拭い切れない血の残り香


 カーテンの隙間から差し込む光と、屋敷に漂う食事の匂いにそそられて僕は目を覚ます。
 隣には父の姿も母の姿もなく、代わりに昨夜は足元で眠っていたはずのと小さなが僕の隣で寄り添って眠っている。
 まだ温もりの残る掛布から上体を起こすと、僕は小さく伸びをした。欠伸が出る。
 小さなが体から離れた掛布を口でくわえて引っ張り、まだ眠いと言わんばかりに不満げな声を上げた。すぐにも目覚め、小さなをたしなめながら体を起こす。
 大きく欠伸をしたは寝台に行儀よく座ると、僕に顔を摺り寄せた。

 「おはよう、。今日も僕たちが最後みたいだね」

 寝台から立ち上がる。
 僕の重みが無くなった寝台が少し弾む。予期せぬ動きだったのか、小さなが体のバランスを崩して寝台にしりもちをついた。
 僕はそれを見て微笑した。小さなの頭にそっと手を触れた。

 「おはよう、小さな。さ、みんなで朝食に行こう」

 が軽やかに床に降り立つ。
 寝台がまた大きく揺れる。
 立ち上がろうとしていた小さながまたしりもちをつく。
 僕とは顔を見合わせて微笑んだけれど、小さなはすごく不満げな顔をしている。
 寝台から飛び降りると、すぐさまに文句を言うかのように絡み付いている。

 ……本当に、親子か兄弟みたいだね……

 寝室の扉に手をかけながら僕は二人の姿を眺めた。
 扉の向こうからは朝食の美味しそうなにおいがしていて、空腹感を沸き立たせる。
 扉を開けると、僕の足の間をすり抜けるようにして、茶金の瞳を輝かせた小さなが最初に部屋の外に出た。

 ダイニングルームには食卓についてコーヒーを飲む父上と、キッチンから食事を運んでくる母上の姿があった。
 やっと慣れてきた、家族みんなで迎える朝の光景だ。
 今日の父上は新聞を片手に難しい顔をしている。

 「おはようございます、父上、母上」

 「おはよう、。丁度朝食の準備が整ったから、あなたを呼びに行こうと思っていたところよ。ゆっくり眠れたかしら」

 母上が勧めた席に着く。
 と小さなは僕の足元に二人して伏せている。
 けだるそうに尾を揺らすと、それを追いかけてはしゃぐ小さな
 新聞から顔を上げた父上は、まだ難しい表情のままだ。コーヒーのカップがテーブルに触れる音がする。

 「……おはよう、

 「おはようございます、父上。何か気になる記事でもありましたか?随分難しい顔をしていらっしゃいましたが」

 「……ああ。これ、この記事を読んでみるといい」

 受け取った新聞の中央に、見るも無残なおぞましい写真が載っている。その横に書かれている見出しには、注目を浴びるような大きい字体で「血の惨劇!そこは既に血の海と化していた!」と書いてある。
 屋敷の中が人間の血であふれ、壁にまで飛び散った血痕。
 ……昨夜襲われたマグル上がりの魔法使い一家らしい。
 記事には「また例のあの人の仕業か」などと書かれている。
 確かに、初めて集会に参加したとき、父上はその場のカリスマ的存在、闇の帝王としての姿でそこにいた。いつもの雰囲気とはぜんぜん違っていたのを覚えている。
 今こうして僕の目の前で、母上と他愛のない会話と笑顔をかわしながら食事をしている父上とは思えないくらい……
 複雑な思いで記事から顔を上げると、父上と目が合った。

 「……まったく、バカなことをしてくれたものだよね」

 「天下のヴォルデモート卿らしくないやり方に怒っているみたいね、ヴォル」

 「当たり前だよ、。こんな力押しのやり方、僕は好まない。それに魔力の痕跡を残していくなんて頭の悪い奴としか言いようがないよ」

 食事はいつもどおりに始まったけれど、父上は相変わらず不満げな顔のままだ。
 母上はうっすら笑みを浮かべつつ、僕の皿にサラダを取り分けてくれた。
 もう一度記事と写真に目を通す。
 飛び散った血痕のところどころが狂気に満ちた力を帯びているような気がする。

 ……これって……

 背筋が凍る。
 集会の日を思い出した。
 一見すると目立つところのない控えめな男の人だった。でも、彼が僕を見る視線は……狂気に満ちていた。
 明らかな敵意と殺意を感じる視線。
 あの集会に参加した瞬間から、そこにいる全員が奇異なものを見る目で僕を見つめているのを感じていたけれど、彼はそれとはまったく違う視線を僕に送っていた。

 ただの写真からおぞましい血のにおいなんてしないはずなのに、鼻につく血のにおい。頭の中に響いてくる男の声と断末魔の悲鳴……

 気分が悪くなって頭を横に何度か振って顔を上げた。

 「……これ、は……」

 「気付いたかい、。あの集会に参加していた奴だよ。指示も出していないのになんて勝手なことをしてくれたんだろう」

 「この人は、何か他の人たちとは異質でした……」

 「頭の悪い奴と能力のない奴は僕には不必要だ」

 苛立ちをあらわすようにテーブルを指でたたく父上。
 テーブルの下から顔を出したと小さなが不思議な顔をして僕らを見ている。
 穏やかでない空気が彼らにも伝わったのだろう。
 テーブルの上に載ろうとする小さなを母上が抱きかかえ、首筋をやさしく撫でながら膝の上におろす。
 僕の隣の椅子に座ったは、僕の膝の上に上体を乗せ、下から僕を見上げている。

 ……ごめんね、。朝から僕の心はすごく動揺してるみたいだ……

 の背を撫でながら僕は何とか震える心を抑えようとする。
 恐怖が蘇ってきているのかもしれない。

 「食事を続けましょう、ヴォル。あなたがこんなことをされて黙っているとは思わないわ。でも、今はその話はおしまい。たちもいつもの雰囲気と違うことに動揺しているみたいですし、それに……もう、手は打ってあるのでしょう?

 「……そうだね。今日は急な用事が出来たから出掛けることにするよ、も、僕についておいで」

 「はい」

 なんだか複雑な思いを抱えながら僕は返事をした。
 が不安げな表情で僕を見つめている。

 父上のいる世界に足を踏み入れたばかりの僕には、まだ知らないこと、慣れないことが多すぎる。
 ……でも、それだけだよ、。大丈夫。

 半分自分に言い聞かせるように僕はそう伝えた。
 本当はまだ、父上が時折見せる闇の帝王としての姿に驚きを隠せない。










 朝食もそこそこに書斎に篭った父上は、昼食にも顔を出さなかった。
 と一緒に暖炉の前で小さなの相手をしていても、なんだか気になってしまう。
 推奨だまを覗き込んだり、部屋中に輝く星の軌跡を辿ったりしてみたけれど、どうも落ち着かなかった。
 リビングでゆったりとしたショールを羽織ながら編み物をしている母上は、僕やたちがちらちらと父上の書斎に目を向けるのを面白そうに眺めていた。

 「いつものことよ、。彼は何かあると部屋に篭って考え事をするの。昔から変わらないわ……そうね、今はきっといろいろな手はずを整えているんじゃないかしら」

 母上は事も無げに言う。
 外は雪が降っているし、小さなだけを残して出掛ける気にもなれない。何より、いつ父上が僕を連れて出掛けるかわからない。
 星見の館で僕は時間をもてあましていた。





 結局父上が部屋から出てきたのは午後のティー・タイムが過ぎてからだった。
 手早く準備を整えた父上は疾呼君の長いローブを身にまとうと僕を連れてどこかすごく遠くへ向かった。
 ……行き先は、教えられていない。
 家を後にする前に母上からいただいたマフラーが風になびく。

 着いた先は寂れた屋敷だった。
 この前の洋館よりも大きく、中のホールは大勢の魔法使いでごった返していた。
 ……父上は、堂々と玉座へ座る。
 僕は、こんなに大勢の視線を浴びるのは苦手だったけれど、僕らは父上の隣に静かに立つ。
 ざわめくホール内。いろんな視線が僕に注がれる。それが……痛くて仕方ない。

 「だまれ」

 水を打ったように静まり返るホール内。
 見知らぬ大人がたくさんいる。ヒューの姿は見えないけれど、ルシウス・マルフォイの姿はあった。
 それに、狂気に満ちたあの人の目も。遠くから僕を睨みつけていて、明らかな敵意と殺意を持った魔力を感じるんだ。
 表面上は平静を保ってはいるけれど、内心は不安でいっぱいだった。

 (……嫌な空気を持った奴がいる。気をつけろ、

 が気を張り詰めているのがわかる。

 ありがとう、。この前の会合で最後にすれ違ったおおとこの人を覚えている?彼から殺気立った視線を感じるんだ。

 が僕の身を守るように位置を変える。
 父上が、立ち上がった。
 魔法使いたちが一斉にひざまずく。

 「……誰が指示した?浅はかな方法で手を下せと、誰が命じた?」

 低く鋭く響く声は、決して大きくはないけれどホール内の全員に届いていた。
 誰も微動だにしない。物音ひとつしない。
 父上はすっと杖を取り出し軽く呪文を唱えた。
 離れた場所にいた男が引きずり出されるようにして父上の正面に連れてこられた。
 おびえる目。それなのに、僕には狂気に満ちた視線を送る。

 「魔力の痕跡を残すような頭の悪い奴は、不必要だ」

 「わっ、わたしはただっ!己の力を誇示したまでです。わたしにだってマグルを殺す力はある!そんな子供なんて後継にすることないではないですか!あなた様はよく言っていらした。力を見せてみせよ、と。それを実行したまでで……」

 恐怖におびえているにもかかわらず、僕を指差す手には力が篭り、目は血走っている。
 誰だかわからないけれど、この人はヴォルデモート卿を狂ったように崇拝しているんだろうな。
 僕は苦い顔しか出来ない。ヴォルデモート卿の息子であるということは、つまりこういうことなんだろう。

 「だまれ、下賎の身が。たいした能力もないくせによくもそんな口が聞けたものだ」

 ヴォルデモート卿の杖から出た光。それは男の体を包み、やや宙へと持ち上げる。
 苦しそうに首の辺りを必死に手で掴み、浮いた足をばたつかせる男の姿は醜い。
 周囲の魔法使いたちはただじっとヴォルデモート卿と男を見つめているだけだ。
 苦しそうにもがく男。
 父上の……ヴォルデモート卿の威圧感はすさまじく、誰一人身じろぎすることが出来ない。

 「粗雑な'仕事'をしろと指示したことは一度たりともない。ましてお前のように下賎な者に指示を出すわけがない。浅はかな行動が何をもたらすか、身をもって知るがいい」

 「そんなっ……どうか、御慈悲をっ」

 「お前は、を侮辱した

 しんと静まり返ったホール内に父上の声だけが響いている。

 「よく聞くがいい。この場にいる誰一人として、我がに敵うものはいない。お前たちはを敬うべき立場にあることをわきまえるんだな」

 ふっと、魔法の力が収まった。
 乱暴に床に投げ出された男は、恐怖の色を浮かべ青ざめた顔をしていたが、おびえる彼はヴォルデモート卿から目を離せないでいる。
 杖が、軽く動いた。
 呪文が聞こえる。

 ……僕はこの呪文をよく知っている。

 まるで時が止まったかのように周囲の動きがゆっくりに見える。背筋が凍った。

 物体を内部から破裂させる呪文。
 父上から教わり、実験室で何度も練習した。グラス、石、ぬいぐるみ……破裂する瞬間を思い出す。

 一瞬目の前におぞましい後継が広がるのではないかと想像したけれど、そうはならなかった。
 ただ、男は音も無く床にくずおれた。
 それきり、動かない。
 見開いた目もそのままに、まるで彼だけ時が止まってしまったかのようだ。
 ざわめくホール内。
 が死体から目を背け、僕の足に頬を寄せた。

 (……わかってる。もうずっと前から知ってたんだ。あいつがどんな奴なのか、どんな世界に住んでいるのか……でも、)

 の鼓動が聞こえる。不安と恐怖と、僕を心配する気持ちがの中で渦をまいている。
 動揺するの首筋にそっと手を添え、もう片方の手を自分の胸に当てた。

 ……僕は、どうしてこんなに冷静なんだろう。

 確かに目を逸らしてしまいたいと思う気持ちもあるけれど、から伝わってくるような恐怖の感情が無い。
 どうして僕はあまりにあっけなく動かなくなった男をじっと見つめているんだろう。
 きっと体の内部が破裂して彼は事切れたのだろう、とか。確実にしとめるなら脳か心臓か、とか。そんなことばかり冷静に考えてしまう冷たい心。
 でも体だけはに触れて温もりを感じていないと不安になる。

 ふん、と鼻を鳴らしたヴォルデモート卿はつまらなそうに杖をしまうと、僕の傍にやってきて、この場にいる全員に僕を見せるように肩に手を置いた。

 「は、我が息子にして偉大なる後継者だ。よく胸に刻んでおけ」

 響くのは父上の声。一斉に深々と頭を下げる魔法使いたち。
 慣れない感覚に戸惑う自分がいる。は僕の後ろに隠れてしまう。
 少しずつ父上のいる世界に足を進めている僕は、いずれこの感覚に慣れるのだろうか……

 「……散れ。そのごみを片付けておけ」

 後ろのほうにいる魔法使いたちが父上に一礼すると瞬時にその場から姿を消していく。
 前のほうにいた数人の魔法使いが、動かなくなった男の体に呪文をかけている。
 僕とは父上の長いローブの下に入り、彼と供にこの場から去った。
 ……何事も、なかったかのように。

 父上は難しい表情をしていたけれど、いつもと変わらない。
 星見の館で僕らを出迎えてくれた母上も、全てを見透かしているのだろうけれど、普段とまったく変わらない。
 星見の館に戻れば、父上は相変わらず、母上の作る料理をつまみ食いしていたり、小さなに熱心にブラッシングをしたりする……どこにでもいるような普通の父親に戻る。その仕草のどこにも、ついさっきまで大勢の魔法使いを従えていたなんて思えないほど。
 僕も日常に戻る。
 なんだか冷たく凍ったままの心を残して。























 ……眠れない。
 父と母の穏やかな寝息を聞きながら、僕はそっと上体を起こす。なんだか目が冴えている。
 何事もなく夕食を終え、父上と湯浴みをし、いつもと同じように最初に寝台にもぐりこんだはずだった。
 でも、まったく眠れない。
 音を立てないように寝台から降りる。
 それでも、足元で眠っていたと小さなが僕の後ろについてきた。僕らは寝室を出る。

 ごめんね、起こしてしまったかい?

 広間の窓辺に腰を下ろし、膝を抱える。
 小さなが僕の膝の上に飛び乗り、は僕とぴったり身を寄せる。

 には僕のこの不可思議な心が伝わっているのかな。

 (……)

 「……わからないんだ、。どうして僕の心はこんなに冷たいんだろう。自分の感情がまるでつかめない」

 いっそ恐怖におびえ泣き叫んだほうがよかった。
 人の死を目の当たりにしたにもかかわらず、僕には激しい感情の波が襲ってこない。
 心配そうに僕の顔を覗き込む小さな。額を僕の胸に押し付けのどを鳴らす。
 の顔が僕の頬に触れた。大きな茶金の瞳が僕をじっと見つめている。

 (不安なんだ、の心が静か過ぎて……)

 「……」

 そっとの額に手を触れた。

 やっぱり伝わっているんだね。僕のこの不思議な感情が。

 闇の世界に足を踏み入れることがどういうことなのか、頭ではわかっているつもりだった。でも、まだ慣れない。
 それはただ単純に闇の魔術に関する本を読み漁る行為とは違う。
 星が窓から見える。
 穏やかな光をたたえている星は、僕を驚きの光で見ている。
 きっと星にも僕のこの不可思議な感情が伝わっているんだろう。
 小さなが顔を上げ、寝室の扉のほうを向いた。耳が小さく動いている。
 僕もも小さなと同じほうを見る。

 「眠れないのかい、

 父上が僕の横に歩み寄ってきた。
 ……起こしてしまっただろうか。
 少し不安になったけれど、父上は優しい色をたたえた瞳で僕を見つめている。
 膝をつくようにして、座っている僕と視線を合わせてくれる。
 そっと髪を撫でられた。

 「……怖くなった?」

 「……いいえ。僕は今、恐ろしいくらい冷静です。感情に波がない……どうして眠れないのか、その理由さえわからないんです。心が、凍ってしまったかのように冷たくて……」

 父上の手は冷たい。
 優しく僕を撫でると、全身を包み込むように抱きしめてくれた。

 「それはね、の心が冷たいんじゃない。ただ少しだけの心が不安定になっているんだよ。なれないところに足を運び、いつもと違う空気の中に長時間いることは、誰にとっても疲れることさ。少し急激にいろんなところに連れて行ってしまったかな。目の前で起きた出来事に心のほうがついていってないのかもしれない。おいで、。ソファに座って話をしよう」

 父上は僕の手をひき、ソファに座らせた。
 僕の肩を抱くように父上の手が伸びる。
 が足元に伏せ、そのの足の間に小さなが丸くなる。
 しんと静まり返った部屋、父上の呼吸が聞こえる。

 「僕たちのいる世界では、最後の最後に信じられるのは自分だけだ。必要なものは何でも使うべきだけど、不必要なものは手元に残して老いちゃいけない。不安材料になる。自分にとって不利益なものは捨てることが大切さ」

 これがあの闇の帝王なんだろうかと思うくらい、父は穏やかな瞳をしている。

 「時には割り切ることも必要さ。もちろん僕だって、いつもあんな風に'仕事'をしているわけじゃない。今日のはつまり見せしめって言えばいいのかな。今日見たことも会合への参加も、が僕の後継者として成長するための過程に過ぎない、ってこと」

 それはぞっとする冷たい言葉だった。
 けれども、その言葉は僕の冷たい心と同じ温度で、溶け込むようにすっとなじんだ。
 杖を振る父上の手。空中に温かいミルクの入ったカップが現れる。
 小さなが僕に飛び乗り、父上が僕に渡したカップに顔をうずめた。
 鼻先にミルクがつくのもお構いなしで、音を立ててミルクを飲んでいる。
 父上は困った顔をして小さなの額に手を置いた。

 「……に用意したんだけどな、僕は」

 小さなが顔を上げて父上を見る。
 口の周りについたミルクを舌で舐めとる仕草が愛らしい。
 僕の膝の上で後ろ足を上げ耳のあたりを掻き、首をかしげている。
 僕は小さく口元を緩めた。

 僕の心に溶け込んだ冷たい言葉は、僕の心の凍った芯の部分に触れたのだろうか。
 温度差が心の中に生まれている。

 「そうやって笑っているほうが綺麗だよ、。君の笑顔はによく似てる」

 父上がもう一度杖を振ると今度は毛布が現れた。
 柔らかい香りに包まれた。父上は僕の体に毛布をかけると、自分の肩に僕の頭が触れるようにする。

 「目を瞑ってごらん。君が眠るまで僕が傍にいるよ」

 触れるぬくもり。父に頭を預け、僕は静かに目を瞑る。
 眠れるだろうか。
 僕は闇の世界の一端を見た。それは僕が通らなければならなかった道だったのだ。
 いくらかすっきりした心に、夢の世界が入り込んできた。






 翌日ソファの上で目覚めた僕の隣に、父上の姿は無かった……






〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 こういうこともありうる、と思う。