負けたくない


 せっかくの週末だって言うのに、はヒューに連れられてホグズミードに行っちゃった。
 窓の外を見つめながら、僕はため息をついた。
 だけじゃなくて、三年生以上の上級生のほとんどが出かけてる。ホグワーツに残ってるのは、僕と同級生と、一つ上の学年の人たちばっかり。
 トモダチはたくさんいるけれど、やっぱりとヒューが一番っ!
 二人がいなきゃ面白くない。
 あーあ。本当は、に魔法薬学の宿題を手伝ってもらおうと思ってたのにな。

 紅茶の香りが漂う北塔の研究室。
 午前中からずーっと魔法薬学の教科書と羊皮紙とにらめっこしてるけど、どうしても答えが見つかりそうにない。
 薬草の相互作用とか、鍋をかき混ぜ続ける時間とか、そういうのを全部計算しなくちゃならないなんて本当に頭が痛いよ……
 向かい側の椅子に腰掛けて、水晶玉を覗き込んでいる先生は、時々僕のほうを見てはにっこり微笑んでくれる。
 先生はすっごく奇麗だなって思う。それに、どこかに似ている気がしなくもない。
 僕がずーっとここにいても何も言わないし、おいしい紅茶もお菓子も出るし、ここはすごく快適な場所。……この宿題さえ終われば、もっと先生とお話できるのになぁ……

 窓の外はもう真っ暗だ。そろそろたちが帰ってきてもいい頃、かなぁ。
 結局自分でがんばってみようって思ったけど、宿題全く出来なかった。
 しょうがないから、おとなしく寮に戻ってたちの帰りを待とうかな。

 そんな風に思っていた時、研究室の扉をノックする音が聞こえた。
 水晶玉から視線を逸らした先生が軽く杖を振った。
 扉は、音もなく勝手に開いた。

 「失礼します、Ms.。……あれ、イーノック?」

 聞こえてきたのは聞き慣れた声。透き通ってて柔らかくて優しい声。
 僕の、大好きな声!
 研究室に入ってきたのは、だった。やっとホグズミードから帰ってきたんだね!
 僕は宿題を机の上に広げたままで、椅子から降りるとのほうへ走った。

 「おかえりなさい、!」

 の腰にぎゅっと抱きつく。
 いつもと変わらない、特有のいい香りがする。
 の隣には、やっぱり紅獅子のがいて、大きな茶金の瞳で、少し不満げに僕のことを見つめているんだ。
 いーじゃない。いっつもと一緒にいるんだからさ、君は。
 はちょっと驚いた顔をしてから、僕に向かって笑みを浮かべてくれた。

 「ただいま、イーノック。寮にいなかったから、お風呂にでも行ったのかな、って思ってたよ。珍しいね、君がこの時間にMs.の研究室にいるなんて」
 「談話室にいても、たちがいつ帰ってくるかでそわそわしちゃうから、先生に頼んで、ここで宿題をやらせてもらってたんだ。でもぜーんぜんっ。世の中わからないことだらけだよ」
 「世の中?そんなに大げさな言葉を使うってことは、魔法薬学の宿題か何かかな?」
 「えー、なんでわかるのっ?!すごーい!!ねっ、手伝ってくれる?」

 僕はの手を引っ張って、さっきまで座ってた机に連れて行く。
 僕の隣の椅子に腰掛けたの前に、先生が、「おかえりなさい」と言いながら、紅茶のカップを置いた。
 僕のカップにも新しい紅茶が注がれて、部屋の中はまた紅茶の香りでいっぱいになる。

 「少し休憩したらいかがかしら、イーノック。お昼もそこそこにずっとそこで考え事をしていらすようですから。考えすぎても答えが見つからないのなら、一度考える時間を休む時間にすることも効果的ですよ」
 「……そんなにずっと悩んでたの?」
 「だって、全然わからないんだもの……」

 午前中からずっとがんばっているのに、僕の羊皮紙に書き込まれてるのは、最近読んだラテン語の詩の一文だったり、古典文学の一節だったり、そんなのばっかりだ。
 魔法薬学なんて、本当に苦学だよね……
 盛大なため息をついたら、が小さく声を漏らして笑った。

 「せっかくも帰ってきたことですし、スノーボールをお茶菓子にティー・ブレイクになさってはいかがかしら。今、準備しますわ」

 無駄のない動きで立ち上がって部屋の奥に向かう先生。
 僕はぱぱっと机の上を片付けて、先生が来るまで紅茶を飲むことにする。
 は、机の上に常に置いてある瓶の中からジンジャーの砂糖漬けを一つ取り出して紅茶の中に落とした。ティースプーンでくるくるとカップの中をかき混ぜ、香りを楽しんでるみたい。カップを持つ長くて奇麗な指に思わず見とれてしまう。

 「あ、そうだ。イーノックにね、お土産があるんだ」
 「え、ほんと?!」
 「うん。出かけるときに約束したからね。えっと、はい、どうぞ」

 紅茶のカップを置いたは、ローブの中から小さなかごを取り出した。
 なんだか見たことのない十五センチくらいの包み紙がたくさん入っていた。
 何かな、これ。お菓子かな?
 おもむろに手を伸ばした。

 「えっ?!ひゃっ?!な、何これー!動いてるっっっ!」

 それは僕の手の上に乗った瞬間、くねくねと動き出したんだ!
 外側の袋が手の上でもぞもぞ動いて、何とも言いがたい感覚がする。
 思わず机の上に投げつけちゃったら、さっきよりももっと動くようになっちゃって……

 「な、何?これ……」
 「ふふふっ。やっぱりイーノックも僕と一緒で知らなかったんだね。ヒューが言うには、いもむしグミっていう、魔法界のお菓子なんだって。蛙チョコレートみたいなやつだよ、って言われたんだけど……なんだか、この動き方が本物みたいでさ。僕まだ開封できてないんだ……一緒に試してみない?」

 がいまだに動き続けるいもむしグミってやつの袋の端っこを指でつまみ上げる。
 魔法界のお菓子、かぁ。僕のお家じゃ魔法界の話って出来ないからな。こういうのは全然知らないや。
 ががんばって開封しようとするその姿を僕はじっと見つめている。
 袋の端が開いた。

 「……変な色っ!」

 丸い玉がくびれでいくつもつながったようなそのグミは、玉ごとに色が違った。
 赤とか青とか緑とか。少し透き通ったような色はグミそのものだ。
 ……グミそのもの……なんだけど、動いてる。

 「……から先にどうぞ?」
 「え……僕、これを口に運ぶ勇気がないよ……」

 の手の中から、紅茶のカップの受け皿に落とされたグミはくねくねと動き続けている。
 僕もも、このグミをじっと見てることしか出来ない。こんな動くやつ、口に運ぶのなんてかなり勇気がいると思うんだけどっ!
 そういえば、蛙チョコレートのときもすごくがんばって口の中に入れた気がする……
 は、じーっと動くグミを見つめ、指先で軽くつっついている。
 その指に反応して動くグミに驚いて指を引っ込める仕草をしたり……うーん。って、どうしてこう一つ一つの行動が僕を惹き付けるんだろう?
 僕も指を出して突っついてみる。
 やっぱりくねくねと動きを大きくする。

 「ぼ、僕には無理かな。これを口に入れるのは……」
 「にできないんじゃ僕にも無理だー……」
 「でも、ヒューとか、魔法界のお菓子に慣れ親しんでる人たちは平気で食べるみたいだよ?」
 「……信じられない。口の中で動いたら気持ち悪そうじゃんっっっ」
 「そ、そうだよね……みんなすごいなぁ……」

 疲れたのか、動きが遅くなったグミを見つめながら僕とは小さく吹き出した。
 だって、こんな変なの食べられないもん。ほんと、みんなすごい……

 「ね、でもさ。もし、僕たちみたいにこのグミの存在を知らない人がいたら、何も言わずにこのグミを渡したらきっとすごく驚くよね!ある意味、悪戯だよねっ!」

 受け皿の上で力つきたのか、ほとんど動かなくなったグミを見ながら僕はそう思った。
 マグル上がりの子とかだったら、知らない子いるんじゃないかな?
 あ、でも悪戯か……
 悪戯、って聞くと僕の脳裏によみがえるのはグリフィンドールの忌々しい四人組だ。
 と同じ学年で、に駆け寄った僕とを生クリームだらけにしたあいつら。
 あの後、とお風呂に入って何度も何度も体を洗っても、生クリームの乳製品のにおいは体につきまとったし、せっかくの新しいローブも洗うはめになったし、すごく大変だったんだ。
 あのときの恨みは、忘れてない。

 「ねぇ!これ使って、悪戯四人組にお返しできないかな?」
 「……お返し?それって、生クリーム爆弾の?」
 「うん!あのとき僕ももすっごく大変だったじゃない?それのお返ししてあげたいとずっと思ってたんだ!僕、あんな低俗な奴らに負けたくないよっ!

 は動かなくなったグミをまた指先でつつきながら首を傾げた。
 グミはがつっつくと体をくねくねさせる。
 なんだかその動きが面白くなっちゃって、僕もついついそいつの動きにあわせて首を左右に振っちゃったりしてる。
 は足をばたばたしたり首を動かしたりしてる僕を迷惑そうな目で見てるけど。
 いーじゃんっ!には被害及んでないでしょ?
 僕はをじっと見つめながらくねくねに合わせて動き続けるんだ。
 うーん。食べる、というより一緒に踊るほうが、このグミとは仲良くやれるかもしれない。

 「……あら、あらあらあら。、ちょっと手伝ってくださるかしら?」

 最初に開封したグミは、とても疲れてるみたいだったから、まだ動いてないグミをひとつ手にとった。
 今度は僕が開封して、僕のティーカップの受け皿に置いた。
 丁度そのとき、を呼ぶ先生の声がして、は席を立った。
 僕も行こうかな、って思ったけど、が自分一人でも大丈夫そうな顔をしてたから、僕はここで待ってることにした。
 だってね、開封したばかりのグミは、最初のグミよりもすっごいたくさんくねくね動くんだっ!
 手の上に載せると、ぐねぐね体を這うみたいでこそばゆくなっちゃって、すぐ机の上に落としちゃうんだけど。
 落とした衝撃でもっともっとくねくね動く。
 変な奴だ。
 一つ目のグミも、二匹目ががんばってるのを見たのか、ただ単純に共鳴してるのか、くねくね体を動かしだす。
 やっぱり生きてるみたい。うーん、みんなどうしてこんなのを食べるんだろう……


 「ありがとう、。助かったわ。さ、準備に手間取ってしまってごめんなさいね。スノーボールよ。新しく入れ直した紅茶でいただきましょう」

 奥からおいしい匂いと一緒に先生が帰ってきた。
 が手伝って、スノーボールがたくさん入った器を持ってる。
 わー!
 椅子に腰掛けた先生とと一緒に、スノーボールを口に頬張った。
 すごいおいしい!

 「わー!先生、すっごくおいしいよ、これっ!紅茶との相性もばっちりっ!」
 「それは良かったわ。たくさん召し上がってね」
 「やったぁ!」

 口の中でさくっと割れてとろけるようなスノーボール。
 一口大で丸くって、白い粉砂糖がまたおいしいんだよねっ。紅茶で流し込むのもいいっ!
 僕は手に砂糖が付いてもおかまいなしで食べちゃうけど、先生の食べ方はすごく優雅だ。
 ああいう風に食べたほうがいいのかな?

 「ね、イーノック。さっきの悪戯の話だけどさ」
 「ん?、何か思いついたの?」

 紅茶のカップを机の上において、は小さくうなずいた。
 そして、左手のローブをまくる。

 「えっ?!な、何それ?蛇、さん?」
 「うん。この研究室の奥に入り込んじゃってたみたい。この蛇さんに協力してもらうってどうかな?」
 「え、え?咬まない?危なくない?」
 「大丈夫。とってもおとなしいよ」

 の腕に巻き付いた小さな蛇は、紅い舌をちろちろ出している。
 縦に割れた瞳はきつく僕を睨みつけているように見える。
 ……だけど、の指の動きに合わせて体を動かしたり、の指の上に首を乗せたり、なんだか馴れている感じがする。

 「でも、どういう風な悪戯を仕掛けるの?」
 「んー……最終的には僕らと同じ目に遭わせたいと思わない?」
 「……生クリーム?」
 「うん。でも、ただ生クリーム爆弾を投げるなんて、低俗だろう?相手と同じ手を使うなんてスリザリンの恥だよね」

 そりゃもちろんだよっ!それに、グリフィンドールの連中と同じ手を使うのなんて、僕のプライドが許さないんだからっ!
 ……って、僕たち先生の前で堂々とこんな話してるけど、大丈夫なのかな?
 僕はちらっと先生のほうをみた。先生は微笑んでるだけだった。

 「蛇さんには、このいもむしグミの代わりにこの袋に入ってもらって、さ。後は僕たちは何もしないんだ。何もしなくても、彼らは自滅してくれるよ。頃合いを見計らって、生クリームをたっぷりつめた爆弾を投げてあげればいい。それだけさ」

 は蛇の頭部を指の腹で優しく撫でながら笑みを浮かべていた。
 何にもしなくていいのかぁ。それで悪戯が成功するなんて思えないけどな……
 さっき開封した袋の中に蛇さんが入る。ちょっと狭そうだ。
 息苦しくないようにが魔法をかけて、たくさんのいもむしグミが入ったかごの一番上にそれを置いた。
 それから、は研究室の棚から白い粉の入った瓶を取り出して、それを水に溶かし、小さな霧吹きでかご全体にそれをかけた。
 一体なんだろう?

 「ねぇ、、それ何?」
 「スネーク・プラントだよ」
 「……?」
 「ふふっ。魔法薬学でたまに使う薬さ。扱い方を間違えると大変なことになっちゃうから、ちょっと気をつけなくちゃいけないんだけど。さ、準備はできたよイーノック。後は、これを悪戯を仕掛けたい人に渡すだけだよ」

 魔法薬学は……嫌いだいっ!あ、でも。スネーク・プラントって僕の課題に名前があったような気がする。
 はかごをニコニコしながら僕に手渡した。
 え?僕がグリフィンドールの人たちに持って行くの?どうやって持って行けばばれないかな?!普段僕は彼らのことをものすごく毛嫌いしているから、下手に渡すと疑われちゃうかもしれないよ?ねぇ、、僕でいいの?
 相変わらず先生は僕ら二人の行動を笑みをたたえて見つめているだけだった。
 そういえば、先生は全然怒らないよね。魔法薬学の先生に僕が目をつけられていて、何かやらかすとすぐ先生のところに情報が回るはずなのに。
 先生に叱られたことなんて一度もないなー。
 先生の紅茶のカップを持つ手、に似てる……

 「いい息抜きになりそうね、イーノック」
 「上手く行けば課題解決のヒントが得られるかもしれないよ、イーノック」

 先生もも笑みを浮かべてる。
 そっか、は僕の課題を手伝うつもりで、スネーク・プラントを使ったんだね?うわぁ。この悪戯が成功すれば、奴らに仕返しも出来るし、僕の課題も出来ちゃうし、一石二鳥!
 それなら、会いたくない奴らだけど、このかごを渡しに行ってもいいかな……

 「、僕行ってくる!あ、でも。生クリーム爆弾のほうはどうすればいいの?」
 「そのかご、上手く渡し終わったら、グリフィンドールの寮へ続く廊下で落ち合おう、イーノック。僕が準備して行くよ」
 「わかった!あんな奴らには負けないんだから!お返ししてくるねっ!」

 僕は先生に見送られながら、意気揚々と研究室を後にした。
 さあ行くぞ!
 あれ、でも、グリフィンドールの四人組ってどこにいるんだろう?
























 ホグズミードから帰った後の僕らの部屋は、ゾンコの店の商品やら真新しいお菓子やらで埋め尽くされてると言ってもいいくらいだ。
 悪戯専門店の商品は、新しい物でもすぐに誰もが知っている悪戯の手段になる。僕らはそれをただ使うんじゃなくて、自分たちの使いやすいように改良する。
 新しく手に入れた商品を早速研究しているリーマスと、間違えて爆発させてしまいそうになるシリウスと。
 やや遅れてピーターが部屋に入ってきた。

 「……遅かったじゃないかピーター……って、あれ?何だい、そのかご」
 「からだよって、スリザリンの一年生にもらったんだけど……」

 ピーターが手にしていたのは小さなかごだった。中には何かが入っているみたいだ。
 僕ら三人はやっていた作業の手を止めて、ピーターの持ってきたかごに視線を向ける。
 部屋にあるテーブルの上にそのかごが置かれると、まず最初に覗き込んだのはシリウスだった。

 「なんだ。小奇麗なかごに入ってるから何か面白い物かと思ったら。ただのいもむしグミの詰め合わせじゃないか」
 「いもむしグミ?」

 シリウスがかごから引っ張りだしたいもむしグミの袋は、いつものようにくねくねと体をくねらせている。
 魔法界じゃ定番のお菓子だ。

 「そういえば、いもむしグミにすごく驚いてたって誰かが言ってたな。買ってみたのはいいけど、食べられなかったから僕らにくれたんじゃないかい?」
 「そんな……それならまぁ、おいしくいただいちゃうけどさっ」

 リーマスもピーターも何の疑いも持たずに、いもむしグミを一つずつかごから取り出す。
 ……まぁ、に限って、僕らのようにこのかごに爆弾を仕掛けてるなんてことはないか。
 一応警戒してみたものの、かごにも細工はしていないみたいだったから、僕も一つ手に取った。
 思い思いに開封する。

 何のためらいもなく口の中にいもむしグミを放り込む。
 ピーターは、ひとくびれずつちぎって食べるのが好みらしいけど、僕はあんまり好きじゃない。
 蛙チョコレートと一緒で、これって結構本物にそっくりなんだ。

 「うげぇ!
 「なんだい、シリウス。そんな下品な声出しちゃって」
 「へ、へ、へ、へへへ、蛇っ!」
 「……蛇?」

 素っ頓狂な声を上げるシリウスに、僕は呆れた返事をした。
 何言ってるんだい、君は。これはいもむしグミであって蛇じゃない。
 似てるかもしれないけど、蛇に見えることなんてな……

 「ほんとだ、蛇だ……」

 前言撤回!
 呆れてシリウスに近づいたけど、シリウスの開封しかけの袋からは、紅い舌をちろちろと出す蛇が鎌首をもたげてこちらを見ている。
 十五センチほどの袋に収まってしまう小さな蛇だったが……僕らと目が合うと大きく口を開け、しゃーっという声を出して威嚇してきた。
 シリウスが、それをテーブルの上に投げつける。

 「な、何やってるんだいシリウス!そんなことして、部屋の中の変な隙間に入られちゃったら困るじゃないかっ!」
 「な、なんか怒ってるよ、この蛇」
 「ちっ。俺たちをこんな蛇で驚かせると思ってるのかっ、ー!!」

 シリウスは部屋の中で顔を真っ赤にして蛇を睨みつけている。
 そうか、これはの悪戯か。
 ……悪戯にしちゃ小さくて地味だね。悪戯をするならどうせならもっと大きく派手にやらなくちゃ。

 「……どうやらは、悪戯の何たるかをまったく知らないみたいだね」
 「こんな地味な悪戯を仕掛けられたなんて、悪戯仕掛人としては見過ごせないなぁ」
 「おまけにこの蛇、どこから持ち込んだんだろう」
 「ねぇ、みんな。ちゃんとした悪戯の仕方を伝授しに行かないかい?」

 地味な悪戯。きっとは悪戯がどんなものかわかってないんだ。
 これじゃ強烈に印象づけられない。すぐに忘れ去られてしまう単純な悪戯。
 ま、スリザリンらしいよね、蛇を使ってくるところは、さ。
 ちょっとした高揚感でもあるのか、視界が多少ぼやけて宙に浮いているような感覚になったけれど、それもきっと興奮してるからなんだろうな。
 何しろあのが地味とはいえ僕らに悪戯を仕掛けてくるくらいになったんだ。
 そのうち一緒に悪戯を仕掛け合うことが出来るようになるかもしれない。
 そんなこと考えて、僕はみんなを連れてのもとへ行こうとした。

 「ぎゃっ」
 「……だからシリウス、さっきから下品な声ばっかり出すなよ」
 「だって、蛇、でかくなって……」
 「何言ってるんだい、もう夢を見る時間なのかい?蛇がそんな短時間で成長する訳……」
 「わっ、蛇、でっかい、こわいっ!」

 相変わらずのシリウスの下品な悲鳴。
 でも、テーブルの上の蛇は、テーブルの上を占拠してとぐろを巻いている。もたげた鎌首、縦に割れた目。
 僕らをきつくにらんでは、今にもその口で僕らを飲み込んでしまいそうだ。
 ……こんなに、大きかったっけ?

 「お、お化けだ」
 「何馬鹿なこと言ってるんだ、そんな訳が……」
 「わかった。が変身してるんだよ!ほら、、そろそろ正体を出し……ひゃぁっ!」

 リーマスが蛇に手を伸ばすと、蛇はものすごい顔をして威嚇をし、リーマスの手に噛み付こうとする。
 やめてよリーマス、そんな大きな蛇に手を出したら僕らひとたまりもないよっ!
 一体、どーなってるんだ……

 「と、とにかくこの部屋は危険だから外に出よう。それでを探すんだ」

 視界が揺れてる。
 蛇のあまりの大きさに動揺しているのかもしれない。
 とにかく、部屋を出なくちゃ。
 おびえるピーターの手を引っ張って、腰を抜かし気味のシリウスを強引に引きずりながら、僕たちは部屋を出て、ふらつきながら談話室を抜けて、廊下に出た。

 一気に冷え込む廊下に体が震える。
 ああ、まだなんだか視界が揺れているような……

 「やっ。プレゼント、受け取ってもらえたかな?」

 目の前にはの姿。
 いつもの笑顔でいつもの声。すかさずシリウスがの食って掛かる。

 「おまっ……ー!!あんな変な物をいもむしグミに混ぜるんじゃねぇっ!」
 「変な物?」
 「蛇、だよ!蛇!何だあの、袋を開けて数十秒で巨大化する蛇はっ!!」
 「蛇?……ああ、この子?それじゃ、紛れ込んじゃったんだ……」

 この子?
 はそういって何の気なしに横を向いた。
 の隣には、あのでかい蛇が、さらに体を大きくしてとぐろを巻いて座っていた。
 相変わらず紅い舌をちろちろと出したりしまったりしているけど……はその頭を手で優しく撫でている。
 で、でっかい……

 「うわっ!さっきよりでっかくなってる!」
 「お、襲ってこないよね?」

 もうピーターなんか恐怖で足がすくんじゃって、僕のローブの端を思いっきりつかんでる。
 リーマスにぐぐいっと前に押し出されたシリウスの顔は青ざめている。
 それにしたって、さっきから視界が歪んで……

 「ふふふ。かわいいでしょう?まだ子供だからこんなに小さいけれど、もう少ししたらもっと凛々しくていい体つきになると思うんだ」

 まだ子供、だってぇ?!

 僕らは驚愕した。
 さしもの僕も足はすくんでる。それなのには、悪びれる風もなく、おとなしいから触ってみない?と僕らの前にずずいっとその蛇を差し出す。
 もう、目と鼻の先。
 蛇特有のしゃーっという声と、大きな口、牙。
 瞬間、その蛇は明らかな敵意を見せつけながら、僕らに襲いかかってきた。
 あ、あんなのに咬まれたらひとたまりもないよ、僕たち……

 「「「「う、うわぁ!!!」」」」

 声にならない叫びをあげる。
 い、いたずらにしちゃぁ、ちょっとやり過ぎじゃないかい、っ!!!
 僕の頭の上に何かがぶつかって、視界が真っ黒に染まった………





 ………と。

 それ以降、何の動きもない。
 おまけに、なんだか乳製品のにおいがする。
 おそるおそる目を開けてみると、周囲には僕らが依然にしかけたのと同じような生クリームがどっさり広がっている。
 眼鏡についた生クリームがどろっと落ちる。僕の全身も生クリームまみれだ。

 「あははっ」
 「やったぁ!!生クリームでお返し成功っ!」

 生クリームでお返し?
 の隣には、さっきまでいなかったはずのスリザリンの一年生。
 確か、イーノック、だったかな?

 「え、?」
 「ふふっ。ちょっとした悪戯だよ、ジェームズ。そんなきょとんとした顔しないで?」
 「だって、蛇……」
 「蛇?この子のこと?」

 差し出された左腕。
 の左腕に巻き付いているのは小さな蛇だ。丁度、あの袋の中から出てきたのと同じくらいの大きさで、舌をちろちろと出したり引っ込めたりしている。
 によくなついているのか、が指の腹で鎌首のあたりや頭の上をなで回すと、それに呼応するかのように体をくねらせる。
 あれ、でも……あの大きい蛇は一体……

 「なんだよっ、生クリームだらけじゃねーかっ!」
 「ねぇ、もう、大きい蛇、いない?」
 「最初から、巨大な蛇なんてどこにもいないよ、ピーター」

 微笑んだまま、生クリームの中に埋もれたピーターに手を差し伸べる
 最初からいなかった、だって?
 でも僕たちはちゃんとこの目で見たんだ……

 「誰かが最初にした悪戯と同じことをするなんてスリザリンの名が廃る」

 いまだに生クリームの中で気絶しているシリウスやリーマスを助け起こしながらがしゃべる。
 僕にはまだ何がなんだかわかっていない。

 「でも僕たち、君たちの素敵な生クリームの歓迎を忘れた訳じゃない。あんな素敵な歓迎だったんだもの。同じ素敵な体験を君たちにも是非してもらいたかったんだ」
 「へへんっ!どーだっ!」
 「道具を改良するだけじゃない、人数がいなくても出来る。ちょっとした恐怖体験も味わえる、少し豪華な悪戯。満足いってもらえたかな?」  「だって、蛇……」
 「リゼルグ酸アミド、スネークプラントからとれる幻覚剤の一種だよ」
 「!」

 相変わらずは蛇を愛でている。

 リゼルグ酸アミド。
 別段特別ではない、どこにでもある成分だ。
 そうか……幻覚、か。僕らはその蛇に幻覚を見ていたんだね?

 「スネーク・プラントからとれるリゼルグ酸アミドの使い方には注意が必要なんだ。粉末を水に溶いて飲むと相当な効果が得られるけど、それは身体に影響を及ぼすから。だから、ちょこっと霧吹きで吹きかけただけなんだけどね。なかなかいい夢、見れたんじゃないかな?」

 呆然と立ち尽くす僕らにそういうと、は「それじゃ、お休み」と言って身を翻した。
 イーノックがと手を握りながら、宙にも浮かんばかりの足取りで去って行く。
 が去った後、僕は笑った。
 ああ、声を大きく出して笑ったさ。

 「はははっ、あははははっ!まったく、してやられたね……」
 「生クリーム臭い……」
 「うわー、ローブもべっとべと」

 なんだよ、。悪戯のやり方、知ってるんだったらちゃんと言っておいてよね。
 これで終わりなんて、ありえないんだから。
 僕は再戦を胸に誓った。






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 実は結構危ない幻覚を引き起こす薬物です。生身の人間は使っちゃだめ。