衝撃的な出逢い
いつもそうだ。わたしはただホグワーツで自分の生活をしているだけなのに。
誰に聞いたのか、わたしの前に現れてわたしの邪魔をするグリフィンドールの四人組。
わたしは奴らが大嫌いだ。
癪に障ることに、頭のいい奴がいて、そいつらは執拗にわたしを追いかけ悪戯をする。
子供のような騒ぎ立て…腹が立つ。
今も奴らの悪戯をやっとすり抜けて図書室にやってきた。目当ての本を探しながら図書室の中を歩く。
「やぁ、スネイプ。こんなところでまたお勉強かい?」
「そうやって本ばかり読んでいるから暗い性格になっちゃうんだ。本が唯一の友達だって?」
また、だ。目の前に嫌な笑みを浮かべて立つ四人。
図書室には数人の生徒がいるが、彼らも当てにならない。
たいていの奴はわたしが彼らに悪戯されるのを楽しんでみている。自分に被害が及ばないのをいいことに、笑っている。
そうさ、知ってる。だからわたしは助けを求めない。
「お前らには関係ない」
無視して本を探す。
本当はもっと早くここに来る予定だったんだ。魔法薬学の課題をやるつもりでいた。でもこいつらのせいで、時計の針はもう閉館二十五分前を差している。さっさと本を探そう。
しかし、簡単にはいかない。わたしの進みたい方向に奴らは立ち、さりげなくわたしの行く手を阻む。
こういうやり方は好きじゃない。
「関係あるね。君が探している本は、ここにある」
にやりと笑うジェームズ・ポッター。握られているのは、確かにわたしが探していた本。
嫌な奴が持っていたな。
司書は今日、誰かが返却しに来るといっていたが、それがこいつとは…
「それなら話は早い。わたしが予約を入れたんだ。早く返却してくれ」
「残念ながら、そいつはできないな。僕はこの本を延長して借りたくてきたんだ。借りたいなら、自分で奪ってみたら?」
ジェームズ・ポッターの手から本が離れ宙に浮く。
本がだめになってしまうっ!
わたしが手を伸ばして受け取ろうとすると、その前にシリウス・ブラックが強引に本をつかんだ。
そしてそれはまた宙に浮く。
どんなに追ってもわたしの手に触れる前に本は奪われ、また宙に浮く。
こいつらには本を大切にするっていう気持ちがないのか。
本が高く投げられた。
今度こそ、と手を伸ばす。ほんの少し届かず、わたしの手は中をつかんだ。
勢いのついていた体はそのままよろけて本棚に突っ込んだ。
はずみで、両方に本が収納できる形の本棚が、どさっと倒れた。どさどさと落ちる本。
ぶつかったときの衝撃で体に痛みが走る。
…わたしはばらばらになって床に落ちた本の山を呆然と眺めた。
大変なことになった。
周りからはくすくす笑う声。
音を聞きつけて、誰かがこっちに向かってきたようだ。
「あーあ、スネイプ。本は大切に扱えって司書に言われなかったっけ?」
笑いながら去る四人。
すれ違いに司書がやってきて、わたしと倒れた本棚をじっと見た。
閉館二十分前。
もうわたしにはどうしていいのかわからない。
司書の目は怒りに満ちていて、このままおとなしく帰してくれそうにない。
今日はとことんついてない…
「騒いでいると思ったら…あなた、本になんてことするのっ!大切に扱うこと、と図書室の利用規約にも書いてあるでしょう?…片付けなさい!ただし、魔法を使わずに。魔法に失敗して本を痛めつけられたら困りますからね。まったく、どうして本を大切にできないのかしら…」
司書の威圧感に、わたしは何も言えずただうなずいた。
言ったところでわたしの周りにもう四人の姿はなく、司書には私の言い訳にしか聞こえなかっただろうが…
それにしても困った。こんな大量の本、元に戻すのにどれだけ時間がかかるんだろう。
ただでさえ四人のせいで課題をやる時間が減ったというのに、それに加えてこの状況。
わたしは途方にくれて本の山を見つめた。
…と、裏のほうから低い唸り声が聞こえたような気がした。
そういえば、この本棚の裏は勉強スペースになっていた。
まさか誰かいるのか?
わたしが本棚の裏に回ると、大量の本が散らばる中に紅い獅子がいた。本をどかしている。
低い唸り声が断続的に続く。
…この紅獅子には見覚えがある。最近やってきた転入生の連れている獅子だ。
紅獅子はとある場所の本をしきりにどけている。
…白く細い手が見えた。
はっと気がつきわたしも本をどかす。
紅獅子がいるのに、それをつれている転入生がいないのはおかしいじゃないか。
しばらく本をどかすと転入生が現れた。本にぶつかって気絶してしまったのだろうか。動かない。
…ん?いや、寝息が聞こえる。
…まさか、こんなにたくさんの本が頭上から降ってきたって言うのに眠っているのか?
何て神経の太い…
時計の針は閉館十五分前を切った。
紅獅子が転入生の顔を覗き込んでいるが、目を覚ます気配はない。
閉館も近いし、この本いついて説明もするべきだろうな。
…わたしは彼の肩を数回叩きながら声をかけた。
「おい、そろそろ閉館の時間だが」
「…んー…もう少し…あと三日くらい…」
「三日?!何を言ってるんだ。ここは寮じゃない」
「…ふにゃ…」
「ふにゃっ?!…いや、起きてくれ」
よほど深く寝入っているのか、彼は目覚めない。仕方ないからわたしは彼の体を少し強引に揺らした。
紅獅子もしきりに転入生の顔を舐めているが、彼は寝言のようにわたしの言葉に返事をするだけだ。
いや、あれが返答といえるのかどうかすら怪しい。
「もうすぐ閉館時間なんだ。起きてくれないと困る」
「ん…、今日は目覚めがいいんだね……って、えっ?!」
「?それは誰だ?」
やっと目を開けた転入生は、わたしの顔を見て素っ頓狂な顔をした。
紅い瞳がわたしを驚きの色で見つめている。
紅獅子が彼に擦り寄る。彼は白い手で紅獅子を撫でていた。
「閉館時間が迫ってるんだ…怪我はないか?」
わたしは床に散らばった状況を説明した。
彼は本の散らばった周りを見て笑った。
それはさっきの奴らのようないやな笑みではなく、見ていて気持ちのいいものだった。
つられて、わたしもため息交じりに苦笑した。
時計の針は閉館十分前を差していて、もう閉館までに片付けて夕食にありつくのは難しそうだ。
「そっか、起こしてくれたんだね。ありがとう。僕、。・。えっと…君は?」
「セブルス。セブルス・スネイプだ。君と同じ四年生」
一瞬が戸惑った表情を見せた。
わたしの名が気になったのだろうか。けれど、すぐには元のやわらかい笑みを見せた。
きっとわたしの見間違いだろう。
彼はまだ紅獅子を撫でていた。
「それにしてもずいぶん深く寝入っていたみたいだな。こんなにたくさんの本が頭上から降ってきても起きないなんて」
「ちょっと疲れちゃってて…もう閉館十分前を切ってるんだね。僕も手伝うよ。君のおかげで閉館時間になる前に起きられたわけだし」
「いやでも…司書は魔法を使わずにと言ったんだ。手伝わせてしまってはまで夕食を食べ損ねてしまう」
「大丈夫、大丈夫。魔法を使わずにっていわれたのは君だけでしょう?僕が使ってもなんら問題ないはずさ…ほら」
は笑顔で杖を取り出した。唖然とするわたしの前で聞いたことのない呪文を唱えた。
散らばっていた本は、の呪文でふわふわと宙に浮いた。倒れた本棚は元の位置に立ち、本はゆっくりと元の順番どおりに本棚の中に戻っていく。
わたしは最後の本が本棚に戻るまでずっと、を見続けていた。
閉館七分前。図書室の本は元通り。
「…驚いた。そんな呪文どこで覚えたんだ?まだ授業では…」
「え…いや、これは…あれ、この本…」
はわたしの質問に戸惑った顔を見せた。そして一冊だけ宙に浮いて残っている本を手に取る。
ああ、それこそ今回の出来事の発端となった本だ。わたしが探していた魔法薬学の課題用の本だ。
はその本を机の上に置くと、広げていた本や羊皮紙を片付け始めた。
閉館五分前を知らせる合図が図書館内に流れてくる。
の手には『手に入りにくい薬草と薬の作り方』の本。
「薬学に興味があるのか?」
「ん?…うん。あ、もしかしてこの本はスネイプき…が借りてた本かな?確か魔法薬学の課題用だったね」
「セブルスでいい。あの課題は少し難解だろう?君はもう終わったのか?」
「うん。知ってる人が本を持っててね。少してこずったけれどもう終わらせたよ。ス…セブルスはこれから始めるの?」
とわたしは図書室を出ながらそんな会話をした。
わたしの知らない呪文を使い、難しい課題ももう終わらせたなんて…いったいこの転入生にはどこまで秘密が隠されているんだろう。
おまけには…悪戯四人組が転入生を生クリームまみれにした事件は記憶に新しい。
わたしはに興味を持った。
「もう終わらせたなんてすごいな。良かったら手伝ってくれないか?」
「それは…かまわないけど僕よりもセブルスのほうが色々な知識を持っていると思うけどな」
合言葉を唱え、談話室に入る。夕食前の談話室には多くの学生がいた。
机で課題をやっている奴もいれば、本を読んでいる奴もいる。
わたしはほっと息を吐いた。ここならあの四人にちょっかいを出されることもない。
一年生がの元に駆け寄ってきた。入学式のときに盛大に転んだ子だ。この子のどこにスリザリンの素質があるのかまだわからないが…
そういえば、入学式のときからこの子はと一緒にいたような気がする。
適当な席に腰掛ける。隣にが座る。本と羊皮紙を机の上に広げると、はそれを覗き込んだ。
まだ何も書いていない真っ白な羊皮紙だ。
「!おかえり。今日はどこにいたの?あ、いつもと違う子と一緒だったんだ」
「図書室にいたんだ、イーノック」
「図書室って…あ、セブルス。本は片付け終わったのか?ものすごい勢いで本棚に激突していたけど」
会話を聞いた上級生が声をかけてくる。わたしは本から目を逸らさずに返事をする。
「…ああ。グリフィンドールの四人組にはもう飽き飽きだよ」
本をぱらぱらめくる。の紅獅子がの足元に寝そべり、イーノックがの隣に腰掛けた。
魔法薬学の課題は難解で、わたしの羊皮紙はなかなか黒く染まらない。
「セブルス、その本の四十五ページあたりが最初の問いのいい参考になったよ。…グリフィンドールの四人組ってどうして毎日悪戯をしてくるんだろう。飽きないのかな?」
「どの道わたしたちには理解しがたいものさ。彼らの低俗な考えなんて、理解しても面白いと感じるのは心理学者くらいのものだろうよ」
「、今日もあの嫌な奴らに何かされたの?あ、これでチェックメイト。僕二勝目」
魔法使いのチェスをしているイーノック。
に教えられたページを開くと、課題の答えともいえるような文章が広がっていた。
すんなりと羊皮紙にペンが入る。
隣に座っているは、さっきの本とはまた違う本を手にしながら、羊皮紙に色々記入している。
「セブルスは…魔法薬学の課題か。は何をしているんだい…これはまた難しい本を読んでいるな」
監督生のヒューがとわたしの向かい側に腰掛ける。
イーノックがすかさずヒューに魔法使いのチェスを申し込む。
数行書いて、わたしのペンはひたと止まった。
「図書室で眠っちゃったみたいで。今日読み進めておきたいところまで終わらなかったんだ。…セブルス、夢の瞬き水晶の作り方は八十三ページに出てる」
「…図書室で、頭上から本が降ってきても眠っていた。八十三ページか、ありがとう」
「それは…さすがだな。…ん、チェックメイト。イーノック、詰めが甘い」
はなにやら難しい他の言葉で書かれた本を読んでいた。
黒いハードカバーに銀の刺繍でタイトルらしきものが書かれているが、それすらわたしにはよくわからない。古代ルーン文字…とも違うみたいだ。
本の八十三ページにはわざわざ図解で夢の瞬き水晶の作り方が記されていた。
それをまた羊皮紙に書いていく。
それにしても、どうしてはページまでしっかり記憶しているのか…
「とセブルスが助けてくれたんだ。そうじゃなかったらきっと、閉館しても眠り続けてたと思う。すごく眠くて」
「昨日も遅くまで勉強していたんだろう?きっとそれが原因だよ…それにしても難しい本だな。何の本だい?」
「歴史書さ。Ms.に貸してもらったんだ。ホグワーツやその他のことが書いてある。ここに来て日の浅い僕にはいい勉強になるだろうから、って」
「、チェスやろう?」
いきなり横からイーノックが声をかけた。
「チェスが好きなんだね、イーノック」
「うん。だって、今まで僕が知ってたチェスって勝手に動かなかったもん。魔法使いのチェスって勝手に動いてくれるんだよ?すごく面白い」
は四を読んでいた手を止め、イーノックのほうを向いた。
隣でチェスの準備が進んでいる。は細い指で正確にポーンを動かしていく。
見とれていたら、ヒューに小突かれた。そういえば、わたしのペンはまた止まっていた。
手を動かしつつ考える。
の態度がぎこちないように思うんだ。確かに今日初めて会話した。しかし、のわたしに対する態度はヒューやイーノックとは違う気がする。
「セブルス、図書室の司書がやたら怒って先生が驚いていた。君が図書室の本を倒したって本当かい?」
「わたしはただ…」
「ちょっと違うな、ヒュー。僕もあの時図書室にいたけど、けしかけたのはグリフィンドールの四人組さ。セブルスの見たい本を投げて回して、最終的に彼が本をつかみ個ね本棚にぶつかったんだ」
答えようとしたら上級生が口を挿んだ。
「ふうん…で、君はその場にいたのに手助けしなかった、と」
「当たり前だろう?夕食にありつけないのも、低俗なグリフィンドールの奴らに関わるのもごめんさ。それにしてもよく夕食前に片付け終わったな。今日はてっきり寮に戻ってこないんじゃないかと思ってたよ」
彼の考え方は至極当然だと思う。
わたしだって誰かが本棚を倒したのを見ても、よほどのことがない限り助けには入らないだろう。
またペンが止まってしまう。どうも今日は課題に集中できない。
ため息を突くとペンを置いて、隣のチェスの駒を見た。
のナイトがイーノックのナイトを倒すところだった。
「が手伝ってくれたんだ」
「僕はただ、起こしてくれた御礼をしたまでさ。…イーノック、詰めが甘いよ。僕の駒の動きを読まなくちゃ。そこに置いたら…チェックメイトだ」
イーノックが悔しがる。もう一度、と再戦を願い出て駒を並べる。
の紅獅子が起き上がり、珍しそうにチェスを眺めだした。の左手が紅獅子に触れている。
「セブルスもも、あの四人に目をつけられるなんて災難だな」
「…きっと、僕ら一緒に行動したら恰好の獲物になるよね…」
の呟きに、わたしははっと顔を上げた。
もしかして、わたしと他の奴らとの接し方に違いがあるのはそのせいなのか?もしやは、わたしと一緒にいたときの被害を嫌って、ぎこちなく接しているのでは?
とことん四人には嫌なことばかりされる。わたしはに興味を持っているというのに…
「確かにな…」
「大丈夫!僕がいるよ、」
イーノックの無邪気な笑い声と、のやわらかい笑み。わたしは彼らのやり取りを見ていた。
「…僕はまだみんなに追いつくので精一杯なんだ。きっともう少し落ち着いたら、彼らにこのまま悪戯されてばかりにはならないよ」
はヒューに笑顔を見せた。
の羊皮紙を覗くと、わけのわからない呪文や薬草の名前がびっしりと書き込まれていた。
「さてそろそろ夕食だ。大広間に行こう」
ヒューが立ち上がった。みんなもそれに続く。
さりげなく羊皮紙と本を片付けるを、わたしは待つことにした。
の考えがどうであれ、わたしは彼に興味を持った。少しくらい一緒にいても良いだろう。
夕食時なら四人もうかつに手を出せまい。
「、魔法薬学の課題について、もう少し詳しく教えてくれないか?」
はやや戸惑った顔をしたが、笑顔で了承してくれた。
なんとなくが転入してすぐに人気者になった理由がわかる気がした。
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スネイプ教授登場。
自分に授業教えている教授が、自分に課題を教えてくれといっている。
そんな状況になったら、誰だって戸惑うと思う。