんです……魔法省が動物に変身できる魔法使いや魔女を記録していて、何に変身するかとか、その特徴などを書いた登録簿があります。私、登録簿で、マクゴガナル先生が載っているのを見つけました。それに、今世紀にはたった七人しか『動物もどき』がいないんです。ペティグリューの名前はリストに載っていませんでした」
「またしても正解だ、ハーマイオニー。でも、魔法省は未登録の『動物もどき』が三匹、ホグワーツを徘徊していたことを知らなかったんだ」
ルーピン先生は笑いながらそういった。ブラックは荒々しく唸った。
いつの間にか彼は僕の傍に来ていた。
「その話をみんなに聞かせるつもりなら、リーマス、さっさと済ませてくれ」
必死にもがくスキャバーズの動きをじっと見つめながら、ブラックが唸った。
「わたしはもう十二年も待った。もうそう長くは待てない」
「わかった。だが、シリウス、君にも助けてもらわないと。わたしはそもそも始まりのことしか知らない」
ルーピン先生の言葉が途切れた。
背後で大きな音がした。ベッドルームのドアがひとりでに開いたのだ。みんながドアのほうを見た。
……ひとりでに?
いや、そんなわけがない。きっとなにかある。
僕は扉をじっと見つめた。たぶん、そこに見えない誰かがいる。
「ここは呪われてるんだ!」
「そうではない」
不審そうに扉のほうを見つめつつも、ロンの言葉に反応してルーピン先生が言った。
「『叫びの屋敷』は決して呪われては居なかった……村人がかつて聞いたという叫びや吼え声は、わたしの出した声だ」
(……長くなりそうだな)
横でシリウスが言った。僕は苦笑した。
確かに長くなりそうだ。スキャバーズはまだもがき続けている。
ルーピン先生は、昔を思い出しながら、ゆっくりと語っている。
(大丈夫。逃げたら僕が捕まえるよ)
(やっぱ、ハリーの言ったことは本当なのか?)
(……そのうちわかると思うよ。本当だろうそうでなかろうと……ね)
僕らはスキャバーズをじっと見つめながら呟いていた。
そう。すぐに答えは出るように思う。そこにいるのが本当にピーター・ペティグリューなら、ね。
(……ねぇ、シリウス・ブラック。貴方は僕の血筋がハリーの言ったとおりだとわかったら……僕をロンのように拒絶する?)
少し不安になった。その感情が知らないままに口から流れ出てきてしまって、こんな質問になった。
不意にでた僕の問いに、シリウス・ブラックはほんの少し考えるような仕草を見せた。
(……いや)
彼の言葉は短かったけれど、それが聞こえたとき、僕は自分の中に渦巻いている不安という感情がひいていくのを感じた。
が甘ったるい声を出した。
クルックシャンクスはシリウス・ブラックのひざの上でくつろいでいたが、彼も満足そうな声を出した。
(はだ。変わらねえ……)
(ああ、それを聞いてなんだか安心したよ)
目の前では、ルーピン先生がこれまでの経緯を語っているところだった。
スキャバーズはひたすら暴れ続けていたけれど、僕もシリウス・ブラックも、そしてルーピン先生も目を離していないし、逃げ出したらすぐに捕まえられる準備は整っていた。
「……だから、私はシリウスが学校に入り込むのに、ヴォルデモートから学んだ闇の魔術を使っているに違いないと思いたかったし、『動物もどき』であることは、それとは何のかかわりも無いと、自分に言い聞かせた……だから、ある意味ではスネイプの言うことが正しかったわけだ」
「スネイプだって?」
今まで退屈そうにクルックシャンクスのひげや尻尾を掴んだり離したりして遊んでいたシリウスが、身を乗り出し鋭く聞いた。
「スネイプが、何の関係がある?」
「シリウス、スネイプがここにいるんだ」
ルーピン先生の口調は重苦しい。
「あいつもここで教えているんだ」
ブラックは明らかに嫌な顔をしてルーピン先生の言葉を聞いている。
ああ、そういえば、彼らは同期だったか。
母の話を思い出しつつ、僕は話を聞いていた。
だけど、なんだか変な気配がする。
どうやらルーピン先生の背後のようだ。さらさらと衣擦れの音がする。
誰か、いる。
僕はつかつかとルーピン先生の背後に歩み寄った。
先生は語ることにむちゅうなのか、僕の行動をさして気にすることもないようだ。
「……てぃっ」
ぐっ、と手を握るとなにか布のようなものに触れた。
ルーピン先生の話は、この先のことを聞くにはあまりにも長すぎた。僕はもう飽きてきたよ。
そして、彼の話が終わったなら、僕のことについて説明を求められることは明白だった……だったら……
ひっぱった布はさらさらと床に落ちた。
目の前には僕を凝視するスネイプ教授の姿。
みんなもスネイプ教授と僕をじっと見つめた。
「なっ……」
「やっぱり」
僕は笑顔で言った。
「誰かがいると思いましたが、まさかスネイプ教授とは」
「『暴れ柳』の根元でこれを見つけましてね」
スネイプ教授は少し息を切らしていたけれど、勝利の喜びを抑えきれないような顔をしていた。
教授は杖をまっすぐルーピン先生の胸に突きつけている。
悪いことにどんどん悪いことが重なるって言うのは、こういうことなんだろうなぁ……
「ダンブルドアがどう思うか見物ですな……ダンブルドアは君が無実だと信じきっていた。解るだろうね、ルーピン。飼いならされた人狼さん」
スネイプ教授は少し思い込みが激しいな。
彼はハリーやルーピン先生と激しい口論を続けている。
僕は、もうすたすたと椅子のほうに戻り、そこにじっと腰掛けることにした。
彼らの口論に参加する気にはなれないし、僕が参加すればもっとこじれるだろう。
僕の目的は、話を僕のことから逸らす、それだけだったからこれ以上のことをする必要もないかなって思ったんだ。
……できる限り、どちらの感情も逆撫でしたくなかった。
目の前では……
ああ、ハリーがスネイプ教授を攻撃した。
それだけじゃなくて、ロンもハーマイオニーも同じように攻撃した。
スネイプ教授はふっとび、そこに倒れた……そして、起き上がってこない。
どうやら気を失ってしまったらしい。
「ああ、私達、ものすごい規則やぶりになるわ」
ハーマイオニーの声は泣きそうだ。
その横で、ルーピン先生がスネイプ教授に結ばれた縄目を解こうともがいていた。
シリウス・ブラックがすばやく屈みこみその縄を解き離した。先生は立ち上がり、紐が食い込んでいた腕の辺りをさすった。
「ハリー、ありがとう」
「僕、まだ貴方を信じるとは言ってません」
ルーピン先生の言葉に、反発するようにハリーは言った。
じろり、と見つめられる。
「それでは、君に証拠を見せるときが来たようだ」
シリウスが言った。
「君、ピーターを渡してくれ。さあ」
ロンはスキャバーズをますますしっかりと胸に抱きしめた。
「冗談はやめてくれ。スキャバーズなんかに手を下すために、わざわざアズカバンを脱獄したっていうのかい?」
「……ねえ、ペティグリューがねずみに変身できたとしても……ねずみなんて、何百万といるじゃないか。アズカバンに閉じ込められていたら、どのねずみが自分の探しているねずみかなんて、この人、どうやったらわかるっていうんだい?」
……ロンの言葉に痛々しい視線。
でも、すぐにわかる。
真実を知ったとき、純粋なみんなはどんな反応を示すんだろう。
すこし、気になった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
悩んでおります。
まあ、当たり前でしょうね(ぁ)