空腹を満たすモノ
朝を迎えたキャンプ場は魔法使いでごった返していた。
俺もも、こんなにたくさんの魔法使いたちが同じ場所で寝起きをしている姿を見るのは初めてだった。なんだか魔法使いみたいで魔法使いみたいでないへんてこりんな姿をした魔法界の住人に、もも不可思議な表情を見せていた。
周辺の地理を確かめたあと、俺たちはみんなで立てたテントの中をぐるりと見て回った。それから、朝早くから歩き続けていたために消耗した体力と、時間とともに増大してくる空腹感を満たすために食事の準備に取りかかった。テントの外観と室内の大きさの違いに戸惑いながらも、必要なものをキッチンに用意する。
まず必要だとみんなが判断したのは水だった。マグルにもらった地図にキャンプ場の端に水汲み場が描かれていたので、とが出来るだけたくさん水が入るだろう入れ物を持って水道に向かうことになった。ヒューはその間に出来る限りの料理の準備をしてくれるらしい。眠っているニトを寝室に残すと、俺たちは水道へ出発した。
途中、まだよちよち歩きの小さな子どもが、あまりに体に不釣り合いな杖を持って楽しそうに地面をつついている姿を目撃したり、つま先が露を含んだ草をかすめる程度にしか浮かない玩具の箒に真剣に乗っている小さな魔女たちを見た。
「可愛いね、ああいうの」
「きっとそのうち魔法省の役人がやってきて、親はひどく注意を受けることになるんだろうな」
通り過ぎる光景を微笑ましく見つめながら、とは水道に向けて真っ直ぐに歩いていた。
朝露に濡れた草に体が触れるたび、体毛がしっとりと水分を帯びて重くなるのがわかる。足下に絡む草を押しのけながら、俺はとの邪魔にならない位置を歩いている。
「……そういえば気になっていたことがあったんだ、」
何もかもがびっしりと三つ葉のクローバーの模様で覆われたテントの一団にさしかかった時、が周囲の様子を驚きの目で見つめながら呟いた。
と同じく、あまりに緑に染まりすぎているテントの群衆を目を大きくして見つめていたは、首を傾げてを見上げた。
「は、僕やドラコよりもノードリー博士と親しい関係にあるんじゃないかな、って思っていたんだが……」
が多少視線を下に落とす形で、緑色の一団からに目を向けた。
「……そう見えた?」
は瞬きを何度も繰り返しながら返事をした。
「なんて言うんだろうな。ノードリー博士との間にはある種の絆が生まれているんじゃないかな、って思うような会話がよくあったからかもしれないな。明らかに僕とノードリー博士との間とは違う空気が、とノードリー博士との間に流れてるような気がしたんだ」
「相変わらず鋭いんだね、」
不意のの言葉に動揺したは、手にしていた水袋を取り落としそうになってバランスを崩した。どうにか体制は立て直したものの、鼓動は大きく跳ね上がっている。
(……やっぱり、に隠しておくのは難しいかな)
ちらりと俺を見たからそんな言葉が伝わってくる。
確かに、これだけ何日も一緒に生活していたら、どう頑張ってもとヒューの関係はの目には不思議に映るだろうな。今朝方、がソファーで眠っていたことにだってきっとは疑問を持っているだろう。
を見つめ返して軽く喉を鳴らすと、もそうだよねと言わんばかりに頷いた。
それでも、過去の時代で起きたことを話すのはためらってしまうんだろうか。
「僕よりも母上のほうがずっと親しいんだけどね。ノードリー博士が学生の頃はスリザリンの寮監督を務めていらっしゃったそうだから。それで母がホグワーツを去ってからも懇意にしてくださっていたみたいで……」
「、僕に何か隠しているだろう?」
じっとを見つめていたは、眉間にしわを寄せてのほうに顔をぐいっと近づけてきた。歩み続けていた二人の足が止まっている。
は片足を半歩後ろに下げていた。と視線を合わせまいとしているのか、目が斜め下に泳いでいる。それでもかまわず不機嫌な顔をしてに迫ってくるに、は小さなため息をついた。
まるで降参だ、とでも言うように首を横に振る。
「は人と人の関係にすごく敏感だよね。僕もヒュ……ノードリー博士も出来る限り普通に見えるように振る舞ってきたんだけどな」
もう目と鼻の先の水道には既に短い列が出来ていた。少し進めば列にぶつかってしまう。それを避けるためか、との歩みはさっきまでと比べて随分と遅くなった。
(……話すのか?)
俺は心配してそう尋ねた。いくらの親友のとはいえ、過去の時代での出来事をすぐに受け入れられるとは思えない。
(全てを話すつもりはないよ。でも、このまま隠し続けるのは良くないと思うんだ。不可解な僕らの態度をずっと見続けるのことを考えると……ね)
は肩の力を抜くように軽く息を吐いた。そして、声を潜める。
「ノードリー博士が僕たちを吟遊詩人さんのところへ連れて行ってくれたでしょう?あのとき、吟遊詩人さんが夢を見た、っていう話を聞いたよね」
「ああ。学生時代、によく似た生徒と一年近く一緒に過ごした、っていう夢の話だろう?」
「そう。夢、なんだけどね。例えば同じ夢を、ノードリー博士も僕も、もちろん吟遊詩人イーノックも見ていたとしたら?長い長い時の隔たりがあって、実際には初めて逢ったことに変わりなくても、共通の認識があると初めて逢った気がしないよね。それも、夢の中ではホグワーツでの日常を一緒に学生として味わってたんだ。そうすると、なんだか近い人に思えてくるんだよね、お互いに。……わかる、かな?」
二人の歩みが止まった。水道の前にかがみ込んで水を汲んでいる魔法使いのすぐ後ろで立ち止まっている。
しばらくの言葉を噛み砕くように難しい顔をしていたは、そのうち何度か小さく首を縦に振って頷いた。その仕草を見てが首を横に傾げると、やっとしかめっ面をしていたの表情が和らいだ。
「つまり、僕がいるから遠慮して‘ノードリー博士’って呼んでいたけど、共通の夢を見たの感覚としては、‘ノードリー博士’であっても、‘ヒュー・ノードリー’という一人の友人と触れ合っているような感じだ、と。そういうことでいいのかな?」
「うん。そんな感じ。夢で見た時はさ、今の博士を二十歳くらい若返らせた感じの姿だったから、初めて逢った時はちょっと驚いたんだけどね。でも、お互いに同じ記憶を持ってるから……なんだか、年齢も地位も関係ないような気がしてきちゃって。には話してなかったから、窮屈な思いをさせちゃったかな、ごめんね」
大きな鍋に水をたっぷり汲んだ魔法使いが、右に左にバランスを崩しながら俺たちの横を通り過ぎていった。
水道の蛇口をひねり、水袋の口を蛇口の真下に置いた。勢い良く蛇口から飛び出た水は、水袋の縁にあたって跳ね返り、やの手を濡らしている。
は、に笑顔を向けた。
「そんなに気にしてたわけじゃないんだ。ただ、親しいのに親しくないようなふりをしているみたいに見えたから、どうしてなのかなって思ってさ。共通の夢を見たなら、今まで彼とあまり親しく接する機会がなかった僕よりも、君とノードリー博士の関係が親しいのも納得がいくよ」
「なんか、話さなかったことが逆にに気を使わせてたかな?」
「深く考え込む必要ないさ。が話してくれたおかげで僕の中の疑問は解けてすっきり解決した。それにもノードリー博士も、もう僕の前だからってわざと親しくないふりをしなくてすむじゃないか」
蛇口を閉めるときに、水分と金属がこすれ合う音が聞こえた。水袋の口をしっかり締めると、それを両手で抱きかかえながら後ろに並んでいる魔法使いに蛇口を明け渡した。
ヒューの待つテントまでの帰り道は行きよりも長く感じた。きっと荷物が増えたのと、との会話が弾んだからだろう。思い水袋を抱えながらも、二人はこの夏休みに体験したことをお互いに話し合って笑顔を浮かべている。
行きにすれ違った小さな魔女たちのテントの前では、控えめに見ても整っているとは言いがたい服装をした魔法省の役人たちが、彼女らの親に上から言葉を浴びせかけていた。それよりもテントに近くなった処では、小さな男の子が大きな声で泣き叫んでいて、母親らしき人物があたふたしているのがよく見えた。
もも水をこぼさないように水袋をテントの中に運ぶのに一番苦労していた。中に入ってしまえば広々とした空間になるテントも、外観は四つん這いにして入り口を通る二人用のテントなのだ。結局、が水袋を両手に持ち、が体の半分をテントの中にくぐらせて、入り口で手渡しをすると言う形でどうにか水袋をキッチンに運んだ。
……が。そこで俺たちの目は点になった。
整然と並べられていた料理道具はそこら中に散らかっていて、キッチンの床や壁には液体のようなものが飛び散った状態になっていた。
「あ、お帰り。水汲み場、混んでたんじゃないかい?」
俺たちの気配に気がつき振り返ったヒューは、エプロンをして包丁を握り、危なっかしい手つきで野菜を切ろうと努力していたが、どうやら何かをひっくり返したらしくベトベトした物体で体中が汚れていた。
ヒューの姿に驚いて声も出ないの横で、はもうこらえきれないとばかりに声を出して笑った。
「……やっぱり、料理は苦手なんだ。夢の中でも料理は苦手でしたものね」
ローブの袖をまくると、ヒューの握った包丁を受け取りながらが言った。ヒューが切っている時はごろごろとまな板の上を転がり安定しなかった野菜たちが、の手の中ではおとなしく切られていく。ヒューはそれを感心して見つめていた。
「は手慣れてるなぁ。そう言えば、夢の中で食べたお菓子もおいしかった」
エプロンを脱いだヒューはに困ったような笑みを見せた。ここに来てやっとも小さく口元を緩めた。
「……僕、昔から料理はからっきしでね。今は……もうないのかな。セブルスが寮監とか言ってたもんね。昔は、スリザリンの寮で月に一度のお茶会があったんだ。寮監の先生が手作りのお菓子と美味しい紅茶を持って、みんなが仲良くなれる空間を作ってくれてたんだけどさ。そのお茶会のお菓子作り、毎月足しげく通って見てたんだけど、結局一度も卵すら割れなかったんだよね。卵割ろうとしてぐしゃぐしゃにしちゃって屋敷僕妖精たちにあたふたされたり、先生に笑ってもらったりしてた」
「そうなんですか……僕、てっきり博士には苦手なことなんて何もないんだろうな、と思っていました」
「そんなに買い被らないでくれよ。僕は普通の魔法使いさ。さて、汚しちゃった床の掃除をしなくちゃならないな。モップを探しにいってくるよ。多分、奥の倉庫にあったはずなんだけど……」
エプロンを小さくたたんだヒューは、奥の部屋へ向かって歩いていった。キッチンではがフライパンに油を引いているところだった。
「、ジャガイモ剥くの手伝ってもらっていいかな?多分この材料だと、博士はシェパーズパイを作りたかったんじゃないかって思うんだよね」
「ああ、なるほど。それでラムの挽肉が出てたのか……」
の隣に立ったが、汲んできたばかりの水を少し取り出して、土のついたジャガイモを丁寧に洗い始めた。丁度、の手にしたフライパンに肉が入ったところだ。はフライパンを握るとへらを使って肉を入れて炒め始めた。キッチンに肉の焼ける香ばしい香りが広がる。
隣でジャガイモの芽を丁寧に取り除くと並んでいると、ホグワーツでよく二人で料理をしていた光景を思い出す。
「夏休みもの作る料理の手伝いができるとは思わなかったよ。我が家の使用人たちは、僕がキッチンに立つのを嫌うんだ。そういうことは私たち使用人がしますから、ってさ」
「のご家族は忙しくていらっしゃるものね。ハウスキープの為に使用人さんたちがいるような感じだよね」
「まったくもってその通りだよ。まぁ、屋敷僕妖精には任せないって言っているあたり、父上も母上も頑固だと思うんだけどね……」
肉に火が通り始めた頃、は少し大きめの鍋を取り出した。そこにも多少の油を引くと、さっきまでヒューが格闘していた野菜たちを投入する。の手に握られたへらが、なれた手つきで野菜を炒めている。
「さっきノードリー博士が話していたお茶会って、が毎月開くお茶会に似てる気がしたんだが……」
「だってスリザリン寮のお茶会を最初に考案したのは母上だもの。僕は母上の話を聞いて思い立ったんだ。似ているっていうより、僕がまねしたっていうほうが正しいかな」
ジャガイモの皮を全て剥き終わったが、泥とでんぷんのついた包丁を流しで洗っている。
「……ホグワーツ、かぁ……」
鍋の中ではタマネギがほんのり薄透明になっていた。隣のフライパンで炒めていた肉が鍋の中に移される。さらにしばらくの間、鍋の中で肉と野菜が炒められる。
へらの持ち手で顎を押さえるようにして、が小さなため息をこぼした。
「どうかしたのかい?」
「……ちょっと、ね」
「またそうやって君は一人で抱え込もうとするんだから……」
の顔をのぞき込みながらが言うと、は困ったような笑みを浮かべた。
それから深くため息をついた。
「僕ね、新学期が始まるのが少し怖いんだ」
火加減の調節をした鍋に、ソースやケチャップなどの調味料が加えられる。味がなじむようにと、の手がそれらを混ぜ合わせながら炒めていく。
へらの動きを見つめながらが怪訝な顔をしていた。
「まさか、ホグワーツに戻りたくないって言ってるのかい?」
「ううん。そうじゃないよ。ホグワーツは好きだし、魔法界についてもっと知識を深めたいと思ってる。ホグワーツで勉強するのは楽しいし、寮には僕が大好きな人たちがいる。ホグワーツに戻りたくないわけでも、ホグワーツが嫌いになったわけでもないんだけど……ちょっと、怖くってさ」
「怖い?」
瓶から赤ワインが鍋の中に注がれ、白い煙とともに酸味のきいた香りがキッチンに広がった。
「去年……ええと、夏休み前のことを覚えてる?」
「シリウス・ブラック脱獄関連の話か?君がまた危ないことに首を突っ込んだやつだろう?忘れるわけがないじゃないか」
「実はね、ハリーには一年生の時にすでに僕の父親が誰なのかが知られてしまってたんだ。ただ、ハリーは魔法界の情報には疎いし、おそらく当時は半信半疑だったんだろうね。内緒にしてくれるっていう約束をずっと守っていてくれて、僕の生活は脅かされることはなかった。でも……」
煮詰まり始めた鍋の中に小麦粉が加わった。
「ロンとハーマイオニーにも知られちゃったからさ。あの場では忘却術をかけることもできなかったし……なにより、ロンは大広間で僕の秘密について叫んだ、っていうじゃない?」
「けれど、ダンブルドアが上手く取り繕ってくれていたから、大事にはならなかったじゃないか」
「うん。でもさ、あの場でピーター・ペティグリューが僕のことを若様って呼ぶのをハリーたちは聞いてるんだ。たぶん、ハリーやロンに近しい人間たちは確信しているんじゃないかな」
鍋の中にチキンストックが加わった。火加減を確かめたは、もう一つ大きな鍋を用意し、その中に水をたっぷり入れた。
「……ロンの態度がね、一変したんだ。僕が彼の息子だって知った瞬間に。それまで友達だったのに、たった一言で彼は僕のことを嫌悪するような態度になった。もしかしたら、ホグワーツに帰ったら僕にそういう態度をとる人が増えるんじゃないか、って……朝、ロンたちの姿を見てから思い始めてさ、怖くなっちゃった」
が丁寧に剥いたジャガイモが沸騰した鍋の中で踊っている。
の心の中に大きな不安が渦を巻いている。そんなことを考えなくてもよかった過去の時代のホグワーツを懐かしむ映像が流れてくる。
俺はの足下に体をすり寄せた。体を触れ合わせることで、ほんの少しでもいいからの心に近づきたかった。不安をぬぐい去りたかった。
「そんなこと、気にすることないさ」
が呟いた。段々煮詰まっていく鍋と、ジャガイモが踊る鍋を交互に見た後、と目を合わせた。
の顔は不安げな表情を浮かべていた。
「どこにいようが出生に大きな秘密があろうが、はじゃないか。のことをそんな小さなことで嫌いになる奴なんて、所詮その程度の低俗な奴らだよ、気にすることないって」
「……そう、かな……僕の体には確かに彼の血が流れているからさ。あまりに多くの人間がその事実を知ってしまったら……ルーピン先生みたいにホグワーツを去らざるを得なくなるかもしれないし……」
「のことをホグワーツから去らせようなんて奴らが出てきたら、僕が全力で対抗するよ。だから、がそうやって不安になることないよ」
ジャガイモに火が通ったかをが確かめている。
後ろのほうで人の気配がしたが、もも振り返らなかった。もしかしたら気付いていないのかもしれない。
「うん、が気にすることないよ」
モップを持ったヒューが呟いた。とが顔を見合わせ、二人同時に振り返った。
「すごくいい匂いがする。やっぱりは料理が上手だね。やっと倉庫の奥から見つけてきたんだ、このモップ。さて、汚しちゃったところを掃除しなくちゃ。大丈夫、僕、掃除は料理よりも得意だから」
柔らかい笑みを浮かべたヒューは、バケツの中に多少の水を入れると、濡らしたモップでキッチンのフローリングを拭き始めた。液体のこびりついた場所を重点的に拭いている。
「も、もしかして、聞こえてました?」
うわずった声でが尋ねると、ヒューは小さく声を漏らして笑い、首を縦に振った。
の鼓動がいきなり跳ね上がった。肩に力が入り体温が上昇している。
「シリウス・ブラックが脱獄した後、ホグワーツに出没し、結局捕まらずに逃亡に成功したっていうのは耳にしてたんだけど……まさか、が関係してたとは思わなかったな」
「直接的にシリウス・ブラックの逃亡に関与したわけではないんです。ただ……」
「まさかピーター・ペティグリューの名前が挙がるとはね……」
茹であがったジャガイモがザルの中に転がり落ちていく。流しに熱いお湯が流れる音が響く。すぐにボールに移されたジャガイモをがの手から受け取った。の手に握られたマッシュ用の調理器具が、まだ湯気の出ているジャガイモを押しつぶしていく。
煮立つ鍋の火加減を調節するの鼓動はまだ早鐘を打つようだ。
「……そうか……それで、今頃になって奴が現れたのか……」
ヒューは考え深げに呟いていた。
とヒューの様子をがマッシュポテトを作りながら見つめている。
キッチンに流れている空気はなんだか不可思議なものだった。
「大丈夫だよ。もしも君に不利な状況がホグワーツ内に訪れたときは、僕に連絡して。僕も全力で手を回すよ」
「ヒュー……」
「魔法界に生きる子どもの夢を育てるのがホグワーツだろう?子どもの夢を摘み取るような輩を野放しにしちゃいけないよね」
床を拭き終わったヒューがの肩を抱いた。ヒューを見上げたは、ほんの少しだけ表情を和らげた。
「それに、には君に協力を惜しまない素敵な友人がいるじゃないか。だからきっと大丈夫」
ヒューの笑顔は彼方に向けられ、を抱いている手と反対の手がの方に乗せられる。少し照れた表情を浮かべるに、は大きな笑みを向けた。
マッシュポテトもそろそろ完成しそうだ。
「ありがとう。僕ってすごく友人に恵まれてるんだね。ありがとう」
はにっこり微笑んだ。
それから、鍋の中を確認すると耐熱ガラスで出来た深い皿を取り出した。そこに、煮詰まって美味しそうな匂いを当たりに漂わせている具が平らにしかれた。その上に、が丁寧にマッシュしたポテトが白い絨毯のようにしかれていく。それから、とがチーズをまんべんなく振りかけた。
の手がオーブンを開けた。あらかじめ余熱がしてあったオーブンは、扉が開け放たれるとむわっとした熱気を勢い良く吐き出した。天板の上に深皿が乗せられ、オーブンの扉が閉まる。タイマーをセットしたは、ふっと息を吐いた。
「これで、上のチーズがこんがりするまで焼ければ完成」
「さすが。手早いね」
キッチンの上は既に奇麗に片付き、たちが水汲みから帰ってきた直後にはあちこちに散らばっていたキッチン用具も所定の位置に戻されていた。
感心したようにヒューがキッチンを見渡す。ヒューが床を掃除したから、キッチンはテントを立てた時と変わらず奇麗になっていた。
「夏休み前にホグワーツで起きたこと、詳しく聞きたいな、僕」
「はいつも危ないことに首を突っ込むんです、博士。毎年僕の心は冷や冷やしっぱなしなんですよ。いきなりどこかに行ってしまったり……見つけたと思ったらたいていホグワーツの医務室でぐったりしてるんです」
ヒューが呟くと、が呆れた顔をしてを見ながら言った。困った顔をして苦笑する。ヒューが笑みをこぼした。
「ってどこかに抜け出すこと多いよね。気がつくといない、そんな感じがする」
「そ、そうかな?」
「寮の抜け出しは多いですよ。夜中に目を覚ますとの寝台の上がもぬけの殻で、窓が少しだけ開いていたり、っていうのがよくあります」
「変わってないなぁ……」
昔を懐かしむような表情をするヒューに、はあたふたしている。動揺を隠すためか、何度もオーブンの中を覗いて、パイの焼き具合を確認している。
「そ、そろそろ焼き上がるから、ご飯食べながらお話しようよ。立ったままだと二人に見下ろされてるから、なんだか僕、二人に怒られてるみたいでどぎまぎしちゃうよ」
が中を覗くために開けたオーブンの扉を閉じながらそう言うと、ヒューとが同時に笑った。棚から食器を取り出し、保存庫の中を探って食卓を飾るものを見繕う。両手いっぱいに食器や付け合わせのピクルスなどを持った三人がダイニングへと足を向けた。
寝室の奥から、甘ったるい鳴き声を上げてニトがやってきた。
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お昼ご飯はシェパーズパイ…っぽいやつ。