輝く原石
大広間に到着すると、二人分の食事と荷物の詰まった大きな鞄を手にしたが、僕に小さく手を振って合図を送っていた。
金曜日は午後の授業がないためか、多くの生徒が大広間でゆったりと食事をとっている。僕の姿を見つけたスリザリンの生徒たちの挨拶に返事をしながらのところまで行くと、彼のすぐ横に顔を赤らめ恐縮した表情を浮かべているハーマイオニーが立っていた。
天気がいいから中庭で食事をしよう、というの提案に首を縦に振る。生徒に気付かれないようにこっそりやってきた屋敷しもべ妖精が食事の用意をしてくれたので、僕はそれを受け取ると、とハーマイオニーと一緒に中庭に向かった。
あんな授業の後だったから、の機嫌は悪いだろうと想像していたけれど、どうやらそこまでひどく機嫌を損ねているわけではないようだ。内心ほっと胸をなで下ろす。の機嫌を直すのは結構大変なんだ。
中庭の大樹の下は僕らのお気に入りの場所。空は青く澄み渡り、雲一つない晴天。太陽の光が大地を照らし、心地よい風が僕らの髪をさらっていく。外で食事をするにはうってつけの天気だ。
両手のふさがっているの代わりに呪文を唱えると、木製の円卓と椅子を大樹の下に用意した。ハーマイオニーに椅子をすすめたは彼女の前に食事を置き、カバンを足元に置いた。重量感のある音が足元から聞こえる。
「あ、ありがとう、。重かったでしょう?」
「そうだな。こんなに重いものを女の子に持たせちゃいけないよな」
にっ、と笑みを浮かべたをハーマイオニーは目を見開いて見つめ、それから少しうつむいた。頬には紅が差し、ローブを両手で握っている。どうやら、こういったことをされるのには慣れていないようだ。
「中身は全部本?」
「ええ。私の家族に魔法族はいないから……ホグワーツの入学許可証が届いた時も驚いたし、魔法界について知らないことがたくさんあるわ。だから、みんなに後れを取らないように色んな本を読んで勉強しているの。教科書も全部暗記したわ。だから私、今日の魔法薬学の質問、全部答え知ってたのよ。先生は私のこと指名してくれなかったけど……指名してくれたらすぐに答えられたのに」
簡単な祈りを捧げて食事を始める。
どうして私を指名してくれなかったのかしら、なんてぶつぶつ言いながら食事を始めるハーマイオニーを、は楽しそうに見つめている。この子はとても興味深い生徒だ。
ハーマイオニーは先の魔法薬学の授業でもほぼ完璧と言える薬を作り出していた。おそらくセブルスがハーマイオニーを指名していたら、彼女はセブルスの質問に完璧に答えていただろう。もっとも、あの質問はハリーが通常の生徒と何ら変わりのない魔法使い見習いであることを生徒たちに知らしめるための質問であって、答えを知っていることが重要なことではなかったのだが。
「勤勉な生徒は嫌いじゃないよ。ハーマイオニー、ホグワーツは楽しいかい?」
「ええとっても。でも、魔法が使えるだけでみんな普通の生徒なのね。せっかく魔法使いの家系に生まれているんだから、もっと勉強すればいいのに。寮の談話室に行くと、みんな馬鹿げた話ばかり。如何に規則を破ったかなんてのを競ってる人たちもいて、子どもっぽいわ。入学する前にたくさん本を読んで、グリフィンドールが一番いい寮みたいだわって思ってたけど……汽車の中でが言った通りね。どの寮に所属するのかっていうのは大して重要じゃないみたい」
が声を出して笑った。ハーマイオニーの背中を軽くたたきながら、真面目だな、と声をかける。
僕は、がハーマイオニーを食事に誘った理由をなんとなく理解し始めていた。
「大抵の場合、ホグワーツの1年生は女子のほうが男子よりも大人びていて成績もいい。フレッドとジョージなんか入学当初から全然変わってないんだ」
「談話室でもいつも騒がしいわ」
「だけど、あの二人、成績は悪くない。彼らは彼らなりの方法でホグワーツでの生活を全身で楽しんでいる。真似しろとは言わないけど、勉強以外にもホグワーツには楽しいことがたくさんあるから、それを探していくといいと思うよ」
「……難しいわね、そういうの。私、昔っからそういうの苦手なの。死ぬよりも成績が悪いことのほうが怖いもの。自分が今遊んでいることで成績が悪くなったらどうしよう……ってそんなことばっかり考えてしまうの。どうしてみんなあんなに気楽なのか不思議だわ」
試験にはどんな内容が出るのか、どう言う風に勉強すれば試験でいい成績が取れるのか、そんなことを真剣な表情でに質問するハーマイオニー。は声を出して笑いながら、一つ一つ丁寧に説明している。
新学期が始まって一週間。新入生の授業を一週間見続けてきた僕らが新入生たちの現状を理解し始める頃だ。きっとは、精神的な圧力が魔力の暴走につながってしまうネビル・ロングボトムや、魔法界でその名前を知らないものはないと言われているけれど、本人はただの魔法使い見習いでしかないハリー・ポッターよりもまず、ハーマイオニーが気になったのだろう。
勤勉で品行方正な女生徒で、教授たちからの評判も上々。一見大して問題のない生徒のように見えるが、彼女には一つ問題点がある。
金曜日の午後は授業がない。スリザリン寮で毎日夕食後に行われる勉強会も金曜日の夜は開催されない。真面目で優秀、勤勉なスリザリンの生徒たちも金曜日の午後だけは、友人と連れ立って娯楽に勤しむ。そんな日の午後に、20冊はあろうかという本を抱えて一人で大広間で食事をしようとしているハーマイオニーに、は声をかけずにいられなかったのだろう。同じ状況に遭遇したらきっと僕もと同じように彼女に声をかけている。
「ま、試験が近くなったら教授から話があるよ。入学してまだ一週間だろう? そんなに気を張らなくたって大丈夫。もっと体をほぐしてホグワーツを全身で楽しんだほうがいいって。寮の女の子たちが話してるオシャレに関するあれこれに参加してみたり、恋の話に参加してみたりするのもきっと面白い。もちろん、先輩たちと関わるのだってためになる。そういえば、パーシーとはよく話してるみたいだな」
「ええ。パーシーは監督生だし真面目だし、勉強に関することは彼に聞くとよくわかるの。もっとも、最初は自分で本で調べるんだけど……でも、オシャレに関するあれこれには私ついていけないわ。だって、あの子たちが話してることって本当にくだらないことばかりなんですもの」
あきれたため息をつくハーマイオニーを見て、はまた笑みを見せた。僕はもったいないな、とハーマイオニーを見つめた。
豊かな栗色の髪は魔法薬学の授業で蒸気を吸ったせいか多少膨らんでいたが、ほんの少し櫛を通してまとめればきれいになるだろう。ハーマイオニーとはギリシャ神話に出てくるヘルミオネーの英語読みだが、ヘルミオネーは地上で最も美しい絶世の美女ヘレネーの娘の名だ。まだ幼いけれど、ハーマイオニーはほんの少し自分の見た目に気を使うだけで美しくなるだけの器量よしだ。
僕はさっと櫛を取り出すと、ハーマイオニーの髪に当てた。
「せっかくのきれいな髪がもったいないよ。ほんの少し櫛を当てるだけで艶やかになる」
「あ、ありがとう、……私、髪の量がすごく多くて」
顔を真っ赤にしたハーマイオニーが戸惑いがちに僕を見つめている。口元をゆるめて彼女を見ると、蒸気で膨らんだ彼女の髪を整えた。確かに髪の量は多いけれど、たっぷりとした栗色の髪はやわらかくて上質だ。
きっと姉妹はいないのだろう。ホグワーツに入学する前も友達はそれほど多くなかったのかもしれない。人に気を使われることに不慣れなようだ。
「は結構ハーマイオニーのこと気に入ってるんだ」
「でも私、スリザリンの生徒じゃないわ。それに家族に誰も魔法族はいないし……」
「そんなこと関係ないって、な、」
「……そう、なの?」
「頭のいい生徒は嫌いじゃないよ。それに、寮は関係ないって前も言っただろう? 確かに寮によって個性は出るけどね。だけど、学校は勉強だけをするところじゃない。もう少し周りを見られるようになったらホグワーツでの生活はもっと華やかになる」
そう伝えてみたものの、入学したての1年生にはまだ理解しがたい話かもしれないな、と僕は心の中で苦笑した。
「ああ、そういえば、勉強会はまだやってるのか?」
は突然僕に目配せをしながらそう尋ねてきた。含みのある言い方に、僕が気付かないわけがない。いきなり勉強会の話が出たにも関わらず、ハーマイオニーは目をキラキラさせて僕らを見つめているじゃないか。
「それは毎日夕食後に開かれている寮の勉強会のことか? それとも個人的に生徒から頼まれたやつか?」
「まだ寮でも勉強会を開いてるのか。本当にスリザリンの生徒は勤勉だな。あとはちょっと性格がよくなれば文句はないんだが……」
「生徒と一緒にふざけて減点される君に言われたくないな」
「へへっ、だってフレッドとジョージってば最高なんだ」
は食べ終わった食器を僕の食器と重ねながら屈託なく笑った。子どものようにあどけない笑みが僕の心を穏やかにする。
寮長が生徒と一緒になっていたずらを楽しむなんて、本当は厳重に注意しなければならないことなのだが、僕らが注意しなくても教授陣がに小言をかますので、なんとなく僕ややはの行動を見守ってしまう傾向にある。もちろんは加減を心得ているので、生徒が明らかに常軌を逸脱したいたずらを仕掛けそうになったときは止めに入っている。それを知っているから余計、僕は強くを戒めることはしない。
「お勉強会って……スリザリンの生徒だけ?」
「いや、僕の知識でよければ、どの寮の生徒でも受け付けている。ああ、寮の勉強会には他寮の生徒は参加できないから、それ以外の時間になるが」
「それって、もしかして、私も……できる?」
「今の君にこれ以上の勉強は必要ないと思うが……それでも、ハーマイオニーが望むなら時間を取ってあげるよ」
「ぜひっ! ぜひお願いできるかしらっ! わからないことは本で確認してるけど、それでもわからないこともあるし、授業の予習復習も見てほしいのっ!」
授業の予習復習くらいならが……と言いかけて僕は口を閉じた。おどけた顔をしているがどうしてこの話題を僕に振ったのか、僕が理解していないわけじゃない。は、僕がハーマイオニーと関わることで彼女の問題点が改善されるかもしれないということを期待しているのだ。寮内のことはが補助することができるが、それ以外の部分を僕に補ってほしいとでも言っているのだろう。
伝え方がへたくそだ、と悪態をつきたくなる。だが、が物事を隠して伝えるのがへたなのは今に始まったことではない、か。
軽くをにらみつけてみたが、は相変わらず笑顔で僕を見ているだけだった。
「休日でも構わないか?」
「ええ、もちろん」
「それなら、日曜日の午前中なら空いているよ。場所は……そうだな、図書館でどうだろう?」
「ありがとう、! 嬉しいわ」
ハーマイオニーは僕に向かって深々と頭を下げた。
「本当に嬉しいわ。色んなことを知ることができるってとっても楽しいから。とのお勉強会のために、私図書館に行っていっぱい調べものするわ。何がわからないのか、をわかることも重要よね」
それから食べ終わった食器を手にすると、足元に置いた鞄を手にして立ち上がった。
忙しないけれど、やりたくなったらすぐ行動に移さないとすまない性分なのだろう。それがハーマイオニーのいいところだ。
「、、ご飯に誘ってくれてありがとう。それに、お勉強会も。金曜日の午後は二人で過ごすって聞いてたのに、お邪魔しちゃったわ。本当にありがとう。私、日曜日のお勉強会のために図書館で新しい本を借りてくることにする。ありがとう、二人とも」
ずっしりとした荷物を背負ったハーマイオニーは、満面の笑みを浮かべてもう一度僕とに深々と頭を下げた。
はひらひらと手を振り、また一緒に食事しよう、と声をかける。
荷物に背負われているような姿のハーマイオニーはそれでも逢った時よりも生き生きとした表情を浮かべて、大広間のほうに向かって歩き始めた。彼女の姿が見えなくなるまで見つめた後、僕は小さくため息をついてを見た。
「ありがとな、」
「お安い御用だ」
「気になってたんだけど、あの性格だからさ。なかなかうまい手が思いつかなくて。僕と勉強会っていうのも変な話だし、頼めるのがお前くらいしかいなかったんだ」
「本当に、君の寮には個性的な子が集まるな」
「だから、寮生活は面白いんだ」
穏やかな日差しの差し込む中庭に、の笑顔が輝いている。
食器をお片付けします、とやってきた屋敷しもべ妖精に食べ終わった食器を預けると、円卓も椅子も片づけて僕は大きく伸びをした。
見上げた空は青く澄み渡り、木漏れ日が地面を照らしていた。
「さてと、、今日の予定は?」
「特に何も。金曜日は夕食後の勉強会もない」
「それじゃ、禁じられた森にでも遊びに行くか。久しぶりに目いっぱい体を動かしたい気分なんだ」
「あまり騒ぐとルビウスに怒られるぞ」
「ルビウスっていえば、ちょうどハリーたちがルビウスの小屋に遊びに行ってるんじゃなかったかな、今日。面白そうだから僕たちも行ってみるか?」
行動の理由が面白そうだ、の一言だけだなんて、なんて子どもっぽいんだ……そんな風に思いながら、僕が小さなため息をつくと、は声を出して笑いながら僕の腕に絡んできた。
「ほら行くぞ、」
だけど、魔法薬学でそこなった彼の機嫌はずいぶんよくなってきているようだし、ここでまた機嫌を損なうようなことをしてしまうわけにはいかないな。
わかった、と小さく返事をして僕はと共に禁じられた森に向かった。
少し短め。ハーマイオニーが気になる寮長さんたち。
01/14/2012