消えた少女


 次の授業はなんだろう。
 そんな風に考えながら、俺はの後をついていく。
 ああ、確か選択授業だったっけな。
 ほかの寮の生徒と一緒になる授業だったかな。

 長い階段を一歩一歩降りていく。
 前の授業は、ルーピン教授の「闇の魔術に対する防衛術」で、今日は、まね妖怪ボガートを倒すための実践授業だった。
 には順番が回ってこなかったから、の嫌いなものは解らなかったけれど。

 教室移動中のの会話は、ついさっきの授業の話題。

 「…まね妖怪ボガート……ね」
 「あまり気に食わない授業だったな。他寮の生徒であれば喜んだかもしれないが、スリザリン相手にあの授業じゃあ………」
 「パンジーたちのように、恐いものを知ったからこそのいじめや狡猾な話が飛び交うよね」

 がくすくすと笑っている。
 は少々顔をゆがめている。
 俺は、そんな二人の間を、周りに細心の注意を払いながら歩いている。
 に何かする奴がいたら俺が許さないから……
 そんな風に思いながら。

 「まぁ、去年の授業よりはだいぶましだったか」

 が笑いをこらえるようにそういうと、も声を立てて笑いながら頷いていた。

 やがて、俺達は階段を降り、廊下の突き当たりに差し掛かった。
 ここを右に曲がると次の教室がある。
 当然、も自然に足は右に曲がる。

 「…あれ……?」

 と、が足を止める。
 少し遅れて俺とがほぼ同時に足を止め、の立ち止まっている場所まで戻る。

 「どうかしたのかい?」
 「ちょっと…ね」

 無意識にの視線を追う。

 「…悪いけれど、あそこにいる人物と話をするのなら僕は先に教室に行かせてもらうよ。グリフィンドールの生徒と話をするのはごめんだからね」

 ひらひらとが手を振りながら前に歩き出す。
 は苦笑しながら、すぐに行くよ、と声をかける。
 の目に入ったのは、ふわふわで栗色をした髪の少女。
 グリフィンドールのネクタイをして、重そうに教科書のたくさん詰まったかばんを持っている少女。

 「…あんな物陰に隠れて、一体彼女は何をしているんだろう」

 が首をかしげる。
 確かにおかしいな、と俺も首をかしげる。


 グリフィンドール寮のハーマイオニーは、階段の影に隠れて、人目を気にするかのようにきょろきょろと周りを見渡した後で、胸元から何かを取り出していた。
 わずかに光に反射して、金色のものが見えた。
 でも、それが何なのか俺に特定することはできなかった。

 「……あ」

 不意にハーマイオニーの姿が見えなくなる。
 今までそこにいたはずの少女が、一瞬にして消えた。
 俺達は顔を見合わせた。
 は驚いて、でもゆっくりと階段の影に向かってい歩いていく。

 「……ハー…マイオニー……?」

 でもやっぱり、そこには誰もいなかった。




 うなん…



 ……?
 何か俺の前足に触れたような……
 気になって足元を見てみると、蟹股で、お世辞にもニトのように可愛いとはいえない猫が俺の脚に擦り寄っていた。
 側にいたがその猫に気付いて抱き上げる。

 「……ええと、クルックシャンクスだったかな、君は」

 の腕におとなしく抱かれたオス猫は、満足そうにのどを鳴らしながらをじっと見つめていた。
 その姿を見ていると、とても頭のいい猫なんだとわかる。

 「…ハーマイオニーの猫…だね」

 がつぶやくのが聞こえた。
 ごろごろとのどを鳴らしながら、を見つめるその猫は、時折チラッと俺のほうを見る。
 ニト以外の猫と、こんなに近くで接したのは初めてだから、どんな風に接したらいいのか分からなくて戸惑ってしまう。

 「降りたいの?」

 少しの腕でもがき始めた猫。
 優しくが下に下ろすと、俺の脚にすりより、何かを訴えるかのように鳴いた。

 否。
 クルックシャンクスはしゃべった。

 <お前は、ずいぶんとすばらしい主人を持っているんだな>

 !
 俺はびっくりしてしばらく開いた口がふさがらない状態だった。
 はそんな俺たちの姿を見てくすくすと微笑んでいた。
 どうやらには、ただの鳴き声にしか聞こえないらしい。
 確かに、俺達は同じ猫科の動物。
 ニトともある程度の意思の疎通は出来た。
 だけれど、こんなにはっきりと、言葉として鳴き声を認識したことは無いので、俺はどうしていいのか分からなかった。
 ニトと意思の疎通をする時だって、それは本能的に理解できることであって、こんな風に鳴き声を言葉として認識するなんて事は無かったんだ。正直驚いている。
 しかし、返事をせずにもいられないので、ぐるぐるとのどを鳴らしてみる。
 相手は満足そうに頷いた。

 <でも、ねずみには気をつけな。悪い奴だからな>

 もう一度クルックシャンクスがしゃべった……鳴いた…のだろうか。
 とりあえず、俺はその言葉に対して頷くと、彼は満足したのか、蟹股で尻尾を振りながらどこかへ歩いていった。

 「ああ、行ってしまったね」

 がばいばい、と手を振ると人の言葉すらしっかりと理解しているかのようにクルックシャンクスは尻尾を優雅に揺らすのだった。
 とてもあの容姿からは考えられないが。

 「まぁっ!!

 突然後ろから声がする。
 振り返ってみると、ついさっき消えてしまったハーマイオニーだった。

 「どうしてがこんなところにいるの?授業は?」
 「まだ始まっていないけれど……ハーマイオニーはいつからここに?」
 「………………よ。あ、私授業に行かなくちゃ。それじゃあね、
 「あ、うん」

 ひらひらと手を振りながら、重そうなかばんをずるずると引きずって、それでも精一杯走るハーマイオニーを見送る
 ハーマイオニーの姿が完全に見えなくなると、一度首を横にひねった。

 「…ハーマイオニーは何か隠し事をしている…?」

 ハーマイオニーのことがよほど気になるのであろうか。
 次の教室までの道のりを、ずっとぶつくさと何かつぶやきながら歩いていた。
 それにしてもハーマイオニーはいつあの場所に現れたんだろう……?






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 廊下での出来事。
 は頭がいいのでたぶん気付きます(笑)
 でも、たぶん黙ってます(笑)