ヘビ


 「決闘クラブだって」
 「君たちは参加しないのかい?」
 「護身のためにも役に立つかもしれないよね?」
 「行かない?」



 そんな会話がなされたのが、夕食後だった。
 午後八時には大勢の生徒が夕食の後片付けが済んで、すっかり決闘クラブの準備が整った大広間に再び足を運んだ。
 もちろん、も同様だ。
 とはいえ、ニトは俺の背中でゆっくり眠っているし、も本に目が釘付けの状態で、どう考えても、本気で決闘クラブを体験しようと思ってきたのではないことが明白であった。
 辺りを見れば、ドラコは意気揚々としていたし、ハリーたちはなんだか落ち着かない様子でその場にいた。
 生徒は集まっていたが、なかなか教師の姿が見えなかった。
 ……と。
 俺は、一番決闘クラブには不釣合いの教師の声を耳にして、驚いて、のローブのすそを引っ張った。

 は驚いて俺のほうを見た。
 それから、教師の声を耳にして、俺と同じようにあきれたような表情を浮かべた。
 …だってそうだ。
 ダンブルドア校長やその他の教師ならば、いくらか決闘の心得があるのは事実だろう。
 たとえば魔法薬学の教師なんかは、材料を手に入れるのに、森の奥深くに入って自分で探すこともあるだろうし…薬草学にいたっては、得体の知れない草との戦いが待っているかもしれない。
 そうでなくともまともな教師なら知っているであろう、決闘の心得。
 あいつにあるとは思えなかった。

 ロックハートが教官だなんて……

 「みなさん、集まって。さあ、集まって。みなさん、私が良く見えますか?私の声が聞こえますか?結構、結構!」

 俺の頭の上で、のため息が聞こえた。

 「よりによってロックハートだとは思いもしなかったよ」
 「おまけに助手がスネイプ教授?ロックハートが教壇に立つこと自体間違っていると思うよ」
 「…なんだか今日も気疲れが多そうだ」
 「まったくだ」

 そのうち二人の教師が生徒を二人ずつ組にさせた。

 「…あの、……僕と組んでもらえないかな?」

 に話しかけたのは、ではなく、そばかすだらけのハッフルパフの三年生らしき人物だった。
 は返事をするのだろうか…そんな風に思ったけれど、ふいっと顔を背けただけで返事すらしなかった。

 「………でもいいんだけど……」

 明らかにそいつはよりも弱そうだったが、は相手の申し出を断るのもどうかと思ったのだろう。
 笑顔で了承した。
 は横でぶつくさしていたが、スネイプ教授が、

 「…、君は余ってしまったようだから、我輩と戦うかね?」

 といったときに、そりゃもう、やったといわんばかりの裏のある笑みを浮かべて、

 「喜んでお手合わせ願います、スネイプ教授」

 と答えていた。

 「一……二……三……それっ!」

 ロックハートの掛け声にあわせて魔法が飛び交う。
 ハッフルパフの生徒は、まじめに、に向かって呪文をかけたけれど、それはとほぼ同時だった(というより、が相手のタイミングに合わせて呪文を出した)ために、強力なの魔力の前に消滅した。

 「…おや?」

 逆にの呪文は綺麗に相手にかかり、相手は杖を取り落とした。
 外傷は無い。

 「…やっぱり、君ってすごいんだね、
 「まぐれですよ」

 笑顔で微笑む

 興奮している相手を軽くあしらうと、は周りを見回していた。
 俺もと同じように辺りを見回した。
 あたりはものすごい騒ぎになっていた。
 緑がかった煙が、あたり中に霧のようにかかっていて、大広間の後ろのほうはまったく見えなかった。
 は勇敢にスネイプ教授に立ち向かっていて、教授が目を細くして満足げな表情をしているのを俺は見た。
 ……教授、どこまでスリザリンの生徒に甘いんだよ……
 そんな風に思いつつも、の魔法も並外れたものなので、妙に納得してしまった。
 辺りを見回して、決闘の行く末を見ていた俺は、ふと中央を見てみた。
 すると、さっきまですぐ近くで笑い転げていたドラコと、下手なダンスの練習をしていたハリーが舞台上に上がっていて、杖を構え向き合っていた。
 これから何が起こるんだろうと、わくわくしながらそれを見守っていた。

























 最初のロックハートの指示は最低のものだった。
 あたり一面に魔法と魔法の衝突特有の緑色に近い霧が充満していて、息をするのも苦しい状態になっていた。
 もちろん、誰もロックハートの指示に従って、相手の武器を取り上げる呪文だけを唱えるなんてことはしなかった。
 みんな気づいてるんだよね。ロックハートが無能な教師だってこと。

 「…あ、ハリーだ」
 「ドラコも一緒だな」

 さっきまで笑い続けていたドラコと踊り続けていたハリーが、そろって舞台の上に上がって杖を構えていた。
 ドラコはいやな笑みを浮かべてハリーを挑発していたし、ハリーは憎しみのこもった目でドラコを見つめていて、それはそれで笑える光景だった。

 やがて号令がかかると、ドラコがすばやく杖を振り上げて長い黒蛇がにょろにょろと出てきた。
 周りの生徒は悲鳴を上げ、サーッと後ずさりしたものだから、僕たちはその二人の対決を特等席で見ることができた。
 ドラコに感謝、だね。

 「私におまかせあれ!」

 と、胡散臭い笑顔をした教師が杖を振り上げた。
 まぁ、絶対に失敗するだろうとは思っていたけれど、蛇は消え去るどころか、二、三メートル中を飛び、ビシャッと大きな音を立てて僕の前に落ちた。
 痛そうだなぁ…大丈夫かなぁ、この蛇……

 「怒ったぞ……」

 おそらく周りの相手にはシャーという無声音が聞こえたのだろう。
 僕には、蛇の言葉が聞こえた。
 そりゃ、あれだけいたい思いをさせられたら怒るよな。
 妙に納得した。
 ドラコが呼び出した時点で、自分のいた場所から、勝手に呼び出された怒りがあるだろうから、怒っていたんだろうけれども……
 ふっ飛ばされちゃかなわないよな……
 そんな風に考えていたら、蛇は僕の腕に巻きついて、僕の腕をその毒牙で噛み付こうとしている。
 周りがシーンと水を打ったように静かになった。

 「やめろ」

 おそらく僕の口から出てきたのも無声音だったろうと思われる。
 その横から、ハリーの声も聞こえた。
 もちろん、周りには何を言っているか分からない、その声。

 「手を出すな、去れ!」

 ハリーもパーセルマウスなのかぁ……なんだか仲間がいるみたいで嬉しいな。
 そう思いながら、また蛇に話しかける。
 言葉が話せるからといって、僕のことを信用してくれるか、といったら必ずしもそうとは限らない。
 蛇の目はらんらんと光って、すきあらば僕に毒牙を向けようとしていた。

 「…君が怒るのは良く分かるよ。あんな理不尽に呼び起こされ、そして傷つけられたんだ。怒って当然」
 「……お前は……?」
 「でも、だからといって、関係の無い人を襲うことは無いんじゃないかな?僕の希望としては、僕の腕を噛む前にあの、胡散臭くて最低で無能な教師に噛み付いてほしいんだけれども」
 「…それもそうだな」

 蛇の目から怒りの色が消えた。
 僕のことを信用してくれたのか、僕の話を理解したのか、そのどちらにせよ、既に僕に攻撃をする気はなくなったらしい。

 「お前は物分りのいいやつだ」

 そう話した後、蛇は僕の体をするすると這って、それから驚くべきスピードでロックハートのほうへと向かっていった。

 「ひぃぃぃ……」

 そのときのロックハートの顔といったら……恐怖におびえて、腰が抜けてさ。
 なかなか面白い光景だった。

 「…ロックハート先生、その蛇、先生がしたことによってものすごくお怒りのご様子。潔く謝るのが身のためではないかと思われます。まぁ、ご自身の命が大事でないのなら、謝る必要もございませんが。僕は一切責任を取りませんから」

 にっこり笑顔を向けると、彼の顔が真っ青になって、鎌首をもたげて、今にも飛び掛りそうな蛇に向かって土下座していて笑えた。

 「謝ってるみたいだね」
 「噛まないと気が収まらない」
 「でも噛んだら、君はすぐに殺されてしまう…」
 「……」
 「許してあげようよ。そうすれば君の好きなようにさせてあげるから」
 「……ならば、おぬしのもとに住まわせろ」
 「かまわないよ」

 蛇はすっと、ロックハートに背を向けて僕のほうへと戻ってきた。
 僕の腕に絡み付いて、今度は噛み付くわけでもなんでもなく、ただチロチロと紅い舌で僕の手をなめていた。
 それは妙にくすぐったかった。
 その場の雰囲気は良く分かっていたから、僕はに連れられるまま、大広間を後にして部屋に戻った。


 決闘クラブ。
 教師約一名は最低だったけれども、それなりに楽しめたからよしとしよう。

























 そのときがした行動は、俺からしてみればごく当然のことだった。
 がしゃべった言葉はまったく分からなかったけれど、が蛇と会話するのは日ごろ知っていることだったのでさして気にはならなかった。
 けれど、俺は気にならなかったが、やほかの生徒たちは驚きと恐怖の入り混じった目でを見ていた。

 「…あれじゃ、君がロックハートに蛇をけしかけたように見えるじゃないか」
 「僕がけしかけたんだよ」
 「そうなのか……って、納得している場合じゃないんだ。君が彼の息子であることは知った。そしてサラザールの子孫であることも分かった。だから君がパーセルマウスだって知ったって別に驚きもせず、むしろそれは当然のことのように思うよ」
 「まぁ、そうだねぇ……」
 「…だからって、蛇を連れて帰ってくる必要がどこにある?」
 「なついちゃったみたいだから」
 「……………」

 はいつもの笑顔で、紅茶をすすりながらに言った。
 はあきれた表情でため息をつき、そしてには参ったよ、というように笑った。

 「それにね、僕、にはいってないけど、蛇飼ってるんだよ?」
 「…自宅に…か?」
 「いや、ここに」

 がそういった瞬間、大ニシキヘビがの隣に現れた。
 は驚いて、天井に頭がぶつかる寸前のところまで飛び上がった。

 「普段は姿を消しているから、分からないんだけれども、僕についてきてるんだよ」
 「…じゃあ、時折聞こえるずるずるっていう音は……」
 「ああ、この子が体を引きずってる音」
 「………」

 そうなんだよなぁ……俺もさして意識はしないんだけれども、普段の隣にいるのは俺だけじゃないんだ。
 姿を消せる大ニシキヘビ。こいつがの隣にいてを守ってる。
 が呼べばいつでも姿を現して、の命令どおりに動く。
 パーセルタングで話さなくても、普段の言葉も理解しているらしい。
 あんまりおしゃべりをするほうじゃないから、よく分からないっても言ってたけど。

 「……、君には本当に驚かされてばかりだ」
 「…たのしいでしょ?」
 「……ああ」

 大ニシキヘビは、が新しく連れてきた黒蛇と意気投合したようで、部屋の中でなにやら頭を持ち上げて話をしていた。






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 蛇使い(爆)
 大ニシキヘビは、話の後半で役に立つので、ここで登場させました。
 今回長い……