黒い犬


 見慣レナイ 奴ガ 来タ


 ホグワーツの禁じられた森に住む白大鷹はそういった。
 禁じられた森の中の鳥類をまとめているこの鷹は頭がいい。
 人の言葉を理解できるだけでなく、短い単語に分けてなら、言葉をしゃべることも出来る。
 僕がホグワーツに到着したとたん、僕の気配を感じ取ったんだろう、真っ先に飛んできた。

 見慣れない奴……そういわれても、僕にはなんだかぴんと来なかった。
 何しろ、ホグワーツの禁じられた森にすんでいる生物って、僕からすればみんな見慣れない生き物なんだ。
 ケンタウラスにしてみたって、ハグリッドが連れていた巨大な蜘蛛のアラゴグにしたって、ね。
 でも、なんとなく気になったから、僕はホグワーツの新入生歓迎会と称した食事に参加せずに禁じられた森に向かった。

 が、首をかしげながらも僕についてくる。
 僕らを先導するのは白大鷹。
 ほかのどの鷹よりもすばやく雄雄しく翼を動かし、力強く禁じられた森に向かっていく。
 そのうち僕は鷹を見失いそうになってしまった。
 流石に僕の足で走って着いていくには限界があるね。

 「………」

 息を切らして立ち止まりそうになった。
 そうしたら、が僕の足に擦り寄ってきた。

 「……乗せてくれるの?」

 まるで、当たり前じゃないか、とでも言うような瞳で僕を見つめたは自ら僕を背中に乗せて、そして雄雄しく地面を蹴った。
 僕は、白い鷹を見失わないように目を凝らしながら前を見つめていた。
 禁じられた森の空気は、新学期が始まるというホグワーツの温かさとはまったく違って、いつものとおり冷たかった。





























 「…………シリウス・ブラック…………」

 禁じられた森の奥深くに案内された僕らは、鷹が舞い降りた大木のすぐ下で止まった。
 足音を立てずに走ってきたのおかげで、僕らはそこにいるものに気づかれずにすぐ近くにまで迫ることが出来た。
 そこにいたのは、真っ黒い犬。
 痩せていて毛並みは悪い。
 でも、両方の目にはぎらぎらとした炎が燃え滾っているような……何か熱さを感じる瞳を持った犬だ。
 それは、ハリーやルーピン教授の後ろに見えた黒い犬だった。

 「………シリウス・ブラック……」

 思わず彼の名前をつぶやいてしまった。

 シリウス・ブラック。

 ハリーの両親の友人。
 ルーピン教授の友人。
 そして、ヴォルデモート卿に寝返ったとされる男。
 ピーター…というもう一人の友人を、指一本だけを残して消し去ってしまったといわれている男。

 黒い犬の瞳をじっと見つめて、それが何かが見えた。
 犬には無い、深い感情だ。
 何におびえ、何のためにここにいるのか、僕にはよくわからなかったけれど、おそらくハリーやルーピン教授を守ろうと思って、アズカバンを脱獄し、この場所にやってきたのだろう。
 夏休みに、ヘルガからもらったペンダントが淡い光を放つ。
 ペンダントを伝わって相手の感情が僕に流れ込んでくるようだ。

 夜の星は綺麗に瞬いている。
 明かりの少ないこの場所だから、幾千もの星が僕らを見つめている……

 シリウス・ブラックが目の前にいる。
 僕がすべきことは?
 僕がするべきこと……って?

 「…シリウス・ブラック………」

 僕はもう一度名前をつぶやいた。
 相手は心底驚いた表情で僕を見、そして一目散に逃げ出そうとした。

 「待って!捕まえたり、アズカバンに送り返したりなんかしないから」

 必死になって、逃げ出そうとした黒犬の尻尾を思いっきりつかんで僕は言った。
 どうやら強くつかみすぎたらしく、相手はぎゃっと声を上げて、ぽんっと音を立てて人間の姿に戻った。

 「…お前、だれだ?」

 しわがれた声、疲れた体、でも瞳に炎が見えるシリウスは僕にそういった。

 「………貴方が、本当の犯人でないことを知っている数少ない人間の中のひとりです」

 にっこり微笑んでそういうと、ほんの少しだけ警戒心を解いた相手が、一歩僕に近寄ってきた。
 それでもいつでも逃げられるような体制になっていることは言うまでも無かったけれど。

 「…なんでそれを知っているんだ?」
 「詳しくは話せませんが、事実でしょう?」
 「…………」
 「僕は、貴方を通報したり吸魂鬼に渡したりなんてしませんよ。だから、どうかその警戒心を解いてください。話しにくくてしょうがない」

 むすっとした表情のシリウスは、結局半分くらい警戒心を解いて、すぐ側にある切り株に腰掛けた。

 「ばれるとは思ってなかったのにな」
 「…ずっと後をつけてきたんですか?」
 「そりゃ、俺にはやることがあるからな。俺が犯人じゃないってことを知っているお前なら分かるだろう?」
 「…ええ」

 くしゃくしゃの髪をかきあげながら、シリウスは憎くてたまらないという表情でそうつぶやいた。

 「まあ、僕は貴方が何をしようとどうでもいいんですけど……でも、ハリーがおびえてますよ」

 しれっと言ってのけると、シリウスはうなだれた。
 しゅんとして縮こまってしまって、それは大の大人が見せる態度じゃないよなぁとか思ってしまうほどだ。
 までが、シリウスのその姿に笑いをこらえきれないらしい。

 「まあ、あんまり目立った行動をしないほうがいいと思います」
 「…………」
 「それから、ここをもう少し先に進むと、小屋があります。とても古い小屋ですけれど、これから来る寒さを防げるでしょうし、この森のこんなに奥まで足を踏み入れる人なんてほとんどいないから、貴方が身を隠すにはもってこいだと思いますよ」

 僕がそう告げると、彼は不安が消えたのかにかっと笑った。
 その顔は幼い。
 アズカバンに投獄されていた時間が長かったせいか、年齢よりもずいぶんと老けて見えるけれど、その笑顔は幼かった。

 …と。
 ぐぅ〜
 緊張感が解けたからなのか、腹の音がした。
 僕の…ではなくて、相手の。
 シリウスはバツが悪そうに顔を紅く染めた。
 ああ、そういえばホグワーツの城では、今歓迎パーティーの真っ最中だなぁ。
 僕もそろそろ何か食べたいな。

 「…あとで、この白い鷹に食事を運ばせますよ。だから、小屋にいるといい」

 にっこり笑って、握手を交わす。
 鷹に、シリウスを小屋まで案内するよう告げると、僕はずっと僕らの会話を聞きながらうとうとしていたを起こし、その背中に乗って、ホグワーツのほうへと戻ることにした。

 シリウスは、口止めしなかった。
 僕も、何もいわなかった。























 ホグワーツに戻ったら、歓迎パーティーなんかとっくのとうに終わっていて、みんな新しい合言葉を聞いて寮に入っているところだった。
 寮の入り口では、眠たそうにしたが僕を待ち構えていて、一番に叩かれた。
 理由を説明するから、とりあえず中に入れてくれ……と、新しい合言葉を教えてもらい部屋に入った。
 相変わらず、僕らは二人部屋で、まったく変わらないホグワーツの生活が始まった。






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 シリウス・ブラック。
 へたれなシリウスくん。
 でも鳴瀬は、シリウスくん大好きですw