必要なのは踏み出す勇気
「、……」
夢か現かわからない世界を彷徨っているような感覚が僕の体を取り巻いている。
それはまるで、時空間を彷徨っているときと同じようなむずかゆい感覚だった。
どれくらいの時間、僕の意識がこの混沌とした空間を彷徨っているのか、僕にはわからなかった。
ただ時々、僕の名を呼ぶ声が聞こえるんだ。
僕がよく知っている大切なひとの声。
「……」
重いまぶたを無理やり開ける。
ぼんやりした意識がだんだんはっきりしてくる。
目の前は真っ白な空間で、僕のすぐ傍にはの姿がある。
ここがどこだか、僕にはわからない。
「……どうしてここに?ここは、どこ?」
僕と以外誰もいない、真っ白な空間。
が差し出した手につかまって立ち上がる。
少しよろめいた僕を、が当然のように支えた。
「おはよう、。ここは君の世界だよ。世界を再構築したときの衝撃でまだ全てを思い出していないんだね?君は世界の創始者だ。世界が混沌としてしまったから、君はこの世界そのものをもう一度作り直すことにしたんだ。星見の能力を使って、ね。もっとも、まだここには僕と君しか存在していない。この先は君が望んだとおりに構築されていく」
はすらすらとそう言ったけれど、僕にはこの状況が全く理解できなかった。
あたりを見渡しても、何もない。
確かにここには僕との二人しか存在していなかった。
…僕は、ほんの少しだけ、この世界の不条理さに悩まされていた。
どうして幸せでないものが生まれてしまうんだろう、って思い悩んでいた。
でもそれが……その思いがこの世界を生んだというんだろうか?
誰もいない、何もない世界を……?
「わかった。僕はまだ夢の世界にいるんだね、。星見にこの世を全て作り直す能力があるなんてこと、僕は知らないもの。母上もおっしゃっていない。ここが夢なら僕は早く目覚めなくちゃ」
「どうして?君はもう目覚めているじゃないか。ここにいる。僕の話が夢だと思うなら、何か望んでみるといい。ここでは君が望んだとおりになる」
僕の言葉を否定して、は僕の手を強く握りながらそういった。
僕にはこの状況が理解できなかった。
…そういえば、はどこだろう。
どうして僕の傍にいないんだろう。
そう思った瞬間、目の前にが現れた。
驚いてを見つめたけれど、はいつものように僕に擦り寄ってきた。
手触りも仕草も、そのものだった。
「ほら、ね。うそじゃないだろう?君が望めば何でも叶う。嫌なものは全て消せる。素敵だろう?」
僕には理解できなかった。
いや、理解したくなかった。
僕が世界そのものを作り直す、なんて。
それは本当に星見の力なのだろうか?
星見は、ほんの少し一般の人よりも星に近い存在なだけ。
運命を見る能力やお告げを受け取る能力に優れているだけで、ただの人となんら変わりないはずだった。
いや、僕はそう思って生活してきた。だけど……
確かにここでは、僕が望むものが何でも出現した。
机、椅子、家、そして友人や一般の人までも。
今までの記憶を頼りに、ダイアゴン横丁やノクターン横丁を構築することも出来た。
いつの間にか、僕の知っている町や村が目の前に出来上がった。
何の違和感もなく、僕とは町の中を歩いていく。
道行く人たちは僕らに気軽に声をかける……
「…なんだか怖くなってきた……」
「どうして?」
「こんなことしていいのかな?僕の記憶を頼りに世界が構築されていくなんて……人が、人の運命を決める、なんて」
「…何言ってるんだい、。この世は常に星見の力によって構築されてきたじゃないか。君がその力を継いでいる、ただそれだけの話だろう?」
「…………」
ホグワーツにいたときのも、僕にこんなことを言っただろうか。
ふと、そんなことを思った。
僕の隣にいるは大人びていて、僕の知らない星見のことをよく知っている。
…どうして?
ホグワーツでの生活を懐かしんだら、目の前にホグワーツが現れた。
「ホグワーツ、か」
「どうかした?」
「君はホグワーツであんなに悩んでいたのに、ここも再構築するんだな、と思って」
玄関ホールに足を踏み入れると、いつものようにみんながいた。
は少し難しい顔をして僕の隣に立っている。
の言葉の意味が僕にはよくわからなかったけど、それ以上にこの状況がよくわからない。
「!」
「、ありがとう!僕、今幸せだよ。父さんと母さんと一緒に暮らせるなんて!」
ハリーの姿がそこにあった。
ハリーの両隣には微笑むハリーの両親の姿がある。
僕が、ハリーが両親と暮らせていたらな、とそう思ったからこうなったんだろうか……
でも、これは……
口に出せない不安が心の中に湧いた。
やっぱり、こんな風に世界を作り変えてしまってはいけない。そんな気がする。
だって、これは……
ハリーもみんなも笑顔だけど、これは僕が生み出したもので、彼らが望んだことじゃないかもしれない。
ハリーの両親は命がけの愛でハリーを守った。それが彼らの選んだ道だった。
だけど、僕はその道を否定した……
「ねぇ!次の試験なんだけど、私、ドラコに負けたくないの!」
ハーマイオニーがいつの間にか僕の目の前に立っていて、必死な顔でそういってきた。
何ともハーマイオニーらしい言葉だった。
でも、僕にどうしろって言うんだい?
君たちの試験の結果まで僕が作り出すの?
自分で努力した結果が試験にそのまま現れるんじゃないのかい?……この世界、何か間違ってるよ…
「。こんな世界、僕は望んでいない。どうして……」
「望みどおりにならなかったのかい?だったら、作り直せばいい」
僕の言葉を遮って、が当然のように言った。
作り直す?と疑問に思ったら、目の前のハーマイオニーが消え去った。
そして、すぐに同じ場所に同じ姿をした別のハーマイオニーが姿を現した。
これは、夢だ。
そうなんだ。
…そう思いたいのに、僕が何か思うたび、世界が構築されていく。
奇妙な世界だった。
押し寄せる言葉に出来ない不安の波に、僕は耐え切れなかった。
ここにいるハーマイオニーは、僕が望んだハーマイオニーなんだ。ハリーも同じ。
きっとこのだって、僕の心を代弁してくれる、大切なじゃない。僕が望んだなんだ…
「いやだっ!」
僕は叫んでいた。
みんなが驚いて僕を見た。そんな視線、もう気にならなかった。
僕はハリーに駆け寄った。
「ハリー、君はExpecto patronum!の呪文を知っている?君がシリウス・ブラックを助けたんだ。辛い人生だといわれても、君自身が選んで切り開いた道だった。それら全てを失っても、僕の望んだ世界で生き続けたいの?!」
「…何を言っているの?。僕は今幸せだよ。シリウス・ブラックも生きている。そんな呪文使う必要もないんだ。どうして、そんなに悲しそうな顔をするんだい?」
気が狂いそうだった。
みんな僕のことばかり。
僕が望んだら彼らは僕の思うとおりの未来を歩くことになる。
自ら切り開くこともせず、ただ僕が望んだとおりの行動をする、玩具のようになる。
そんなの、嫌だ。
どうしてこんな世界に僕はいるんだ?
どうして……
待って、少し思い出そう。
僕はここに来る前、何をしていたっけ。
確か、僕は悪戯四人組と遭遇したんだ。
体調は悪いし、彼らと話すどころか、立っているのも辛くて……
そうだ。シリウス・ブラックに後ろから飛びつかれたんだ。それで……
はっとした。
あの時僕は、消えたいと思った。
彼らの前から消えて、僕のいた日常に戻りたいと、そう思った。
その結果がこれ?
…いや、違う。
僕の体は階段を落ちたはずだ。どうして僕の体はどこも痛くないんだろう。
「ねぇ、。ここは僕の世界じゃないよ」
「君の世界だよ、。紛れもなく君の世界だ。だから、君の望みどおりになるんだ」
違う、と僕は首を横に振った。
ここは僕の世界じゃない。
世界は、一人の人間が作り変えていいほど単純なものじゃない。
たった一人の欲のために、長い歴史を否定していいわけがない。
この世界では、星の声が聞こえない。
怖くなって、僕は走り出した。
僕が作り出した世界になんていたくない。
誰かに左右される世界に生きていたって、つまらないはずだ。
怖いんだ……
「!どうしたんだ、一体!」
に手をつかまれて僕は立ち止まった。
まだ構築されていない真っ白い空間に、僕ととだけが存在している。
肩で息をしながら、僕はをぐっと抱きしめた。
「…?」
「怖いんだ、。嫌なんだ。僕が世界の創始者だなんて間違ってる。おかしいよ。君たちはどんどん自分の中身が変えられてしまうことに耐えられるの?いつの間にか、自分の両親が変わっていても平気なの?」
「僕たちは、それを当然として生きるもの」
「そんなの、僕は嫌なんだ……」
「……」
「、は僕のことをどう思う?君が思ったことを言ってほしいんだ。僕の望みじゃなくて!」
苦しくなった。この世界は嫌だ、とそんな思いばかりが浮かんできて、僕はにすがりついた。
は寂しそうな顔をして僕を見つめたまま、ついに何も言わなかった。
抱きしめたの左の首筋に、黒い痕を見つけた。
僕は深く息を吐くと、これまで僕が構築した全てを消すことを望んだ。
向こう側に構築されていたホグワーツやそのほかの町はガラガラと崩れ、全てが真っ白な空間に戻った。
寂しそうな顔をしていく消えていくを、僕はじっと見つめていた。
そして、この空間には僕とが残った。
「ねぇ、。僕が望んだ世界で生きて、楽しいかい?いろんな人がそれぞれ選んで作り上げてきた未来を、たった一人の人間によって作り直されてしまって、それで人は成長するのかな?僕は確かに悩んでた。君に逢いたかったよ。でも、僕が逢いたかったのは、元の世界の、なんだ。まやかしじゃない。僕が構築した、僕の望みどおりに行動してくれる君じゃない。悩んだりどうしようもないことが起こったりしたからって、世界は変えられるものじゃないよね。…僕はきっと、ここなら何不自由なく生活できるだろう。でも、僕以外の人はどうなんだろう?僕の世界で生きていて、楽しい?」
は何も話さなかった。
ただ驚いた顔をして僕を見つめていた。
僕は精一杯笑顔をに向けた。
でも、少し感情に押しつぶされているような笑顔だったかもしれないな……
「うそつき。ここは僕の世界じゃないよね。僕が世界の創始者だって言うのも、僕が望んだ世界になるっていうのも、全部うそだ。これは君が僕に見せている夢、だね。君は僕の知ってるじゃない。…でもね、逢えて嬉しかった。本当の姿を見せてくれないかな。君は……誰?」
「……それならひとつだけ聞かせてくれ。君はどうしてここにいることを望まないんだい?」
「みんなが好きだからだよ。誰かの望みではなく、自分で選んだ人生を生きているみんなが、好きだから」
僕がそういうと、は僕の耳元で‘及第点’と囁いたあと、静かにその姿を変えた。
目の前には、上品な猫が座っていた。
猫は僕もこの場に腰を下ろすよう仕草で合図した。
大きな瞳で僕を見つめている。
「、よくこの世界を認めなかったな。合格じゃ」
それは、透き通るような声だった。威厳のあるしゃべり方だったけれど、耳に心地よい音だった。
「あなたは……?」
「わらわは、地球じゃ。何をそんなに驚いて……ああ、こうして星のほうから語りかけられるのは初めてじゃったか。今までは星の声を聞き、星に尋ねることは出来たが、星から語りかけられることはなかったじゃろう?そのあたりから説明していこうかの」
猫は自らを地球と名乗った。
僕はただ、猫の話に耳を傾けることしか出来なかった。
「星見の一族と言うのは、ホグワーツ創設者たちよりも生まれたのが後だと一般には言われる。けれど、それは正しくもあるが、間違ってもいる。星見には古来より星の力を操る能力があった。古くは星見一族の創始者メルシードより伝わる力じゃ。星は、メルシードの血を引くものたちを星に最も近い人として位置づけ、長いときを共に過ごしてきた。しかし、その長いときの中で何度も自らの欲望を満たそうと星の力を使うものが出てきた。星の力を使えば、この世界を思い通りに作り変えることも容易いんじゃ。けれど、それをわらわたちは良しとしなかった。理由は、おぬしの考えたとおりじゃよ、。たった一人が作った世界に生きても、この世は成長しない。それに最初に気づいたのは、メルシードのひ孫セラ・だった。セラは、星見に自らの未来を教えない、ということを星と約束した。それでもまだ自らの欲望を満たそうとする輩が出てきたものだから、試練に合格しないものには、それ以降語りかけるな、といった。それが、この試練じゃよ」
地球の口からさらりと流れ出た名前は、何度か母の口から聞いたことのある程度の、口承でのみ伝えられている人物の名前だった。
「こうして 星の力を使ったときの世界を見せる。中にはこの力に溺れてしまうものもいた。いや、セラの血を引くもの以外は皆この力に溺れていった。けれど、そなたもそなたの母もこの試練にしっかり合格している。特にそなたは、メルシードやセラと同じか、それ以上にわらわたちに近い位置にいる。本来なら成人の折、この試練を課すのじゃが、こうして時期を早めてみた。これ以降、そなたは多くの星に語りかけられるじゃろう。聞いたりたずねたりしなくても」
地球は満足そうな表情をして僕を見ていた。
僕はゆっくり彼女の言葉をかみ締める。
母の言っていた、星見が自らの未来を占えない二つ目の理由がわかった気がする。
僕はこの世界を牛耳るものじゃないんだ。
僕も、この世界の一部。
世界の未来を見たとしても、僕一人が運命を決めるんじゃない。
僕だけじゃなく、この世の中を生きている多くの人が選んだ複雑な道のりで未来は決まるものなんだ。
だから僕らは、自らの未来を占えない。いや、占わないんだ。
「…聞いても、いいでしょうか」
「なんじゃ?」
「僕は今、どうしています?多分これは普段よりも深い夢のお告げの世界じゃないかと思うんです。だから僕より大きなあなたの姿がこうして見えているんだ、と。僕の精神世界に近いのでしょうか。それなら今、僕の体は眠っているのですか?」
ふむ、と地球は喉を鳴らした。
なんだかが恋しくなった。
「眠っておる。深く、の。まだ目覚める様子はないが、周りにはそなたを心配しているものが数名おる。……階段から落ちたのを覚えているかの?そのとき何を思っていた?受身を取ることも、魔法を使うこともできたじゃろうに」
「……ここから消えることが出来るかもしれない、と少しだけ思っていました。僕は、彼らジェームズ・ポッターたちとどう接していいのかわからなかったんです。先の彼らを知っている僕には、幸せに生活している彼らの姿を見ているのが辛くて。それに……彼らにとっては未来の出来事とはいえ、僕の父が彼らの友情を裂き、彼らを殺した、という事実は消えません。父の血を引く僕が彼らと関わっていいのかすら、僕にはわからなくて……」
彼らを思い出して僕は苦笑した。
ただこの世を楽しんでいるだけなのに、その姿を見るのが辛い、なんていわれたら困ってしまうよね。
僕だってきっと困ってしまう……
「それで、拒み続けていたのか?彼らの声も聞かずに?」
「彼らの…声?」
「なんと不器用な少年なんじゃ、そなたは。星の声はこんなにもしっかりと聞き取るのに、人の声を聞き取れないとは。耳を傾けるのじゃ。たとえ苦しくとも、声を聞かぬことにはお互いの辛さは伝わらぬ。星の声も最後まで聞くのが礼儀だと、から教わっているじゃろう?それと同じじゃ。あまりにも星に近すぎて、人に対して不器用とは……これは、面白い」
地球は声を上げて笑い、猫らしからぬ仕草で手を振った。
目の前に大きな水晶玉が現れた。
淡い光を放ちながら宙に浮いた水晶玉の中に、僕は僕の姿を見つけた。
「これ…は」
「寝ているのはそなたじゃ、。横にいるのは。それにジェームズ、シリウス、リーマス、ピーター。皆、そなたを心配してずっとそなたの傍を離れないんじゃよ。そなたが拒み続けていても彼らはそなたと交流を持ちたがり続けるじゃろう。人の声を聞くことにおびえていてはならぬ、。人の声も大切じゃ」
不思議な感覚だった。
眠り続けている僕のことを、みんながじっと見つめている。
が、慣れない人型で僕の額に布をのせている。
不安げな顔をした少年たちが僕を見ている。
僕は臆病すぎた。
彼らがこんなに僕を思っていたなんて……
「僕は、臆病者でした。目覚めたら、彼らの声を聞きます。最後までしっかりと」
不安も迷いも、全部含めて聞こう。
そう胸に決めた。
地球は満足そうな顔をしていった。
「では、目覚めのときじゃ……」
その声を最後に、僕の意識は真っ暗な空間に放り出された。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
人は一人で生きているわけじゃないんです……多分(ぁ)