喪失感
朝食の匂い。
いつもと変わらぬ朝。
広い広いホグワーツの中に、たった4人が集う朝。
いつもと変わらない、朝…
大広間へと続く廊下を歩きながら、僕はふと考えた。
何か忘れている気がする。
でも、何を忘れているのかさえ思い出せない。
たいしたことではないだろう。
そんな風に思いながら、大広間の扉を開く。
ほら、いつもどおり僕以外の3人が腰掛けている。
それはいつもとなんら変わらない光景なのに、僕の心にはぽっかりと穴が開いたようだった。
何を忘れているのか分からないけれど、朝食の風景に、何かが足りないと思った。
ただ僕は……その疑問の答えを見出せずにいた。
私と…サラザールとゴドリックとヘルガ。
ホグワーツ魔法魔術学校を作ろうと思って集まった4人。
ホグワーツの計画から仕上げまで……
ずっと4人だったはず。
それなのに、なぜか今朝は物足りないと感じてしまう。
朝食に向かうために、苦心して考えた142個の階段。
その一つを降りながら私は考える。
何が足りないんだろう……
確かにこの場には、あるはずである何かがない。
でもそれすら思い出せない。
ふと立ち止まって、階段の手すりに手をかけると、そこには傷。
焦げたような…傷が一つ。
こんな傷あったかしら………
誰がつけたのかしら。なんだか無性に懐かしいわ。
でも私は思い出せなかったの。
その傷をつけた人を…………
寂しいの。
なんだかよくわからないけど寂しいの。
ゴドリックと一緒にいても、ロウェナと一緒にいても…サラザールと口げんかしてても……なんか足りない。
何が足りないの?
すごく寂しいの。
心の中が空洞になったみたいにすごくすごく寂しいのに、何で寂しいのか分からないの。
いつもと同じなのよ。
朝食のときも昼食のときも夕食のときも……
みんな居た。
大広間に4人だけ。
手料理を好むゴドリックと…手早く作ることを好むサラザール……夕食当番。
何にも変わらない。
いつもと同じ生活なのに、なんだか物足りない。
今だって……こうやって星を見に来てるのに寂しいの。
いつも一人だったわ。
一人で星を見るのが好きだった。
それなのに、何で……?
何でこんなに寂しいの?
就寝の時間。
全員が自分の部屋に戻った。
まったく普段とかわらぬこの状況。
キィと扉を開いて中に入る。
ゴドリックは自分の頭の中にあるもやもやを解消しようとして、久しぶりに机の前に腰掛けた。
愛用のペンをつかもうとする……
が、それは見当たらない。
どこにも見当たらない。
「あのペン……どこにやったっけ……蒼い不死鳥の尾羽……」
自室で、ロウェナは思い出していた。
かつて自分を育ててくれた魔法使いの言った言葉を。
『自分の力だけでは解決できそうになかったとき、この水晶玉を覗いてごらん。きっと何か見つかるから』
立ち上がって、もうずいぶんと長く使用していなかった水晶玉を探す。
自分がこの部屋に初めて入ったとき、一番奥の棚の…一番奥にしまったはずの水晶玉。
しかしそれはどこにもなかった。
「あら……水晶玉が…………」
ヘルガは探していた。
いつかずっと昔に禁じられた森で見つけたものを。
白い白い魔力を持った月の欠片だった。
それに紐を通して身に着けやすいようにしたものを、ヘルガは常に身に着けていた。
しかしそれが…ない。
朝起きたときにはいつも身に着けているものだと思って気づかなかったが、それはどこにもなかった。
「なんで……?」
おそらく3人が、同時に同じことを思い出しただろう。
静かなホグワーツに同時に3人の言葉がこだました。
「「「!!」」」
ばたばたと忙しい足音が聞こえて、全員が大広間に集まる。
ちょうど、熱い珈琲を飲みに大広間にやってきていたサラザールと合流し、4人全員がそこに集まった。
「が居ないわ」
「なんで気づかなかったんだろう。僕たち……」
「朝から何か違和感があると思ったら、だったのね」
「の部屋は?見に行った?」
「誰も居なかったさ。が居た形跡すらないよ」
全員の騒ぎを尻目に、サラザールは優雅に珈琲に口をつける。
その動作を見てゴドリックが気づく。
「サラザール……君はの行方を知っているだろう?どうして教えてくれなかった?今朝からずっと知っていたんだろう?」
チラッとゴドリックを見たサラザールはため息をついて、手にしていたカップをテーブルの上に置いた。
「知っていたら、なんだというのだ?」
「教えなさいよ。がどこに行ったのか。何で今日一日のことを思い出せなかったのか……」
ふっとサラザールが鼻で笑う。
ロウェナが何かを悟ったようだ。
口が開きかけて、閉じる。
何かを言いたくてしょうがないようで……そして迷っているようだ。
「どうしたんだい、ロウェナ」
「あ、ええ……ちょっと………」
「何か気づいたのね?教えて、ロウェナ」
ヘルガが必死にロウェナを見ていた。
ロウェナは、しばらく考えてから、一つ一つ言葉を選ぶようにして口を開いた。
「あれだけ毎日一緒にいて…誰もの存在に気がつかなかったなんておかしいと思わない?たぶん忘却術よ。私たち全員に忘却術をかけたんだわ。そうでもしなければ、こんな時間まで思い出せないはずがないもの」
「…そういえば……でも何故忘却術をかける必要があった?もしもこの場所から去るんだとしても…が何故僕らにひと言も告げずに消え去ってしまう必要があったんだ?」
「そうよ。どこかに行くときには私たちに連絡しないなんてことないじゃない。あんなに優しい子なんだもん」
「……………なあ、サラザール。知っているんだろう?ちゃんと説明しろ」
ゴドリックが急にサラザールの胸元をつかむ。
サラザールはキッとゴドリックをにらみつけた。
「知っているんだろう?!」
ゴドリックが声を荒げる。
サラザールは何も言わずに杖を振り上げた。
そして、みんなが驚いているその瞬間に、全員に忘却術をかけた。
「…約束なんだ」
そうつぶやきながら。
はっと気がついたのはゴドリックで、何も言わずにサラザールの服をつかんでいた腕を放した。
何を悟ったのだろうか。
何も言わずにその場から去っていった。
そして、全員がまた自分の部屋へと戻ったのであった。
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後始末って言うか……
ゴドリックたちは思い出しちゃったと思う。
どんなに強い忘却術だって……想いが強ければ効かないような気がするんだ。