継承者


 ハリーとリドルの会話が伝わってくる。
 は時々困ったような笑みを浮かべながら二人をじっと見つめている。
 はハリーに関わる気はさらさら無いようで、に会えただけで良しとしたらしい。
 見えない結界によってハリーが俺たちに近づけないことも、自分の声が出ないこともどうでもいいらしかった。
 ゆったりとその場に座り、リドルの態度をじっと見続けている。

 「僕の言うことを信じるか、ハグリッドの言うことを信じるか、二つに一つだったんだよ」

 リドルは屈託なく笑いながらそういった。

 「…たった一人、変身術のダンブルドア先生だけが、ハグリッドは無実だと考えたらしい。ハグリッドを学校におき、家畜番、森番として訓練するようにディペットを説得した。そう、たぶんダンブルドアには察しがついていたんだ。ほかの先生方はみな僕がお気に入りだったが、ダンブルドアだけは違っていたようだ」

 ハリーが、ぎゅっと歯を食いしばっていた。
 ハリーの目は怒りに燃えているように見えた。

 「…そうだな。ハグリッドが退学になってから、ダンブルドアは、確かに僕をしつこく監視するようになった」

 リドルはこともなげに言った。
 そんなことは別に大きな問題でもなんでもないかのように、そういったんだ。
 がくすくす笑って俺に抱きついた。
 も声が出ないから、が何を考えているのか俺にはよくわからなかった。

 「…僕はね、在学中にもう一度秘密の部屋を空けるのは危険だって分かっていたよ。だけど、探索に費やした長い年月を無駄にするつもりなんてなかった。日記に残して、16歳の自分をその中に保存しようと決心したんだ。いつか、時がめぐってくれば…誰かに僕の足跡を追わせて、サラザール・スリザリンの崇高な仕事を成し遂げることが出来るだろうと…ね」

 それから一度息をついて、リドルは言い直した。

 「…いや、誰か…じゃないな。この日記は、のために残したんだよ」

 リドルがをチラッと見る。
 は困惑した表情でリドルを見つめ返す。

 のために残した?
 この日記を?
 つまり、16歳のリドルにいつの日かが会うってことは運命だったって事か?
 でも、だったらなんでその日記をジニーが持っていたんだ?
 のために残したんだったら、が持っているほうが普通じゃないのか?

 「なんで?がそんなことをすると思うの?はそんな人じゃない。今回、君はそれを成し遂げていないじゃないか」

 ハリーが勝ち誇ったように言った。
 リドルがまた、くつくつと嫌な笑い声を出した。

 「…は全部知ってたよ。僕の目的はもう…穢れた血の一掃じゃないんだ。だよ、ハリー・ポッター」
 「僕……?」
 「そう、君だ。君のことはジニーから聞かされて知っていた。君の輝かしい経歴をね。だから僕は君に興味を持った。君の事を知りたいと思ったんだ」

 僕は君に聞きたいことがたくさんある…と、リドルは言った。
 その間は黙って(しゃべれないからなんだろうけど)じっとリドルを見つめていた。
 俺は、のひざの上に乗っての頬を舐めた。
 はくすぐったそうにして、俺を抱きしめたけど、やっぱりリドルの言葉が気になるみたいだった。

 「…何を?」
 「そうだな…これといって特別な魔力も持たない赤ん坊が、不世出の偉大な魔法使いをどうやって破った?ヴォルデモート卿の力が打ち砕かれたのに、君のほうは、たった一つの傷跡だけで逃れたのはなぜか?」

 むさぼるようにハリーを見つめていた目に、奇妙な赤い光がちらちらと漂っているみたいだった。
 その瞳は、が闇の魔術に関してリドルに質問しているときの瞳と一緒だった。

 「どうして君が気にするんだ?ヴォルデモート卿は、君より後に出てきた人だろう」

 ハリーの声がいつになく慎重になった。
 はため息をついて、ばかばかしい質問をしたもんだ、という目でハリーを見つめていたし、は苦笑しながらリドルを見つめていた。

 「ヴォルデモートは……」

 リドルの声は静かだった。

 「僕の過去であり、現在であり、未来なのだ……ハリー・ポッターよ」

 リドルはポケットからハリーの杖を取り出した。
 そして、空中に文字を書いた。
 その文字は淡く光っている。

 ( TOM MARVOLO RIDDLE )

 リドルがもう一度杖を振ると、その文字は形を変えた。

 ( I AM LORD VOLDEMORT 

 ハリーが息を呑んだ。

 「…この名前は在学中に既に使っていた。もちろん親しい友人にしか明かしていないが。汚らわしいマグルの父親の姓を、僕がいつまでも使うと思うかい?母方の血筋にサラザール・スリザリンその人の血が流れているこの僕が?汚らしい、俗なマグルの名前を、僕が生まれる前に、母が魔女だという理由で捨てたやつの名前を、僕がそのまま使うと思うかい?」

 答えはノーだ…と、リドルは言った。

 「この名前はね、とある人がつけてくれた。その人はいち早く僕が自分の名前が嫌いだということに気がついていた。僕に、サラザール・スリザリンの血が流れているのも既にお見通しだった」

 夢見心地のような口調でリドルは言った。
 誰のことだか察しがついていたようで、は苦笑していた。

 「ある日必ずや、魔法界のすべてが口にすることを恐れる名前をその人は僕に与えてくれ、その日が来ることを知っていた。僕が世界一有名になるその日が…ね」
 「…ちがう。世界一偉大な魔法使いは……ダンブルドアだ」

 は同時に噴出した。
 俺たちの知っているダンブルドアといえば、みょうちくりんな服を着て、派手に着飾って、おまけに髭をくるくるにカールさせて遊んでいる、そんなやつだからだ。







 ハリーがダンブルドアの名を言うたびに、リドルは顔をゆがめた。
 そして、何か言おうと思ったときに、歌が聞こえてきた。
 不死鳥が飛んできたんだ。
 不死鳥は、ハリーの前にとまらず、俺たちのところにやってきた。
 それも、恐るべきスピードで。
 結界に阻まれるんじゃないだろうかって思ったけれど、不死鳥が結界の中に入ると、目に見えない壁が消えたように思えた。
 の腕に不死鳥が止まると、はその体を優しくなで、ハリーの元へと飛ばした。
 なんだか、が幻想的だった。

 俺は、立ち上がって一歩外に出てみる。
 やっぱり、結界は解かれている。

 「おや?」

 と、の声がする。
 どうやら、声を失うはずの魔法まで解けてしまったようだ。
 かといって、はその場を動こうとはしなかった。
 苦虫を噛み潰したような顔になったリドルに、ニコニコと手を振るとその場にとどまる。

 「…助けないのか?」
 「これは、ハリーの戦いでしょ?僕らはただの傍観者」

 ニコニコ笑いながらはそういった。
 も、そうか、と頷いただけでその場を動こうとはしなかった。




 古ぼけた帽子。
 不死鳥。




 ハリーが自分の過去を語った。
 リドルは笑って、シューシューといった音を漏らした。

 『スリザリンよ。ホグワーツ四強の中で最強のものよ。我に話したまえ』

 「パーセルタングだ……バジリスクが来る」

 の呟きを聞いた。


 『あいつを殺せ』

 バジリスクがやってきた。
 その不思議な目を、不死鳥がバジリスクの目をつぶした。
 バジリスクが現れたとき、俺達の近くにリドルが来ていたものだから、俺たちが被害を受けることはないだろうと思っていた。
 目をつぶされたらもう、一瞬で殺されることはなくなる。
 ほんの少し胸をなでおろした瞬間だった。

 ハリーが帽子の中から剣を取り出した。
 でも結局、ハリーは、バジリスクに噛まれた。
 毒が、体中を駆け巡っているのであろう。
 ハリーはその場に倒れた。

 「死ぬね」

 の声が嫌に静かに響いた。

 「そうだね」

 も静かに答えた。

 リドルの高らかな笑い声と、不死鳥が涙を流すところを俺は見た。
 あまりに二人は静かにハリーを見つめていた。

 友が危険に晒されているというのに、傍観者として冷静であった。
 ……それは、何を意味しているんだろう。
 俺は目を瞑った。



























 「おや、治ったみたいだね」


 の呟きを聞いて、俺が目を開けるとそこには、不死鳥の涙で全快したハリーがいた。
 そして、側に落ちていたバジリスクの牙を…リドルの日記に突き刺した。
 耳を劈くような悲鳴が長々と響いた。

 が俺に抱きついて顔をうずめた。
 見たくなかったのかもしれない。
 が涙を流していた。






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 中途半端(苦笑)
 そろそろ秘密の部屋も終わるなぁ。
 前半が重要…なのか?
 後半は、ひたすら飛ばしてしまいました(汗)