決意


 「わかったっ!!」

 いきなりのの大きな声に、俺は驚いて顔を上げた。
 本を読んでいたりドルも何事かと顔を上げる。

 「帰る方法、見つかったかもしれない」

 ぴくっと俺の耳が反応する。
 リドルも、のその言葉に興味を示し、開いたままの本を閉じての近くに歩み寄る。
 俺は、の脚に擦り寄った。

 「帰る方法、が?」
 「うん」

 の笑みはひどく嬉しそうで…そして、寂しそうだった。

 「媒体は、黒曜石」

 の形のいい唇から言葉が漏れ出す。

 「黒曜石が司るのは、時空。もともと黒曜石にはそういう力が宿ってる」
 「なるほどね」
 「僕の家には黒曜石がある。母上が去年のクリスマスに僕に送ってくださったものだ。そしてサラザールの部屋にも黒曜石がある。これで、同時に別の二つの場所に媒体があることが成立する」
 「…黒曜石を持ってるくらいでいいんだったら、いつでもこっちの世界にこれるじゃないか」
 「いや……」

 ふるふるとは首を横に振った。

 「前にも言ったように、時空間の移動には莫大なエネルギーを使う。黒曜石自体にはそんなエネルギーはない」
 「それじゃあどうしてぼくらはこっちにやってきたんだい?」
 「おそらく……あの日、僕らがこの時代にやってきた夜の天体の動きと、こっちの天体の動きが一致していたんだ。天体すべての一致でなくても、一部が一致していた…とかね。黒曜石自体にはエネルギーはないけれど、時を司る天体のエネルギーを吸収することが出来るから……僕たちの時間と、こっちの時間で、それぞれの黒曜石が同じ力を吸収した」

 カツカツと、が部屋の中を歩き回る音が聞こえる。

 「…これで、媒体とエネルギーの関係が成立する」
 「……何故僕らが飛んできたんだ?」
 「…それは……」
 「僕が考えるとね、。もしも僕の本体……今はアルバニアの森に隠れているといわれているヴォルデモート卿が同じように黒曜石をもっていたらそっちに飛ばされた可能性もあるわけだよね。それを考えると、黒曜石と天体のエネルギーだけじゃぁこの時代に来た理由が明確じゃないよ」
 「それはね…」

 の声が真剣になる。

 「今回の媒体となったのは黒曜石だ。時を司る黒曜石は、同じ時間軸にいるもののところには反応しないはず。天体の動きが一致したこの時代と僕たちの時代、そして、僕の力とサラザールの力。それがすべて黒曜石に注がれた瞬間に、魔力の同調が起きた……」
 「…………」
 「黒曜石が媒体となり、天体の力を吸収した。そして、僕の力とサラザールの力が黒曜石に注がれたとき、僕らは魔力を共有した。だから、魔力の弱い僕のほうがサラザールの魔力に連れられてこの世界にやってきてしまったんだ」
 「で、帰るにはどうすればいいんだい?」

 ええと…と、が一瞬黙る。

 「媒体には黒曜石を使用する」
 「エネルギーと、魔力の同調はどうするんだい?」
 「……エネルギーは、黒曜石と対になっている天体から注ぎ込まれるはずさ。ただ……魔力の同調を起こすのは難しい。こっちとあっちの行動が一緒じゃないといけないんだ。ほぼ同時に黒曜石に僕らの力を注ぎ込まなくちゃならないからね。だから…魔力の同調は使わない。それで、帰る」
 「どうやって?」
 「黒曜石を二つ利用して……一つは僕が身につけておく。星のエネルギーと僕のエネルギーを注ぎ込んだ瞬間に、黒曜石は僕の体を一瞬どこかへ運ぶ。そのとき、同調する相手がいなければ元の場所に戻す。その、一瞬を利用して、身に着けていた黒曜石に力を注ぎ込む。二つの黒曜石が反応する。この時、最初に力を注いだ時よりももっと大きい力を注いでおけば…僕らは時空間に放り出されるだろう?」
 「………」
 「あとは、身につけている黒曜石に注ぐ力を調節してもとの時代まで飛ぶ」

 は難しいことをすらすら言う。
 俺にはよく理解できなかった。

 「…危険だね」

 リドルは乗り気でないようだった。

 「そうだね。でも、時空間にいる間にどれだけの力を黒曜石に注げばいいのかは既に計算済みだ」
 「……?」
 「最初の黒曜石に注いだ力が1とすると、10年の時を越えるのに大体1.1倍の力がかかる。それを踏まえて計算していけば…」

 は羽ペンで羊皮紙に綺麗に数式を書いていった。
 そしてそれをリドルに渡す。

 「…なるほど」
 「ただ…問題があるんだ」

 困ったように口を開いた。

 「…誰かにこっちの世界で協力してもらわないとならない」
 「サラザールでいいじゃないか」
 「うん…でも……」

 一瞬口を閉ざして、それから仕方ないといったようにはもう一度口を開いた。

 「僕の記憶は、彼らの中に残してはおけない。それは、僕がここにいることが過去を変えていることになるから。直接的に大きく変化はさせてない。でも……」
 「…………一つ教えてあげようか」

 リドルが口元を緩めてそういった。
 は頭の上に?をいくつも並べながらリドルを見た。

 「僕は、ホグワーツを卒業したらすぐに世界に出ようって決めていた。ただ…との関係を絶とうとは思っていなかった。僕が見つけた文献に、サラザール・スリザリンのことが書いてあるものがあった」

 くつくつとリドル笑う。

 『私が生涯出会った魔法使いの中で、最後まで手放したくなかったものがいる。
 出会った時は、ほんの12,3歳の少年で、私の元にいたのはほんの少しの短い期間であった。
 だが、私はこの少年ともう二度と会うことがないのを分かっていて、少年を手放したくないと願ったのも事実だった。
 少年は、あまりに魔力が強かった。私がしっかりと育てれば、優秀な魔法使いになったことは間違いないだろう。
 その少年がどこから来たのか、誰だったのか…それは、少年が記すなといったので、ここには記さぬ。
 ホグワーツ創設者のすべてのものが知っていて、私以外のものすべてが忘れている記憶。
 名前だけを記すとしよう。。いつの日か、この書物を見つけるのが、そなたであってほしい』

 「……………………………」
 「僕は、に言った。子どもができたら、と名づけたいと。は快く承知してくれた。それは、もうずっと前から僕らの約束事だったのさ」
 「え、な……ちょっと……」
 「つまりサラザールはのことを記憶していた。今ここでサラザールに助けを求めても過去を変えることにはならない」

 が一瞬困惑した顔をして、それから何事がつぶやいて…そして頷いていた。

 「…わかった。サラザールに説明してくるよ」
 「……ああ」

 ふわっとリドルが日記の中に消える。
 が歩き出す。
 俺があとをつけていく。

 なんだか複雑な心境だった。
 俺達はサラザールの手を借りれば、自分たちの居た時代に帰れるらしい。
 でも、しばらくの間過ごしたこの場所を離れるのは、すこしつらい。
 なんだか、情がうつってしまったみたいだな。



















 「……見つかったのか」
 「ええ。だから、貴方に協力してもらいたい」
 「………………」
 「3日後。黒曜石に注がれる天体の力が一番強くなるその日に……僕は、みんなの僕に関する記憶を全部消して……そして、この場から去る。手伝ってほしいんだ」
 「……」

 帰るな……そう言おうと思ったが、途中でやめた。
 にはの世界がある。
 私が邪魔をしてはいけないはずだ。

 「…もしか、僕のことをみんなが覚えていたら…そのときは、その記憶を抹消してほしい。そして、サラザールも…できれば僕のことを忘れてほしい」

 どうやら、こんなに短い間だったというのに、私はこの少年に情がうつってしまったようだな。
 自分の思いに失笑し、の申し入れを受け入れることにした。

 「……ありがとう。僕が時空間に身を投じる約10分の間、媒体となる黒曜石に、天体の力が絶え間なく注がれるようにしてほしい。少しでも力が途切れてしまうと僕らは時の狭間に閉じ込められてしまうから」

 の申し入れに、ちくりと心が痛んだ。
 それすら笑うことしか出来ぬ。

 ただ、私はこの現実を受け入れることにした。
 私はとは時代の違う人間だと……そう思うことにした。






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 は帰ります。
 みんなのことが好きだからこそ、帰るべきなんだと決断しました。