笑顔の裏
翌日の朝早くから、と俺はヴォルデモート卿につれられて街へとやってきていた。
空は晴天、太陽の光に銀色に輝く雪の結晶。
クリスマスの終わった街は大安売りの看板をいたるところに掲げ、朝から大賑わいだ。
時折声をかけられることもあったが、深くフードをかぶったヴォルデモート卿はそれに応じることなく、商店の間をすり抜け小さな路地にはいる。
……マグルの街から、魔法使いの街へ。
古めかしい、けれど元の時代とあまり変わらない風景が広がる。がよく出かける小さな魔法街だ。
しかしヴォルデモート卿の足は止まらない。
街のさらに奥へとわき目も振らずに進んでいく。
やがて、人が一人やっと通れるくらいの狭い路地を通りぬけた。
すると昼間にもかかわらず薄暗くて不気味な場所に出た。
何か怪しげな匂いのする場所だ。
並んだ商店も家も、全てガラスにひびが入っていたり看板が斜めになっていたりと、廃墟にしか見えない、寂れた雰囲気を醸し出す場所だ。
ヴォルデモート卿は慣れた足取りで街の中を進み、やがて一軒の寂れた家の前で止まった。
「草隠れ……父上、ここは?」
「フードを深くかぶって、。決して中の住人に表情が読み取られないように。つけ込まれる隙を見せないようにね。草隠れ……僕が学生の頃に愛用していた薬を扱う店だ。通常の店では手に入らないものが数多く存在する。銀の砂の調合に必要なのは、‘ハコベの花の粉末’‘勿忘草の茎の粉末’だ。何を手に入れれば良いのか、わかるね?」
入り口の取っ手にさえ埃がかぶっている家。
‘草隠れ’とかすれた文字の看板がかかるその店をじっと見つめ、少し緊張した面持ちではうなずいた。
深くフードをかぶる。
ヴォルデモート卿が扉を開けた。続いて、俺の順に店の中に入る。
そこは、寂れた外観とは裏腹に清潔感に満ち溢れていた。どこか上質ささえ感じる。
入り口付近に立ち止まったヴォルデモート卿は、に品物を探してくるよう指示を出した。
うなずいたがゆっくり店内を歩き始める。
(百合の根?……いや違う。表示は百合の根だけど、中身はユリカモメの脳だ。外側を上手く加工して百合の根にに似せているのか……こっちは、コウゾなんてかかれているけど、有毒性の茨の棘だ。細かくすることで目をくらませているんだ)
が難しいことを考えている。
棚に置いてあるビンを手に取り、中身を品定めするの目は真剣だ。
(つまり、僕は表示にだまされずにほしいものを選ばなくちゃならないってわけか……難しいね)
数人の客とすれ違ったが、皆フードを深くかぶり黙っているため、表情も男女の区別さえもつかない。
白のワイシャツに黒くて長いエプロンを身につけた店員は、脚立を巧みに操り棚にビンを並べている。
清潔さは感じるが、顔色は青白く、何処か侮れない目をして客を見つめている。
なんだか不気味なところだな。
(きっと、父上のいる世界はこういう所なんだよ。確かに明るい世界に比べたら不気味で気を張り詰めていなくちゃならない場所だけど……ここにある商品はどれも上質だ)
そのうちは、‘桑根’と表示されているビンを手に取った。ビンの中には緑色の細い棒状のものがいくつか入っている。
それから、そのすぐ横にある‘白藍’と書かれたビンを手に取る。白い粉が入っている。
(……勿忘草の茎とハコベの花の粉末さ。これで必要なものは手に入ったはず……)
二つのビンをしっかり握ると、は一部開けたところにある会計カウンターへ向かう。
いつの間に移動したのか、ヴォルデモート卿がカウンターの横に立っていて、が手にした二つのビンの中身をじっと見つめた。
「……及第点」
「よかった……」
「桑根と白藍なんて役に立った無いもの二つだけで良いのかえ?もっと良いものを取り揃えているよ。ほら、ハコベの花に……」
カウンターの奥の部屋から、しわがれた声が聞こえた。ひどく背の曲がった老人が現れ、骨のような指でカウンターの後ろの棚からの持っているビンの中身と同じようなものを取り出す。
一瞬の心がこわばる。
不可思議な声を上げ、ぎょろりと飛び出た目でじっとを見つめる老人。
ビンを握るの指に力が入る。
「おいくらですか?」
手にした二つのビンを軽く上に上げながらが聞く。声はあくまで冷静を保っている。
小さく舌を鳴らした老人は、に値段を告げる。
カウンターの上に金貨と銀貨が転がる音がする。
ローブの中に商品を大切に仕舞い込んだは出入り口に向かって身を翻した。
ヴォルデモート卿に続いて店を後にする。
外に出れば、また薄暗い空間だ。
ほっと息を吐いたに、ヴォルデモート卿の視線が注がれる。
「言葉に惑わされてはいけないよ、。信じていいのは自分だけだ。良く出来たね。……さて、次はこっちだ」
「はい、父上」
何処もかしこも廃墟しか存在していないように見える商店街。それはおそらく、魔法省の目から逃れるためのカモフラージュなんだろう。
冷ややかな空気が流れる街を俺たちは黙って歩いている。
時々すれ違う人々が俺の姿に驚くことはあれど、皆何も言わず通りすぎていく。
これが、闇の世界の姿なんだろうか。
今度は石造りの遺跡とも思えるような場所で立ち止まった。
「玉かぎる……紅玉と黒曜石を手に入れておいで。どちらも調合に必要なものだ。値札に惑わされずに、上質なものを選んでおいで」
横にずらす珍しい形の扉を開けて中に入る。
やはり先ほどの店と同様、外観とは裏腹に中は上品な空気に包まれている。
石を扱っている店なのか、店内の明かりに反射して輝いている宝石が、細かく分類されてショーケースの中に陳列されている。
は最初に、黒くしなやかな光沢のある石の前で立ち止まった。
(値段の割に質が悪い。見た目は綺麗だけど、これはまがい物だ。石の力を少しも感じない。……この大きい石は……形は良くないけれど、一番力を持っている。手が加えられていない分、加工するのが大変そうだけど……)
黒曜石。
この石を見て思い出すのは、サラザール・スリザリンやゴドリック・グリフィンドールたちのこと。ホグワーツを創設した彼らと過ごしたあの夏休み。
は、あのときよりももっと大変なことを成し遂げるために日々研究を続けている。
サラザールの協力も無ければ、リドルもいない。
あの時見つけた時を越える魔法も使うことができない。
の不安は大きいだろう。それでもは諦めない。
すごい奴だ、とつくづく思いながらを見上げると、丁度ショーケースの中のややいびつな形の石を指差して店員を呼んでいるところだった。
中くらいの大きさのその石は艶やかな光沢がまぶしいほど輝いていた。
すぐに店員がやってくる。
「こんなに安いので良いのかい?これじゃ石器程度しか使い道が無いよ。それよりこっちの……」
「いいんです。気に入ったから」
冷たいの声がする。
店員が新たなセールストークを展開する間を与えず、石を取り出させる。
なんて威圧感のある声なんだろう。の存在が敷居の高いところに見える。
「はいよ。他には何もいらないのかい?」
「ほしいものが見つかったら声をかけます」
鼻先をぴしゃり閉じたようなに、店員は不満げな声を大げさに洩らす。
それでもは動じない。
店の中を少し歩き、今度は紅い宝石がたくさん並んだショーケースを覗きこむ。
やヴォルデモート京の瞳のように紅い石がたくさん並んでいる。
(黒曜石が時空を司る石だって言うのはわかるけど……紅玉は何を司っているんだろうね。僕はまだ知らないことが多いね、)
難しそうな表情をフードの下で浮かべているんだろう。は黒曜石を選んでいたよりもずっと長くショーケースの中を覗きこんでいる。
値札も色加減も様々な石ばかり並んだショーケース……
隙あらば話しかけようとする店員、の行動を鋭く追っている客……神経を張り詰めていないとすぐにつけこまれる。そんな場所だ。
俺はの足元にぴったり寄り添い、誰にもを邪魔させまいとする。
「……これ」
「決まったかい?」
がショーケースの中の石を指差したのと、ヴォルデモート卿がに話しかけたのがほぼ同時だった。
一瞬心臓が飛び跳ねたが、声の主が誰だかわかると、すぐにの心は安定した。
「……はい。最奥にあるこの紅玉にしようと思います。この石が一番……気に入りました。この紅玉とこの黒曜石の二つを購入したいと思います」
先に取り出してもらった黒曜石と、ショーケースの中の紅玉を指差しながらが言うと、ヴォルデモート卿はすぐに値札の合計と同じだけの金貨を取りだし、店員に無言で渡した。
何か言いたげだった店員も、しぶしぶの指差した紅玉を取り出すと、黒曜石と同じ袋に入れてに手渡した。
もうここには用は無いとばかりにヴォルデモート卿が身を翻し、と俺が後に続く。
慣れない扉を抜けると、がため息をついた。
「良い紅玉を選んだね」
「……紅玉を扱ったことが無かったので、自信はありませんでした」
「そうか……そうだね。僕も紅玉の司る能力についてはに教わったよ。紅く輝く宝石に宿る力は昼を司る太陽の力だ。絶対的な力によって、あらゆる物を留めておく能力を持つ。……さ、帰ろう。本当に大切なのはこれからだ」
薄暗がりの路地を抜けると、いつもの魔法街に出る。
セール中の街は黒いローブに見を包んだ人でごった返している。
……誰も、こんなところにヴォルデモート卿がいるなんて思わないだろうな……
少し複雑な思いでを見上げると、は何も言わずローブの中に隠れた俺の額に触れた。
魔法街を抜けるとマグルの街だ。ここも大勢の人間でごった返していて、俺たちの姿は誰の目にも止まらない。
人気の無いところまで歩けば丘はすぐ目の前だ。
「……日中と言うのは、使い方次第で動きやすい時間帯になる。実感したかい?」
「はい。まさか、あんなに堂々と出かけるとは思っていませんでした」
「もちろん、闇に紛れたほうが動きやすいときもある。だけど常に闇の中にいるだけでは出来ないこともまだ多い。この世にはマグルが蔓延り、僕らのことを蔑んでいる。いずれ僕がこの世を闇に染めるまで、少し窮屈かもしれないけれど、使えるものは何でも使っておくといい」
黙ってうなずいたは、少し寂しそうな笑みを浮かべていた。
「基本となるのはハコベの花の粉末だ。人肌程度のお湯を少量含ませ、綺麗にまとまるように練る。その間に、勿忘草の茎を灰になるくらいまで焼いておく。使用するのはこの灰だからね」
ヴォルデモート卿が歩き回る足音が響く研究室。
星見の館の地下にこんな部屋があったなんて、俺たちは知らなかった。
一通りの設備が整った研究室の大きな実験台の上。が手を動かしている。
大き目のボールに移された白い粉を練る姿は、パンを作っているときのようだ。
備え付けの暖炉で焼かれている緑色の茎には、他の灰が混ざらないように受け皿が敷いてある。強火で焼かれたそれはあっという間に灰になり、元の形を留めていない。その灰を、ヴォルデモート卿が台の上に置く。
「良く練ったハコベの花に、勿忘草の茎の灰を加える。…軽くならす程度でいいよ。割合は、ハコベが五に対して勿忘草の茎の灰がニ。この二つは相性ががいいからしばらくすると勝手に馴染んでくれる。それを舞っている間に、黒曜石と紅玉を粉にしよう」
の目は真剣だ。
軽く力を加えると崩れる石を鉄製の金槌で砕く。
ある程度細かくなったものを今度はすり鉢のようなものにいれてさらに細かくしていく。
「……ハコベの花は移動の力を司る。黒曜石は時空。けれど、黒曜石は力が大きすぎるから加える粉末はごく僅かでいい。この二つだけでも移動はする。だけど安定しないんだ。星見の館は常に時と時の狭間に存在しているから、時空間に留めてもらうために、紅玉の粉末を使うんだ。勿忘草の茎は移動中の自意識を保つためのもの。時空への移動は不安定過ぎるから、自分を保つ手伝いをしてもらうってわけさ。……うん、そのくらいで良いよ。その二つの粉末を、紅玉が三、黒曜石が一の割合で加えて」
紅、黒、灰、白……不思議な色の球状のものが出来あがる。
ボールから取り出したそれを、は指示どおりまるでパン生地を伸ばすかのように、平たい板上にしていく。
「それを乾燥させて砕けば砂になる。……ここで、最後の仕事だよ、。魔力を込めながら羊皮紙に‘星見の館’と記入してごらん」
台の上に羊皮紙の切れ端と羽根ペン、インク壷を置くヴォルデモート卿。
インクに浸した羽根ペンを握る。
「魔力を、込めて……」
……と、今まですんなり動いていたの手が止まる。
ペンを握ったまま難しい顔をし、握ったペンは一向に動かない。
どうしたんだ、。
(わからないんだ。文字に魔力を込めるってどうすればいいんだろう。魔法も魔力も無意識に使っていたから、魔力を込めて、っていわれるとどうやって良いのかわからなくて)
不安げなの声。
あまりに動かないの手を見て、ヴォルデモート卿がに近づいた。
「どうしたの、」
「……どうすれば良いのかわからなくて。文字に魔力を込めるということが、どういうことなのか……」
「……君は……そうだね。それならまず、何も考えずにその紙に文字を書いてごらん。いつもと同じでいい。そう、それならできるだろう?」
ヴォルデモート卿の声は柔らかい。
がためらいがちに羊皮紙に文字を書くと、ヴォルデモート卿はその文字を見て小さく息を吐いた。
羊皮紙を持ち上げ明かりに透かすように見る。
「ふっ、。もしかして君は無意識に魔力を操っているんじゃないかい?この文字にはしっかり魔力がこめられているよ。……魔法使いの多くが自分の魔力を無意識に利用している。でもね、それだと感情の起伏による能力の変化が激しくなる。確実に魔法を操るには、自分の魔力を意識することが大切さ」
目を瞑ってごらん、とヴォルデモート卿は囁いた。
の肩に彼の手が触れる。
の輪郭をなぞるようにヴォルデモート卿の手が動く。
ゆっくり、それでいて何処か力のある動き。
部屋の空気が変わる。
「体内にうごめく魔力を感じるかい、。波打つその魔力に意識を集中してごらん……そうだ。その中のほんの少しを、自分の指先、ペン先に集めるように持ってきてごらん。ゆっくりでいいよ、君の中の魔力は相当大きいものだから、扱いきるのはまだ難しいかもしれない。……そう、それでいい。そのまま目を開いて、もう一度も字を書いてごらん」
の手が動く。
心なしか、羊皮紙に綴られる文字が淡く光るように見えた。
紅い瞳に力が宿っている。
ヴォルデモート卿が口元を緩め、ペンを置いて長く息を吐き出したを軽く抱きしめた。
「そう、魔力を込めるとはそういうことさ。君は飲み込みが早くていい。どんな魔法を使うときでもそうやって使うんだ。そのほうが確実に魔法を使えるし、無駄な力を使わなくていい。……さて、出来たところで調合も最終段階だよ」
そういうとヴォルデモート卿はの書いた羊皮紙を火の中にいれ、すぐに灰にしてしまった。
それをに手渡す。
「煙突飛行粉は煙突と煙突を結び付けて移動する。でも、この粉は星見の館にだけたどり着ければいい。だから条件をつけるんだ。魔力を込めて書かれた文字と同じ場所にしか運ばないように、この灰を広げた生地の上にまんべんなくかけていく」
灰は不思議な色をしていた生地の上にかかると、すぐに吸い込まれるように生地に馴染んだ。
生地の色も灰色に変色している。
「砕いて粉の壷に詰めてごらん。それで完成だ」
乾燥した記事は板チョコを割るように簡単に割れた。
細かく砕いたそれをさらに細かくする。
細かい砂の粒はの手で白い壷に入れられた。光に反射して光る砂はと一緒に使った銀の砂そのものだ。
それを一つまみ握り、ぱらぱらと落とす仕草を下ヴォルデモート卿は微笑した。
「……上質。素質があるね、」
ほっと胸をなでおろす。壷にふたをするヴォルデモート卿。
「ヴォル、、食事が出来たわ」
階上からの声が聞こえた。
さっと呪文を唱えて部屋を綺麗にすると、ヴォルデモート卿とは連れだってリビングへ向かった。
の心に、何かをやり遂げた自信が刻まれたみたいだ。
の胸がほんの少し高鳴っていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
何でも出来る。