怖いもの


 ロンのに対する憎悪は消えないままだった。
 はとっても寂しそうな顔をしていて日々を過ごしていた。
 特に、ハリーやハーマイオニーは何の気兼ねなくに話しかけてくるから、ロンに対するの気配りは相当のものだった。
 はそんな奴に関わるな、と再三口をすっぱく言っていたけれど、その辺は優しい
 ロンに冷たい態度を取るなんて出来るはずがなかった。

 の辛そうな姿を見ているのは、俺ももニトもとっても嫌なもので、寮の部屋に戻れば、常にが気を緩めてリラックス出来るように気を使った。



 そんなこんなで時間が過ぎ、次の授業は「闇の魔術に対する防衛術」だ。
 ホグワーツ特急の中でであった、あのルーピンとかいう新米教師の授業である。
 今日はその授業の初日で、スリザリンの生徒は皆わくわくしたり、また新しい教師が前回のロックハートのようなへまばかりの教師なんではないかと伺ったりしていた。

 「……まあ、魔力は確かだろうな」

 俺たちが教室に入ると、教室の中はシーンと静まり返っていた…訳ではなかった。
 みんながみんな、どんな勉強をするのか心をわくわくさせて待っていたのだから、自然と推測や憶測が飛び交う。

 「ホグワーツ特急であったとき魔力を感じたから魔法は使えるさ。…ハリーたちの話では、吸魂鬼を追い払ったって言うしね」

 はのほほんと座席に腰掛けていた。

 しばらく生徒たちが口々におしゃべりをしていると、きぃーと扉が鳴って、やっと教師が入ってきた。
 汽車の中よりは肌に血の気が戻り、食事を取っているのが解ったけれど、着ている服はみすぼらしい。
 ルーピン教授は、曖昧に微笑みながら、くたびれた古いかばんを先生用の机に置いた。

 「やあ、みんな」

 気兼ねなく彼はあいさつをした。
 新しい教師に興味津々で、ハグリッドのようにへまをやらかしたらすぐさま辞職させてやろう…なんてたくらんでいるスリザリンの生徒たちは目をぎらぎら光らせて、ルーピン教授の言葉に耳を傾けている。
 なんていうか…スリザリンだよなぁ。
 こんな生徒たちの中にが加わっているのが、俺はいまだに信じられない。

 「教科書はかばんに戻してもらおうかな。今日は実地練習をすることにしよう。杖だけあればいいよ」

 すかさず、パンジー・パーキンソンが気取って教師に意見する。

 「教科書を使わない闇の魔術に対する防衛術のクラスなんて初めてです。何で教科書を使わないのか、説明してくださいません?」
 「おやおや……わたしについてくればわかるさ。いいかい、教科書を閉まって、杖だけを持ってわたしについておいで」

 パンジーの意見に少々困った笑みを浮かべたルーピン教授は、自分も杖だけを持って立ち上がった。
 怪訝そうに顔を見合わせているスリザリンの生徒たちも、仕方なく杖だけを持ってルーピン教授の後に続く。

 誰も居ない廊下を通り、角を曲がった。
 それから、二つ目の廊下をわたった。
 そこは職員室の前だった。

 「何が始まるんだろうね?」
 「新米教師の腕の見せ所、だな」
 「最初の授業で生徒への受けが変わってくるからねぇ。ハグリッドの評価はいいとはいえなかったし……ルーピン教授には期待できるんだろうか」

 俺の頭の上での会話が聞こえる。
 にぴったりくっついた俺は、見た目はおとなしくそこに居るように振舞って、ルーピン教授に追い出されないようにしているけれども、実際は周囲に目を配って、これから何が起こるのかをじっと見つめている、そんな感じである。

 「さて…こっちにおいで」

 誰も居ない職員室に入っていく。
 おそるおそる生徒もルーピン教授に続く。
 部屋の奥には先生方が着替えようのローブを入れる古い洋箪笥がポツンと置かれていた。
 教授がそこに立つと、箪笥が急にわなわなと揺れ、バーンと壁から離れた。

 「…何か入ってるね」

 数人、後ろに何歩か後ずさりしたものが居たけれど、ルーピン教授は笑顔でそれを制した。

 「心配しなくていいよ。……この中にはね、まね妖怪のボガートが入ってるんだ」

 「……心配すべきこと……だよな」
 「…確かに」

 が囁いていたけれどその声はルーピン教授には届かなかったようだ。

 「さて……ボガートは暗くて狭いところを好むんだ。洋箪笥、ベッドの下の隙間、流しの下の食器棚、など。ここにいるのはね、昨日の午後に入り込んだ奴なんだ。三年生の実習に使いたいから、ほうっておいていただきたいと、校長先生にお願いしたんですよ」

 全員が、がたがた動く洋箪笥をじっと見つめていた。

 「それじゃ、最初の質問ですが、まね妖怪のボガートとは何でしょう?」

 朗らかに笑いながら…どこか、生徒たちの洋箪笥を見る姿を楽しんでいるようにも見えるルーピン教授はそう聞いた。
 でも、誰も応えない。
 相手の反応をうかがうかのように、ジーっとしてて押し黙ったままだ。
 教授は失笑していた。

 「…このクラスはずいぶんと静かなんだねねぇ。さっきのクラスはすぐに答えてくれたんだけど……そうだなぁ。じゃあ、。答えられる?」

 ウィンクされたはにっこり微笑みを返した。
 右手で俺の鬣を撫でながら優雅に言葉をつむいでいる。

 「…まね妖怪は、形態模写妖怪で、相手が一番恐怖を感じるものを判断し、そのものに姿を変えることが出来ます」
 「すばらしい」

 がこれくらいのことは知っていて当然だ、という風に教授を見ていたけれど、何も言わなかった。
 さすがだ。

 「だからね、中の暗がりに座り込んでいるまね妖怪は、まだ何の姿にもなっていない。箪笥の戸の外に居る誰かが、何を恐がるのか、まだ知らないからね。まね妖怪が一人ぼっちのときにどんな姿をしているのか誰も知らない。でも、私が外に出してやると、たちまち、それぞれが一番恐いと思っているものに姿を変えるはずです」

 生徒たちはルーピン教授の話に耳を傾けていた。
 恐がっているものはいないみたいだが、よく見るとドラコの足が震えているのが見えた。
 これは、ドラコの名誉のために黙っておこう。

 「それじゃ、説明はこれくらいにしてはじめようか。そうだな、一番最初は……、お願いしていいかな」

 ふと気がついたら、がけだるそうに杖を握って洋箪笥の前に立っているところだった。
 どうやら俺はうとうとしていたらしい。
 ルーピン教授に指名された以外の生徒は、壁にぴたりと張り付いている。
 だけが取り残されたような空間だ。
 がのほほんとを見つめている。

 「…が嫌いなものって何だろう……?」

 そんな風につぶやいている。
 俺は、が嫌いなものを知りたいなぁと思った。

 「……みっつ数えたらボガートが飛び出してくるからね。いいかい……いち、にい、さんっ、それっ!」

 ルーピン教授の杖の先から光が飛び出し、洋箪笥の扉が開いた。
 とたん中から得体の知れない黒いものが飛び出し……瞬く間に姿を変えた。

 小さい小さい犬に。

 その犬は唸ったようにきゃんきゃん吠え、高い吠え声に耳をふさぎたくなるほどだった。

 「…チワワ……」

 くすっとが笑う。
 どうやらその犬の種類はチワワというそうだ。
 耳と目が異様に大きくてきゃんきゃん吠える小さな犬。
 はけだるそうに杖をふり、呪文を唱えた。

 「Riddikulus!」

 まね妖怪ボガートはの完璧なまでの発音の呪文が当たると、姿を変えた。

 ちょっと大きいサイズの猫に。

 「………って、小さい犬が嫌いなんだ」

 がくすくす笑いながら戻ってくるを迎え入れる。

 「きゃんきゃん煩いんだ。僕はおとなしい動物を好むからね。それに、あの小ささじゃ踏み潰してしまうかもしれないだろう?足に絡み付いてくるし……鬱陶しいことこの上ない」

 じーっと見ていると、色んな生徒がルーピン教授に名前を呼ばれてボガートの前に立ち、呪文をかけている。
 だけど、遠くの壁に寄り添ってあたりを見ているには当然のごとくまね妖怪退治への順番は回ってこない。

 「……そろそろあのまね妖怪も消えるね」
 「あれだけ滑稽な格好にされたら消えるしかないだろう?相手を恐がらすことが本職なのに、あれだけ笑われたらなぁ……」

 最後はドラコの番だったけど、あいにく俺は見逃してしまった。
 ドラコが嫌いなものはなんだったのかとっても気になる。

 「…さて、今回の授業はこれでおしまいだ。今日まね妖怪と戦った子には一人五点ずつ差し上げよう。それからにも五点」

 レポートをまとめてくれよ、と言い残して今日の授業は終わった。
 授業が終わったスリザリン生は大騒ぎだった。
 それは、授業が楽しかった、という話ではなく、誰がどんなものがこわいのかが解ったからだった。

 「パンジーったら、この年になってまだピエロの人形が恐いんですものねぇ」

 どこからか会話が聞こえる。

 「あら、そういうあなたは、あんな小さいねずみが恐いんでしょう?」

 そんな言い合いが色んなところから聞こえる。
 今回の授業って、成功って言えるのか?
 少々疑問に残った授業だった。

 「の恐いものは何なんだ?」
 「…さあ。僕にもわからないな」
 「君の恐いものが知りたかった」
 「どうして?」
 「はいつも恐いものなんてないかのようにそこに居るから。が恐怖を覚えるものに興味があるよ」
 「……どうなんだろうねぇ」

 次の教室に移動するまでの間のの会話だった。






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 そのうち出そうかな、の恐いもの(笑)