時の狭間へ


 午前1時45分。
 俺達は、禁じられた森のすぐ近くに居た。
 眠い目をこすりながら、の合図をじっと待っている。

 …今日が別れの日。

 は自分の力で未来へ帰る道を見つけた。
 俺達は、過去のこの時代にさよならをしなくてはならないとは言った。
 俺にはよくわからなかったが、何でも、これ以上俺たちがこの場所にいると過去を変えてしまう危険があるんだそうだ。
 過去は変えてはならないものらしい。
 だから、過去の世界に影響が少ない今の内に、俺達はこの場を去らなければならないとは言っていた。

 俺は、子ども好きなゴドリックや無邪気なヘルガ、静かで何でも知ってるロウェナや仏頂面をしているけれど根は優しいサラザールたちと離れたくなかった。
 勿論、自分たちの居た時代には戻りたかったし、にも会いたかった。
 夏休みが終わって、またやニトに会うのが楽しみでもあった。
 でも…ここに居た日々も凄く楽しかった。
 だから、ちょっと寂しい。


 「本当に帰るんだな……」
 「うん」

 サラザールの低い声が響く。
 が寂しそうな笑みを浮かべて頷く。
 時間は、刻一刻と迫っていた。

 「餞別にこれをやろう」

 サラザールが、の手のひらに何かを乗せた。
 それは、この夜空の下でも形がはっきりと分かるくらいに綺麗に輝いていた。
 綺麗に輝いた……無数の石たちだった。
 が持っている魔法石って言うのに似ていた。

 「……ありがとう、サラザール」

 はそれを大事にしまいこむと、時間を気にした。
 一度大きく息を吸うと、ゆっくり吐き出す。

 俺たちの足元には黒く光っている黒曜石がおいてある。
 それから、の手にも黒曜石が握られている。

 から聞いた話によれば、この黒曜石に今夜2時きっかりに、星が力を注ぐんだそうだ。
 その力を利用すれば俺達はもと居た時間に帰れるらしい。
 なんだかややこしい話である。

 「…みんなには勿忘草による忘却術をかけたよ。ただね……想いが強すぎると僕のことを思い出してしまうかもしれない。だから、もしもそういうことがあったら、後始末をお願いしていいかな。僕のこと…忘れてほしいんだ」
 「了解した」
 「ありがとう……サラザールも…僕のことは忘れてね」

 サラザールはしばらく黙っていた。
 も黙っていた。

 「…一つだけ聞いてもいいか?」
 「僕に答えられる範囲のことならば」
 「……は、この先起こる運命を知っているのではないか?」

 は、口を開きかけて、途中で閉じた。
 言葉が見つからなかったかもしれない。

 「僕が知っているのはただの言い伝えだ。本当のことは何一つとして知らないんだ」

 ただそういい残した。

 「さあ、もう時間だ」

 そして、周りの雰囲気を変えるようにはっきり明るくそう言った。

 「ありがとう」

 短くそういって、サラザールとしばらく抱擁を交わした。
 それから……

 午前2時。

 大時計の針がぴったりその時間をさしたとたん、足元にあった黒曜石がきらきらと輝きを放ち始めたのだ。
 いくよ……
 たぶん、がつぶやいたんだと思う。
 次の瞬間には、俺たちの体は淡い光に包まれ、俺達はまったく知らない空間に居た。
 そこは真っ暗で、前も後ろも上も下も分からないような場所だった。

 出口がない。

 もう出られないんじゃないか。
 そんな風に考えた。
 そこは、俺たちに恐怖感を与える、そんな場所だった。
 けれど、その空間にいたのはほんの少しの時間だったと思う。
 また俺たちの体が光に包まれて、どこかに運ばれていく感覚があった。
 そして俺は…迫ってきた激しい光に思わず目をつぶった。


























 「…行ってしまったか」

 森の近くで、サラザールが一人空を見上げてつぶやいた。
 ほんの数分前までこの場所に存在していた少年の姿はもはやどこにもない。
 黒曜石の輝きが一瞬増した。
 その瞬間サラザールは、少年が魔法を成功させたことを悟り、口元を緩めて笑ったのだった。

 「これでよかったのだろう」

 誰も居ないその場所でサラザールはつぶやく。
 サラザールの心の中では喪失感と達成感が渦巻いていた。

 これから起こる自分たちの運命を知っていたにもかかわらず、は何も告げずに帰った。
 それは、適切な判断だったろうと思う。
 これから起こることは知らないほうがいい、とサラザールは結論付けた。

 気にならない、といえば嘘になるだろう。
 だが、あの少年が伝えなかったということはそこに意味があるのだと思ったのだ。

 「…久しぶりに出会った骨のある魔法使いだったが……惜しいことをした」

 実際、少年が自分たちの周りで暮らしたのはほんの短い期間だった。
 だが、少年の心の温かさや考え方が少年をホグワーツになじませた。
 いっそのこと、忘却術を自分にもかけて忘れてしまったほうが楽のような気もしていたが、いつの日かもう一度あのような少年に出会いたいものだと…そう思いながら、サラザールは黒曜石を拾い上げその場を去った。



 ホグワーツは静まり返っていた。
 もう図書室で夜中まで調べ物をする少年は居ない。
 静まり返ったホグワーツの中を歩き回る記憶の姿もない。
 ホグワーツ創設者たちは静かに眠りについていた。






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 帰宅です。
 ですが夏休み編はもう少し続きます。