夜さりの興奮
お手製のシェパーズパイと、ヒューのテントの保存庫に常備されているピクルスなどの付け合わせで昼食をすませた後、クィディッチ・ワールドカップが始まるまでの間にキャンプ場の探検をしようと提案したのはの方だった。
読み終わりたい資料があると言って寝室にこもったヒューと、入場開始の合図がある前に帰ってくると約束したとは、キャンプ場の地図を持ってあたりを散策し始めた。
しかしすぐに姿現わしした行商人たちに囲まれ、散策をするどころではなくなった。断っても断ってもずっとついてくるものだから、結局たちのほうが根負けして、「見るだけだから」と念を押した後で、行商人の手にしているカートをのぞき始めた。
俺は朝露もすっかり乾いた芝生の上で寝そべって二人を見ているが、なかなか行商人たちを振り切れそうにないようだ。
「十ガリオンで万眼鏡、か。これって試合観戦には欠かせないものなのか?」
姿現わしした行商人のセールス魔ンが熱心に売り込む「万眼鏡」という代物を手にとってが首を傾げている。
「アクション再生ができる……スローモーションで……必要なら、プレーを一コマずつ制止させることもできる。いつもよりドンと値段を下げてるんだ。一個十ガリオン」
見本の万眼鏡を手に取ったセールス魔ンは実際の使い方をに披露しての興味を引こうと必死だ。
すぐそばを、カートにたくさんの超珍品のみやげ物を積んだ別の行商人が通りかかった。と行商人のやりとりを見つめているを発見すると、俺たちの前でカートを止めて、に振り向いてもらおうと商品の宣伝を始めた。
「光るロゼットに、踊る三つ葉のクローバーがびっしり飾られた緑のとんがり帽子。本当に吠えるライオン柄のぶる柄のスカーフ。それに、打ち振ると国歌を演奏する国旗はどっちの国もあるぞ」
カートに所狭しと積められた商品を一つ一つ宣伝する行商人。興味なさげに眺めるの気を引きたくて必死だ。
はしばらくカートの中をじっと見つめていたが、ふと何かの商品が気になるのか視線を一つのものに向けた。薄い紙のようなそれを三枚手に取ったは、行商人に金貨を手渡した。
カートを引いた行商人はほかにも何か買わないか、としきりに声をかけたが、すでにの興味が自分にないとわかると、やっとカートを押して次なる客を探し出した。
ちょうど、も行商人とのやりとりが一段落したところのようだ。
体を起こし、腹の辺りの体毛についた土を払うと、との方に歩み寄る。
「行商人さんって迫力あるよね……」
「なかなか引き下がってくれないから困るな」
の手にはパンフレットのようなものが三枚握られていて、の手には丁寧に箱に入れられたコインのセットが二つ乗っていた。
「結局万眼鏡は買わなかったんだ?」
「クィディッチや何かを見るときは必要だろうけど、この先の使い道が思い浮かばなくてさ。でも、何か買わないと離してくれそうになかったから、アイルランドとブルガリアと両方のデザインのコインセットを買ったんだ。あまり場所をとるものじゃないから、この程度ならおみやげに十分じゃないかと思ってさ」
そう言いながら、はにコインセットを一つ手渡した。
はきれいに装飾された紙を、お礼に、とに渡した。
「プログラムか。万眼鏡よりこっちの方が有益かもしれないな」
「選手の名前とかクィディッチのルールとか、実は僕そこまで詳しくないんだよね。だからこれを読んで多少知識を身につけた方が楽しめるかな、って思ったんだ」
プログラムを広げながらが微笑んだ。
俺が首を精一杯上に向けてのぞき込もうとすると、が姿勢を低くしてくれた。おかげで俺にもよく見える。
プログラムの中にはタイムスケジュールだけでなく、各チームの写真と特徴などが解説されているようだ。細かい字がびっしりと敷き詰められている。
「そろそろテントに戻ろうか」
「うん、そうしよう。きっとヒューも資料を読み終えたんじゃないかな」
夕日がキャンプ場を紅く染めていた。夕方になるにつれ、魔法使いたちの興奮の高まりがキャンプ場を覆った。凪いだ夏の空気さえ、期待で打ちふるえているかのようだ。もう少しすれば夜の帳が辺りをすっぽりと覆うだろう。
ヒューの待つテントに到着する頃には夕日は遙か地平線の彼方に消え、辺りにはポツポツとテントの場所を示すランタンが灯り始めていた。
「長い一日だね」
テントの入り口付近に腰を下ろし、星空を見上げながらが呟いた。
テントの位置を示すランタンの明かりが多少光を遮っていて、星見の館ほどはっきりは見えなかったが、夜空をたくさんの星が彩っていた。
「お楽しみはこれからだよ」
テントの入り口からヒューが姿を現した。
ちょうどそのとき、どこか森の向こうからゴーンと響く音が聞こえ、同時に木々の間に赤と緑のランタンがいっせいに明々と灯り、競技場への道を照らし出した。
「さて、入場開始の合図だ」
ヒューがとを促し、二人は地面から腰を上げた。ローブについた泥を払った後、ヒューの横に並んでランタンで照らされた小道を森へと入っていった。周辺のそこかしこで動き回る、何千人もの魔法使いたちのさんざめきが聞こえた。叫んだり、笑ったりする声や歌声が切れ切れに聞こえてくる。熱狂的な興奮の波が次々と伝わっていく。もも目を輝かせている。
俺たちは森の中を二十分ほど歩いた。ついに森のはずれにでると、そこは巨大なスタジアムの影の中だった。
競技場を囲む壮大な黄金の壁。もも一言も会話せず、辺りをじっと眺め続けている。
「十万人入れるんだって」
圧倒されている二人の顔を読んでヒューが言った。
「魔法省の特務隊五百人が、丸一年がかりで準備したそうだよ。マグル避け呪文で一分の隙もない、と言っていたっけな。魔法研究所も、より強力なマグル避け呪文の研究を手伝ったんだ。おかげで、この一年と言うもの、この近くまできたマグルは突然急用を思いついて引き返すことになったんだよね」
群がる魔法使いや魔女たちの中に紛れ、入り口に向かう。背の高いヒューを目印にしたが、あまりの人の多さに目が回りそうだった。
戸惑う俺の心情を察したのか、が左手で俺の首筋に軽く触れ、俺を先導してくれた。の右手はヒューのマントの端につながっていた。
(こんなに大勢の中にいるのに、のその体勢は窮屈じゃない?)
入り口で切符を検めている魔法省の魔女にヒューが切符を渡している間、は俺を心配げに見つめた。の隣でニトを抱いているを見て、少し残念そうな顔をする。
(小さいくらいの大きさなら、ニトみたいに抱き上げてあげられたんだけどな)
(……大丈夫だよ、。席に到着するまでの間くらい我慢できるさ)
がのローブの裾を引っ張った。
入り口を通り抜けると、ひたすらまっすぐ階段を上る。後ろに続いていた魔法使いたちが途中で座席を見つけて曲がる気配を感じながら、俺たちは一番上まで階段を上り続けた。
階段のてっぺんは小さなボックス席になっていた。観客席の最上階、しかも両サイドにある金色のゴールポストのちょうど中間に位置していた。紫に金箔の椅子が二十席ほど二列に並んでいる。前列には見覚えのある赤毛がたくさん座っていた。後列は前列よりも一段高い位置に設けられ、椅子の数も前列よりもいくつか多いみたいだった。
前列に座っていたアーサー・ウィーズリーが腰を上げてヒューに恭しく一礼した。
「今朝方ぶりですな、ノードリー博士」
それからヒューに握手を求めた後、アーサー・ウィーズリーは自分のすぐ隣に座っていた、やはり燃えるような赤毛に眼鏡をかけた息子をヒューに紹介した。
「この子とはまだ会ってませんでしたかな?今年魔法省に勤め始めたばかりのパーシーです。それから、あそこの長い髪に大きな牙のイヤリングを身につけているのがビル、その隣がチャーリーです」
パーシーが緊張した顔でヒューに握手を求める。紳士的にパーシーと握手を交わすヒュー。
もも少しぎくしゃくしながら貴賓席の後列に足を進めた。
アーサー・ウィーズリーがヒューを呼び止めたとき、ハリー、ロン、ハーマイオニーはこちらにちらりと視線を向けたが、結局と挨拶を交わすことはなかった。彼らの視線はすぐに別の所に移っていった。
次に後列に進むヒューを呼び止めたのはコーネリウス・ファッジだった。ヒューの到着を心底喜ぶかのような笑顔で、隣に座る金の縁取りをした豪華な黒ビロードのローブを着た派手な男の人に大声で話しかけた。しかし彼は言葉が一言もわからない様子だった。
「ああ、君が公の場に出てくるなんてずいぶん珍しいじゃないか、ノードリー博士。こちらが、ブルガリアの大臣です。ええと、オブランスク大臣?いや、オバロンスクだったかな?まぁ、とにかくブルガリアの魔法大臣閣下です。どうやら私の言っていることは一言もわかっとらんようですが」
「お久しぶりです、ファッジ殿。スタジアムの演出のすばらしさに目を見張っていたところです」
それからヒューは、英語とは異なる音で何事かブルガリアの大臣に話しかけた。一瞬驚いた顔をした大臣は、にこりと満面の笑みを浮かべ、ヒューに握手を求めた後、異質な音の言葉をヒューと交わした。
そうしてやっと挨拶から解放され、後列の指定された席に腰を下ろすことができた。ヒューも肩の力を抜くように小さく息を吐き出した。
「外国語がお上手ですね、博士。驚きました」
奥から三番目の席にが座り、その横に、そして入り口に近いところにヒューが座った。
の言葉に、ヒューは控えめながら照れた表情を浮かべている。
「この仕事に就くまでは世界中を巡っていたからね。多少の知識はあるんだ……でも、イーノックの方が僕よりも流暢にしゃべるよ」
の膝におろされたニトが、膝の上から勢いよく飛び降りて、の足下に伏せた俺の背中に乗った。
落ち着いた表情で周囲の人間と挨拶を交わすヒュー。その隣で、とが貴賓席を見渡していた。
そして、二人の視線は奥から二番目の席に座った小さな生き物に釘付けになった。
顔を見合わせた二人は、そろって首を傾げながらその生き物を見ている。その生き物は、短すぎる脚を椅子の前方にちょこんと突き出し、キッチン・タオルをトーガ風に被っている。顔を両手で覆っているために表情は見えなかったが、長いコウモリのような耳を持っていた。
「……ドビー?」
が控えめに名前を呼んだ。
顔を上げて指を開いた屋敷僕妖精は、とてつもなく大きい茶色の目と、大きさも形も大型トマトそっくりの鼻を持っていた。その生き物は、今日はヒューの家で休暇をもらっている屋敷僕妖精よりも、かつてマルフォイ家に仕えていた屋敷僕妖精ドビーに似ていた。もっとも、ヒュー自身、ヒューの家の屋敷僕妖精は少し特殊だ、と言っていたが。
「ああ、まただ。またあたしのことをドビーってお呼びになる方がいます」
怪訝そうな甲高くてか細い震えるようなキーキー声が聞こえた。が顔をしかめた。
「前列に座っているハリー・ポッター様もあたしをドビーとお呼ばれになりました。あたしはドビーをご存じですが、ドビーではないのでございます」
特徴的な言葉遣いと甲高い声に、がますます怪訝な顔をして隣に座っている屋敷僕妖精を見つめた。が面白そうにその様子を眺めている。
「あたしはウィンキーでございます。旦那さま」
「そうなんだ。ドビーとは別人なんだね?ごめんね、ドビーと間違えちゃった」
がウィンキーと名乗った屋敷僕妖精に笑顔を向けた。おそらくこの屋敷僕妖精は女性だろう。ドビーよりも甲高い声だ。その屋敷僕妖精の特徴ともいえる甲高い声が煩わしいのか、背中の上のニトが耳をピクピク動かしている。
がウィンキーの座っている席とその隣の空席をじっと見つめている。視線が人の形を描くかのように動き、そしてまたウィンキーに戻された。
「あたしは旦那さまのことをご存じでいらっしゃいます。・さまですね!旦那さまのことは、ハリー・ポッターさまと同じくらいドビーがお噂しています!」
指の間から見える大きな茶色い目がを尊敬の眼差しで見つめていた。
「それは嬉しいな。ドビーは元気にしてる?」
「あぁ……旦那さま。それが……ドビーは自由で頭がおかしくなったのでございます」
何気なく尋ねたに、ウィンキーは悲しい視線を向けた。が首を傾げてウィンキーの方に顔を近づけた。
は依然ウィンキーの席を訝しげに眺めている。
「身分不相応の高望みでございます。ドビーは仕事にお手当てをいただこうとしているのでございます」
声を半オクターブ落として囁いたウィンキー。とはそろって顔を見合わせた。
「……そっか。屋敷僕妖精ってお手当てもらわないんだっけ」
「あたしはドビーにおっしゃいました。ドビー、どこかよいご家庭を探して落ち着きなさいって、そうおっしゃいました。旦那さま、ドビーはのぼせて、思い上がっているのでございます。屋敷僕妖精にふさわしくないのでございます。ドビー、あなたがそんなふうに浮かれていらっしゃったら、しまいには、ただの小鬼みたいに、『魔法生物規制管理部』に引っ張られることになっても知らないからって、あたし、そうおっしゃったのでございます」
ウィンキーが押し殺したようなキーキー声でまくし立てたものだから、ニトがついに不満げなうなり声をあげて俺の背中の上から飛び降りてきた。今度は俺の腕の中にうずくまり、鬣の中に消える。
身分不相応な高望みを叶えてくれる人間がすぐ近くにいるな、と俺は思った。の隣に座っているヒューは、屋敷僕妖精に休暇も手当ても与えていたはずだ。
「……でも、極稀にそう言う屋敷僕妖精もいるんじゃないか?」
がちらりとヒューの方を見てウィンキーに言うと、ウィンキーは考えるだに恐ろしいという表情をして、指の隙間をくっと閉じてしまった。
「確かにいるでございます。あたしの知る限りひとりだけ、極稀な方がいるでございます。でも、その人のことをあたしたちは口にしません!あの人は屋敷僕妖精には不向きの性格だったのでございます」
「そ、そうか……」
耳をつんざくようなキーキー声に参ったのか、はそれ以上深く聞こうとしなかった。
そう言えば、とがウィンキーに呟いた。
「そうやって顔を隠してるのはもしかして……ウィンキーは高いところが苦手なの?」
「ああ、・さま。そのとおりでございます。あたしは高いところがまったくお好きではないのでございます……でも、ご主人さまがこの貴賓席にいけとおっしゃいましたので、あたしはいらっしゃいましたのでございます。ご主人さまはとてもお忙しいのでございます」
ウィンキーはボックス席の前端をもう一度恐々見て、それからまた完全に手で目を覆ってしまった。そこで会話が途切れたので、とはそんなウィンキーから視線を逸らして顔を見合わせた。
「わたしはどうも言葉は苦手だ。通訳ならバーティ・クラウチが適任だろうに……ああ、クラウチの僕妖精が席を取っているな。ああ、ルシウスのご到着だ!」
ヒューに話しかけていたコーネリウス・ファッジがそう言ったので、との視線は後列へと席伝いに進んでくるルシウス・マルフォイ一家に向けられた。
ルシウス・マルフォイは最初に魔法省大臣の所まで行き、手を差し出して挨拶をした。妻と息子を紹介した後、コーネリウス・ファッジからブルガリアの大臣を紹介されていた。
「君とノードリー博士は旧知の仲だと伺っているからね。ええと、ほかに誰か……ああ、アーサー・ウィーズリーはご存じでしょうな?」
もも視線を合わせるアーサー・ウィーズリーとルシウス・マルフォイを黙って見つめていた。周囲に緊張が走る。
フローリシュ・アンド・ブロッツ書店の映像が流れてくる。一昨年の映像だ。胡散臭い笑顔を振りまくギルデロイ・ロックハートの姿が通り過ぎ、にらみ合うルシウス・マルフォイとアーサー・ウィーズリーの姿が映し出される。
「……これは驚いた、アーサー」
ルシウス・マルフォイは冷たい灰色の目でアーサー・ウィーズリーを一舐めし、それから列の端から端までズイッと眺めた。そして低い声で言った。
「貴賓席の切符を手に入れるのに、何をお売りになりましたかな?お宅を売ってもそれほどの金にはならんでしょうが?」
思わず吹き出しそうになったのか、が背中を丸め、口を両手で覆ってうつむいた。の目にも笑みが浮かんでいて、すっと顔を下に向けていた。
(ルシウスさんらしいよね)
の紅い瞳が俺を見つめる。を見上げた俺の首筋に手が優しく触れた。沸き立つ笑いを鎮めようとしているのか、平静を保とうと一定の間隔で手が動く。それは甘くて気持ちよい感触だった。
「アーサー、ルシウスは先頃、聖マンゴ魔法疾患傷害病院に、それは多額の寄付をしてくれてね。今日はわたしの客としての招待なんだ」
「それは……それは結構な」
無理に笑顔を取り繕うアーサー・ウィーズリーから視線を外したルシウス・マルフォイは、ハーマイオニーをみつめて口元をにやりとめくり上げた。それからアーサー・ウィーズリーに蔑むような会釈をすると、自分の席まで進んだ。
ヒューの隣にルシウス・マルフォイが座り、その隣にドラコが座った。ルシウス・マルフォイと一緒にドラコを挟むようにして席に腰掛けたのは、ドラコの母親……名前は確かナルシッサ・マルフォイだったと思う。
ヒューの隣にとが座っているのを見つけたドラコが、嬉しそうな笑みを二人に向けた。もも笑顔で会釈をし、小さく手を振った。
ルシウス・マルフォイは早速旧友であるヒューに話しかけている。
「珍しい。数日と違わず君と逢えるとは」
「たまには、ね。僕の外出に付き合ってくれる素敵な友人も出来たものだから」
ヒューがとに視線を向けると、二人はやや改まってルシウス・マルフォイに会釈した。ルシウス・マルフォイも、ハーマイオニーに見せたのとは違う、満足げな笑みを口元にたたえ、二人を見つめた。
「みなさん、よろしいかな?」
待ちきれない、という様な声がした。貴賓席に勢いよく飛び込んできたルードバグマンは丸顔がつやつやと光り、まるで興奮したエダム・チーズさながらだった。
「大臣……ご準備は?」
「君さえ良ければ、ルード、いつでもいい」
コーネリウス・ファッジが満足げに言った。
ルード・バグマンはさっと杖を取り出し、自分の喉に当てて一声「Sonorus!響け!」と呪文を唱え、満席のスタジアムから湧き立つどよめきに向かって呼びかけた。その声は大観衆の上に響き渡り、スタンドの隅々までに届いた。
頭上からのいきなりの大きな音に、ニトの体が俺の鬣の下でびくっと跳ねた。膨らむ尻尾が鬣の中でワサワサと揺れる。下を覗き込んで不満げな顔をするニトの頭部を下で舐め、音におびえる彼の心を少しだけ和らげようとする。
「レディース・アンド・ジェントルメン……ようこそ!第四百二十二回、クィディッチ・ワールドカップ決勝戦に、ようこそ!」
観衆が叫び、拍手した。何千という国旗が打ち振られ、お互いにハもらない両国の国歌が騒音をさらに盛り上げた。貴賓席正面の巨大黒板が、最後の広告をさっと消した。
ブルガリア 0 アイルランド 0
夏の一大イベントの幕開けだ。
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クィディッチが始まらないー……