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纏わりつく視線


 大広間の脇にある小部屋。大勢の新入生に紛れ、イツキと俺もそこにいた。
 今年の新入生は人数が多いらしく、部屋の中は歩き回る隙間もない。
 もう少ししたら大広間に入れるんだろうけど、そのもう少しが待ちきれない。何しろ俺もイツキも目立つのだ。
 紅い獅子なんて珍しいだろうし、イツキは新入生たちよりも背が高い。
 仕方の無いことなんだけど、こうじろじろ見られると、どうも体中がむずかゆくてしょうがない。

 まだ開かないのか、イツキ…

 (そんなに焦らないで、ラセン。きっとまだ中では諸注意が終わってないんだよ)

 部屋の角の柱に寄りかかっているイツキは、俺の鼻筋を優しく撫でた。
 昨日から、ヘルガにもらった月の欠片が本来の力を取り戻しつつあるのか、イツキと意思疎通が容易く行えるようになった。
 イツキが声に出して何か言わなくても、俺にはイツキの声が聞こえる。
 イツキが俺の体に触れれば、何を思っているのかほとんどのことがわかる。
 触れてなくても、強い思いは伝わってくる。
 こうやって意思疎通できることで、急にやってきてしまったこの世界でイツキが感じる孤独が、少しは和らげばいい、と俺は思ってる。


 とてとて、とイツキに近づいてくる子がいた。真新しいローブに身を包んだ少年だった。
 栗色の髪に深い茶色の瞳。イツキに向かってにこりと微笑んだ。

 「君も新入生?僕、イーノック。イーノック・フィルマーって言うんだ。この獅子、君のペット?すごくかっこいいねっ!」
 「残念ながら、一年生じゃないんだ。でも、ここに来るのは初めてだよ。はじめまして、イーノック。僕はイツキ」

 イツキもイーノックと名乗る少年ににこりと笑みを返した。
 イーノックはよほど俺に興味があるのか、じっと俺を眺めていた。無邪気な瞳をしている。
 俺が尻尾を揺らせば俺の尻尾を追いかけ、顔を逸らせば俺の向いた方向へ移動してくる。
 しばらくそうやって相手をしていたが、奥の重い扉が開いた音がしたので、俺は顔を上げた。

 「さ、イーノック、扉が開いたよ。大広間で組み分けの儀式だ」
 「あ、本当だ。イツキは組み分けの儀式ってどんなのか知ってる?僕、父さんも母さんもあんまり魔法について教えてくれないから、全然知らないんだ。ホグワーツに行くなら、自分で全部学びなさい、って言われちゃってさ。まさか、僕がホグワーツに入学できるなんて思ってもみなかった」

 新入生たちが一斉に大広間に入っていく。列の一番後ろにイツキと俺が続く。
 イーノックはよほどイツキがお気に召したのか、俺たちから離れようとしない。
 イツキが何も言わないから、俺も静かにしている。
 大広間では在校生たちが新入生を迎える。みんなにこにこと彼らを見ている。
 でも、俺とイツキが中に入るとざわっと空気が変わった。
 視線が痛い。驚きや戸惑いの目。
 イツキもそれを感じているのか苦笑している。
 そういえば、イツキが入学したばかりの頃も、こんな視線を浴びたっけ。
 もう目立ってしまうのは仕方ないと諦めることにした。元々この時代に生きているわけじゃないんだ。
 注目されるに決まってる。

 …ただ、教員にまで驚きの目で見られるのは、少し気に入らない。

 (昨日の今日だもの。教員が驚いているのも無理ないよ。話はしたってダンブルドア校長はおっしゃってたけど、実際に僕の姿を見るのは初めてだろうしね。それに、彼らの中には父上を知っている人もいる。僕の姿を見て驚かないはずがないって)

 イツキの表情は柔らかいけど、心の中は不安や迷いでいっぱいだ。
 俺たちがここにいることで、ホグワーツにいる人間全員とかかわりを持つことになる。
 本当はそれだけだって、過去を変えていることになる。
 別の時代で生活するっていうことが難しいのはわかっていたけれど、近い過去になればなるほど、過去を変えてしまったときに未来に与える影響が強いんだろう。本当に難しい。


 ざわついていた大広間が静かになる。
 教員のひとりが生徒の名前を読み上げている。組み分けの儀式が始まったみたいだ。
 帽子に寮を決めてもらった新入生が、それぞれの席に着く。
 だんだん俺たちの周りにいる生徒が少なくなっていく。

 「うわぁ…寮って四つもあるんだね。帽子がしゃべるなんて、すっごく面白い!ね、イツキ。どこの寮になると思う?君と同じ寮だと僕とっても嬉しいんだけどな。どこの寮に入っても楽しいかな?」
 「うん。きっとどこの寮でも素晴らしい生活が待っていると思うよ」

 「フィルマー。フィルマー・イーノック」

 「ほら、君の番だ。緊張せず行っておいで」

 イーノックがものすごく緊張した面持ちで一歩前に出た。
 組み分け帽子のあるところは、俺たちのいるところより一段高くなっている。
 よほど緊張していたのだろうか、イーノックはローブのすそを引っ掛けて、盛大に転んだ。
 どてっという音が響き、大広間中大きな笑い声に包まれた。
 立ち上がったイーノックは少し恥ずかしそうに椅子に座った。

 どこの寮だろう?ハッフルパフかな?

 (いや…彼の中には眠る魔力がある)

 イツキは俺の問いに首を横に振ってそう答えた。
 帽子はしばらく唸っていた。決めるときは、頭に触れないうちに寮の名を叫ぶ帽子だ。イツキの言うように、何か考慮すべきことがあるのかもしれないな。

 「スリザリン!」

 帽子が叫ぶ。スリザリンの席から歓声が上がる。

 へぇ…面白い。スリザリンって純血の人間だけが入る寮だと思っていたんだけどな。

 俺がイツキを見上げると、イツキはまた首を横に振っていた。

 (彼は純血さ。ただ両親に魔力がないだけの話…)

 ふうん…
 だんだん生徒がいなくなる。ハッフルパフから歓声があがったり、レイブンクローからだったり。
 とりわけ、一番大きな歓声が上がるのはグリフィンドールで、生徒がグリフィンドールに選ばれるたび、グリフィンドールの席からは大きな歓声とクラッカーがが鳴り響く。
 きっとこういう行事が好きな奴らがいるんだろうな。
 なんとなく、俺はロンの双子の兄たちを思い出した。





 ついに、誰もいなくなった。大広間の中心に、イツキと俺だけが立っている。
 みんな静かに俺たちを見つめている。
 …校長が立ち上がった。

 「さて、今年は転入生がいての。新入生にしては少しばかり背が大きいじゃろう?今年から四年生と共にホグワーツの生活に参加する新たな仲間じゃ。さ、イツキ、帽子の前へ」
 「ナルセ。ナルセ・イツキ」

 大広間にイツキの歩く音だけが響く。
 ナルセと聞いたときに、一瞬周りがざわついたが、それもすぐに無くなった。
 今はみんながイツキをじっと見つめている。
 イツキの頭の上に帽子が被さった。
 入学式のときに一度組み分けされているんだ。寮は変わらないと思うんだけどな。
 程なくして帽子が叫んだ。スリザリンの席から歓声が上がる。
 …うん、そうだよな。
 イツキはスリザリンの席に着く。俺はイツキの足元に伏せ、入学式の行く末を見守る。
 上のほうからはイツキの声がする。早速スリザリンの生徒たちからたくさん質問されているようだ。

 「転入生なんて珍しい。どうしてこんな時期にホグワーツへ?」
 「ねぇ、ナルセって言ってたけど、占い学のナルセ先生と親戚か何か?」
 「ちょっとした事情で。残念ながらナルセ先生とは関係ないんだ。珍しい名前だから、僕も驚いたよ」
 「ふうん…ところで君、純血?」
 「…うん。父も母も優れた魔法使いさ」

 イツキの心は困ってる。
 注目されるのは仕方ないことだと思っているみたいだけど、新入生より注目を集めてしまったことに戸惑ってるみたいだ。

 「途中からで最初は慣れないことが多いと思うけど、学校生活を楽しんでくれ。何かあったらいつでも遠慮なく僕に聞いて。僕は、ヒュー。ヒュー・ノードリー。監督生だ」
 「ありがとう、ヒュー。早く学校に慣れるよう、努力するよ」

 大広間はがやがやしてる。大勢の生徒がおしゃべりを楽しみながら食事をしている。
 テーブルの下にイーノックの顔が現れた。
 …落ち着きのない奴だな。
 無邪気なイーノックはテーブルの下を通り抜けこちら側にやってきた。俺の体をまたぐ。

 イツキ、イーノックがそっちに行ったぞ。

 「やっ!」
 「うわっ、驚いた。…君、さっきあそこで盛大に転んでいた新入生だね?」

 とたん、頭の上で大きな笑い声がする。イツキの声も、イーノックの声も混ざっている。
 どうやらうまく打ち解けたみたいだ。
 …過去を変えてしまうだとか、本当はここにいるべきじゃないんだ、とか。
 時々俺はイツキの感情の中にそういう迷いを見つける。
 でも、俺たちはここにいるんだ。俺はイツキが笑顔で過ごせればそれでいい、と返事をする。
 どこにいても、イツキの笑顔が俺にとっては一番大切なんだ。

 「だって、緊張してたんだ。それより、ホグワーツのこと色々教えて?」
 「いいけど…君の両親はホグワーツ出身じゃないのかい?大体スリザリンに入ってくる生徒たちは、両親に学校のことを教えてもらってるけどな」
 「えっと…うん。僕の父さんも母さんも、あんまり魔法の話をしてくれないんだ。自分で学びなさい、って。だから僕、いろんなことが知りたくて」
 「へえ、珍しい。いいよ、ホグワーツは面白いところだ。でもまずは忠告しておくよ。僕らスリザリンノ生徒は、高貴な血の持ち主なんだ。あまり変な奴らとつるむべきじゃない。友達は選べってことだね。それから…あそこ、グリフィンドールにちょっと厄介な奴らがいてね。見てる分には面白いけど、とばっちりを受けないように注意したほうがいい」
 「そうなんだ…」

 ちりん、と鐘の音がする。ざわついていた大広間が静かになる。全員が教員席を見る。
 ダンブルドアはにっこにこの笑顔で生徒たちを見つめている。イリアは清楚に席についている。

 「あれ、あそこで静かにしているひときわ美しい女性が、スリザリン寮の女神…もとい、寮監のイリア・ナルセ先生だ。我が寮でしか楽しめない行事もあるし、彼女の占い学は面白いと評判だ。占い学を選択できるのは三年生以上だけど、興味があるなら選択するといい。損はないよ」

 ダンブルドアが立ち上がった。

 「諸君、お腹はいっぱいになったかの?早速明日から授業が始まる。この学校にはたくさん面白いことが詰まっておるからの。最初は驚くかもしれんが、学校生活を楽しむとよいじゃろう。在校生は新入生に色々教えてあげなさい。では、監督生について寮に向かうとよいじゃろう。皆が、いい夢を見られるようにのう」

 ダンブルドアの話が終わると、各寮の監督生が立ち上がった。
 新入生も在校生も皆彼らについていく。俺もイツキの後ろに続く。
 大勢の人間がぞろぞろと動く。時折肖像画がみんなに微笑みかける。
 きっとずっと前から、ホグワーツのこういうところは変わってないんだろうな。
 だから余計、俺たちがいた時間軸を思い出してしまう。
 いつもイツキの隣を歩いているのはカナタであり、ニトが俺の背に乗っているんだが、今日は違う。
 イツキの隣には監督生のヒューとイーノック。
 どうやらイツキはこの監督生に気に入られたらしい。それも重なってか、他の寮の生徒とすれ違うと、みんなイツキや俺のことをじろじろと眺めてくる。
 むずかゆい感覚が体中に走る。

 「君と同じ寮でとっても嬉しいよ、イツキ」
 「ありがとう、ヒュー。僕も嬉しいよ」
 「うわぁ、この階段動くんだね?!あれっ?今、肖像画が僕を見て微笑んだよ?ホグワーツって面白いんだねっ!!」

 イーノックがはしゃいでいる。
 でも、イーノックだけじゃない。新入生のほとんどがホグワーツの様々な仕掛けに驚きはしゃいでいる。
 毎年の光景なんだよな。ちょっと新入生の顔ぶれや在校生の顔ぶれが違うだけで。

 それにしても俺たち、どれくらい時を遡ったんだろう。

 (僕もそれを考えてたよ、ラセン。まずはどのくらいの時代にいるのかを把握しないと、魔法の研究もできないよね…それにしても、僕ってそんなに珍しいのかな?みんな、すれ違うたびに僕のことを見てくるんだ)

 イツキが苦笑する。
 確かにすれ違うたび注目されている。
 最初にイツキを見て、それから俺を見て、またイツキを見る。そんな奴らばっかり。
 注目されるのもこんなに疲れるものなんだな…

 「イーノック、監督生に置いてかれちゃうよ?今日だけでホグワーツの秘密を全部知ってしまっても、明日からの楽しみがなくなると思わないかい?」

 立ち止まって周りを眺めていたイーノックの手を、イツキが優しく引いた。イーノックは無邪気にイツキについていく。
 俺たちは動く階段で、グリフィンドールの生徒たちとすれ違っているところだ。

 (ラセン、右によけて)

 何か頭上に気配を感じた。イツキに従って右によける。
 何気なくイツキはイーノックを誘導したんだ。
 さっきまで俺たちがいたところの真上で何かが爆発する音がした。
 周囲に煙が立ちこめ、生徒がざわめいた。何人か煙を吸い込んだみたいで、咳き込んでいる生徒もいた。
 すれ違ったグリフィンドールの生徒の中から、舌打ちをするような声が聞こえた。
 でも、誰も気づいていない。

 「なんであんなところで爆発が起きたの?」
 「さあ。きっとゴーストの挨拶代わりの悪戯じゃないかな。みんな止まって。ここがスリザリン寮の入り口。肖像画に合言葉を言うことで、寮内に入れるようになっているんだ。今から新しい合言葉を教えるからね。忘れないように。そして、ほかの寮の生徒に絶対に教えないように」

 列が止まった。さっきの爆発も、在校生はあまり気にしていなかった。
 俺は少し気になるんだけどな…
 監督生の口から新しい合言葉が発表される。
 珍しいものを見るように肖像画の前に立ち、順番に合言葉を言って寮内に入っていく新入生たち。
 その後ろに続く在校生たち。

 「よろしく、転入生。お前、面白いペットを連れてるよな。紅い獅子なんて珍しい」
 「ここに来る前はどこにいたの?」
 「まさか、今まで魔力が覚醒しなかったわけじゃないだろう?ま、何にしろ、今日からスリザリンの仲間だ。仲良くしようぜ」
 「綺麗な瞳の色よね。本当に男の子?」
 「ほらほら、おしゃべりは中でもできるだろう?早く中に入って。新入生、荷物はもう部屋に運び込まれてるからね」

 (僕たちも一応談話室に入ろうか。何しろ僕はホグワーツのことを知らないふりをしなくちゃいけないんだもんね。…難しいね、ラセン)

 わさわさと俺の首筋を撫でた後、イツキも合言葉を言って寮の中に入る。
 高貴なる血だなんて、なんともスリザリンらしい合言葉だ。
 知ってるのに知らないように振舞うのは俺の考えてる以上に大変なことなのかもしれない。
 イツキは笑顔だけど、言葉を選ぶのにも慎重で、なんだか疲れているようだ。
 おまけに生徒たちはイツキと俺に興味津々。
 談話室に入ると、もう寮内を知っている在校生たちに囲まれて身動きができない。
 俺もイツキも苦笑するしかなかった。

 「イツキ、君の部屋のことなんだけど…」
 「あ、うん。ダンブルドア校長から話は聞いてるよ。今年、新入生で寮がいっぱいなんだって?」
 「あ、いや。ひとりくらいなら入れると思うんだ。僕、どうしても同じ寮の生徒が別のところで寝泊りするのは良くないって思ってね。談話室には授業の連絡なんかも貼られるからね。校長とナルセ先生に相談したんだ。もし君がよければ、僕と同室になるけど、寮にいられることになったよ」

 あれ、昨日と話が違う。

 イツキの心が困惑している。
 監督生としての気配りなんだろうけど、今の俺たちにとってはあまりいい状況ではないな。
 …かといって、イツキが断れるとも思えない。

 「…そうなんだ。じゃあ、昨日の話とは状況が変わったんだね?」
 「うん。急な変更だから、君が混乱するかもしれないって、ダンブルドア校長からこれを預かったよ。判断は君に任せるけど…」

 ヒューはイツキに羊皮紙の切れ端を渡した。

 (‘思わぬ監督生の申し入れがあっての。イリアとも相談したんじゃが、まぁ、研究時間は少なくなるじゃろうが、他人と触れ合うのもいい刺激になるじゃろうて’……さすが、ダンブルドア校長。僕がこんなに深く考えているのも、悩んでいるのも全部楽しんでいるみたいだ)

 イツキは紙切れに書いてある文を読んで苦笑した。
 ダンブルドアにはかなわない、というような目で俺を見ている。

 「あなたがかまわないなら、僕はどこでもいいんです。妙な時期の転入だし…」
 「それじゃ、部屋はあっちだ。ちょっと妙なものもあるかもしれないけれど、きっと君なら気に入るよ」

 ヒューは笑顔でイツキを部屋に案内した。イツキは彼についていく。
 ダンブルドアの判断でもあるわけだし、変なことにはならないと思うんだけど…
 この監督生、何か気になる喋りをするんだよな。
 イツキについても、組み分けの時点で目をつけていたみたいだし…

 少し心配だけど、俺たちはここではよそ者だからな。目立つ行動はしないようにしようか、イツキ。俺はイツキの判断に従うよ。


 ヒューの部屋は綺麗に整理整頓されていた。
 そしてイツキは小さく呟いた。なるほどね、と。
 まだ俺にはその言葉の意味がわからないけれど…どうやら、ホグワーツでの生活はここから始まるらしい。






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 オリジナルキャラクターいっぱいでごめんなさい。
 少女夢を読まれている方はわかったかもしれませんね。
 イーノック君には秘密が隠されてます。
 もちろんヒューにも(笑)