朝まだきの移動


 人の動く気配がして目を開けた。
 眠い目が捉えた窓の外の風景はまだ暗い。大きな欠伸をして体を起こすと、ヒューと目が合った。既に整った服装に身を包んだヒューは、立ったままで紅茶を優雅に楽しんでいる。
 続いて階段を下りる足音が聞こえ、部屋の扉が開いた。少し眠たそうな目をしたが部屋に入ってきたところだった。腕の中に抱えられた黒猫のニトはまだ夢の中のようだ。
 体を全部起こしてソファーの上を見る。真夜中過ぎに眠い目をこすってここにやってきたは、まだヒューの座っていた辺りに頭を置いてぐっすりと眠っていた。

 「……あれ、……部屋に声をかけても出てこないと思ったら、こんなところで寝てたんだ……」
 「そろそろも起こさないといけない時間かな。紅茶はどう、
 「あ、いただきます。ありがとうございます、博士」

 やはりまだ眠たいのか、は血の気のない顔をしていた。ヒューから紅茶の入ったカップと数枚のクッキーを受け取るも、その動作はとてもゆっくりだ。抱かれていた腕から下ろされたニトはとても不機嫌な顔をして、俺の姿を見つけるや否や俺の背中に飛び乗った。すぐにそこで円を描くように丸くなる。
 ヒューはそんな一連の流れを微笑みながら見つめた後、自分が手にしていたカップを手早く片付け、の方へやってきた。

 「、そろそろ出かける時間だよ」

 ヒューの手がの体に触れる。何度かヒューがの体を揺り動かすと、体をもぞもぞと動かしたが寝返りを打って天井を見上げた。俺がヒューの隣に身を乗り上げての顔を覗き込むと、の紅い瞳と目が合った。まだ視点が定まっていないのか、は部屋をぐるっと見渡している。

 「んー……?おはよう……」

 俺の体を探すように動いた手。しかしすぐにはっと何かに気がついたのかは慌てた様子で上半身を勢い良く起こした。

 「わっ……僕もしかして、ここで寝てたの?」
 「真夜中過ぎにここに来たよ。覚えてる?」
 「……夢、だと思ってた……ごめんなさい、迷惑だったでしょう?」
 「そんなことはないよ。君の寝顔も見られたしね。さ、紅茶はいかがかな、。軽く身なりを整えたら出発だ。ストーツヘッド・ヒルを登らなくちゃならないからね」

 おはよう、
 慌てふためいた表情をしていたも、ヒューから紅茶の入ったカップを受け取るといくらか落ち着いたようだ。俺の挨拶にも応え、笑みを見せてくれた。

 「おはよう、
 「おはよう、。僕が一番お寝坊さんみたいだね、今日は」

 二人が紅茶を飲み終わる頃には、低血圧のもどうにか普通の速度で動けるようになってきていた。手早くカップを片付けると、二人は部屋に戻って身なりを整え、小さな荷物を手にしてもう一度階下に降りてきた。

 「マグルらしくするなら、ローブはらしくないかな、って思ったんだけど……」
 「いつも着ているものだから、着ないとなんだか落ち着かなくて」

 ニトは相変わらず俺の背中の上で眠っていた。はローブを着るかどうかで迷ったらしく、手にローブをかけて持ってきていた。

 空がまだ白み始めない頃、俺たちはヒューに連れられて外に出た。外はまだ暗く、しんと静まり返っている。その静けさを破るのは、自分の足音だけだった。少し肌寒い。も結局ローブを体に羽織ることにしたらしい。ホグワーツにいる時と何ら変わらない格好で二人は俺の少し前を歩いている。俺は、の足下にすり寄った。

 「ここから先がストーツヘッド・ヒルなんだけど……足下に気をつけてくれ。勾配も割ときついみたいなんだ」

 ヒューが苦笑しながら言った。ヒューが立ち止まった先の道は明らかに村の中の道とは違っていた。整備されていない獣道のようなものがひたすら上方へ続いている。

 「にニトを預けたままで大丈夫だろうか?僕が抱いたほうが……」

 の心配げな声が聞こえる。ニトは依然俺の背中の上で夢の中を彷徨っている。
 確かに、このまま背中の上にニトを乗せて登るのはきつい気がした。けれど、俺が大変な道を、人間であるが登るのはきっともっと大変だろう。

 (大丈夫。口にくわえて連れて行くよ)
 「……大丈夫?もし大変だったらすぐ言ってね」

 が心配げに俺の顔を覗き込んだが、俺は大丈夫だ、とだけ返事をした。背中の上のニトを下ろしてもらうと、彼の首の辺りを軽く銜え、たちの後に続いてストーツヘッド・ヒルを登り始めた。

 「すごい、な、の言ってることがわかるんだ」
 「うん。何となく伝わってくるんだ。ってば、僕たちがニトを抱いて登るほうが大変なんじゃないか、って心配してくれてたみたいだよ」

 なんとか転ばないようにヒルを登り続ける一行は、だんだん口数少なくなってきた。ストーツヘッド・ヒルは勾配がきつく、歩くと息が切れて話をするどころではなくなる。おまけに、あちこちにウサギの隠れ穴があり、そこに足を引っかけては転びそうになっている。黒々と生い茂った草の塊もヒューの足を捉えて離さなかったり……と、前に進むのが難航していた。
 やがて、全員が肩で息をするようになった頃にやっと、俺たちは平らな地面を踏みしめることが出来た。

 「……朝から良い運動だったね」
 「丘というよりも山と言っていいくらいですね……」
 「本当だね。さて、あと十分くらいあるな。君たちも移動キーを探してくれるかい?マグルががらくただと思うようなもので、持ち上げられないほど大きなものではないはずなんだけど……」

 呼吸を整えたたちが地面を見回す。こういうのは視線の低い俺のほうが得意かな。鼻をひくひくと動かしながら、俺も何か足下に転がっていないかと丘の頂上をうろうろと探しまわった。

 「ここだ、アーサー!息子や、こっちだ。見つけたぞ!」

 探し始めてすぐに大きな声がしんとした空気を破った。丘の頂の少し離れたところに、星空を背に長身の影が二つ立っていた。

 「どうやら先客さんが見つけたみたいだ。さ、行こう」

 ヒューに連れられて長身の影の方に向かう。他のところからも人がわらわらと集まってきていた。影は少し小柄なものも合わせて九つほど見える。

 「エイモス!それに、そっちからくるのは……ノードリー博士じゃありませんか!」

 うっすらと白み始めた空の下に燃えるような赤毛の人間がたくさん立っていた。その姿を見た途端の背後に隠れ、ヒューはのその態度を面白そうに見つめていた。どうやら、ロンの家族がいるみたいだ。
 ロンの父親アーサー・ウィーズリーは、まず始めに褐色のごわごわした顎髭の、血色の良い顔の魔法使いと握手した。

 「みんな、こちらがエイモス・ディゴリーさんだよ。『魔法生物規制管理部』におつとめだ。みんな、息子さんのセドリックは知ってるね?」

 アーサー・ウィーズリーに紹介されたエイモス・ディゴリーの隣には、もよく知るハッフルパフ寮のセドリック・ディゴリーがいた。は懐かしそうな視線をセドリックに送ったが、はあからさまに視線を逸らした。
 ああ、そうか、と俺は一人で頷いていた。ハッフルパフ寮のクィディッチ・チームのキャプテンでシーカーでもあるセドリックが、クィディッチのワールドカップを見逃すはずがない。彼がここに来ているのはしごく当然のことなんだろう。

 「それから、こちらが魔法研究所の総責任者、ヒュー・ノードリー博士だ」

 アーサー・ウィーズリーは、エイモス・ディゴリーを紹介する時よりもやや改まった口調でヒューのことを子どもたちに紹介した。それに食いついてきたのはハーマイオニーで、目を輝かせている。

 「魔法研究所って、世界最高峰と言われている魔法研究所?素晴らしいわっ!私、一度お目にかかりたかったんですっ!博士の研究された論文や出版された本はどれも素敵な内容が一杯でっ!」
 「おやおや、それは嬉しいな、お嬢さん。僕はまだ若輩者なんだけどね」

 ヒューが笑顔を見せながらハーマイオニーに握手を求めると、ハーマイオニーは頬を真っ赤に紅潮させてヒューの手を取った。
 が呆れた顔をしていたが、は楽しそうにみんなの姿を見つめていた。
 そこはさながらホグワーツのグリフィンドール寮のようだった。フレッド、ジョージ、ロン、ジニー、ハーマイオニー、ハリー。みんなホグワーツでは名の知れた生徒たちだ。

 「そちらのお子さんたちは……」

 アーサー・ウィーズリーがたちに気がついて尋ねた。
 ……そう言えば、俺たちはロンの父親のことを知っているが、ロンの父親と逢ったのはが二年生のときくらいだ。おそらくあの時は俺たちのことを意識して覚えていられるほど落ち着いた精神状態ではなかっただろう。
 ヒューがを呼び寄せた。

 「僕が招待したんです。こちらが。僕の尊敬する占い師のご子息です。そしてこちらが家のご子息です。クィディッチ・ワールドカップなんて、そう何度もこの目で見られるものではないですからね。夏休みの良い思い出になるだろうと思いましてね」

 すると横で実に自分の息子が凄いかをハリー・ポッターに語っていたエイモス・ディゴリーが視線をこちらにずらした。
 ハリーもセドリックもお互いのことから話題がそれたことを喜んでいるようだった。

 「……だと?」
 「お初にお目にかかります、Mr.ディゴリー。セドリックにはホグワーツでとてもお世話になっています」

 エイモス・ディゴリーはハリーを眺めていたのと同じくらい念入りにの全身を眺めていた。ローブを着ているはどう見ても魔法使い見習いの子どもの姿をしていた。身長はセドリック・ディゴリーやフレッド、ジョージたちに比べれば低く、同じ年のハリーやロンよりも多少小さいくらいだ。もちろん、よりも少し背が高い。
 しかしは、ハリーのように額に傷があるわけでも、セドリックとホグワーツのクィディッチ大会で戦ったわけでもない。何も注目されることなんてないと思うんだが……

 「セドが、君のこともよく話してくれてるよ」
 「恐縮です」

 会話に加わる気はないが、二人の話に興味を持っているのか、俺が銜えて連れてきたニトを自分の腕の中に連れ戻そうとする仕草をが見せる。ちょうど俺の前にかがむ形だ。俺との耳は今、体中の全部の神経が集中しているといっても良いだろう。とエイモス・ディゴリーの会話を聞き逃さないように、だ。

 「凄く面白い後輩がいるってね、セドが話してくれたよ。そうか、君か。どうだい?セドは良い先輩だろう?」
 「ええ、とっても。僕はクィディッチのルールには疎いんですが、いつでも丁寧に解説してくださるんです」

 セドリックは多少頬を赤らめているように見える。エイモス・ディゴリーは自慢の息子を褒められたことに気分を良くし、に握手を求めてきた。その横ではが難しい顔をしている。

 「そろそろ時間だ」

 アーサー・ウィーズリーが懐中時計を引っ張りながらそう言った。

 「エイモス、他に誰か来るかどうか、知ってるかね?」
 「いいや、ラブグッド家はもう一週間前から行ってるし、フォーセット家は切符が手に入らなかった」
 「この地域には、他に誰もいないと思うが、どうかね?」
 「わたしも思いつかない」

 そんな会話の後、エイモス・ディゴリーが古ブーツを掲げた。丁度後一分後に、この古ブーツがここにいるみんなの体をクィディッチ・ワールドカップの会場まで運んでくれるらしい。

 「指一本でも移動キーに触れていれば大丈夫だよ、。後は移動キーが指定された場所まで運んでくれるからね」

 移動キーを試すのは初めてだと言うにヒューが優しくそう言った。
 みんなが持っている背中のリュックが嵩張って簡単ではなかったが、エイモス・ディゴリーが掲げた古ブーツの周りに十二人と二匹がぎゅうぎゅうと詰め合った。
 は眠たそうに不機嫌に唸るニトの前足を自分の手と一緒にブーツに触れさせていたし、は俺の前足がブーツに触れるのを手伝ってくれた。
 一陣の冷たい風が丘の上を吹き抜ける中、全員がぴっちりと輪になってただ立っていた。誰も何も言わない。

 (……どうやって移動するんだろうね?)
 (気持ち悪いのはやめてほしいな)
 (でもきっと、時間移動ほどは気持ち悪くならないと思うよ)

 三秒、二……一……
 そう秒読みをしていたのはアーサー・ウィーズリーだったと思う。彼の懐中時計の秒針が零の位置と重なった瞬間、俺たちの体はいきなり引っ張られた。
 それは突然の出来事だった。急に体の内側からぐいっと前方に引っ張られるような感じがして、両足が地面を離れた。左右にいると体がぶつかり合う感じがした。風の唸りと色の渦の中を、全員が前へ前へとスピードを上げていった。ブーツに触れていた俺の前足はまるでブーツに張り付いているかのようだ。磁石で俺たちを引っ張り前進させているような気がする……

 突然また足が地面の固い部分にぶつかった。すぐ側でみんなが大地に転がっているのが見える。丁度ハリーのすぐ近くに移動キーが重々しい音を立てて落ちてきた。
 見上げると、アーサー・ウィーズリー、エイモス・ディゴリー、セドリック、ヒュー、はしっかりと地面に足を下ろして立っていたが、その他はみんな地面に転がっていた。みんな、強い風に吹き曝されたあとがありありと見えていた。

 「五時七ふーん。ストーツヘッド・ヒルからとうちゃーく」

 疲れて不機嫌そうに間延びしたアナウンスの声が聞こえた。

 「……さっさと姿現わしのテストが受けられる年齢になりたいものだな」
 「年齢制限に引っかかるのは少し寂しいよね」
 「そこまで難しすぎるものじゃないと思うんだけどな。ほら、ニト、動くんじゃないよ。絡まった毛をほどいているんだから」
 「も、あとでブラッシングしてあげるよ。今は多少手で整えておこうかな」

 まず自分のローブについた小さな塵やゴミを払ったは、次に俺とニトの体毛を整え始めた。丁度その頃、もつれ合って倒れていたハリーとロンが起き上がり、他の子どもたちも地面から起き上がった。
 に体中の体毛を撫で付けてもらっている間、俺は辺りを見回した。どうやら、霧深い辺鄙な荒地のようなところに到着したらしい。俺たちの目の前には、疲れて不機嫌な顔の魔法使いが二人立っていた。一人は金時計を持ち、もう一人は太い羊皮紙の巻紙と羽根ペンを持っている。おかしいのは二人の格好だった。どうにかマグルに近い姿を演出しようとしたのだろうが、それは普段マグルと接することがない俺が見ても、奇妙な格好だった。

 「……ちょっと奇妙な格好じゃありませんか?」

 かなり控えめにがヒューに囁いた。
 は魔法界にどっぷり浸かった家庭で育っているから、マグルの普通の格好というものがどんなものなのか、書物で学んだ程度の知識しかない。魔法使いが好んで身に付けるようなローブや三角の帽子を身につけないということはわかるけれども、服の組み合わせも奇妙なものなんだろうか。
 ヒューもも笑いをこらえるのに必死の表情での言葉に頷いた。

 「ウィーズリーと、それからノードリー博士は、ここから四百メートルほどあっち。歩いていって最初に出くわすキャンプ場だ。管理人はロバーツさんという名だ。ディゴリー……二番目のキャンプ場、ペインさんを探してくれ」
 「ありがとう、バージル」

 アーサー・ウィーズリーが礼を言って子どもたちを引き連れて歩き出した。俺たちもそれに続く。朝方目覚めたばかりは随分と眠たかったが、移動キーの力でその眠気すら吹っ飛ばされた。
 荒涼とした荒地は深い霧に覆われ、ほとんど何も見えなかった。
 いつの間にの隣にやってきたのか、セドリックがに笑顔で話しかけていた。もそれに応じている。は凄く嫌そうな顔をしてヒューの隣にぴったりくっついて歩いていた。どうにも、セドリックとが楽しそうに会話をしているのが気に食わないらしい。

 「まさかに逢えるなんて思わなかったな」
 「僕もだよ、セドリック。ストーツヘッド・ヒルの近くに住んでたんだね」
 「……と言っても、朝の二時から歩きっぱなしだったけどね。早く姿現わしのテストを受ければいい、ってお父さんも言っててさ。そうしたら、お父さんにこんな朝早くに苦労して歩いてもらわなくてもよかったのにな、って思ってたんだ」

 は始終楽しげにセドリックと会話をしていた。
 ものの二十分も歩くと、目の前にゆらりと、小さな石造りの小屋が見えてきた。その脇に門がある。そのむこうに、ゴーストのように白く、ぼんやりと、何百というテントが立ち並んでいるのが見えた。…とは広々としたなだらかな傾斜地に立ち、地平線上に黒々と見える森へと続いていた。
 その先にあるキャンプ場へ進むディゴリー父子に手を振ると、アーサー・ウィーズリーたちと共にたちも小屋の戸口へ近づいていった。

 「随分セドリック・ディゴリーに気に入られてるみたいじゃないか」

 アーサー・ウィーズリーとヒューが、戸口に立っている男にテントの場所を聞いて料金を支払っている間、が不機嫌な顔をしての隣にやってきた。
 は苦笑してを見つめた。

 「いい人だけどな、セドリック。にはお気に召さない?」
 「所詮ハッフルパフじゃないか。は少しいろんな人に優しすぎるよ」
 「そうかな?」

 ヒューが俺たちの元に戻ってくる。どうやらヒューはあっちでハリーと一緒にマグルのお金を数えているアーサー・ウィーズリーと違って、滞りなくテントの料金を支払ったらしい。キャンプ場の地図を手にしている。
 その横で、ハリーに数え方を教えてもらって支払いを済ませたアーサー・ウィーズリーが、キャンプ場の管理人らしき男に怪訝な目で見られていた。

 「さて、彼らには申し訳ないけど、あのマグルの相手を頼んでおこうかな。これだけの魔法使いがやってくる場所だから、マグルがおかしな連中がやってきたと思って不審がっても仕方ないね」

 アーサー・ウィーズリーに向かって一礼したヒューは、俺たちを連れて霧の立ちこめるキャンプ場を進み始めた。
 ヒューが示したキャンプ場の真ん中辺りまで、俺たちは長いテントの列を縫って歩き続けた。おそらくはなるべくマグルらしい装いをしようと持ち主も努力したのだろう。しかし、テントに煙突がついていたり、ベルを鳴らす引き紐や風見鶏がついていたりして、テントはやはりマグルが見れば奇妙としか思えないような姿をしていた。多分、マグルのテントにはそう言ったものはついていないだろう。

 「……一応、ごく普通のマグルらしいテントに見せようとした努力は認めるよ」

 ヒューが笑いをこらえながら呟いた。も周りにある豪華絢爛なテントをいぶかしげに見つめていた。

 「すごい。生きた孔雀がつながれてる」
 「これだけ大勢の人が来てると、見栄を張りたくなるものなのかもね」

 縞模様のシルクで出来た豪華絢爛なテントはキャンプ場の真ん中辺りに立っていた。
 そこから少し先に進んだあたり、丁度三階建てに尖塔が数本建っているテントと豪華絢爛なテントの間当たりに、小さな立て札が打ち込まれた空き地が広がっていた。

 「のーどり、って」
 「あまりの人数の多さにてんてこ舞いだったってのが伺えるね」

 粗末な看板に汚い字でヒューの名前が書かれているようだ。が看板と空き地を見て首を傾げている。
 二人の様子を見てヒューが笑った。

 「そっか。君たちはマグル式のキャンプがどういうものか知らないんだね?」
 「本で読んだ程度の知識しか……」
 「それならちょうどいい。テントを張るのを手伝ってくれるかい?一度手でテントを張るのも良い経験になるよ。煩わしくって、魔法が如何に簡単かってのを思い知るけどね」

 持ってきた数少ない荷物の中から、ヒューが柱や杭を取り出した。わらわらと荷物の中から取り出される不思議な道具たちに、も目を丸くしていた。

 「大体こんな感じかな?うん、その辺りに杭を打ち込んでくれるかい?」
 「随分手慣れてるんですね、ノードリー博士」
 「僕、学生時代は孤児院暮らしだったからね。夏休みになるとキャンプ場に子どもたちを連れて行って、みんなで火を起こすことから始める生活なんてのをやってたんだ。うん、こんな感じ。基が決まってしまえばあとはそんなに難しくないよ」

 があくせくしながらテントの準備をしている。慣れた手つきで危なっかしい動きをするを手助けするヒュー。
 ほどなくして立派なテントが空き地に出来上がった。

 「さてやっと一段落だね。疲れただろう?中に入って一休みすると良いよ」

 外観は大人二人用のテントに見えるそれに、ヒューは笑顔でを中に入れた。四つん這いになって入る姿を見るだに、あまりくつろげるとは思えないんだが……
 そう思っていたら、の感嘆の声が聞こえてきた。

 「すごい。すごいよ、。来てごらんよ」
 「見た目にだまされちゃいけないってことだな、すばらしい」

 中からしきりにが俺を呼ぶ。ヒューを見上げるとどうぞ、とでも言うように笑顔を見せていたので、俺も二人のあとに続いて中に入った。
 入り口をくぐるときだけは、少し頭をかがめる形になったが、中に入ってみて俺もすごく驚いた。
 そこはまるで、ヒューのあの別荘をそのまま持ってきてしまったかのようだった。寝室とバスルーム、キッチン、それに人がゆったり過ごせるだろう部屋が別に二部屋。整然と並べられた家具に、埃一つない寝室。部屋の中にはたくさんの布が丁寧にたたんで積まれていた。
 早速ニトは寝台の上に置かれた布をお気に入りの場所と定めたらしく、の腕の中から飛び降りるとそこに丸くなった。

 テントの窓から見える外はだいぶ明るくなり、朝日が初々しく昇っている。
 あまりに早い時間から活動していたから気がつかなかったが、どうやらようやっと朝を迎えたようだった。
 緊張の糸がほぐれたのか、の口から大きな欠伸が飛び出た。つられても俺も、ニトまでもが大きな欠伸をした。

 「外観の割に、室内は中々のものだろう?」

 入り口をくぐり抜けたヒューの姿が部屋の中に現れた。






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 ……ということで、キャンプ場到着。