魔法生物学 2


 魔法生物学の授業。
 ハグリッドの最初の授業。
 ハグリッドが連れてきたのは神秘の生き物ヒッポグリフ。
 その姿を見たときに僕とはそろって感嘆の声を漏らしてしまったんだ。

 滑らかに羽根が毛並みに変わっていくそのさま。
 どんな本を読んで想像するよりも、どんな本の挿絵よりも、実際のヒッポグリフはとても美しかった。

 そうしたら、体がうずいたのかな。
 何か伝わってきた…っていうか…言葉では表せない何かが僕を動かした。
 ひらり、と放牧場の柵を乗り越え、鎖につながれている大きなヒッポグリフの前に立つ。
 が後ろからついてきて、僕のことを守ってくれているようなので、僕はヒッポグリフの爪がどんなに鋭かろうとまったく気にしなかったんだ。
 ヒッポグリフは僕を引っかくことはしない。
 そんな風な自信が湧いていた。
 どうしてだかは分からないんだけどね。

 目の前にいたのは、漆黒のヒッポグリフ。
 大きな目で僕を見据え、気高く僕を見下ろしている。
 少し笑みをこぼすと、ヒッポグリフは一度首を軽く左にかしげ、それからお辞儀をした。
 僕が最初にお辞儀をしたわけではない。
 一瞬戸惑って、でも、ヒッポグリフは頭をあげようとしない。
 だから、そっとそっと近づいて大きな嘴を優しく撫でてみた。
 そう、にするみたいに優しく。
 ヒッポグリフはとてもおとなしかったし、何もしなかった。

 ひらり、とも柵を乗り越えて僕の近くにやってくる。

 「…ヒッポグリフのほうが先にお辞儀をしたな」

 驚いた表情でそういったに、僕はにっこり笑みを返した。
 どうしてヒッポグリフが僕に対して最初にお辞儀をしたのかわからなかったし、が近づいてきてもまったく怒らない理由だって全然分からないけれど、きっとヒッポグリフは僕らに何かを感じているんだと思う。
 だから、あえて何も言わなかった。
 すぐ近くでは、ハリーがおずおずと灰色のヒッポグリフに挨拶をしてその背中に乗ったところだった。
 流石ハリー。

 くるぅぅ

 一声、漆黒のヒッポグリフが鳴いた。
 首をかしげると、大きな鳥の首で、僕をひらりと背中に乗せ、そのままばさばさと羽根を広げ始めた。

 「ちょっ…ねえ、僕は飛ばなくてもいいんだよ……?」

 すごい風だ。
 それから、ヒッポグリフはもう一度首を動かして、を背中に乗せた。
 いくらヒッポグリフが大きいとはいえ、ここにと僕とが座ると、そこは少し窮屈になる。
 が僕の腰に腕を回し、僕はを抱えるようにしてからヒッポグリフの首の部分につかまる。

 「おぉ。。お前さんたちもヒッポグリフの背に乗せてもらえたのか。さあ、行けっ!」

 にこにこした笑顔を浮かべたハグリッドが、ヒッポグリフの尻をバシンと叩いた。
 ヒッポグリフは一声鳴くと、力を振り絞って羽根を動かし、いきなり宙に浮いた。

 「うわぁ……」
 「飛んだ…」

 まるでハリーが乗ったヒッポグリフの後ろを追うかのように、漆黒のヒッポグリフが飛ぶ。
 箒に乗っているような優雅な感覚ではないし、に乗っているときのような温かさもない。
 振り落とされそうになりながら必死にヒッポグリフの体にしがみついているって感じだ。

 ああ、でも……肌に当たる風は気持ちいい。

 「流石ヒッポグリフ…」
 「すごいスピードだね」
 「どんな本を読んで想像するよりも、ヒッポグリフは気高い生き物のようだな」
 「すごい……」

 耳元を通り抜ける風の音が大きすぎて、僕らの会話の声も自然と大きくなる。
 前にいるヒッポグリフからは、時折ハリーの悲鳴が聞こえてくるけれど、僕たちにその悲鳴は無い。
 むしろ、ヒッポグリフが背に乗せてくれたことをとても嬉しく思うよ。

















 ハリーがヒッポグリフの背に乗って飛んだ。
 バックビークという名の灰色のヒッポグリフは、ハリーを背中に乗せ、大空を駆け抜けるように飛んでいる。
 あれなら、僕らにも出来そうじゃないか。
 ハリーは成功したんだ。
 ちらっと放牧場を見れば、さっきハグリッドの説明が終わる前にヒッポグリフと戯れていたが、やっぱりヒッポグリフの背に乗っていた。
 は、いつも一緒にいるヒッポグリフに乗っていた。
 ハグリッドがハリーのヒッポグリフに続いて、のヒッポグリフの尻を叩くと、ヒッポグリフは一声鳴き、力強く飛び立った。
 も成功だ。

 「よーくできた、ハリー」

 牧場の上を一周したバックビークは地上に降り立った。
 ハリーもちゃんと地上に戻ってきた。

 「よーしと。ほかにやってみたいモンはおるか?」

 ハリーが成功したんだ。
 占い学の授業で死を予言されたハリーが、ちゃんと気高いバックビークに乗れた。
 だから、僕らも出来るんじゃないか……
 そんな風に思ったんだ。
 僕とハーマイオニーはハリーが見ているところで栗毛のヒッポグリフで練習をすることにした。

 でも、同じヒッポグリフで練習すると、ハーマイオニーが練習をしているとき、当然のごとく僕は暇だ。
 ハリーも暇だ。
 僕はあくびをしながら放牧場を見渡した。
 一番最初に目に飛び込んできたのは、やっぱりだった。
 漆黒のヒッポグリフに乗って大空を駆けたは、すがすがしい笑顔で地上に戻ってきていた。
 そつなくヒッポグリフの背から降りると、優雅にヒッポグリフに対して一礼する。
 ヒッポグリフも、に対して深々とお辞儀をしてそれに応えるんだ。

 「ってすごいよな…」

 思わずつぶやくと、隣にいたハリーも頷いていた。
 どうやらハリーものほうを見ていたようである。

 「ヒッポグリフと会話しているみたいだよなぁ」

 ずっとのほうを見ていると、とてとてと小走りにに近づいていく三人組の姿があった。

 「ちぇ。あんなにいい奴なが、どうしてマルフォイなんかと話するんだろうなぁ」

 そこには少し嫉妬というものが混じっているのかもしれない。
 僕は、ハリーやハーマイオニーと違って、とあんまり会話をしたことが無いから。
 いつも、と話をしようと頑張って近づいてみるんだけど、の隣にいるにすごまれるとおずおずと引き下がっていくしかないし、どうも、に対しての最初のひと言がかけづらいんだ。
 あーあ、僕って結構損してるよなぁ…

 なんて、思ってたら、とマルフォイたちの会話が耳に入ってきた。
 別に聞こうと思っていたわけじゃないけれど、なんとなく気になって、耳を傾けてしまった。

 マルフォイは、ハリーがさっき乗っていたバックビークを連れて、の近くにいた。

 「簡単じゃないか」

 マルフォイがもったいぶったようにそういいながらバックビークの嘴を尊大な態度で撫でている。
 ああ、むしゃくしゃするっ。

 「でも、ヒッポグリフは気高いから、気をつけたほうがいいよ」

 はいつもの笑顔でマルフォイにそういったけど、マルフォイはちゃんちゃら聞いちゃいないようだった。
 なんて奴だ…

 「あのハリーにも出来たんだから、僕にも出来て当然なのさ」
 「あまり調子に乗ると痛い目を見るぞ」

 ヒッポグリフを撫でながら、が言った。
 の話もマルフォイは聞いちゃいなかった。









 次の瞬間、マルフォイが何を言ったのか僕にはうまく聞き取れなかった。
 聞こえたのは、誰かの甲高い悲鳴と、マルフォイのうめき声。
 驚いてマルフォイのほうを見たら、マルフォイは草の上で身を丸めていた。
 そのローブは見る見るうちに紅く血に染まっていった。
 一体何があったのか、僕にはよくわからなかったけれど、ハグリッドがバックビークに首輪をつけようと格闘していて、バックビークはマルフォイを襲うともがいていた。

 「いい気味だ」

 思わず口にしてしまった言葉。
 誰かに聞かれてしまったんじゃないかって、口にしてから思っても遅いね。
 僕の側にはがいて、寂しそうな表情で僕のほうに近づいてきた。
 なぜか、が歩くと漆黒のヒッポグリフも後に続く。

 「……ロン」
 「……」

 「僕、死んじゃう。見てよ!あいつ、僕を殺した!」

 側でマルフォイが叫んでいて、それに負けじとハグリッドが叫んで、ひょいと軽々マルフォイを抱えていった。

 「だって、マルフォイが悪いじゃないか」

 僕はそういった。

 「ハグリッドなんか、すぐにクビにすべきよっ!」

 パンジー・パーキンソン…スリザリン寮の女の子が泣きながら叫んだ。

 「マルフォイが悪いんだっ!」

 ディーン・トーマスがきっぱり言った。

 僕もディーンの意見に賛成だった。
 何が起きたのか僕は分からなかったけど、マルフォイが悪いんだよ。
 きっと、これまでの数々の横柄な態度に対しての罰が当たったんだ。
 僕はマルフォイが怪我をしてもまったく何も感じなかったし、むしろいい気味だと思った。
 目の前にいるは相変わらず悲しい表情で僕を見てたけど、ふんっと僕は顔を背けた。
 最後に、がものすごく寂しそうな表情をするのを僕は見た。
 でも、どうせはスリザリンだから、ハグリッドを罵倒するんだろう?
 そんな風に思って、僕は彼らの会話に耳を傾けようとはしなかった。
 ただ、ハリーとハーマイオニーと一緒に、グリフィンドール塔へと向かった。
























 「自業自得だろう?」
 「ヒッポグリフは誇り高い生き物だって、ハグリッドはおろか僕ももマルフォイに説明してたじゃないか」
 「横柄な態度が裏目に出たっていうことだな」
 「それに、あの程度の傷じゃあ間違っても腕が無くなったり命を落としたりなんてするはずが無い」
 「3日ほどおとなしくしていれば元通りに戻るはずさ。大して騒ぐほどのことでもない」

 寮の談話室で、僕らはこんな会話をしていた。
 パンジー・パーキンソンは泣きながら、ハグリッドはクビにすべきだと何度も何度も訴えていたし、クラッブやゴイルはスリザリン寮生に囲まれて、マルフォイがどんな風に怪我をしたのか得意そうに話していた。

 マルフォイの傷も心配だった。
 でも僕には…
 もっと心配なことがあった。

 どうやら僕は、ロンに嫌われているらしい。






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 ちょっとシリアスだったかなぁ。
 でもまぁ、こんな感じで。