胸騒ぎ


 3日。
 の様子が変わったことに気がついて既に3日が経ったわ。
 表向きはいつもと変わらない。
 だから、私は何も言うことができないけれど……
 確実にの様子は変わってきている。
 それは、高まった魔力によって、杖を使わなくても魔法が操れるようになったこと…とはまた違う。
 私たちを見て、無邪気に微笑んでいた
 でも最近は、私たちの顔を見ると寂しそうな笑顔を浮かべるようになった。
 まるで……そうね。
 まるで、別れを惜しんでいるかのような悲しい笑みだった。



 「ロウェナ」

 名を呼ばれてはっと顔を上げると、そこにはの笑顔があった。
 やはりどこか寂しげな表情だ。
 いつの間に部屋に入ってきたのだろう。
 考え事にふけって、の気配を感じられなかったなんて……ちょっと気を抜きすぎていたわ。

 「…どうしたの?
 「あ、うん……水晶玉、返そうと思って」

 躊躇いがちにうつむいて、が取り出したのは私の水晶玉。
 棚の奥にしまってあった…ほこりかぶって魔力もほとんど注がれていなかった水晶玉。
 の手の上にある水晶は、輝いていた。
 とても、私のものだとは思えないくらいに、ね。

 「…使わないの?」
 「……たくさん使わせてもらったから。もう、色んなこと分かったから、さ。長く借りててもロウェナに悪いし」

 の、寂しそうな、そしてやんわりとしたその笑みに、私の心は揺れていた。
 なんとも説明の仕様がない胸騒ぎを覚えていたの。

 「…………」

 そっと、水晶ごとの手を握る。

 「あげるわ」
 「え?」
 「その水晶玉。私が持っていたころよりもずっとずっと輝いているじゃない。みたいに大切に使ってくれる人の手に渡ったほうが、水晶玉も喜ぶわ。だから、貴方にあげるわ」

 は驚いて私の顔と自分の手の中にある水晶玉を見ていた。

 「でも……」
 「いいのよ。気にしないで。…………貴方に、もっていてもらいたいの」

 この胸騒ぎの原因は、私にはわからない。
 もしかしたら、私がを気にしすぎているせいかもしれないから。
 だけど…私は形あるものをの手の中に残したかったの。
 なんだか…が遠く離れていってしまうような気がしていたから。

 「……ありがとう、ロウェナ」

 にっこり微笑んだに、私も笑みを返す。

 「紅茶でも飲む?」

 そう聞くと、は首を横に振った。

 「これから、ゴドリックのところに行かないといけないんだ。ありがとう」
 「そう…じゃあ、時間が出来たら是非お茶しにきてね」

 はやっぱり笑顔で頷いて、私の部屋から出て行った。
 なんともいえない喪失感があった。




















 気づいたのは、何も僕だけじゃないと思う。
 おそらく全員がのここ最近の態度に疑問を持ち始めているだろう。

 3日。

 たった3日で、の態度は大きく変わった。
 いつもの笑顔の裏に隠されているのは、寂しげな表情。
 無邪気に笑いながら、なぜかは涙をこらえるような表情を時々するんだ。
 まさかに理由を聞くわけにも行かないし、僕の考えすぎかもしれないとも思うから、何も聞けない。
 表面上は普段と同じ生活を繰り返している。
 ただ……絶対に変わった。
 それは、確信を持っていえる。



 トントントン…と扉をノックする音がする。
 これは僕らが決めた合言葉のようなもの。
 僕が返事をしなくても、キィと扉が音を立てて開いて、静かに中に入ってくる人物が居る。

 「…どうした?」

 ソファーにごろんと寝転がっていた僕は上半身を起こして入ってきた人物と顔を合わせる。
 ニコッと…寂しそうな表情を浮かべたは、僕の隣に腰掛ける。

 「なんとなくね……ゴドリックと一緒にいたいなぁって思った」

 唐突にの口から言葉が流れ出ても、最近は驚くこともなくなった。

 「おかしなやつだなぁ」

 そんな会話をしながら、僕はに温かいココアを勧める。
 はカップを両手で受け取った。

 最初にに会ったとき…なんだか温かいものを感じて、僕はをホグワーツに住まわせることを半ば強引に決めた。
 それが間違いだとは思わない。

 「ねえ、ゴドリック」
 「ん?」
 「ホグワーツは…いつ完成するの?」
 「……まだ、細かいところが全然できてないからね。当分先のことになると思う」
 「…そっか……」

 寂しそうな顔をした

 「大丈夫だって。が大きくなる前には完成するさ」

 ぽふぽふとの頭をなでると、はにっこりと笑った。
 巧みに隠しているけれど、の瞳は悲しそうだ。
 僕にはその理由が分からない。
 だから、なんて言葉をかければが元気になるのか、僕には分からないんだ。

 「ああ、そうだ」

 机の上においてある資料の中から、僕はがさがさと、いつかに渡そうと思っていたものを取り出した。
 それは、僕が愛用している蒼い羽ペンだった。
 が良く、不死鳥の尾羽を使った紅い羽ペンを使っているのを目撃していたから。
 もうずいぶんと昔に、蒼い羽の不死鳥を僕は見つけた。
 それでペンを作ってもらったら、それが丈夫でもうずっとこのペン以外を使ったことがないって言うほど。
 とはいえ、今の僕はあまり紙に何かを書くことなんてほぼないから、最近はそこにおいてあるだけだった。
 いつも何かを紙に書いているのほうが、丈夫なペンを持つにはちょうどいいと思うんだ。

 「……蒼い……」
 「…これね。僕がずいぶん前に見つけた珍しい不死鳥の尾羽で作ってあるんだ。なかなか丈夫だから、にあげるよ」
 「え……だって、ゴドリックが大切に……」
 「がさ。図書室で勉強してるとき、僕の昔を思い出しちゃってさ。それに、のペン、壊れかけてるでしょ?」

 見透かしたように笑うと、は力なく微笑んだ。
 なんだか寂しそうだ。

 ……僕はたぶん、に常に僕のことを思い出してほしかったんだと思う。
 なんだかが離れていく気がしてたから。
 の魔力は強い。
 おそらく、もう少し成長すれば僕らを超える魔法使いになるだろう。
 そうしたとき…おそらくは僕らの元を離れていく。
 今だって、心ここにあらず…だしね。
 だから、どんなに離れてても、と一緒にいるって言う証がほしかった。
 …それが…蒼い羽ペン。

 「ありがとう、ゴドリック。大切に使うよ」

 そういったあと、飲み終わったカップをおいて、は僕の部屋から出て行った。

 なんだか遠くなっていった。
 あたりはもう真っ暗だった。




















 星を見に来た。
 悩み事があったから。

 それは、のこと。

 は最近、悲しげな瞳で私たちを見る。
 の態度が変わって、私たちもギクシャクしてきてる。
 にそのことを聞けるはずもなくて、表面上は気づかないように振舞わなくちゃいけない。
 一体は何を考えているんだろう。

 でもさ。

 そんなこと悩んでても、私が星を見ても何にも言ってくれないんだ。
 には星のささやきが聞こえるんだって。
 私には…聞こえない。
 静かで優しくて……ここに居たら何もかも忘れられるから、私は星を見に来るんだけど……
 こんな気持ちのときは、誰かと一緒にいたい。話をしていたほうがいいのかもしれない。

 「何悩んでるの?」
 「……………」

 振り向いたら、居た。
 いつの間に現れたんだろう。
 ううん、違う。
 私がの気配に気づかなかっただけ。だめだなぁ、私。
 今日は意識が薄すぎるよ。

 「……」
 「寒いから、風邪ひくよ?」

 ニコニコ笑いながら、はそういった。

 「こそ、風邪ひくよ?」

 確かに、夏だけど外は寒い。
 ただ……ちゃんと焚き火をしてるから、周りは温かいんだ。きっと風邪は引かないよ。大丈夫。

 「……はどうして来たの?」
 「星が見たかったから」

 そういって、はいつものように微笑んだ。
 私はそれ以上何も聞かなかった。

 だって、が星を見に来るって事は、が星の声を聞きたいってことでしょ?
 が、星のささやきを聞いているときの姿って、本当に神秘的なんだ。
 私は、のそういう神秘的なところに惹かれているのかも知れない。
 でも…そんな神秘的な人だからこそ……がどこかに行ってしまいそうで怖いのかもしれない。

 「ねえ、。星は……なんて言ってるの?」

 ひざを抱えながらそう聞いてみた。
 の横顔が炎に照らされていたけれど、それはとても綺麗でしょうがなかった。

 「………今夜だよ……」
 「?なにが?」
 「そこまでは言えないけど…星は囁いている。今夜だよ…って。きっと何か大切なことがあるんだろうね」

 軽くかわされたような気がしたけど、何も聞かないことにした。
 は時に不思議なことを言うから。

 「そろそろ……寝ないと……」
 「そうだね……」

 のつぶやきに私は頷いた。
 そろそろ寝ないと、明日の作業に支障をきたす時間かもしれない。
 ただ……となりにいるを見ていたら、なんだかこのまま会えなくなるようなそんな気がして……

 「……………………どこにも行かないよね?」

 言わずにはいられなかった。
 の口から、大丈夫だよってその言葉が聞きたかった。

 「……何でそんなこと聞くの?」

 やんわりとしたの笑みに…なんだか寂しげな表情を見つけた。
 は、大丈夫だよって言わなかった。

 「ううん…なんでもない。おやすみっ!」

 の手をぎゅっと握って、有無を言わせず私が手に持っていたものを渡す。

 そして私は……なんだか寂しくなってその場から離れた。
 走って出て行った。
 ああ……なんだかよくわかんないや。
 が居なくなるわけないのに。
 の居場所は、ここなのに。
 どうして、こんな風に思うんだろう?






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 直感(笑)
 が帰る前に、みんなが感じていることです。
 みんな、が大好き。