親友の歯痒さ


 三十年ぶりにイギリスで開催されたクィディッチ・ワールドカップの決勝戦は思いがけない結果で幕を閉じた。スニッチを捕ったのはブルガリアチームのシーカー、ビクトール・クラムだったが、スコアボードは十点差でアイルランドチームの勝利を伝えていた。ホグワーツでクィディッチの選手を務めるドラコは、アイルランドのチェイサーの巧みな動きに、絶対に点差を縮められないとわかったクラムが、自分のやり方で試合を終わらせたかったのだろう、と分析していた。
 各チームが連れてきたマスコットのレプラコーンやヴィーラに加え、この先何年も語られるであろう予想外の展開で幕を閉じた試合。観客の興奮は一向に冷める気配がなかった。テントに戻った今でも、アイルランドのチームカラーでいっぱいだった辺りからお祝い騒ぎの声が微かに聞こえてくる。

「すごかったね、試合。ホグワーツのクィディッチの試合も興奮するけど、選手たちの技術力がホグワーツとは比べ物にならないものね。迫力がありすぎて眼が回りそうだった」
「ビクトール・クラム、だったか、ブルガリアのシーカーは。彼の勇敢さと己の実力に対する自信が際立つ試合だったな」

 ヒュー・ノードリー博士のテントの寝室で、僕とが二人で寝てもたっぷりと余裕のある寝台に寝転がりながら、僕らもクィディッチの話題で盛り上がる。  は隣で伏せるの体を撫でながら小さく欠伸をした。  沸き起こる歓声と手に汗握る試合展開を目の当たりにして、頭の中はまだ熱が冷めていなかったが、体のほうは朝早くから活動し続けて疲れが溜まっている。の欠伸につられたのか、が大きく口を開けて欠伸をし、続いてニトも欠伸をした。連鎖が面白くてついつい笑みを浮かべてしまう。

「長い一日だったな。それにしても終わりが近づくとなんだか物悲しくなる。僕は残りの夏休みもこうしてと一緒に過ごせれば良いのに、と思って仕方ないんだ」
「新学期が始まればまたすぐ一緒に過ごせるじゃない」

 は小さく首を傾げながらいつもと同じ柔らかい笑みを浮かべて僕を見ていた。紅い瞳はいつでも真っ直ぐに僕を貫いている。

「それはそうだが……はすこし眼を離した隙にどこかに消えてしまうから、常に一緒にいないと不安になるんだ」

 初めてホグワーツでと出逢ってからずっと、僕はと一緒に過ごしているというのに、彼の瞳に真っ直ぐ見つめられるとなんだか恥ずかしくなってしまう。澄んだ瞳は僕の言葉の裏に隠された動揺も気まずさも……何もかも見透かしてしまっているんじゃないかと思えるんだ。
 照れ隠しにから視線を逸らすと、寝台の脇の小さな電灯のスイッチを切った。
 窓から差し込む明かりだけが部屋の中を照らす。

「おやすみ、

 ふふふ、と声を出して笑いながら囁くに、僕も掠れる声で、おやすみ、と返事をすると掛布を耳まで捲し上げた。
 きっと僕がを大切に思っているこの心情は、にはほんの少ししか伝わっていないんだろう。
 ハリー・ポッターに関連する事件に毎年巻き込まれて危険な状況に陥るのことを、僕がどれだけ心配していると思っているのだろう。の姿が僕の側から見えなくなると胸が締め付けられる。の気配がホグワーツから消えたときはどうして良いかわからなくなった。
 今日だって……と、寝返りを打ちの寝顔を確認しながら僕は小さな溜め息をついた。とニトを挟んでいるからか、僕たちの間にはすこし隙間がある。
 は気づいていたのだろうか。僕の隣に座っていた屋敷僕妖精ウィンキーのすぐ側に魔法使いの気配が漂っていることに。視認こそ出来なかったが、あそこには絶対に誰かがいた。それも、のことを慕う誰かが。

 の父親が闇の帝王であることを知ったのは一年生の終わりの頃だった。
 純血を誇る家は、闇の帝王がこの世に現れた時、決して表に出ない暗躍に徹することで彼をサポートしてきたのだという。故にハリー・ポッターによって彼が重傷を負い暗黒の時代に幕が下りた時、我が家の人々が捕らえられ裁判にかけられることは無かった。
 家族から話を聞いていたものの、闇の帝王の輝かしい時代を知らない僕は、彼が如何に素晴らしい存在であったのかを実感できずにいた。
 けれど、ホグワーツでに出逢い、に惹かれていった僕は、彼の立場を知った時なんだか妙に納得してしまったんだ。闇の帝王の魅力も、それを受け継ぐの魅力も。
 闇の帝王に息子がいることは、闇の世界の住人には公然の秘密だったようだ。特に、彼に近しく仕えていた魔法使いたちは、の姿を見ればすぐにがどんな立場に在るのかを理解するらしい。
 だから多分、ウィンキーの側にいた魔法使いは……闇の帝王のことを知っている人物だと思う。を慕う感情と、沸き起こる不可思議な思い。不自然に閉じ込められる不安定な魔力。あの魔力を感じたとき、僕は不安になった。
 今のの立場は複雑だ。だからは自分の父親が誰であるかを一般の人間には明かしていない。それが多くの人間の感情を逆撫ですることを彼は痛すぎるほど理解しているんだ。
 それなのに夏休み前にロナウド・ウィーズリーが大広間で叫んだことで何かが狂い始めていた。
 が心配しているのは、己の身に流れる血が理由でホグワーツを去らねばならぬ環境に追い込まれること。闇の帝王をよく思わない人々の感情を逆撫でしないために彼はずっと手を回してきているというのに、ここで闇の帝王の部下がを奉り上げてしまったら……
 それもの状況を悪い方向に進めることになる。

 安心した顔で寝息を立てるの顔を見ていると、これ以上無用なことでの胸が痛むことはあってはいけないと強く思うんだ。だから、なんだかとても不安だった。
 何度か寝返りを打ったが、気になることが頭から離れず眠れそうになかった。
 仕方なく僕は、上半身を起こしながら時計に視線を移した。窓から差し込む光は薄暗く、詳細はわからなかったが、まだ深夜にはなっていないようだ。ドラコの父親であるルシウス・マルフォイ氏が提案した遊びが始まるにはすこし時間がある。
 僕はを起こさないように細心の注意を払って掛布から抜け出すと、静かに部屋を出てリビングに向かった。
 リビングの扉の隙間からは電灯の光が漏れている。多分まだノードリー博士がいるのだろう。

 僕が気にしていること、ノードリー博士なら何か解決策を導きだしてくださるだろうか。淡い期待を持って僕は部屋の扉をそっと開けた。

 ソファーに腰掛けているノードリー博士は分厚いハードカバーの本を熱心に読んでいた。今は邪魔をしないほうが良いかもしれない。すこし残念だけど仕方ない。また時間があるときにでも尋ねることにしよう。
 僕はそう思って引き返そうと後ろを振り向きかけた。

「どうぞ」

 しかし、はたりと本を閉じる音が聞こえ、ノードリー博士の声が聞こえた。さすがに物音を立てすぎただろうかと恥ずかしくなったが、気づかれてしまった以上此処で立ち去ってもよけい恥ずかしくなるだけかもしれない。せっかく声をかけてくれたノードリー博士にも悪いだろう。
 僕はやや控えめに扉を開けた。
 すると博士は笑顔で僕を迎え、向かいの席を勧めてくれた。ためらいがちにゆっくりとソファーに腰を下ろす。

「眠れないのかい?」

 ノードリー博士が杖を振ると、僕と彼の前に入れた手の紅茶のカップが現れた。
 物腰柔らかなノードリー博士は、幼い頃孤児院で暮らしていたなんて思えないくらい紳士としての振る舞いが完璧だった。夜遅く急に訪れた僕を嫌な顔一つせず迎えてくれる。常に紳士たる振る舞いをしなければならぬとしつけられているとはいえ、僕はまだまだ未熟だな、とノードリー博士の態度を見るたびに思う。

「気になることがあるんです。僕一人で考えていても答えが見つかる気配がなかったので、博士のご意見をいただきたく思いまして」

 伏せ眼がちにそう言った。突然こんなことを言うのは気が引けたが、博士は別段困った風も見せず、僕の次の言葉を待っているようだった。
 紅茶を口に運ぶ手の動きがしなやかで美しい。

「……クィディッチの試合のとき、僕の隣に座っていた屋敷僕妖精ウィンキーの……そのすぐ側にもう一つ魔力を感じたんです。それもすごく不安定な。その魔力が一瞬に向かって懐かしむような力を向けた気がして……それがとても気になっているんです」

 出来るだけ言葉を選んで伝えた。もしかしたら僕の感覚がおかしかっただけかもしれない。何しろ、魔力の主を僕は視認できなかったのだから。それでも、不安が拭えなくて仕方ない。
 紅茶のカップをソーサーの上に置いたノードリー博士は、僕を部屋に招き入れたときよりもすこし複雑な表情を浮かべていた。蒼い瞳が何かを探すように動いている。
 口元に触れる辺りの位置で指を組んだノードリー博士は、小さく息を吐いた。

「君は他人の魔力に敏感なんだね」

 博士の言葉に、僕は小さく頷いた。
 幼い頃から、何となくではあったけれど、魔法使いと魔法使いでないものの気配を感じ取っていた。ホグワーツに入学するすこし前には、魔力の強い者と弱い者がわかるようになっていた。意図して魔力を抑えていない人間に関しては、姿を隠していても魔法の気配で居場所がわかることもあった。
 ノードリー博士は、僕に小さな笑みを向けた。

「……お昼にが懸念していたことが引っかかっているんです。自分の身に流れる血、ただそれだけでの立場が危うくなる可能性がある……彼の立場を揺るがすのは、必ずしも彼の父親を恨んでいる人間だけでは無いと僕は思うんです。あのとき一瞬感じたに対する強い親しみと尊敬の力は、ともすればの立場を危うくさせるかもしれない。そんな風に感じるのです」

 そこまでしゃべってから、あくまで僕の推測ですが、と付け加えた。たとえ魔力を感じたからとはいえ、視認できたわけじゃないから、僕の思い違いということもあり得る。
 でも、どうやらノードリー博士は僕の話を真剣に聞いてくださっているようだった。すごく真剣な瞳で僕のことを真っ直ぐに見つめ、僕の言葉をしっかり受け止めてくれているように見える。

「君はどこまでが置かれている複雑な状況を知っているんだろう」

 それは僕を貫くような言葉だった。
 について、僕が知っていること……僕はのことを本当に知っているんだろうか。なんだかすごく心配になって僕はうなだれた。
 そういえば、はいつも一人で抱え込んでしまっている節がある。後日談として語ってくれることはあるけれど……もしかして、僕は何一つとしてのことを知らないのかもしれない。

「……ああ、いや……僕がどこまで話していいか迷ってるだけなんだ。今年はホグワーツで大きな動きがある。それに伴っての置かれる環境は以前にも増して立ち回りを上手く考えないとならなくなってくる」
「……三大魔法学校対抗試合のことでしょうか」
「それも絡んでいるよ。……僕が言えるのは、君は自分の立ち位置をしっかり決めなくてはならないということだ。予想でしかないけれど、今年のホグワーツは荒れる。君が懸念しているとおり、や例のあの人を崇拝する人間がに接触することがあるかもしれない。は多分、今まで通り傍観者である立場を貫くだろう。それを間近で見たとき、君はどうするのか、それをしっかり心に決めておいたほうが良いと思う」

 ノードリー博士は大切な部分の言葉を濁していた。多分、僕には伝えられないことが多いのだろう。
 正直なところ、ヒュー・ノードリーという人物の立場は、闇にどっぷりと浸かった魔法使いの中でも謎だった。ある意味で闇の帝王が絶頂期のときに暗躍していた僕の家族と似ているのかもしれない。例のあの人の重鎮として表の世界にも噂が立つルシウス・マルフォイ氏と違い、闇の帝王に最も近しい人物とされながら、彼の立場は明るみに出たことが無い。

「僕の、立場……ですか……」
「難しく考えることは無いよ。もしも君が懸念した通りのことが起きてしまった場合に、君はどういう行動をするのか、ってことだから。僕は、もうずいぶん前からの身に何かあった場合には全力でを護るって決めている。彼の立場は複雑だし、まだ魔法使い見習いという立ち位置にいるから制約も多い。それを補えるのが僕のような大人の役目かな、ってね」

 ノードリー博士は、でも、と続けた。

「彼の身近にいていつでもすぐに協力できるのは僕じゃない。僕はそれが歯痒くて仕方ないんだ。今年はホグワーツに戻りたいとすごく思ったんだけどね。僕の立場上それは難しくてね」

 含みのある笑みが僕に向けられる。
 僕に出来ること。ルームメイトだからこそ僕が出来ること。寝室で穏やかに眠りについていたの顔が頭の中に浮かんだ。

と出逢ったのはホグワーツに入学してから?」
「ええ。大広間で隣の席に座ったんです。それから一緒に過ごす度にの持つ魅力に惹かれていって……」

 一年生の頃からの思い出が頭の中を駆け巡る。父親に会うためだけに危険を冒したこと。日記帳の中に取り込まれて、ずっと帰ってこなかったこと……去年なんか、危うく吸魂鬼にキスされそうになった……
 僕は毎回すんでのところでを助けられずにいる。毎年、ホグワーツの医務室でぼろぼろになったの姿を見るたびに歯痒い思いで胸が苦しくなる。

 苦虫をかみつぶしたような顔にでもなっていただろうか。ふふっ、と小さく笑うノードリー博士の声が聞こえた。

のこと、大切に思っているんだね」
「もちろんです。は僕にとってかけがえの無い存在です」
「それなら、其の立場を貫いてほしい。今年はに大きな困難が押し寄せる年になると思うんだ。それに、昼間君たちが話していたこともあるんだろう?子どもにはよくあることだけど、感情にだけ流されて後先を考えずに発言をするというのも困った者だね。何なら、好き嫌いにかかわらず、上手く立ち回って疑念を晴らしておいたほうが良いかもしれないな」

 湯気の立たなくなった紅茶を手にしたノードリー博士が小さな溜め息をついた。
 昨年のロナウド・ウィーズリーの発言は今思い返しても気分が悪い。リーマス・ルーピン先生がホグワーツを去ることになったのは、スネイプ教授が‘彼は狼人間だ’と発言したのがきっかけだ。其の時、ロナウド・ウィーズリーはよほど頭に血が上ったのだろう。大広間の大勢に聞こえるほど大きな声で叫んだ。
 「ルーピン先生が狼人間だからってホグワーツを去るのなら、例のあの人の息子であるだってホグワーツを去るべきだ!」
 すぐにダンブルドア校長がロナウド・ウィーズリーを窘めたが、多くの生徒に衝撃が走ったであろうことは容易に想像がついた。其のあとに関しての噂が絶えなかったんだ。
 吐き気がするほど嫌な思い出を無理矢理頭の中に押し戻そうと、ノードリー博士が準備してくれた紅茶を喉の奥に流し込んだ。

 丁度其の時、部屋の扉が静かに音を立てて開いた。
 ノードリー博士がさっと杖を取り出してもう一人分の紅茶を用意する。
 紅い鬣の上にニトを乗せ尾を揺らすとともに、すこし寝ぼけ眼のままのがやってきた。

……起きたらいなくなっちゃってたから心配したよ」
「すまない。博士と話をしていたんだ」

 いつもは勝手にいなくなって僕を心配させるくせに……
 そう思っていても、の顔と心底心配したような声を聞くと、彼にそんな言葉を浴びせることはできない。
 僕の顔を見て心底安堵した顔で微笑んだは、僕の隣に腰を下ろした。が彼の足下に寝そべり、の首が僕の方に軽く乗る。

も、眠れなかった?」

 ノードリー博士は笑顔をに向けていた。は小さく首を横に振り、窓の外をじっと眺めた。
 時計の針は僕が寝台を抜け出る際に確認した時間よりも随分と進んでいた。

「そろそろMr.マルフォイの計画が動き出してないかな。大勢の質の違う魔力を持つ人たちがぞろぞろと集まっていたような気がしたんだ。寝静まって落ち着いていた空気がざわつき始めたから起きちゃった」

 の首筋を撫でながら呟く。そう言えば、と僕もノードリー博士も窓の外を見た。
 周囲のテントに明かりがたくさんついている。つぶれてしまったり、燃やされてしまったりするものもあるようだ。火の粉が空に舞ってそこだけ異様に明るい場所や、大勢の魔法使いたちが走って逃げている姿がちらほら見える。

「ルシウスもまったくおもしろことを計画したものだ。、上着を羽織って外に出なさい。逃げる魔法使いたちと同じほうへ。そうだな、森の中に隠れておいで。ことが収まったころに迎えにいくよ。これだけの騒ぎだ。僕たちだけが平然と此処にいるのも、魔法省の役人たちに疑われるだろうからね」

 ノードリー博士が立ち上がる。
 僕たちは入り口近くのスタンドから外套をとるとそれぞれ身につけた。森の中での暇つぶしに本でも持っていきたいところだったが、あくまで慌てて逃げ出した、と装わなくてはならないから、手荷物は持たないほうが良いだろう。

「ヒューは、どうするの?」
「僕は別の方面で怪しまれないように動くつもりさ。さ、気をつけていくんだよ」

 の質問にノードリー博士は笑顔で答えた。博士の立場を考えるに、このまま彼らを放っておけば魔法省にとやかく言われるだろうし、かといって本気で彼らの行動を嫌がっているかと言えばそうでは無いから、きっと複雑な状況なんだろう。

 僕とはテントの入り口をくぐり抜けると、出来るだけ焦っているように装いながら森まで走り抜けた。
 スタジアムまでの道を照らしていたランタンは既に消えていた。

「博士と何を話してたの?」

 大勢の人でひしめき合う通路を、人と人の間をかいくぐっているときにが聞いてきた。
 腕の中に抱いたニトが不満げな声を上げている。

「大したことじゃないよ。ただちょっと……」
「ちょっと?」
「……が、毎年部屋から抜け出して僕のことを心配させるから、どうしたらいいのかな、ってノードリー博士に相談してたんだ。君がいなくなる度に僕の心臓は止まりそうになるんだから。今年は三大魔法学校対抗試合なんてものも行われるらしいし、僕の心配の種は尽きないよ」

 森の入り口近くで大勢の人にぶつかって立ち止まった僕のすぐ後ろにがいる。顔は見えないけれど、気配がすこしうなだれているような気がして仕方が無い。
 外套の端が小さく引っ張られ、僕は振りかえった。

「そんなに心配してくれてたの?僕は大丈夫なのに」

 がうつむいて下から僕を見上げている。僕より背の低い彼がうつむいていると、いつもよりも小さくなったように見えるから感情の制御が困難になる。紅い瞳に真っ直ぐに見つめられる、ただそれだけでも僕は高揚するって言うのに、そんな小動物のような仕草を見せられてしまっては、まるで僕のほうが悪いみたいじゃないか。
 手で口元を覆いながらから眼をそらした。耳まで熱い。

「……僕はの目には頼りなく見えているんだろうか」
「そんなこと無いよ。はいつも僕のことを助けてくれる。僕はのことをすごく頼りにしてるんだよ。がいるから、多少無茶しても平気だって思うんだ」

 またそうやってすぐ寂しそうな気配を出す。周囲にいる魔法使いの誰よりも強く澄んだ力を持つの魔力は、がそれを抑えようとしなければ感じようとしなくたっての雰囲気を伝えてくるから厄介だ。顔をそらし続けてるわけにはいかないじゃないか……
 振り向いての顔を直視するのがなんだか恥ずかしかった。
 僕と目が合うと、は笑みを浮かべた。周囲が暗くて他人の姿が見えないのをいいことに、の腕が僕の腰に回される。
 薫るの優しい香り。倒れてしまいそうになる。

「頼りにしてるよ、。だから、そんな悲しい顔をしないで」
……そ、それなら約束してほしい。今年は僕に内緒で危険なことに首を突っ込まないって。お願いだ」

 のことだから、きっと危険なことを避けようとは思わないんだろうな、と僕は心の中で苦笑するしか無い。だから、これは僕のぎりぎりの譲歩ラインだ。知っていれば立ち回れることも、知らなければ身動きが取れない。
 紅い瞳はすこしだけ僕を観察するように動いた。それからの首が縦に頷いた。

 人が多すぎてにっちもさっちもいかなくなった森の中。が僕の体を離しても、僕ら二人の距離は随分と近かった。僕の手がの手をつかむ。寄り添って手をつないでいなければ、森の奥へと進む魔法使いたちの群れにまぎれて流されてしまいそうだ。こんなに大勢の魔法使いの中を進む気にもなれず、僕たちは一度立ち止まって後ろを振り返った。
 キャンプ場のほうでは、魔法使いたちが一塊になって杖を一斉に真上に向けて行進していた。その遥か頭上に、宙に浮かんだ四つの影が、グロテスクな形に歪められ、もがいている。まるで魔法使いたちが人形遣いのように、杖から宙に伸びた見えない糸で人形を浮かせて地上から操っているかのようだ。
 この騒ぎの原因となる魔法使いたちは皆、フードをかぶり仮面をつけていて顔が見えない。其の周りを取り囲み、哀れなマグルを笑う群衆の数はふくれあがっていた。魔法省の役人が、なんとかして中心にいるフードをかぶった一団に近づこうとしているのが見えたが、苦戦しているようだ。マグルに危害が加わるのを恐れて何の魔法も使えずにいるらしい。

「随分大胆なことをするね、あの人たちも」
「よほど己の力に自信を持っているのだろうな。其の自信が過信でなければいいが」
「ま、こういう大きな行事のときに騒ぎが起こると、魔法省の対応は遅れるからね。彼らの弱点を上手く突いてるのかもしれないね」

 丁度其の時、すぐ近くで下品な叫び声が聞こえた。






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 クィディッチ飛ばしてしまった……