占い学


 新学期が始まって一番最初の授業は『占い学』だった。
 朝食のときに大広間で新しい時間割が配られたが、それは去年の終わりのほうで選んだ選択授業の組み込まれた時間割になっていた。

 「、早く行こう。占い学の教室は北塔のてっぺんにあるんだから」

 食事を済ませるとがそういった。
 は、シリウスに届けるための食事をこっそりふくろうに預けていたところだったので、それを済ませてからと共に大広間から北塔のてっぺんに向かうことにした。
 俺たちから少し離れたところでは、ハリーたちが北塔とは別の方向へと曲がっていくのが見えた。


 北塔のてっぺんの天上に丸い撥ね扉があり、そこから銀色のはしごが足元に下りてきた。
 躊躇い無くはしごを上ると、真紅の仄暗い灯りに照らされた部屋に出た。
 カーテンは締め切られ、ランプのほとんどが暗赤色のスカーフで覆われていた。
 締め切られているせいか、息苦しいほどの熱さだ。
 そして、部屋の中は気分が悪くなるほどの濃厚な香りが漂っている。
 そんな部屋だった。

 部屋の中でしばらく待っていると、がやがやとした音が下のほうから聞こえてきて、それからハリーがはしごを上って部屋に顔を出した。
 ハリーの後からほかの生徒もわらわら続く。

 「先生はどこだい?」

 ものめずらしげに部屋の中を見渡しながらロンがそういった。
 とたん、暗がりの中から突然声がして、みんな一瞬息を呑んだ。
 ……ああ、だけはいつもと変わらずのほほんとした表情でその場に立っていた。
 こういうのには慣れっこになってしまっているようだった。

 「ようこそ。この現世で、とうとうみなさまにお目にかかれてうれしゅうございますわ」

 目がとても大きく飛び出した先生だった。
 がりがりに痩せていて、大きな眼鏡をかけ、スパンコールで飾った透き通るショールをゆったりとまとい、折れそうな首から鎖やビーズ玉を何本もぶら下げ、腕や手は腕輪や指輪で地肌が見えない。
 同じ占いを扱っているのに、とはまったく見た目の違う教師だった。
 俺は、見た目の雰囲気から相手をあまり好きになれず、の近くにぴったりと身を寄せていた。
 も、あまり教師が好きではないらしい。
 巧みに隠しているが、唇がひくひくしている。

 ハリー、ロン、ハーマイオニーは同じ丸いテーブルの周りに腰掛けた。
 俺達は、ハリーたちの隣の丸いテーブルの周りに腰掛けている。
 俺とニトは、授業の妨げにならないようにとテーブルの下に伏せていることにした。
 おかげで、首を上げなくては教師の顔もの顔も見れない状態だ。

 「『占い学』にようこそ」

 教師は暖炉の前の背もたれの高いゆったりした肘掛け椅子に座った。

 「あたくしがトレローニー教授です。シビル・トレローニー。たぶん、あたくしの姿を見たことが無いでしょうね。学校の俗世の騒がしさの中にしばしば降りてまいりますと、あたくしの『心眼』が曇ってしまいますの」

 くすりとが笑いをこらえる声がした。
 一瞬、トレローニーと名乗った教授の足がたたんっと音を立てて不快感をあらわにしたけれど、すぐにたおやかにショールをかけなおしながら話を続けた。

 「皆様がお選びになったのは『占い学』。魔法の学問の中でも一番難しいものですわ。はじめにお断りしておきましょう。『眼力』の備わっていない方には、あたくしがお教えできることはほとんどありませんのよ。この学問では、書物はあるところまでしか教えてくれませんの」

 今度は、はっと息を呑む音が聞こえた。
 チラッとのほうを見たけれど、はのほほんとそこにゆったりと腰掛けているだけだった。
 もいつもと変わりない。
 そのかわり、隣のハリーたちのほうを見たら、ハーマイオニーが戸惑った表情で教師の話に耳を傾けていることに気がついた。
 ああ、そうか。
 お勉強好きのハーマイオニーは、書物に頼れないこの学問に驚いたって訳か。

 「いかに優れた魔法使いや魔女たりとも、派手な音や匂いに優れ、雲隠れ術に長けていても、未来の神秘の帳を見透かすことは出来ません。…限られたものだけに与えられる、『天分』ともいえましょう」

 ぎらぎらした瞳で、不安そうにしている生徒たち一人ひとりの顔を撫で回すように見つめる教授。
 …と、の前で教授が視線を止めた。
 じっとを見る。

 「あら、貴方…とてもすばらしい眼力を備えていらっしゃいますのね…すばらしいわ。貴方にはこれからこの場で起こることも、この先起こることもすべて見えているのでしょう?私の授業をしっかり聞いていれば、いずれ私をも越す予言者になれましてよ」

 うっとりとした瞳で、を撫で回すように見た教授はそういった。
 は笑顔で答えた。

 「もちろん
 「まぁまぁ、自信ありげですこと。その自信もまた、貴方に眼力が備わっているからこそでしょうね」

 ほほほっと奇妙な笑い声を上げたトレローニー教授は、また生徒たちを見回し、そして今度はハーマイオニーの前で足を止めた。

 「……貴女…失礼ですけど、何故占い学を選択なさったのかしら」

 むすっとしたハーマイオニーの表情に、ロンがくすりと笑みを漏らし、ハリーの足が思いっきりロンの足を踏みつけてその笑いをこらえさせようとしていた。

 「まあ、よろしいですわ。そのうち貴女にもあたくしの感じたことがお分かりになるでしょう」



 それから授業はお茶の葉を読むことになった。
 お茶を飲み、カップのそこについたお茶の葉の形で未来を占うものだという。
 占い学を選択した生徒のほとんどが熱いお茶を一気に飲み干していた。
 だけが、時間を気にせず優雅にお茶を飲んだ。

 「…、僕のカップのそこにどんな未来を見たんだい?」
 「……本当の占い師は、露骨に相手にそれを伝えないものさ。伝えるならばそれは予言として…たとえを用いて伝える」
 「………」
 「『疲れ果てた樹木に水を注ぐ』そんな姿が見えたよ」

 にっこりが微笑むと、は少しの間首をかしげてを見、それからため息をついた。

 「確かにそうかもしれないな」

 意味を理解したのだろうか。
 俺にはよくわからなかったけれど、はそれ以上に占いについて聞こうとはしなかった。

 「僕のカップには何が見える?」

 今度はがたずねる。

 「僕は、君みたいに眼力が備わっているわけじゃないからね。ストレートに言わせてもらうよ。君のカップに映っているのは、はっきりとした十字架だ。君には試練と苦難が待ち受けている…」

 なんてね、とが微笑む。

 「に試練とか苦難とかが待ち受けているのなんて当たり前のことだからな……」
 「でも、お茶の葉でも人の未来は占えるってことさ」

 周りが真剣に教科書とカップと交互ににらめっこしているのに対し、 二人の場所だけ雰囲気が違った。

 ………と、ハリーが思わず噴出した。
 それが周囲に響くような声だったので、生徒を見て回っていたトレローニー教授が振り向いて近づいてきた。

 「あたくしが見てみましょうね」

 とがめるようにロンにそういうと、教授はすーっとハリーのカップを取り上げた。
 ロンは心配そうに教授を見つめる。

 「隼……まあ、あなたは恐ろしい敵をお持ちね」

 教授がそういうと、とたんハーマイオニーの声が教室に響いた。

 「でも、誰でもそんなこと知ってるわ」

 教授がキッとハーマイオニーをにらんだ。
 でも、ハーマイオニーはお構いなしに続けた。

 「だって、そうなんですもの。ハリーと『例のあの人』のことはみんな知ってるわ」

 正直驚いた。
 ハーマイオニーが教師に対してこんな口の利き方をしたのはこれが初めてだったからである。
 も驚いた表情でハーマイオニーを見つめていた。

 「…はしたない」

 が吐き捨てるように言った言葉。
 は笑顔でむすっとしているをなだめ、ハーマイオニーにウィンクして見せた。
 でも、ハーマイオニーのちょっとおかしな態度はこれで終わるわけではなかったのだ。

 次にカップを覗いた教授は、はぁとため息をつき肘掛け椅子に身をうずめた。

 「おお……かわいそうな子…いいえ、言わないほうがよろしいわ。ええ、お聞きにならないでちょうだい…」

 まるで聞いてくださいといわんばかりの演技で教授はそういった。
 も笑いをこらえるのに必死だった。
 おまけに、こういう演技に引っかかる奴がいるんだ。
 どういうことですか?と、相手の思惑通りに答えを利きだそうとするやつ…
 そう聞かれると、教師は乗り気になって、演技をしながら予言を始める。

 「…まあ、あなた。貴方にはグリムが取り憑いています」

 生徒の大半が息を呑んだ。
 グリム…俺には何のことだかよくわからなかったけれど、も知っているみたいだった。
 そっとが囁いてくれた。

 どうやらグリムとは死神犬のことらしい。
 すると、教師の予言に真っ向から反抗する声が上がった。

 「死神犬には見えないと思うわ」

 すっぱりはっきりと、容赦なくハーマイオニーが言ったのだ。
 トレローニー教授は嫌悪感を募らせて、ハーマイオニーをじろりと品定めした。

 「こんなことを言ってごめんあそばせ。貴女にはほとんどオーラが感じられませんのよ。未来の響きへの感受性というものがほとんどございませんわ」

 ハーマイオニーはむすっとした表情で教授から顔を背けた。
 すぐにハリーが大きな声を出して何かを言った。
 でも、誰もハリーをまっすぐ見ようとはしなかった。

 そして、教授の一声でみんながカップを片付けに入り、今日の授業は終了した。
 初回から騒がしい占い学の授業だった。





 片づけが終わると、と別れ、占い学の教室の入り口でハーマイオニーを待った。
 片づけを終えたハーマイオニーは、誰が見ても機嫌が悪いであろう表情で、いつもは大事に抱えている教科書を、今日に限ってがさつに扱いながら扉を出て行こうとしているところだった。

 「…」

 の存在に気づいたのか、少し顔を赤らめながら近寄ってくる。

 「…今日は、いつものハーマイオニーらしくなかったね」

 が少し寂しげにそういうと、ハーマイオニーはバツが悪そうにうつむいてから、でも…と声を上げた。

 「私、トレローニー先生の占いは占いじゃないと思うの。どうせ、ハリーが有名なのをいいことに、さも予言しているかのように見せかけていったうそだと思うのよ。だって、ハリーは有名じゃない」
 「…確かに…」
 「もそう思うでしょ?あんなのを信じるみんなのほうがばかばかしいのよ」
 「………でもね、ハーマイオニー……未来を予言する力が備わっている人もいるんだよ」
 「そりゃ、は…あの先生のお墨付きだから…」
 「そうじゃないよ。そんなことは関係ない」
 「…」

 が少し柔らかな声で言った。

 「今日の授業はハーマイオニーにとっては、少し気に食わないものだったのかもしれない。だけど、占い学すべてを否定しないでほしいんだ。この世に未来を予見する力は存在しているから……さ」
 「でも…」
 「……じゃあ、今度、僕が占ってあげるよ。ハーマイオニーについて」

 がにっこり微笑むと、ハーマイオニーは戸惑いながら笑みを返した。

 「の占いがすごいのはわたしも知ってるわ。でも、あの人のは占いでもなんでもない…」

 ぶつくさと文句を言いながら、ハリーたちの下に駆け寄っていったハーマイオニーを、は寂しげな表情で見つめていた。

 「…存在するさ。未来を予見する力は…ね」

 のつぶやきは、誰もいなくなった占い学の部屋にこだました。






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 ハーマイオニーに占い学を否定されて、少し沈んでます。
 でもしょうがないね(汗)