片思いの友情


 消灯時間はとっくに過ぎた。
 でも僕は、綺麗に片付いた寝台に横になることもせずに、ただじっとコーヒーを手に椅子に座っている。
 窓から見える空には大きな満月が輝いている。
 これだけ月や星が綺麗に見えるということは、それだけ空気が澄んでいるということで、それは言い換えれば外が寒いっていうことだ。

 時計の針が真夜中を過ぎてしばらくした頃、部屋の扉がほとんど音もせずに開いた。
 するりと扉を潜り抜けるように部屋に入ってきたは、僕の姿を見て目を大きく見開いた。
 扉は音もなく閉まり、僕はに向かい側の椅子を勧めた。は困ったような笑みを浮かべて僕の向かい側に腰掛けた。

 「……まだ、起きてたんだ?」
 「どうせ君が帰ってこないんだから、片付けをしてしまおうと思ってさ。ほら、片付いたでしょ?」
 「あ、本当だ。ヒューの寝台の上が綺麗になってる」

 専用のコーヒーカップにコーヒーを注いだは、笑顔で僕の寝台を見た。
 頬と指先が赤いのを見ると、やっぱり外は寒かったんだろう。

 「でも、ヒューが起きてるなんて思わなかったな、僕。もうとっくに寝ちゃってるものだと思ってた」
 「は時々部屋に帰ってこないことがあるからね。ちゃんと確認しないと心配で眠れやしないよ」

 そういうと、僕と目を合わせたは小さく首をかしげた後で口元を緩め声を出して笑った。
 そんなに笑うことかな?

 「そんな……そんなに心配しなくても大丈夫なのに」
 「夜の外は、君が思っているよりも危険だと思うよ。あんまり危ないことはしてほしくないな」
 「ふふっ……ありがとう、ヒュー」

 やわらかい笑みを浮かべる
 ミルクポーションをひとつ手にしたから、いつも何も入れずRに飲むが珍しくコーヒーにミルクを加えるのか、なんて思って見ていた。けれど、それはのコーヒーには注がれず、紅獅子の舌に舐めとられた。
 右手で前髪をかきあげながら、もう一方の手で紅獅子の体を優しく撫でる……いつも何気なく見ていたその仕草は、こうしてよく見てみると僕の憧れの人によく似ている。
 僕のような若輩者は傍によることさえ許されない、闇の世界のカリスマ的存在、ヴォルデモート卿。その名前を口にすることさえ躊躇われる。

 は、そんな尊敬する彼の息子だ。

 僕には到底近づけない存在。
 本来ならこんな近くにいることすら許されないだろう存在。
 時々、僕らとはまったく次元の違うところを見ているような瞳をすることがある。が水晶玉を覗き込んでいるときは声すらかけてはいけないんじゃないかって思う。
 それくらい、は神秘的な存在だ。

 じっと見つめていたら、と目が合った。
 首をかしげ僕を見つめて微笑むは、僕より年下のはずなのに、どうしてかそう見えない。
 僕はすべて飲み干してしまったコーヒーカップを洗って片付けると、自分の寝台に横になった。
 ローブを脱いだが寝台に腰掛け、紅獅子の体を丁寧にブラッシングする様子をただただ眺める。

 「……そうやってにブラッシングしてもらえるは幸せものだな」
 「やっぱり、体毛を綺麗に保つって言うのは気持ちのいいものなんだよね、

 の言葉に返事をするようにのどを鳴らす紅獅子は、の忠実な友だ。
 いつでもと一緒にいる。
 その立場が時々うらやましくもなる。

 「ヒュー?」
 「……」
 「…ヒューってば?」
 「…ん、あ、なんだい?」

 ぼーっとを眺めていたら、いつの間にか自分の目の前に綺麗な顔があった。
 色白の肌に映える少し長くて流れるような黒髪に、透き通った紅い瞳。紅玉のような……と表現されることがあるけれど、の紅い瞳は紅玉よりもずっと雅だ。

 「何を考え事してるの?電気、消しちゃうよ?」
 「あ、ああ……あ、いや、ちょっと待って」

 勢いをつけて起き上がると、目の前で僕を覗き込んでいるの頭に優しく手を置いた。
 はわけもわからず僕を見つめている。

 「僕は時々がうらやましくなるよ」
 「ヒュー?」
 「きっと特別な子なんだろうな、って思ってたけど、まさか僕の憧れの人を父親に持ってるなんて……こんな風に近くにいられることが夢みたいだって思ってる」

 は困った笑みを浮かべて僕を見ていた。

 「ヒュー、僕はそんなに偉大な人間じゃないんだよ。一人の見習い魔法使いでホグワーツの生徒に過ぎないんだ」

 きっと、これがの魅力なんだろうと僕は思う。
 小さく声を出して笑うと、も笑みを返してくれた。
 僕は軽くを抱きしめる。
 一瞬こわばったように感じたけれど、すぐにの体からは余計な力は抜けた。
 困った顔をして僕を見下ろしているんだろうか。僕の肩にの手のぬくもりが加わる。

 「ねぇ、ヒュー。僕はその人に流れる'血'も親も関係ないって思ってる。今僕があるのは……確かに父上や母上の影響がすごく大きいけれど……僕を構成しているのは彼らだけじゃないんだよ。僕を構成しているのはだけじゃないんだ。今まで僕と関わってくれたいろんな人みんなが、今の僕を支えてくれてるし、形作ってくれてるんだ。だから、小さなことに捕らわれないで?僕は今までと変わらず、僕なんだから」
 「……そういうところ、らしいよ」
 「ヒュー……」

 僕はヴォルデモート卿にこの命をささげると誓った。
 あれは、もうずいぶん前のことになる。
 そしての生まれを知ったあの日、僕はもうひとつこの胸に誓いを立てた。
 ……これは、僕の一方的な思いで、ただの片思いだけど。
 僕は、のそばにいたい。
 いつか、君がこの世に君臨するそのときは、僕も君のそばにいたい。

 「、僕は君に誓いを立てるよ」
 「え?急にどうしたの?」
 「君が彼の後を継いでこの世界に君臨する日まで、僕が君を危ない目から守る。君臨してからも、ずっと」

 僕は知ってるんだ。
 闇の世界に多大なる興味を抱きつつも、そのやさしさから恐怖を隠せない
 きっと遅からず君は僕らの世界に本格的に姿を現すだろう。
 そのとき、君に触れようとする危険なことは、僕が全部取り払ってあげる。
 片思いでいいんだ。でも僕は、憧れの人に近づきたくて、もしかしたら憧れの人よりも僕の心を捉えて離さない君に近づきたいんだ。

 「は、恥ずかしいよ、ヒュー……」

 手を口の前で組んで真っ赤な顔をしたが僕を見下ろしている。
 ははっ、と声を出して笑うと、僕は寝台にもぐりこんだ。
 お休み、と言うと、小さな声でお休み、と返ってきたけれど、その声はずいぶん上ずっていた。

 程なくしてが紅獅子を呼ぶ声が聞こえ、部屋の電気が消えた。
 あせっているのか、何度も寝返りを打つ音が聞こえていて、僕は声を押し殺して笑うのに必死だった。

 そういうところがまた、人を引寄せるの魅力なんだろうな。
 達成感とこの誓いを胸に、僕は目を閉じた。






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 は未来の家来を手に入れた。