汽車 1


 買い物に行ってから一ヶ月が経過した。
 は毎日ホグワーツに持っていく教科書を読んでいた。時々俺にも聞かせてくれる。
 それから、教科書と一緒にが買った本も読んでいた。
 ホグワーツに持っていくのだと言っていた。ずいぶん面白いらしい。
 俺の目には、何も書いていない本にしか見えないのだけれど。

 ホグワーツへ出発する前日、の部屋はきれいに片付いていた。

 「こんな広い家なのに、母上一人になってしまったら、少し寂しいかもしれないね…」

 は俺に寄りかかりながらそういった。

 「明日は早いから、早く寝ようね、

 俺もの隣に寝そべる。
 すぐに隣からはの規則正しい寝息が聞こえてきた。
 それを聞いてから俺もゆっくりと眠りへと落ちていった。





 九と四分の三番線。
 キングズ・クロスの九番線と十番線の間にある不思議な空間。
 そこからホグワーツ行きの汽車が出ているのだとが言っていた。
 最初は少し戸惑ったけれど、壁を通り抜けたらそこには確かに汽車が待っていた。
 俺の姿を見て、ほかの生徒が驚かないように、と、は早めに汽車に乗り込んだ。
 それも一番後ろのコンパートメントに。

 まだ汽車の中には誰もいない。
 は仕事が忙しくて見送りにこれないといっていた。

 「、何そわそわしているの?そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。この汽車に乗っていればホグワーツに連れて行ってくれるんだから」

 は妙に冷静だった。
 読みかけの本を取り出すと熱心に読み始める。
 時折、俺の体をなでながら。

 そのうち、汽車の中がざわざわしてきたので、ホグワーツに行く人たちが乗り始めたんだとわかる。
 窓の外を見ればたくさんの人がいる。
 黒いローブを着ているみたいな人もいれば、まだ普通の服のままの人もいる。
 共通点は、みんながみんな、大きなトランクを持っているということだろう。

 「人がたくさん来たね、

 顔を上げたが言った。でも、このコンパートメントに人が入ってくる気配はない。
 みんなは真ん中か前に近い車両に乗るから、滅多に端のコンパートメントには来ないらしい。

 「…トモダチいっぱいできるといいな。ね、

 笛の音が聞こえた。
 汽車が出発する。
 一度揺れた汽車はそのまま滑り出すように走り出した。
 カーブを曲がり…見る見るうちに駅は小さくなっていった。

 出発だ。
 ホグワーツへと出発するんだ。

 「やっと出発したね。…そういえばね、。僕、今日、夢を見たんだよ」

 が楽しそうに話した。

 「とっても大切な夢を見たんだ。この一年間で、僕がしなくてはならないことがあるって。いったいなんだろうね。今から楽しみなんだ」

 は笑顔でそう話した。
 …の言っていた夢のお告げだろうか。重要なお告げ。
 だとしたら、この一年いったい何があるというのだろうか。
 は楽しそうだったが、俺は少し心配だった。




 「おい、こんな端のコンパートメントになんて誰もいないって」
 「いるって。さっき汽車に乗る少し前に見たんだよ。黒髪の男の子と…それから紅い動物を」

 汽車が出発してしばらくして。
 コンパートメントの外でそんな声が聞こえてきた。
 は気にしていないようだったけれど(聞こえてないのかもしれないが)俺には少し気になった。
 どうせホグワーツに行けばばれてしまうのだが、汽車の中で生徒を混乱させるのはどうかと思う。
 今は誰かに姿を見せたくないんだ。

 けれど、そんな俺の思いは無視され、コンパートメントの扉が勢いよく開いた。
 は驚いて本を閉じ、顔を上げた。
 入ってきた二人を見て、俺たちは驚いた。

 おんなじ顔が二つ。

 それからはくすくすと笑い出した。

 「あの、何か用ですか?」

 双子。赤毛の双子。
 コンパートメントに入ってきたのは赤毛の双子だった。
 双子は俺の姿にびっくりしたのか、はたまた、こんな端のコンパートメントに人がいるのに驚いたのか、しばらく何も言わなかった。
 は笑顔で二人を観察していた。

 「「すげ〜〜!!」」

 赤毛の双子の第一声がこれだった。
 二人同時に、同じ声で。音量も同じくらいで。
 さすが双子。と、言いたくなるどに息がぴったりと合っていた。

 「?」

 二人の大きな声に驚いて、は眼を白黒させていたけれど、二人はのことを無視して俺に向かってきた。

 「本物だ。生きてるぜ、これ。獅子みたいだなぁ…紅い獅子なんて珍しいや。これ、リー・ジョーダンのタランチュラよりもすごいぜ」
 「ほんとだ。生きてるよ。手触りも猫みたいだ。連れて行ってリー・ジョーダンに見せようか?」

 …俺たちを無視して会話を進めるな…って心境だった。
 なんていうか、急に入ってきた双子は勝手に話を進めていた。
 を無視して。
 が何も言わないから、俺はこいつらに噛み付くこともできないでいる。ストレスがたまるばかりだ。

 しばらく俺を触っていた双子は、そのうちすっと立ち上がると、のほうを向いた。

 「「……なんて可愛らしんだ!!」」
 「…?」
 「お嬢さん、お名前は?こんな端のコンパートメントにいないで、僕たちと一緒に来ないかい?きっと楽しいよ?」
 「この動物、君のペットかい?すごくきれいだね」

 …大抵、に初めて会う人はそういうけれど。少し癪に障るその言葉。

 「…お誘いありがとうございます。でも僕、ここでホグワーツにつくまでゆっくりしていたいんです」

 双子は口をあけたままを見つめていた。
 その顔はすごく間抜けで。動物の俺も笑ってしまったほどだ。

 「…あ、ごめん。男の子だったんだね。ずいぶん可愛いからてっきり女の子かと思った」
 「でも、こんなところじゃ楽しくないよ?一緒においでって」

 笑顔のにそういった双子はの手をとった。
 さ、いこう。なんて言葉をかけて、を無理やりそのコンパートメントから引きずり出す。
 が呆れたような笑みを浮かべて双子を見て、それから俺に合図した。
 仕方がないからの後をのっそりと追う。
 荷物はコンパートメントに置いたまま。
 の体が双子に引きずられている。俺はその後ろをついていく。

 「…あの」
 「「なんだい?」」
 「僕に拒否権というものはないのでしょうか?」

 が笑顔で、でも困った声でそう聞くと、双子は声をそろえてこういった。

 「「ない!!」」

 は呆れてものも言えなくなってしまったらしく、そのままおとなしく双子に引きずられていた。
 抵抗してもの細い体じゃあ双子の力からは抜け出せそうにない。
 無駄な抵抗はしない。確かにいい判断だったかもしれない。






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 は、のこと大好きなんですよ。
 だから、嫉妬したり、双子の無礼な態度に怒ったり。
 でも…とは少し違った考え方をしています。