見破られた嘘


 ゴドリックもヘルガもロウェナも……いきなりやってきたあの少年たちの嘘を信じ込んでいる。
 確かに見事なまでの巧妙な嘘をつき、彼らはこの場にとどまった。
 ホグワーツの中を散策するわけでもなく、確かに行き場に困っているようだから、彼らがこの場にとどまってもいい。
 ただ、うまく嘘をついたものだと感心する。
 アデル…と名乗ったか。
 背の高いほうは、おそらく……意識を持った記憶であることに違いないだろう。
 それすら、巧みに隠しているからほかのやつらは気づかない。

 記憶を具現化するためにはそれ相応の魔力が必要だ。
 あの少年は、記憶を普通の人間のように動かすほど魔力を注ぎ込んでいるのに、疲れた風も見せず、まだまだ魔力があふれそうになるくらいあるではないか。
 私が子どもの頃でさえ、あそこまで強い魔力は持っていなかった。
 あの少年には少し興味を持った。

 図書室に入ったところを目撃したから、何をしようとしているのかと観察していたら、本を取り出そうとして本棚ごと倒れた。
 助けてやると笑顔でお礼を言った。
 そのとき私は少年を試した。
 おそらくその少年が知らないであろう魔法をその場で見せ、そしてやってみるように言ったのである。
 まだ見習いの小さな魔法使いが、見ただけで魔法を使いこなせるはずがない。
 だがあの少年は、見事にその魔法をやってのけた。

 ますます私はあの少年に興味を持った。





 トントン…と、扉をノックする音が部屋に響いた。
 入れ、と短く言うと、すこし間をおいたあと少年が扉を開けて入ってきた。
 私の部屋のものによほど興味をひかれたのだろう。
 一番奥の私の場所に来るまでにずいぶんと時間がかかった。
 部屋においてある数々の魔法の道具を、少年は注意深く観察していた。

 やっと、私の姿を見つけた少年は、にっこりと微笑みながらやってきた。
 その顔はやはり幼い。

 「座れ」

 ソファーを指差すと、少年はそこに座り、後ろからついてきた紅い獅子は少年の足元に寝そべった。
 その紅獅子は、注意深く私を観察している。
 おそらく私が少年に何かしたらすぐに襲いかかれる体制になっているのであろう。
 熱い珈琲を手渡す。

 「……といったか」
 「ええ」

 にっこり微笑んだ少年は、渡された珈琲を冷ます動作をしながら返事をした。
 ゆったりと、隙だらけのように椅子に腰掛けているが、その身に隙はない。
 こちらが何かしようものならば、すぐにでも反撃が出来るようになっているようだ。
 なかなかのものだ。

 「…一つ聞こう。何故、記憶にしか過ぎない少年を兄と偽るのか

 ぎくっと、一瞬顔をこわばらせた。
 そうだろう。
 誰にも気づかれていないと思っていたんだろうから。
 あいにくだが、それくらいの魔法なら私の前には及ばない。

 「………気づいていたんですか?」
 「最初に会ったときから既に」

 くすくすと声を出しながら苦笑した少年は、飲みやすくなった珈琲に口をつけた。

 「なんだ。気づかれてたんだ……」
 「何故ホグワーツに来た?」
 「……帰る場所がないから、かな」
 「…………」
 「帰る場所が、ないんだ。どうやってここに来たのかさえ定かじゃない」

 すこし寂しそうに少年が言った。

 そういえば…と、思う。
 先ほど図書室で少年が手にしていた本は……『時空の隔たりを超える禁断の魔術』だったはず。
 魔法界でも、時を越えるのは禁忌。
 絶大な力と引き換えに、自分が消滅するかもしれないという大きなリスクも背負う。
 何ゆえこの少年がその禁断の魔術に手を出すのか、私には分からなかった。
 しかし……

 もしか、この少年が時を越えてやってきたとしたら……?

 それは、ありえるかもしれない。
 何らかの力の作用で、時を越えて我々の元にやってきたとしたならば…
 もといた時間軸に戻りたいと願うのは至極当然のことだ。

 そうか。
 そうだったのか。

 私の中で疑問が一つ解けた。
 思わず笑みがこぼれる。

 「なるほどな」

 いきなり笑んだ私に、少年は怪訝な顔をする。

 「…これはあくまで私の推測だが……君は、どこか我々とは別の時間軸からやってきた……それは、君の意に反するもので、どのようにしてこちらにやってきたのか定かでない。だから、帰る場所が、ない。そして、それを知られても困るということで、巧妙に嘘をつき、時間を越える魔法を習得するまでこの場所にとどまろうと決心した……」

 少年の顔から笑みが消えた。
 おそらく私の予想が当たったのであろうと、勝手に解釈した。

 ぼわん……

 そのときだったか。
 そんな音がして、少年の首からぶら下げていた小さな日記帳からふわふわとした少年が出てきた。
 すぐに具現化して、血に足をつけ歩き回れるようになる。
 それほどの魔力を吸い出されても、少年はまったく動じていなかった。
 それどころか、おそらく…この少年は、こうやって魔力を吸い取ってもらっていないといつ力が爆発してしまうか分からないくらいに自分の体に魔力が収まらないんではないだろうか…と、思えて仕方ない。

 「…本、読み終わったんだ……って……僕が出てきちゃまずかったかな……」

 にそっくりの少年はそういったが、は大丈夫だよって微笑んだ。
 そして、自分の横にその少年を座らせた。

 「なんかね、気づかれていたみたいだよ」

 苦笑したは隣に座った少年にそういった。

 「…え……」

 一瞬曇った顔をした記憶だったが、私の顔を見るとなぜか納得したように頷いた。
 そういえばこの少年は、初めて会ったとき私の名を聞いたと同時に鼻血をふいて倒れたような……

 「……で、僕たちの正体が分かったから、追い出す?」

 が心配そうにたずねた。
 私は首を横に振った。

 「追い出しはしない。ただ、私の手伝いをしてもらいたい」
 「そりゃもうよろこんで。サラザール・スリザリンの手伝いが出来るなんてなんと言うかんげ……ふごっ
 「リドルはちょっと黙ってて

 にっこり微笑んだは、記憶の頭をそれこそ砕けるんじゃないかと思うくらい強く叩いた。

 「…………」

 なかなかのものである。

 「手伝いの内容によってはお断りします」

 はそういって紅い瞳で真剣に私を見つめた。

 「何も危ない仕事ではない。森での薬草の採取や情報集めを手伝ってもらいたい、それだけだ」
 「なんだ、そんなことか」

 にっこりとは笑って、了承した。
 契約成立だな。
 私は心の中で微笑んだ。
 この少年には大いに興味がある。
 おそらく、この底知れぬ魔力を操る術を身につければ、今以上にしっかりとした魔法使いに育つ。
 ホグワーツが出来る前に、ちゃんとした助手を作るのも悪くない。






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 サラザールは気がついています。
 サラザールが関わってくると、リドルは性格が変わります(苦笑)