魔法生物学 1
午後の授業はハグリッドの教える魔法生物学になっていた。
それも、スリザリンと合同の。
昼食のあとから、ロンとハーマイオニーはつんけんした態度を取っていて互いに口を利こうとしない。
僕も、二人に声をかけることなんて出来なくて、ずっと黙ってる。
ハグリッドの授業の集合場所は、いわずと知れたハグリッドの小屋の前。
そこに近づくに連れて、僕はやせっぽっちを中心に、横に大きいのが二人並んでいる、見慣れた後姿を見た。
瞬間、僕の気分は最悪の方向へと向かったんだ。
だって、だって、スリザリンと合同授業だよ?
ハグリッドの最初の授業。
どうしても成功させてあげたい授業に、あの嫌味ったらしいマルフォイと一緒に参加しなくちゃならないなんて…本当に最低だよ。
チラッと見れば、ほら。
クラッブとゴイルに活き活きと話しかけ、げらげらと笑っている。
……ああ、どうせ占い学の授業で僕が死の宣告を受けたことを話しているんだろう?
確かに僕はグリムに似た犬を見たよ。
僕自身とっても気にかかることさ…
あいつは、わざと僕に聞こえているように話をしているように思えてならないな。
ほんと、気に食わない奴………
あれ…
ハグリッドの小屋に近づくと、マルフォイたちの三人組のほかに、見慣れた二人組みの後姿が見えてきた。
近づくにつれはっきりと見えてくる横顔。
綺麗な綺麗な横顔……紅い瞳のだ。
いつものとおり、トモダチのを従えて、優雅にその場所にいる。
そういえば、は占い学でも教師のお墨付きだったっけ…
そぉっと、の近くに行く。
隣にいたにものすごいにらまれたけど、あえてにっこりと笑顔を返して僕はの近くに寄った。
はすぐに僕から視線を逸らして、との会話に戻ったみたいだった。
「……ハグリッドの魔法生物学か…一体何をするんだろうね」
「なんでもいいさ。どんな生物が出てこようと、去年巨大な蜘蛛を見た時点でほかのものには驚かなくなってるよ」
「まさかアラゴグは連れてこないと思うよ…それにしても、教科書にあの本を選ぶなんてハグリッドらしい」
「背表紙をなぜることでおとなしくなる本だけれども、書店の人だって、あの本をおとなしくさせる方法を知らなくて…一体こであの本の存在を知ったんだか…」
「…のわりに、はよくあの本をおとなしくさせる方法を知ってたね」
「当たり前だろう?それくらいの知識はないとね。こそ、どうしてあの本をおとなしくさせる方法を知ってたんだい?」
「……当たり前じゃないか。ああいう本の扱い方は十分心得ているつもりだけど…」
ふふふっ、と上品に笑みを浮かべながら、がと会話をしている。
話しかけようと思って近づいた僕は、会話の高度さ、との優雅さについていけなかった。
なんだか、と話しているときのは神秘的で、僕なんかが間に入っちゃいけないような気がしたんだ。
聞耳を立てていたことを悟られる前に、僕は自然体を意識しながら少しとから離れた。
「さあ、急げ。早く来いや!」
ハグリッドの威勢のいい声がした。
ハグリッドは厚手木綿のオーバーを着込み、足元にボアハウンド犬のファングを従え、早く授業を始めたくてうずうずしているようだった。
「今日はみんなにいいもんがあるぞ!すごい授業だぞ!みんな来たか?よーし。ついてこいや!」
一瞬、ハグリッドが僕たちみんなを森に連れて行くんじゃないかって、ぎくりとしたけれど、そうじゃなかった。
ハグリッドは森の縁に沿ってどんどん歩き、五分ぐらい歩いたころにみんなを放牧場のようなところに連れてきた。
そこには何もいなかった。
「…禁じられた森じゃなくてよかったね」
「あ、うん」
誰かに囁かれて思わず返事をしたけれど、ロンでもなければハーマイオニーでもない。
びっくりして振り向いたら、僕の横にがいた。
にっこり微笑んでそれはそれは綺麗な笑みを僕に向けていた。
「…っ?!」
「そんなに驚かないでよ。スリザリンとグリフィンドールの合同授業だもの。一緒になるのは当然でしょ?」
「あ、いや…そうなんだけど…ええと…」
どうもを目の前にすると少ししどろもどろになってしまう。
ってどうしていつもこんなに神秘的なんだろう。
今だって、僕の返事をゆっくり待つことにしたようで、の紅い鬣を優しく撫でている。
ペットとして僕がヘドウィグにするような撫で方ではないし、ハーマイオニーがクルックシャンクスを撫でる撫で方でもなければ、ロンがスキャバーズを撫でる撫で方でもない。
まるで大切な人を扱うかのように丁寧に撫でている。
あの二人の間には信頼関係が生まれているんだろう。
見ていて自分にはまねできない光景が目の前に広がっているんだ…
マルフォイのいやみったらしい声が聞こえた。
それから、がさごそとみんなが教科書をかばんから取り出した。
に見とれていた僕も、あわててみんなと同じようにベルトでぐるぐる巻きの本を取り出した。
「だ、だーれも教科書をまだ開けなんだのか?」
と以外の生徒がこっくりと首を縦に振った。
はといえば、おとなしくなった本を縛ることもせずに持っていたし、も同様だった。
「なぜりゃーよかったんだ……」
ハグリッドの声がだんだん小さくなっていく。
マルフォイがハグリッドをののしって、僕はむかむかしてた。
だまれ、と声をかけて、ハグリッドの授業がこのまま成功するように祈った。
ハグリッドだもの、きっとぼくらを喜ばせようとこの本を教科書に選んだに違いないんだ。
「ポッター、気をつけろ。吸魂鬼がお前のすぐ後ろに…」
「オォォォォォォー!」
いきなりラベンダー・ブラウンが叫んだ。
放牧場の向こう側を指差して甲高い声を出す。
そこには見たことも無いような奇妙奇天烈な生き物が十数頭、早足でこっちへ向かってくる。
胴体、後ろ足、尻尾は馬で、前足と羽、そして頭部は巨大な鳥のように見えた。
鋼色の残忍なくちばしと、大きくぎらぎらしたオレンジ色の目が、鷲そっくりだ。
前足の鉤爪は十五、六センチもあろうか、見るからに殺傷力がありそうだ。
「ドウ、ドウ」
この大きな怪獣の後ろから駆け足で放牧場に入ってきたハグリッドが、大きく掛け声をかけた。
そして、鎖をふるって生き物を生徒たちの立っている柵のほうへ追いやったものだから、みんなじわっと後ずさりした。
「「…ヒッポグリフだ…」」
とだけが、相変わらず二人並んで柵の前で止まったまま、当たり前のように生き物の名前を口にし、感嘆の声を漏らしていた。
「美しかろう、え?」
でも、少しだけ、ハグリッドの言っていることも分かる気がしたんだ。
とが何故感嘆の声を漏らしたのかも、驚きのあと冷静になってこの生き物を見つめると分かる気がする。
半鳥半馬の生き物は、輝くような毛並みが羽から毛へと滑らかに変わっていくそのさまが…
とても見ごたえあった。
それぞれ色が違い、嵐の空のような灰色、赤銅色、赤ゴマの入った褐色、つやつやした栗毛、漆黒など、種類に富んでいる。
目の前にいる生き物は、ハグリッドが好きそうな巨大で美しい生き物だった。
「そんじゃ、もうちっとこっちゃこいや……」
誰も行きたがらない。
仕方がないし、僕たちはハグリッドの最初の授業を成功させたかった。
だから、ゆっくりと柵に近づいた。
「まんず、イッチ番先に、ヒッポグリフについて知らなければなんねえことは、こいつらは誇り高いっつうこったな」
ハグリッドがそういった。
が当たり前だろう、という表情でハグリッドを見ていた。
が、に身を寄せながら、ヒッポグリフがに少しでも危害を加えたらすぐさま飛びかかれるよう、隙無く、でもとても優雅にその場に座っている。
「ヒッポグリフはすぐ怒るぞ。絶対侮辱してはなんねぇ。そんなことをしてみろ、それがお前さんたちの最後のしわざになるかもしんねぇぞ」
チラッとマルフォイたちをみれば、聞いちゃいなかった。
何か、ひそひそ話をしていて、どうやって授業をぶち壊しにしようかたくらんでいるようで嫌な予感がした。
ハグリッドだからって馬鹿にしているんだ。
なんとしてもこの授業は成功させなくちゃ。
僕はそんな風に誓いを新たにして、ハグリッドの説明を身を入れて聞くことにした。
「かならず、ヒッポグリフのほうが先に動くのを待つんだぞ。それが礼儀ってもんだろう。な?こいつの側まで歩いていく。そんでもってお辞儀する。そんで、待つんだ。こいつがお辞儀を返したら、触ってもいいっちゅうこった。もしお辞儀をかえさなんだら、すばやくは慣れろ。こいつの鉤爪は痛いからな、…………………………って、おいっ!!」
説明の最後の最後で、ハグリッドが声を荒げた。
荒げた、というよりは、本気で驚いたといったほうがちょうどいいのだろうか。
僕も含め生徒全員がハグリッドの視線のほうを見つめた。
そこには、いくらつながれているとはいえ、ハグリッドの説明も終わらぬままに柵の中に入り込んでいるがいた。
それだけでも驚きものだというのに、こともあろうかは、笑顔でヒッポグリフと戯れていたんだ。
みんな、開いた口がふさがらないよ。
「…、ヒッポグリフに挨拶したのか?」
「え?」
ハグリッドがおずおず尋ねると、はのほほんと返事を返した。
どうやらはグリッドの説明どおりのことをしてヒッポグリフに触っているわけではなさそうだ。
さすが…
「そんじゃお前さんはどうやってヒッポグリフに引っかかれずに触ることが出来てんだ?ああん?」
「……さあ」
相変わらず、神秘的なは曖昧な返事を返したまま、なんだかヒッポグリフと会話をするようにそこにずっといた。
不思議と、鎖でつながれていることですら機嫌を悪くしているヒッポグリフが、の前ではおとなしそうに見えた。
「……まあ、説明はこんなこった。よーし、誰が一番乗りだ?」
気を取り直したようにハグリッドがそういった。
ヒッポグリフは猛々しい首を振りたて、たくましい羽をばたつかせていた。
つながれているのが気に食わない様子だ。
「僕、やるよ」
一歩前に進み出た。
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中途半端だけどいったんここで切る。