宴の夜
「……いない」
禁じられた森の奥深くでがそうつぶやいた。
古ぼけた小さな小屋に、今朝食事を運んできたときまでは確実にいたはずの人物が、そこにはいなかった。
ハロウィーンと第一回目のホグズミード週末が重なった今日。
俺達はホグズミードには行かずに一日を過ごした。
途中を図書室で待たせながら、ずっとルーピン教授と話をしていたものだから、後からにこっぴどく叱られたのは言うまでもない。
それからは、禁じられた森の奥で待っている、通称黒わんわんのために厨房から食事を一人分もらってきたわけなんだけれども…肝心の、黒わんわんがここにはいなかった。
「…黒わんわん?出ておいで?」
困惑したの声。
心配しているのは、黒わんわんが軽率な行動をして見つかってしまうこと。
それから、黒わんわんが吸魂鬼に襲われること。
の話によれば、シリウス・ブラックは無実らしい。
無実のものをアズカバンに何年も閉じ込めておいた…というところがには引っかかるらしい。
「……どうやら彼はこの森にはいないらしい」
ふぅ…とため息をつき真剣な顔をしたが俺の首筋を撫でた。
の右腕には、この森の鳥類の長である白大鷹がとまり、の耳元で何か囁くような仕草を見せていた。
こまったな…と、が懐中時計を取り出して深いため息をつく。
「…そろそろ戻らないとみんなに心配をかけてしまう」
かたり、と持ってきた食べ物を古ぼけたテーブルの上に置くと、は少し寂しげな表情を浮かべて鷹を放した。
それから、急ぎ足で森から去っていく。
あたりを気にしているようだが、いくら探しても黒わんわんの姿は見当たらなかった。
ちょっと遅れて大広間に入ると、中は宴の真っ最中ですごい盛り上がりようだった。
寮のテーブルからはみ出した生徒たちを押しのけながらはを探し当てる。
「…どこに行ってたんだい?」
「ちょっと、寮に忘れ物をしちゃって」
シリウス・ブラックのことはにも秘密にしてあるから、今はまだ言えない。
は、あはは、といつものように優しい笑顔を浮かべながらすんなりと宴の中に溶け込んでいった。
俺がの足元に寝転がると、のローブの裾から眠そうなニトが這い出してくる。
てけてけ歩いて近づいてきたニトは、俺の前足の間に入ると、のローブの中でも同じ事をしていたのであろう、寝心地のいいようにその場を整えてちゃっかりそこで丸くなった。
怒るわけにもいかないので、静電気で逆立ってしまったニトの毛づくろいをしながら、俺もうとうととまどろんでいく。
「ホグズミードはどうだった、ドラコ」
「そりゃもう最高だったさ。ああ、そうだ。ハニーデュークスで君たちにお土産を買ってきたんだ。うちがよく食べる高級菓子屋の菓子とは比べ物にもならない普通のお菓子だけれどね。まあ、その辺のよりはおいしいんじゃないかな」
「ありがとう」
「次回は君たちも参加するんだろう?」
「…気分によって、だな」
笑顔で会話する生徒たち。
やはり宴の日は楽しい。
は少々気にかかることがあるみたいだったけれど、それでもやっぱり宴は楽しいのだろう、終始笑顔だった。
の笑い声を聞くのは俺としてもとても嬉しいものだ。
宴の締めくくりはゴーストによる余興だった。
壁やらテーブルやらからぽわんと現れて、編隊を組んで空中滑走した。
グリフィンドールの寮つきゴースト、「ほとんど首なしニック」は、しくじった打ち首の場面を再現し、大受けした。
「ポッター、吸魂鬼がよろしくってさっ!」
帰り際に、俺たちの目の前を歩いていたドラコが、満面の笑みでハリーに対してからかいの言葉を叫んだけれど、それすら気にならないほど今日の宴は盛り上がった。
寮の談話室に入ると、今日行ったホグズミードの話から宴のときの話まで、まだハロウィーンの熱が冷めないかのようにみんなわいわいがやがやおしゃべりを続けていた。
そんな奴らを適当にあしらうと、とはそそくさと自分の寮に戻る。
二人とも少しお疲れのようだ。
「にぎわってたね、ハロウィーンの宴」
「ホグズミードからの帰りだから特にな」
ニコニコと会話をする。 自分用のベッドに腰掛けると、優しい声で俺を呼んでブラッシングしてくれる。
ふいっと、のひざの上に飛び乗った俺は、の首元の変化に気がついた。
ヘルガからもらったペンダントが淡く光っている。
「…あれ……」
どうやらもペンダントの異変に気がついたようだ。
ブラッシングをしていた手を止めると、ベッドから降りて机の上に水晶玉を出す。
の不思議な視線すら気にする事が出来ないほど、は集中していた。
水晶玉に色んな映像が浮かび上がっては消える。
肖像画。
黒わんわん。
花びら。
禁じられた森。
映像が移り変わるたびにの顔が蒼白になっていく。
とんとんっ
部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「…何か?」
「城内にシリウス・ブラックが潜んでいる危険があるんだそうだ。だから、全員大広間に集合…だって」
「わかった、すぐ行くよ」
が頷くと、連絡をしにきた監督生はなるべく早く、と告げた。
は扉を閉めるとニトを抱きかかえる。
「、聞いただろう?」
「………うん。行こうか」
ちょっと落ちこんでいるは、水晶玉を消すと俺を連れて部屋を出た。
シリウス・ブラック…と聞いて、の嫌な予感が的中したのかもしれない。
が落ち込んでいた。
大広間に着くと、すべての寮の生徒がそこにいた。
みんな当惑な表情をしていて、その側ではマクゴナガル教授とフリットウィック教授が大広間の戸という戸を全部閉め切っていた。
黒わんわんがいなかった。
まさかこんなことになるとは思わなかったけれど、どうやら黒わんわん……シリウス・ブラック……の仕業らしい。
太った婦人……グリフィンドール寮の入り口の肖像画が、滅多切りにされていた。
婦人は恥ずかしくなってどこかの肖像画へ隠れてしまった。
「先生たち全員で、城の中を隈なく捜索せねばならん。……ということは、気の毒じゃが、皆、今夜はここに泊まることになろうの。みんなの安全のためじゃ。監督生は大広間の入り口の見張りに立ってもらおう。首席の二人に、ここの指揮を任せようぞ。何か不審なことがあれば、直ちにわしに知らせるように」
ダンブルドア校長の声はいつになく真剣だった。
大広間の隅に立っているとは、まったく迷惑な話だ、といわんばかりの表情でダンブルドアの話を聞いていた。
ついでに言うと、ニトはの腕の中でおねむだったし、ドラコの足はすくんでいた。
「おお、そうじゃ。必要なものがあったのう」
部屋を出て行こうとしていたダンブルドアは一度立ち止まると、はらりと杖を振った。
すると、長いテーブルが全部大広間の片隅に飛んでいき、きちんと壁を背にして並んだ。
もう一振りすると、何百個ものふかふかした紫色の寝袋が表れて、床いっぱいに敷き詰められた。
「ぐっすりおやすみ」
大広間を出て行きながら、ダンブルドア校長が声をかけた。
たちまち大広間が煩くなった。
とが首を横に振って、半ば呆れた表情で寝袋を掴んでいた。
「……シリウス・ブラック……か」
「…どうして、こう、疑いのかかりやすい行動を取るのか僕には疑問だね」
「行動が軽率すぎる気がしないでもないんだけど……でも、ちょうどハロウィーンだし、ホグズミードだし……」
「…あれ、か?」
当然のごとく寝袋の中に入れない俺は、との寝袋の間に入って暖を取ることにした。
が俺を抱きしめながらと話をしている。
の視線は、ハリーを見ている。
「おそらく、ね」
「…まったく、無茶な奴だな」
「……グリフィンドール寮からの卒業生で、ハリーの両親、ジェームズとリリーのトモダチだからね。ルーピン教授も、それからいなくなったと言われているピーター・ペティグリューとも仲の良かった人だ。無茶をやらかさないわけが無い」
「…まったく。4人で出来た無茶も、一人じゃあ成功する確率が減るんだ。僕らに迷惑がかかるんだから、軽率な行動は謹んでもらいたいね」
「さあ、さあ、おしゃべりはやめたまえ!消灯まで後十分っ!」
パーシーの声が響き渡る。
とは一層声を潜める。
いつの間にか俺は夢の世界にいた。
ふと、目が覚めたのはなぜか隣が涼しくなったからだった。
すやすやと眠っているとニトの姿はあるものの、なぜかの姿が無かった。
それから、頭の上で話し声が聞こえる。
「……、眠れないのかい?」
「ええ」
「…………よろしい。わしについてきなさい」
むくっと起き上がり、俺はの後に続いた。
ダンブルドアは、吸魂鬼に会いに行くらしい。
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歯切れ悪いなぁ。
とりあえず、シリウス・ブラック=黒わんわん でっ!(笑)