トム・リドル
ゆっくり、ゆっくり。
一呼吸ずつそろそろと部屋の中に足を運ぶ。
杖を取り出して…わずかな動きでもあれば、すぐに目を閉じられるように細めた目で、部屋の中を隙なく見渡しながら、僕は秘密の部屋の中に一歩一歩確実に入っていった。
対になっている柱の間を通り抜けると、年老いたサルのような顔に、細長い顎鬚がその魔法使いの流れるような石のローブの裾辺りまでのび、その下に灰色の巨大な足が二本滑らかな床を踏みしめている巨大な石像の頭を、僕は見た。
頭から足の先へと視線を移していく……あっ!
足の間に、燃えるような赤毛の…黒いローブの小さな姿がうつぶせに横たわっていた。
「ジニー!」
ジニーの姿を見つけて緊張がほぐれたのか、ジニーが動いていないことが心配だったのか……
何しろ、ホグワーツの壁に書かれた書置きのように既にジニーは……とか、いろいろ考えている間に、僕の体はジニーに駆け寄っていた。
「ジニー、お願いだ。目を覚まして」
ジニーを揺さぶり、必死でつぶやいた。
でも、ジニーは動かなかった。
目は堅く閉じられたままで、僕の声にも気がついていないみたいだった。
「その子は目を覚ましはしない」
物静かな声がして、僕は振り返った。
「…………?」
…にしては背が高い。
でも、黒髪に紅い瞳。肌が白くて、すらっとした体つき。
にそっくりの相手は、すぐ側の柱にもたれてこっちを見ていた。
奇妙だったのは、まるで曇りガラスの向こうにいるかのように、相手の輪郭が奇妙にぼやけていた…
それだけだった。
はっと僕は気がついた。
じゃ、ない。
「…トム……トム・リドル?」
相手は僕から目を逸らさずに静かに頷いた。僕も、相手から目を逸らすことができなかった。
見れば見るほどにそっくりで、僕は困惑していた。
「目を覚まさないってどういうこと?もしかしてジニーはもう……」
「まだ、生きているよ」
リドルの声はとても冷たく響いた。
なんかもう…訳が分からないよ。
リドルは五十年前十六歳でホグワーツにいたはずなんだ。
何で今秘密の部屋にあの時と同じ姿のままで存在しているの?
どうしてだかわかんないよ。
「君はゴーストなの?」
「記憶だよ」
リドルの声は静かだった。
「僕は日記の中に、五十年間残されていた記憶だ」
リドルが指差したほうを見ると小さな黒い日記が…
僕が、嘆きのマートルのトイレで見つけた日記が、開かれたまま置いてあった。
一体どうしてあの日記がここにあるんだろう……
でも、今はそんなことを考えている場合じゃない。
ジニーを助けなくちゃ。
「トム、助けてくれないか」
ジニーの頭をもう一度持ち上げながら僕はそういった。
ここからジニーを運び出さなくちゃならない。
「ここからジニーを運び出さなくちゃ。ここにはバジリスクがいるんだから。どこにいるかは分からないけど、今にも出てくるかもしれない。お願い、手伝って……僕一人じゃ無理みたいだ」
でも、リドルは柱の場所から動かない。
額から汗が流れ出てきた。
やっとジニーの体を半分床から持ち上げた。
そういえば、さっき、ジニーに駆け寄って僕は杖を投げ出しちゃったじゃないか。
杖は大切なものだから拾わなくちゃ……
杖を拾おうともう一度体をかがめる。
あれ…?
杖が、ない。
「君、知らないかな、僕の……」
杖を…といいかけて、リドルを見たら、すらりとした指で僕の杖をくるくると弄んでいた。
拾ってくれたんだ。
「ありがとう」
手を差し出したけど、リドルは笑って杖を弄んでいるだけだった。
僕に返してくれない。
「聞いてるのか」
少しいらだった。
ここを出なくちゃいけないんだ。
バジリスクがいつ僕らを襲いに来るか分からないんだから。
こんな危険な場所にジニーを置いておくわけには行かないんだ。それに、君だって……
「バジリスクが来る前にここを出なきゃいけないんだ。杖、返してよ。必要になるかもしれない」
「…君には必要にはならないよ」
リドルが嫌な笑みを浮かべた。
どういうことだかよくわからなかった。
でも、どうやらリドルは僕に協力する気はないらしい。
「まだ、気がつかないのかい?ハリー・ポッターといえどもそんなに頭がいいわけではないみたいだな」
「ねぇ、どういうこと。分かってるのかい?僕らは今『秘密の部屋』の中にいるんだ。話ならあとでもできる。一刻も早くここから出なくちゃならないんだよ」
いらいらした。
だって、どうしてこんな危険な場所にいるのにリドルは笑っていられるんだい?
どうして……
そんな話をしている間に、リドルは僕の杖をポケットにしまいこんでしまった。
確かに何かおかしなことが起こっている。
「…ねぇ、じゃあ…とを知らないかい。二人ともここにいると思うんだけど」
ちょっと考えてみたら、僕が助けるのはジニーだけじゃないことに気がついた。
それを質問してみる。
もしかしたらリドルは、僕がジニーだけを連れてこの部屋を出るんじゃないかって疑って…
それで、杖を取ったり協力してくれなかったりしたのかもしれない。
「面白い質問だね。彼らならさっきからずっとあそこにいるよ」
リドルが指差したのはこの部屋の角。
そこには、ニコニコと笑顔のが僕を見ていて、は相変わらずむすっとしていた。
のペットのもそこにいて、を守るようにしてその場に座っていた。
なんだ、こんなところにいたのか。
僕が気づかなかっただけじゃないか。
ジニーを静かに寝かせると二人のほうに駆け寄る。
「、久しぶりだね。怪我はない?さ、一緒に帰ろ………っ?!」
手を差し伸べたら、大きな壁にぶつかったみたいに僕ははじき返されてしまった。
これ以上たちに近づくことが出来ないよ。
「…ねぇ、たちに近づけないよ。どうなってるの?」
くつくつと、リドルが声を上げて笑った。
見えない壁の向こうから、が困ったような表情で笑んでいるのが見えた。
「君が彼らに接触することは出来ないよ。彼らが君に接触することもない」
「冗談もいい加減にしてっ!」
僕は叫んでしまった。
が驚いて僕を見つめているのも、リドルの笑みももうどうでも良くなった。
「おやおや…はもうずっと前からすべてを知ってたのに…ね。まだ気づかないのかい?」
舐めるような視線で僕を見て、リドルはそういって笑った。
「この部屋の場所も、僕が何者なのかも、ホグワーツを陥れていた怪物の正体も……何もかも知ってたのにね」
ぞくっと悪寒がした。
まさか、まさか……
「スリザリンの継承者は……なの?」
「…ああ。でも、この部屋を開けたのは、彼じゃない」
リドルはまた笑ってそういった。
「はすべてを知っていた。おそらく、その気になればだってこの場所でバジリスクを操ることも出来ただろう。でも、聡明な彼はそんなことはしなかった。すべてを知っていて…そして、彼は傍観者になった」
「傍観者……?」
「…僕がやりたいことも君たちがこれからすることも…は全部知っていたんだよ。でも、僕の邪魔をすることもなく、君たちに協力することもなくずっとホグワーツの行方を見てきた。文字通り傍観者だ」
くつくつ笑うリドルの笑い方が嫌いだ。
が傍観者ってどういうこと?
わけがわかんない。
「おばかでまぬけなジニー・ウィーズリーは僕の日記に自分の悩みを打ち明けた」
いきなりリドルが語りだした。
「返事を書いてやると、僕に夢中になった」
笑いがこみ上げて仕方ないみたいだった。
何がそんなにおかしいのか僕には分からなかった。
「僕は、彼女の深層に眠っている闇を糧に彼女の魔力を吸い取って強力になった。それから……彼女を操った」
「…………どういうこと?」
「まだ気づかないのかい?はすぐに気がついたって言うのに。それに、勇敢にも君の前にこの場所を見つけて忍び込んできた……そう、の友達のとかいう子だって、このことにはすぐに気がついたのに。君はどこまで間抜けなんだい?」
を見た。
困ったような笑みを浮かべたままそこに座っている。
僕が、入れない場所。
「、。何か言ってよ。本当なの?知ってたの?ねぇ……」
の口が何か言いたげに動いた。
けれど、何も聞こえなかったし、も途中でしゃべるのをやめてしまった。
「…どういう、ことなの……?」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
この辺でいったん切る。
ハリー視点だと面白くない……(汗)