週末 2


 「ああ、苦かった」

 二杯目の紅茶に、角砂糖を7個も入れてため息をつきながら、ルーピン教授はそういった。
 は苦笑しながら角砂糖を半分に割って紅茶の中に落とし、くるくるとかき回していた。

 「…甘党なんですね」
 「ああ、昔っからね。甘いものがとってもすきなんだ。心を落ち着けてくれるからね」
 「そういえば、汽車の中でも体の半分はあろうかという大きなチョコレートの板を抱えていましたしね」
 「特にチョコレートが好きだからね」

 にっこりと笑みを返す教授に、も笑みを返す。
 3年生以上のほとんどの生徒がホグズミードに出かけている今日は、廊下が騒がしくない。
 静かでちょうどいい雰囲気だ。
 笑顔で会話をしているとルーピン教授を見ると何故だか俺まで心が和やかになってくる。

 「…そういえば、もまね妖怪のときは戦わなかったね」
 「あ、はい」
 「壁側のほうにいたから私も見落としていたけれど……意図的にあっちにいたのかい?」
 「ええ」

 は微笑みながらそう答えた。

 「どうしても自分の恐いものが思いつかなかったんですよ。一番恐いものって言うのが…なんだかわからなくて」
 「……そうなのか……まあ、探し当てられなくてもまね妖怪と面と向き合えばまね妖怪が変身してくれるだろうけれどね」
 「……そうだといいのですが」

 が少し寂しげにそう答えたのを聞いて、ルーピン教授は少々眉をひそめ、甘ったるい紅茶を机の上に置いた。
 怪訝な顔をしてのほうを見る。
 は笑みを絶やさない。

 「…それじゃあ、やってみるかい?」

 唐突に教授はそういった。
 でもは、笑顔で首を横に振った。

 「やめておきます。やる前から答えがわかっているものはやっても面白くないから」
 「ずいぶんと寂しいことを言うね。答えがわかっているってどういうことだい?」
 「……そのままの意味ですよ。たぶん…たぶん僕がまね妖怪と向き合ったら、その瞬間にまね妖怪は消えるでしょう」
 「………………」
 「一度試したことがあるんですよ」

 はやっぱり寂しげに微笑んでいた。
 俺は、夏休みのとある出来事を思い出した。
 それは、サラザール・スリザリンと共に過ごした、少し不思議な夏休みのことだった。





 「…まね妖怪は己の一番恐いと思うものに変身する」

 最初はサラザールの姿。
 次はヴォルデモート卿の姿。
 それから……小さな犬の姿。
 ……そして最後には……

 「己の中に恐怖がなくなったのならば、何事にも立ち向かえる勇気が備わっているのならば……まね妖怪は消滅するはずだ」

 …最後にの前にまね妖怪が現れたとき、はやんわりとした笑みを浮かべたままでまね妖怪に立ち向かった。
 まね妖怪はの前に姿を現すと……ぽんっと音を立てて消えた。

 「…及第点」

 つまり合格。
 サラザールが満足げに口元を緩めるのを見て、が笑顔になった。





 「…さすが、先生のお子さんだ」

 どこか懐かしい表情をしながらルーピン教授がつぶやいた。
 教授はニコニコと笑みを浮かべていた。
 水槽の水魔は笑顔が気に食わないらしく、時折水草の陰から顔を覗かせてはしゃーっと唸りながら僕たちを指差していた。
 でも誰も、水魔のことなんて気にしてなかった。

 笑顔のルーピン教授をじっと見ていると、どうしてもその影に暗い過去を背負っているように思えてならない。
 透視…ではないけれど、時折ルーピン教授の過去が垣間見えるときがある。
 黒い大きな犬が決まってそこにはいる。
 楽しかった学生時代を経て……辛く苦しい時代がやってくる。
 この人は、どうしてその辛さに耐えてきたんだろう…そんな風に思ってしまう。

 「ねえ、教授」
 「うん?」

 まだ半分ほど残っている紅茶に口付けながら僕は教授を見た。

 「…ここに来て、楽しいですか?」
 「もちろん」

 教授は笑顔でそういったけれど、その笑みは少し寂しげだった。
 …僕が、ロンに見せる寂しげな笑みとはまた違う。
 もっともっと重い重い過去を背負ってきた人が見せる辛い笑みだ。

 「シリウス・ブラックの無罪が早く分かって、ピーター・ペティグリューが早くつかまるといいですね」

 ぼそり、そうつぶやくと、一気に教授の顔が青くなった。
 にこりと僕は微笑んだ。

 「…どういうことだい?」
 「教養のうち…とでも言っておきましょうか」
 「…………」
 「気にしないでくださいな。今は理解できなくても、そのうち僕の言ったことが理解できる日がきます、きっと」

 ほっと教授は胸をなでおろした。
 そんなに恐いことなんだろうか。

 「………さすが、先生のお子さんだ」

 先ほどと同じ言葉を繰り返し、教授は力なく笑った。
 ちょっとわるいことをしたかな、と思いつつも、いずれ人々に知れることだからと思っている僕は、あえて知っていることを彼に隠そうとはしなかった。

 ああ、そうだ。
 ハロウィーンのご馳走を、禁じられた森で待っている真っ黒い犬に持っていってあげないといけないな。

 半分に割れた角砂糖をに与えながらそんなことを考えていた。

 「それじゃあ教授。紅茶ご馳走様でした。また宴会のときに」

 カップを置いて笑顔で一礼すると、教授はにっこり微笑んでくれた。
 この人は強い…そう思った。

 扉を閉め廊下に出ると、僕は図書室のほうに向かって歩き始めた。
 のお叱りを受けることを覚悟しながら、ね。






〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 さりげなくすごいこと言ってますな、(笑)
 まあ、スリザリンですからね。