抑制装置


 カタン……

 不死鳥の尾羽で作られている形の良い羽ペンが床に転がった。
 俺が口でくわえて取ろうとしたら、その前に綺麗な指がそれを拾った。

 「…、どうしたんだい?」

 そのペンをくるくると弄びながらリドルが言った。
 は、机の上にある羊皮紙に、なにやら難しい数式をたくさん書いては、うーんだのあーだのとうめき声を上げていた。
 羊皮紙の隣には、山積みにされた本。

 「水晶玉を覗いても、一日寝て夢を見てみても、お告げは黒曜石しか映さない。黒曜石が何かのキーワードになっていることは分かるけど、どうやったら僕たちが元の時間軸に戻れるのかわかんないんだ……」

 あーあ、と、すべてを投げ出したようになって、は机の上に上半身を預ける。
 らしくない、と思いつつも、過去の世界で生活するのは難しいってことを俺だって理解してるから、そっとの足元に座って、体を摺り寄せる。
 不安なのはだけじゃないんだって……

 「黒曜石……」
 「時を越える魔法は禁忌なんだ。そんなにすぐ資料が見つかるわけないし、すぐに編み出せるものじゃない。少し休憩したらどうだい?」
 「………だって、帰りたいんだ」
 「………………」

 が俺をぎゅっと抱き寄せる。
 俺は、の頬を舐めてやる。

 「ゴドリックも、サラザールも……ロウェナもヘルガも……みんな優しいよ。でも……ここは僕がいるべきところじゃない」
 「…確かにね」
 「見たくないんだ。サラザールとゴドリックの関係が崩壊してしまうところを」
 「………」

 最近、サラザールとゴドリックの喧嘩が目立ってきていることに、俺達はうすうす感ずいていた。
 それは、何もをめぐっての争いだけじゃなく、ホグワーツについての争いだ。

 「が昔言ってた。未来を変えることは容易いけれど、過去を変えることだけはしてはいけないってね」

 リドルは恐ろしく静かにそうつぶやいた。
 それはたぶん……の心には冷たく響いたんだろう。
 の目に、すごくきらきら光るものが浮かぶ。
 綺麗だけど、が悲しんでいるのがよくわかる。

 「わかってる……分かってるよ、そんなこと」

 声が上ずってる。
 俺に顔をうずめて、必死に涙をこらえてるみたいだったけど、とめどなくあふれてるみたいだ。
 こういうとき、俺はただ側にいることしか出来なくてもどかしいんだ。
 でも、人の姿になったところで、俺にはどうすることも出来ない。
 結局俺は、こうやっての側にいることしか出来ないんだ。

 「何も泣かなくても……」

 リドルの声があわてていた。
 たぶんリドルもを泣かそうとは思ってなかったんだろうな。
 をなだめようとするけど、それは全然効かないみたいだった。

 「帰りたいよ……」

 ひっくひっくと言葉にならない言葉がの唇から漏れる。

 「も………やだ……なんで、僕、ここにいるのさ……」

 最後のほうは聞き取れなかった。
 が俺を強く抱きしめる。
 ふと、の手を見ると、魔力がもれているようで体全体が淡く光っているようだ。
 それを見て、リドルが余計にあわてた。
 リドルの体は、さっき以上にはっきり見えていることからすると、既に大量の魔力をから吸い取っていることになる。
 それでもなおの体から魔力があふれているってのはどういうことだ?

 「ちょっ…。落ち着いて。落ち着いてよ。深呼吸して。自分を抑えないと…………」








 部屋中がとどろくような音が最後に聞こえた気がする。
 なんだか訳が分からないまま、俺は吹っ飛ばされた。
 おそらくリドルも吹っ飛ばされた。




















 気がついたら、俺の上には瓦礫がいっぱい乗っていた。
 のそのそと瓦礫の山から這い出し、体についた粉をふるふると払い落とす。
 どこも痛いところはないし、怪我もしていないようだ。

 ……はどこだ?

 何が起きたのか分からなかったけど、ばたばたと駆けてくる音は耳にした。
 誰がこっちに向かって走ってきてるんだろう。
 ばらばらになった部屋の中で俺はの匂いを探しながらそう思った。

 「うっわぁ……派手にやってくれたねぇ」

 一番最初に聞こえたのはヘルガの声だった。
 次に聞こえたのは、ゴドリックがの名前を叫びながら魔法で瓦礫をどかす音で、それを全員が手伝ってるみたいだった。
 一体何が起きたんだ?

 「あ、いたいた」

 その声を聞いて駆けつける。
 見た目上、はどこも怪我をしていないように見えたんだけど……
 頬を舐めても、手を甘噛みしても全然目を覚ましてくれなかった。

 「何か、魔法薬を作る実験でもしてた?」

 ゴドリックがを抱きかかえながら、爆発直前に日記の中に逃げ込んだらしく無傷でふいっと現れたリドルに質問する。

 「いや、そうじゃなくて……」

 言っていいのか迷うリドル。
 ふと、ゴドリックが抱えたを見たら、いつもつけているはずの腕輪がなくなっていた。
 が倒れてた場所に、細かい破片が散らばっている。

 「…とりあえず、ここを修復して、の気がつけばわかるだろう?」

 サラザールがそういう。
 そうだな、と全員が頷く。
 とりあえず、医務室となるように作ってある場所にを運び込むことになった。





















 いつかやると思っていたから、それが今日起こったとしても私は動揺しなかった。
 魔力抑制装置などに頼って、自分で自分の魔力をコントロールできていないからこんなことになるのだ。
 の魔力が大きいのは私も承知していたし、既にみんなが承知していることだろう。
 そして、は自分の魔力を、魔力抑制装置によって抑えることによって使用していた。

 それでは、あふれる魔力を抑えるのに限界があるってことに気づかずに。

 自分の体に収まりきらぬ魔力があるのは認めよう。
 しかし、魔力を自分でコントロールするために出来ることはある。
 今まで、抑制装置に頼っていた付けが回ったんだ……

 医務室に運んだが、はしばらく目覚めないだろう。
 ヘルガやゴドリックは心配そうな顔をしていたけれど、外傷も無いから体の傷は大丈夫なはずだ。
 心配なのは、そっちではなく魔力を抑えられないことだ。

 魔力を抑える術を、自分で身につけるならばそれでかまわないが……
 すこし、教えてやる必要があるかも知れぬ。

 おそらく己の感情を抑えきれなくなったんだろう。
 の腕の魔力抑制装置は見当たらない。
 服の袖に小さな破片がついているところを見ると、どうやら砕け散ってしまったようだな。
 これからが、の試練だ。






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 爆発。
 の力を抑えられないのは、結局自身の問題なのかな…