新任教師


 人気のないホグワーツ行特急。
 キングズ・クロス駅にはほとんどといっていいほど人がいない。
 ましてや、ホグワーツに行くためだけに用意された、9と4分の3番線……
 そんな場所に、こんな朝早い時間にほかの生徒たちがやってくるとは思えなかった。

 けれど……

 の姿が人目に触れないように気を使って、朝早くにの家を出てきた僕の目は、ホグワーツ特急の最後尾のコンパートメントに座っていた人間に釘付けになった。





 の家で過ごした楽しい一週間は、文字通りあっという間に過ぎ去っていった。
 広い屋敷の中で、二人でかくれんぼをしたり、書物室で、色んな魔法書を読んで魔法の研究をしたり。
 僕の夏休みの間の出来事もに話したんだ。
 彼は、割とすんなりと受け入れてくれた。
 僕の能力や、リドルのことについて。

 そして、あっという間に過ぎてしまった夏休み。

 新学期が始まる今日、僕たちは朝早く屋敷を出て、ここにやってきた。
 の姿を隠し、一番後ろのコンパートメントに座れるようにね。
 それがまさか、僕たちよりも先にこのコンパートメントに座っている人がいるとは思わなかった。



 あちこち継ぎの当たった、みすぼらしいローブを身にまとっている見知らぬ人間は、すっかり疲れ果てたように見え、痩せていて、なんだか病気なんじゃないかと思うほどだった。
 肌の張りやなんかは、彼がまだ若々しいことを物語っていたけれど、鳶色の髪にはところどころ白髪が混じっていた。

 「……誰だろう、この人」

 僕がつぶやく。
 が、のっそりだけど注意深く相手の周りを歩き、相手の様子を観察する。
 時々鼻をぴくぴくと動かす。

 「僕たちより先にこの汽車に乗る人がいるとは思わなかったよ」
 「本当だ。しかも見知らぬ人じゃないか」

 誰だろう……

 そんな風に思って、荷物棚を見上げると、くたびれた小ぶりのかばんが目に入った。
 きちんとつなぎ合わせた紐でぐるぐる巻きになっている。
 その片隅に、はがれかけた文字が押してあった。
 目を凝らしてみてみる。

 「「R・J・ルーピン教授……」」

 目をつぶっていたその人は、僕らの話し声に顔をしかめ、すぐに目をあけた。
 僕と瞳が重なった。


 瞬間、僕の目の前を何かが横切った。
 それは…それはまるで……誰かの思い出のようなもの……
 かすかに見えたその思い出の中に、僕はこの人に良く似た瞳の持ち主を見た。
 ああ……
 この人は、辛い過去を背負っている。
 そしてこれからも……ずっと、ずっとその過去を背負い続ける。


 魔法使いの直感……いや、星見としての能力の表れなのかもしれないな。


 「?」
 「ん……あ、ああ、ごめん。ちょっと考え事をしていて……」

 に名前を呼ばれて、僕は我に返った。
 ぼうっと目の前に見えていた、彼の抱えている重い過去の記憶は、僕の目の前から消え去り、いつものとおり僕の足元に擦り寄ってくると、僕よりも少し背が高いの姿が映る。
 ふと、この新しくホグワーツの教師になるのであろう教授を見ると、彼はしげしげと僕を見つめていた。

 「…あ、ごめんなさい。まさか先客がいるなんて思ってなくて」
 「ああ、別にかまわないよ。それより……」

 彼は、疲れた笑みを浮かべながらそういった。
 丁寧に開いている席を勧めてくれ、僕たちはそれに応じて、教授の向かい側の席にそれぞれ腰掛けた。
 は、僕の足元に寝そべる。

 「……君、誰かに似ているって言われないかい?」
 「え?」
 「あ、ああ、自己紹介がまだだったね。いきなり今の質問は不躾だったかな。私はリーマス。リーマス・J・ルーピンだ。新しくホグワーツで教鞭をとることになったんだけれども……」

 おそらく、闇の魔術に対する防衛術の新任教師。
 ずいぶんと暗い過去を背負った人間を起用したものだと思ったけれど、ダンブルドアの眼力に間違いはないから、何も言わないでおこう。
 普段ははっちゃけた変な老人である彼も、魔法の力だけは確かなものだからね。

 「僕もね、ホグワーツの生徒だったんだよ」

 その言葉を聞くと、が興味深げに相手を見つめた。
 まあ、こんな人がスリザリンに在籍していたとは思えないけれどね。

 「…君たちはスリザリン寮か…僕はグリフィンドールだったんだけれども……僕が在校生だった頃、占い学を教えてくれた教師に君がそっくりなんだ。ちょっとびっくりしてしまってね」

 グリフィンドールという言葉に、はふいっと顔を背けてしまった。
 まあ、らしいといえばらしいだろう。

 僕が注目したのはそのあとの言葉。
 占い学を教えてくれた教師……

 「…なら、僕の母親ですよ」

 平然として言ってのけると、相手はやや面食らったように目をぱちぱちさせて僕を見た。
 それから、なるほど…と、何度か頷いた。
 母が、まさか母上が、ホグワーツで教鞭をとっていたなんて知らなかった。
 そういえば、母上は僕にホグワーツ時代のことをあまり語ってくださらないものな……
 なんとなく、そんな風に思いながらその場にいた。

 「そうか…あの、先生にも息子さんがおいでになったのか……」

 なんとなく憧れのようなまなざしで話す相手に、僕は苦笑した。
 は、相手がグリフィンドール寮出身だと分かった時点で、相手に興味をなくしたらしく、かばんから本を取り出して読み始めていた。

 「ホグワーツに足を踏み入れるのは、久しぶりなんだ。君たちは何年生だい?」
 「三年生になります」





 しばらく取りとめもない会話をしていたけれど、そのうち、相手が眠そうな仕草を見せ始めたので、僕たちは席をたった。
 寝るなら一人がいいだろう…そんな風に配慮してのことだった。
 それに、はこの先生に疑いを持っていたしね。

 「……それじゃあ、僕たち近くのコンパートメントにいますので」

 先生は片手をあげて合図をすると、目を瞑って深い眠りに落ちていった。
 すぐに優しい寝息が聞こえたから分かったんだよね。

 「なんだか、闇の魔術に対する防衛術のクラスも大変そうだ」

 がつぶやいていた。
 僕も、そんな風に思った。






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 アズカバンの囚人スタートです。
 とりあえず、ルーピン教授を出しました。
 占い学の教師の話については、少女夢に。