気になるあのこ


 今年のホグワーツは面白い出会いから始まった。
 僕らの学年に転入生がやってきたのだ。
 彼の姿を見たとき、大広間にいた全員がきっと彼に見入ってしまっただろう。僕もそのうちのひとりだ。
 
 不思議な魅力を持ってると思う。黒い髪に紅い瞳。華奢な体つき。供に従えているのは珍しい紅い獅子。
 占い学の先生と同じ姓というだけでも興味が湧くけど、それだけじゃない。
 挨拶代わりと称して、入学式の日に彼の頭上に煙玉を仕掛けた。
 だけど、はそれを難なくかわしたんだ。
 おまけに…ほら。

 「よう、ジェームズ。もうと話はしたか?あいつ、本当にすごい奴だぞ?」
 「あ、いーなー。と話したの?私、まだなんだ。すごく素敵なんでしょ?ああ、スリザリンと授業重ならないかな」
 「ホグワーツに来る前はどこにいたんだろうな。何を聞いても答えてくれるし、丁寧だし。スリザリンだけど、まったくスリザリンって感じがしない。寮なんかまったく関係なく接してくれるし、今じゃもう校内一の有名人だよな。年上からも年下からも好かれてる。有名っていう立場では、お前ら、危ういんじゃないか?」

 ここはグリフィンドールの寮だっていうのに、談話室はの話ばかり。
 リーマスとチェスをしていたシリウスが、大げさにいやな顔をしている。
 確かにやってきたばかりの新人に、僕らが築いた立場を簡単に崩されるのは気分のいいことじゃないね。この前はかわされてしまったけれど、ここは悪戯仕掛け人として、もう一度しっかり彼に挨拶をするべきだよね。

 僕は読んでいた本を閉じて立ち上がった。
 それに気づいたシリウスとリーマスもチェスを片付け始めた。おどおどしているピーターも、僕らが移動すればついてくるだろう。
 僕は寮を出た。

 「なぁ、ジェームズ。どこに行くんだよ?」
 「やっぱり、悪戯仕掛け人としては、転入生にきちんと挨拶しないとって思ってね」
 「この前はうまく逃げられちゃったからね。でも、どうやって悪戯を仕掛けるんだい?」

 廊下を歩きながら、僕はいつも持っている煙玉をひとつずつみんなに配った。
 それからもうひとつ。僕の手の中には大きな卵型の容器。
 それを見たみんなの目がにやりと輝く。
 ついこの間完成したばかりの新しい爆弾玉だ。まだ試作品だけど、実験する機会を狙ってたんだ。
 ちょうどいいと思わないかい、みんな。

 「実験台にするってこと?転入してきて数日の奴にも容赦しないんだね、ジェームズ。でもそれ、範囲が広いから場所を考えて使わないと、僕らも巻き込まれる可能性があるよ」
 「ああ、わかってる。僕の情報だと、はそろそろスリザリンとグリフィンドールの真ん中の廊下を通るはずなんだ。いつもこの時間は、あの憎たらしいスリザリンの監督生、ヒュー・ノードリーと一緒に移動してるからね。間違いない」
 「なるほど。あそこならこっちに被害はないか。で、どーするんだ?この煙玉を四方から投げて動きを止めるってか?」

 僕はうなずいた。
 頭のいい仲間を持つと説明が楽でいい。
 目的の廊下にやってくる。まだ彼の姿は無い。
 何も言わなくても、シリウスとリーマスは自分で考えて行動してくれる。
 身を隠せて尚且つ煙玉が投げられる位置に移動するんだ。
 残りは僕とピーターだ。僕はピーターに指示を出す。
 戸惑って少しもたもたしていたピーターも、廊下の途中に身を隠した。
 僕も身を隠す。
 …ふむ、どうやら彼が来るまで、まだ少し時間がありそうだ。

 「前回はうまくかわされちゃったけど、こうやって四方から囲めば絶対うまくいく」
 「それにしても不思議な子だよね。いきなり紅獅子を従えて転入してきて、数日でホグワーツのほとんどの生徒に気に入られちゃうんだから」
 「…気に食わない奴だ」

 かつかつ、と足音が聞こえてきた。二人以上いる。
 一番足音に近いところにいるピーターが、唇だけで彼らが来たことを僕らに伝えた。
 それまでしていたおしゃべりをやめて、僕たちは息を潜める。
 何しろタイミングが大事だ。四方向からいっぺんに煙玉で囲まないと意味がない。
 自分の心臓の音が聞こえる。この緊張感がたまらない。
 静かにしているから、彼らの会話が耳に入ってきた。やっぱり、情報どおり、スリザリンの監督生ヒューと一緒にいるみたいだ。

 「どう?ホグワーツには慣れた?」
 「少しは。やっと寮に帰るのに迷わなくなった程度かな。まだ行ったことの無い教室も多いし、初回の授業が始まっていない教科もあるから、何とも言えないな」
 「ホグワーツは広いからね。少しずつ慣れていくと良いよ。占い学は選択した?」
 「うん。みんなに勧められたし、興味もあったから。Ms.の授業が素晴らしいって言うのは本当?彼女、とても素敵な先生ですよね。寮のことや転入のことで話をしたけれど、魅力的な方だった」

 もうすぐだ。みんなに目配せする。みんな無言でうなずく。
 楽しそうに話していられるのも今のうちだよ、。やってきて数日で僕らの人気を奪ってしまいそうになるなんて、僕は大いに君に興味があるんだ。その優しい笑顔が、僕らの悪戯に引っかかって悔しい表情に変わるのが見てみたい。君はどんな人間なんだい?

 …よし、今だ!

 「ヒュー、後ろに下がって!

 合図を出した。全員一斉に煙玉を投げた。辺りは灰色の煙に包まれる。
 でも、とヒューは煙の外にいる。煙の外で、煙を驚きの表情で見つめている。
 僕は煙玉を投げる直前にの声を聞いた。ヒューに指示を出していた。
 …また、見破られたってことかい?…君はいったい…

 「ジェームズ!何してんだよっ!それ、投げろって!!」
 「えっ?!だって彼らは…」
 「貸せっ!それっ!!

 シリウスが僕のほうにやってきた。
 僕の手に握られていた試作品の爆弾玉を掴み取ると、煙の立ちこめる中に投げ込んだ。
 シリウス、君は見なかったのかい?もヒューも煙の中にはいないんだよ?!

 「やーっ!!なに、この煙っ!!前が見えないよ…、どこ?!」
 「イーノック?!」

 煙の中に人影が見えた。声も聞こえた。
 シリウスが投げ込んだ爆発玉が破裂する本の少し前、外にいたと彼の従えている紅獅子が煙の中に飛び込んだ。
 今度はシリウスにも見えたんだろう。彼は僕を見、それから煙の中を指差し、口をパクパクさせていた。
 金魚みたいだ。
 身を隠していたところから出てきて僕のところに集まっていたリーマスもピーターも、口をあんぐりあけて煙の中を見つめている。
 みんな間抜けな顔だ。
 何が起こったのか理解できていないのは、ヒュー・ノードリーも同じらしく、驚いて目を見開き、煙の中を見つめている。

 どかんっという音が聞こえた。

 爆風で髪がかきあげられる。
 灰色の煙は収まったけれど、今度は辺りが雪が積もったように真っ白になった。
 …僕たち特製の生クリーム爆弾のせいだ。廊下中、生クリームでいっぱい。
 一番ひどい場所には、全身に生クリームを浴びた人間が二人と獅子が一匹。

 「…よっしゃ!ざまぁみろ、!」

 それじゃ雑魚の悪役だよ、シリウス…
 そんなシリウスの声は大きな泣き声にかき消された。
 よく見れば、がスリザリンの一年生を抱きかかえている。彼をかばったらしい。
 の被害が一番大きかった。
 泣いているのは、が抱いている一年生みたいだ。

 「な、なんでっ?!なんで、どかんっ、て言ったの?!どうしてこんなに…ひっく…べたべた…うわーん!!」
 「泣かないで、イーノック」
 「だって、だって…だって、…」
 「ほら、僕もべたべた。イーノックとおそろいだよ」

 は笑ってる。一年生の背中を、あやすように柔らかくたたきながら、彼に優しい言葉をかけている。

 …どうして飛び込んだの?
 その少年が煙の中にいたから?
 君はスリザリンだろう?狡猾で手段を選ばない…
 そんな、組み分けのときに派手に転ぶような間抜けな子を助けるために、何か危険が迫っているのをわかっていて飛び込んだのかい?


 「と一緒…僕のことも僕の大好きなのことも、こんなにした奴らなんか、この世からいなくなっちゃえばいいのに
 「まったくだ。おい、そこにいるんだろう、グリフィンドールの四人組。隠れてないで出て来い」

 「はんっ!まいったか、!」

 ヒューの言葉に反応して一番先に姿を出したばか犬はシリウスだった。
 僕とリーマスは顔を見合わせ、やれやれといった表情を浮かべてから、シリウスの後に続いた。
 呼ばれてすぐ姿を現しちゃうなんて、何て低脳なんだい、シリウス。君は素直すぎるよ。

 「やっぱり君たちか。悪戯にもほどがあるんじゃないか?」
 「ほんの挨拶代わりだ。ホグワーツに来て悪戯仕掛け人のことを知らないなんて、面白くないだろう?」

 シリウスの勝ち怒った笑い声が廊下にこだまする。
 呆れた表情で僕らを見つめるヒュー・ノードリー。
 まだひくひくとしゃくりあげながらにしがみついて僕らを見ている一年生。
 そしては…

 「大丈夫かい、

 ヒューがの手をとる。
 一年生を抱いたまま立ち上がったの目を見たとき、僕は体が動かなかった。
 金縛りにでもあったかのようだ。彼の瞳から目を逸らすこともできなかった。
 一瞬驚いたような色を見せた後、の紅い瞳は深い色に変わった。
 僕らの行為を単純に呆れているわけじゃなく、かといって憎んでいる色とも違う。
 複雑な色をした瞳が、僕を貫いていた。

 「…べたべただね、本当に。寮に帰ってお風呂に入ったほうがよさそうだ。イーノックも一緒に入ろうか」

 のほうが先に僕から目を放した。
 体やローブについた生クリームを払うと、彼は一年生を床に下ろした。僕らを見るの顔に笑みは無い。
 リーマスが僕の次に気がついたみたいだった。僕らがやらかしたことが少々まずかったってことを。
 今までばか笑いしていたシリウスも、空気の重さでやっと気がついたらしい。
 なんだか気まずい。ちょっとちょっかいを出すつもりが、まさかこんなことになるなんて…

 「…ジェームズ・ポッター、シリウス・ブラック、リーマス・J・ルーピン、それにピーター・ペティグリューか。話には聞いていたけど、こういうことをする人たちだったとはね。こんなの悪戯じゃない。自らの楽しみのためだけにこういうことをする人たち、大嫌いなんだ。二度と僕に近づかないで

 恐ろしく冷ややかなの声。言おうとしていた言葉も飲み込んでしまった。

 「、とりあえず寮に戻ろう。…君たち、このことはしっかり寮監に報告させてもらうよ」
 「…は、はんっ!悪戯仕掛け人の力、思い知ったか、!」

 シリウスの言葉に反応するものはいなかった。
 とばっちりを受けて生クリームだらけになったの紅獅子も、華麗に身を翻して、スリザリン寮へ向かうの後ろを歩いていった。
 シリウス、負け犬の遠吠えみたいになってるよ。
 がやがやと廊下がざわめき始めた。
 教員がきたらやっかいなことになるな。
 僕が突っ立っているシリウスを、リーマスがどうしていいかわからなくなっているピーターを引きずって、僕らはこの場を後にした。
 後味が悪い。僕だけじゃないみたいだ。のあの貫くような視線には力があった。
 …君にさらに興味を持ったよ、













 「あー、ジェームズ!!を生クリームだらけにしたって本当?!」

 寮に帰るとすぐこう言われた。話が広まるのもいつもより異常に早い。
 おまけにいつもは僕たちの悪戯を楽しんでくれるみんなも、今日は冷ややかだ。
 僕らだって、あんな風になるとは予想してなかったさ。
 みんなの視線に耐えかねて、僕らは談話室から部屋に移動した。

 「噂に聞いているとは別人のような気がしたよ。強い瞳だった。僕、彼に見つめられたとき、目を逸らせなかった」
 「僕も一緒さ、リーマス。今まで感じたことのない感覚だった」
 「、怒ったよね…僕たち、ひどいことしちゃったんじゃない?」

 悪戯は成功したんだ。
 当初の予定通り、に挨拶代わりに悪戯をすることもできたし、きっと強烈な印象で僕らの顔を覚えたはずさ。それに、試作品の生クリーム爆弾も成功した。
 それなのに、僕らは全然楽しくも面白くも無かった。なんとなく後悔している。
 あの一年生に見せていたの優しい表情と、僕らに見せた表情。別人かと思うくらい違っていた。
 …どっちが本当の君なんだい?僕は君のことがもっと知りたくなってきたよ、

 「それにしてもばかい…シリウス。どうしてあの時あれを投げたんだい?もヒューも煙玉には巻かれなかったんだ。あの時点で目的は不達成だったのに!」
 「俺の位置からはたちがよけたなんて見えなかったんだ!それに、煙の中に人影も見えてた。…まさか一年生だとは思わなかったんだよ」
 「…僕、たちがよけたときに、向こう側からの名前を呼びながら駆けてくる子を見たんだ。…やっぱり、みんなに教えるべきだった?」
 「「どうして言わなかったんだい、ピーター!!」」
 「ごめんー…だって、煙玉を投げろって合図があったから、言い出せなくって。みんなもう投げてたし…」
 「とんだ自己紹介になっちゃったね。でも、すごく興味深い子だったよね、って。みんなに気に入られるのも、数日で全校生徒の人気者になっちゃうのもわかる気がした。僕としては、もう少し彼のことを知りたいんだけどな」

 リーマスは寝台の上でチョコレートを口にしながらそう言った。
 思いのほか落ち込んでいるのはシリウスで、寝台に座って頭を抱えてうつむいている。
 まぁ、狙ってもいない子に向けて生クリーム爆弾投げちゃった本人だから当たり前か。
 とにかく、こんなに後味の悪い悪戯は初めてだった。
 僕はため息をつくと、腰掛けていた寝台から立ち上がり、部屋の中を歩きまわった。

 「まさか、こんなに後味が悪いまま終わろう、なんて思っちゃいないよね、みんな」
 「もちろんだよ、ジェームズ。僕はにとっても興味を持った。興味あることは知り尽くすまであきらめられない性格だって、君も良く知ってるでしょ?」
 「またに手を出すって言うのか?!」
 「じゃあ、シリウスはに大嫌いって言われたままでいいの?」
 「んなっ!そんなこと言ってねーだろ!!もちろん、俺だってには興味ありありだ。大嫌いなんて言ったこと、後悔させてやる!」

 この際、何か間違っているシリウスの思考は無視しよう。
 の中の僕らの第一印象はきっと最悪だろう。でも僕たちは諦めない。
 特に僕は君の笑顔の秘密を知りたい。あんなに優しい顔をする君。僕らに見せた表情との違いはなんだい?

 とんとんと扉をノックする音がした。ピーターが出た。

 「あー、ジェームズ、シリウス、リーマス、ピーター…寮監が呼んでるぞ。…鬼のような顔してるから、下手な抵抗せずに出てきたほうがいいと思うぜ」

 あーあ。とんだ災難だね。人気者の転入生に安易に手を出すとこういうことになるのか…

 「うわー…減点だけで済むかな?」
 「うーん…減点プラス汚した廊下の掃除プラス小言みっちり二時間ってところじゃないかな」
 「げっ…あいつの小言、長いじゃんかっ!!」
 「…ま、今日はしょうがないかな」

 扉を開ける。
 鬼のような顔をした寮監がいる。…いや、寮監だけじゃない。
 寮内の多くの生徒たち(特に女子)が、ものすごい顔をして僕たちを待ち構えていた。
 うわぉ、女の子を怒らせると怖いって言うけど、本当なんだね。
 でも、僕らは諦めないからねっ!!覚悟しておいてよっ!!






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 だってほら、スリザリン生だから。
 無邪気で可愛くても、スリザリンっぽいところはあるんです、イーノックにも。