彼の目的
大広間に残った僕らにアルバスが告げたのは、ヴォルデモートが賢者の石を狙っている、という情報だった。いち早く情報を手に入れたアルバスの指示でルビウスが賢者の石をグリンゴッツ魔法銀行から持ち出し、石は現在、四階の右側の廊下にある部屋から続く地下の部屋へ移動され、ホグワーツの教員が施した数々の侵入者対策の罠によって防護されていると言う。入口にはルビウスの可愛がっていた三頭犬を配置しているため、生徒がみだりに入って襲われないよう、四階の右側の廊下は立ち入り禁止にしたらしい。
ルビウスが賢者の石を持ちだしたその日の夜、グリンゴッツに何者かが侵入していることから、ヴォルデモートが賢者の石を狙っていることは確実になった。おそらく彼はホグワーツに賢者の石があることを既に突き止めているだろう、とアルバスは推測している。生徒たちを危険な目に合わせることのないよう、僕らにはより一層の警戒をしてほしい、と彼は言っていた。
そんな重要な話を聞いた後にすんなり眠りに就くことができるはずもなく、一旦は寮の自室に戻った僕らだったが、すぐに全員が守護者の間に足を踏み入れた。
中央のテーブルの上に座らせたトムは相変わらず冷たい人形のままだが、クィリナスの連れていたグリーンイグアナのことがどうしても僕の頭の中から離れない。賢者の石がホグワーツにあることを突き止めているどころか、ヴォルデモートは既にホグワーツに侵入しているのではないかという不安がよぎる。
「少々面倒なことになりましたね」
「だよねー。ヴォルデモートがホグワーツに危害を加えるようなら、僕たちは彼を排除しなくちゃいけないものね」
「現状、アルバスのいるこのホグワーツが一番安全と言えば安全なのでしょうが……」
「だが、あいつはホグワーツの内部を知っている」
レイルの淹れた紅茶を受け取りながら、僕はアラタの言葉に頷いた。
過去に最も手を焼いた二人組ジェームズ・ポッターとシリウス・ブラックや、その二人とも互角と言われるフレッドとジョージ・ウィーズリーをも上回る秘密をヴォルデモートは知っている。
アラタが明らかに落ち着かないのは、かつて僕らが彼にホグワーツの秘密を教えたことを悔いているからだ。
守護者の間への入室権限を与え、事あるごとにヴォルデモートを可愛がっていた僕らにとって、ヴォルデモートに関連する話は傷をえぐるようなものだった。
「まぁ、僕たちが直接危害を加えることができないだけで、ヴォルデモートを排除する方法なんていくらでもあるんだろうけど……」
「しかし、僕たちには感情と言うものがありますからね。これは少々厄介ですよ。感情は時に行動に迷いを与えます」
レイルとナツキは紅茶を呑んだり茶菓子を口に運んだりと、僕やアラタよりもいくらか冷静だ。
せっかく紅茶を淹れてくれたレイルには悪いが、僕は何かを口にする気には到底なれそうにない。アラタも肘掛けに載せた指を苛々と動かし続けていて、自分の感情を制御することすら難しそうな状態だ。
小さく溜息をつくと、レイルが僕を見つめた。
「……シキ、何か気になることでもあるんですか?」
「いや……クィリナスの連れていたイグアナが少し気になっているだけだ」
「イグアナ?」
忙しなく動いていたアラタの指が止まる。僕の腕に手を載せたアラタがじっと僕の顔を見つめた。他の二人も怪訝そうな顔をして僕の顔を覗き込んでいる。
「教員席を見なかったか? クィリナスの腕にグリーンイグアナが一匹しがみついていた。近くで見たわけじゃないからあれがヴォルデモートの宿っていたイグアナなのかどうかは分からなかったが……」
三人はそれぞれ顔を見合わせると、手にしていたお菓子や紅茶をテーブルの上に置き、やや青ざめた顔を僕の方に向けた。
「それって、すごくまずい事なんじゃない?」
「もし仮にそのイグアナがヴォルデモートの宿っていたイグアナだとしたら、ヴォルデモートは既にホグワーツに入り込んでいますね」
ふっ、と守護者の間に誰かが入ってきた気配を感じ、僕らは一斉に入室用の像のほうを向いた。しかし、誰の姿も視認することが出来なかった。ただ、気配だけが部屋の中を漂い、すっと一瞬消えたかと思うと、テーブルの上にいたトムの身体が動き始めた。
やはり、ヴォルデモートは既にホグワーツに侵入していたのか……僕らはただじっと動くトムを見つめている。
トムは何度か瞬きを繰り返した後、テーブルの上におもむろに立ち上がり、全身の動きを確かめるかのように身体を動かしていた。それから、彼を見つめて微動だにしない僕らのほうに向きなおると、昔僕らに見せていたようなあどけない笑みを浮かべた。
「……ヴォルデモートっ!!」
がたりと立ち上がってトムに喰いかかったアラタが、腰に差した剣を抜きトムの鼻先に切っ先を突き付けた。慌てて止めに入ったが、トムは優雅にアラタの切っ先を手で払うと、100cmに満たない小さな体でテーブルの上を歩き回り、ようやく満足が言ったのか、手を伸ばして僕のローブを掴んだ。
「久しぶりだね、シキ。ダイアゴン横丁以来かな」
「シキに触れるなっ!」
アラタが僕の身体を後ろに押し戻す。無理やり引きはがされたトムは明らかに不機嫌な顔をしてアラタを睨みつけた。
ナツキがテーブルに一歩近づき、動き出したトムの身体を指で突っつくと、トムは嫌そうに身体を仰け反らせた。
「わー、すごい。さっきまでの冷たい人形と違って、ちゃんと人間みたいに温かいよ!」
「……ナツキ、あなたは今の状況を理解していますか?」
「うん。ヴォルデモートがトムに宿ったんでしょ? よくわかってるよ。久しぶりだね、ヴォル」
あっけらかんとした表情のナツキを見つめ、レイルが頭を抱えて溜息をついた。ヴォルデモートは子どものように声を出して笑い、それがアラタの怒りを増幅させることになった。
「君たち、全然変わらないね。最後に逢ったのはいつだっけ? あの忌々しい予言を知った後だから、もう11年くらい前になるのかな」
「よくものこのこと此処に顔を出せたものだな、ヴォルデモート!」
「なんだい、アラタ。君は僕に逢いたくなかったのかい?」
「……アラタ、とりあえず剣を収めろ。落ち着いて話もできない」
「話をする必要なんかあるか! 今すぐ切り裂いてやる!」
今にもヴォルデモートに飛び掛かりそうなアラタの身体を後ろから抱きつくようにして留めると、彼の手にした剣に僕の手を重ねて鞘に戻そうとする。
正直なことを言えば、ヴォルデモートがトムに宿ったことに関しては僕も複雑な心境だ。僕らの守るべき場所ホグワーツに闇の帝王が堂々と侵入しているのを目撃している今、アラタのように敵意をむき出しにして飛び掛かるのが正しいのかもしれない。けれどトムを壊したところでヴォルデモートが消滅するわけではないし、僕らはヴォルデモートに直接危害を加えることはできないのだから、此処で彼に噛みついても意味がないとも思う。何より、心の奥底に動き始めたトムを愛おしく思っている自分がいることが感情をより複雑なものにしていた。
僕らから1m以上離れた瞬間、ころん、とバランスを崩してテーブルの上に転がったヴォルデモートが、動けない、ともがいているのをナツキがけらけら笑いながら抱きかかえた。彼はもどかしそうに僕に手を伸ばし、僕は彼に応えようと手を伸ばしたが、アラタの腕が僕の腕を抑えた。
「シキ、こいつを甘やかすなって言ってるだろ! 大体、入学式の日に堂々とホグワーツに侵入するような奴だぞ。この先何をしでかすかわかったもんじゃない!」
「……アラタ……」
「少し落ち着きましょう、アラタ。トムの身体に宿っているうちはヴォルデモートも悪さはできません」
「だけどっ」
「紅茶でも飲んで落ち着こうよ、アラタ。レイルの淹れた紅茶、美味しいよー。僕の作ったお菓子もあるしさっ」
「おまえたちはもう少し危機感を持てっ!」
トムをソファーのひじ掛けに座らせたナツキが、アラタの前に紅茶とお菓子を差し出すと、盛大な溜息をついたアラタが剣を鞘に納めてソファーにどかっと座り込んだ。彼の手に引かれるようにして僕の身体もソファーに倒れこむ。アラタが僕の身体を支えたが、それがヴォルデモートには不満らしく、彼はふんっ、と鼻を鳴らしていた。その仕草が愛らしくてたまらない。
「それで、あなたの目的は何なのですか、ヴォルデモート」
「目的って……僕はシキや君たちに逢いに来ただけなんだけど」
ソファーの肘掛けからナツキの膝の上に飛び降りたヴォルデモートは、ナツキとレイルの身体の上をとんとんと踏み歩き、アラタを乗り越えようとしたところで、アラタに乱暴に身体を掴まれてしまった。
「どうして君は僕の邪魔をするんだい? 僕はシキと触れ合いたいんだ」
「宿る身体を与えられた途端、シキを誘惑するつもりか? そんなことさせるか」
「誘惑だなんて失敬な。僕たちは互いに惹かれ合ってるんだ。君にそれを止める権利なんてないと思うけど」
「……どうして君たちはすぐに噛みつくんだ。少しは落ち着けっていってるだろう?」
アラタが乱暴に持ち上げたヴォルデモートに手を伸ばすと、そのまま彼を抱きかかえるようにしてアラタの腕から解放する。
酷く不満げな顔で僕の髪を引っ張ったアラタと、満足げな笑みを浮かべて僕のローブにしがみついたヴォルデモートの視線が重なり、まるで火花が飛んでいるかのような風景が目の前に広がった。
溜息をついて頭を抱えると、ヴォルデモートが僕の膝の上に腰を下ろして口端を上げた。
「シキ、甘やかすなって言ってるだろ!」
「甘やかしているわけじゃない。君が手にしていると壊してしまいそうだからな。保護しただけだ」
「そうそう。アラタはいつも喧嘩っ早くていけないよ。もう少し冷静になったらどうだい? どうせこの人形を壊したところで僕が消滅するわけじゃないし、そもそも、この人形を壊せばシキがどれだけ悲しむか、君には想像することすらできないのかい?」
ヴォルデモートの小さな手が僕の手に重なり、指を一本軽く握った。冷たい人形だったトムの身体にヴォルデモートが宿ったことで、小さな手は子どもの手のような質感を持っている。入学したての彼を思い出し、なんだか懐かしさを感じてしまう。
アラタにじろりと睨まれ、居心地が悪くなって視線を逸らすと、それがまたアラタの機嫌を悪くさせたのか、思いっきり髪を引っ張られてしまった。
「……痛い」
「おまえは状況が分かっているのか? ホグワーツにヴォルデモートが侵入しているんだぞ。それも賢者の石を狙って」
「……狙ってないよ、そんなもの」
憤慨だな、とでも言うようにヴォルデモートが呟いたので、僕も他の三人も驚いてヴォルデモートを見た。腕を組んで不機嫌な顔をしたヴォルデモートはふん、と鼻を鳴らしながら僕らを見つめている。
「あれ、ホグワーツに侵入した目的は賢者の石じゃないの?」
「手に入ればいいな、程度かな。忠実な部下は手に入れたけど、実力があるわけじゃないしね、彼。グリンゴッツ魔法銀行に侵入するのも手間取ってたし、結局ダンブルドアのほうが一枚上手だったし。ホグワーツで教鞭をとるっていうから一緒についてきたけど、正直彼には期待していないんだ」
それより僕は君たちに逢いたかったんだ、とヴォルデモートは甘い笑みを浮かべた。
「信じられるか、そんなこと」
「僕の目的は君たちに逢うこと、それだけだ。賢者の石はおまけでしかないよ」
アラタは相変わらずヴォルデモートに噛みついていたが、彼が僕の膝の上にいるためか、手出しができないらしい。にぎりしめた拳を何とか打ちつけないように必死に抑えている。
「ねぇ、ホグワーツの教員の一人が君の新しい下僕なの?」
「ああ。アルバニアの森で見つけたんだけど、少し話をしたらすぐに僕に傾倒してきたんだ。使えるかな、って思ってたんだけど……実力はいまいちだった。それでもこうして僕をホグワーツの内部まで運んできたけどね」
「ふうん。まあ、生徒に危害を加えなきゃいいかな」
「そうですね。トムに宿っている間は僕たちがトムを制限することができますし、生徒に危害を加えないなら、あなたはホグワーツの卒業生の一人でしかありませんからね」
楽観的すぎる、とアラタが声を荒げる。レイルとナツキがソファーから降りて僕の正面にやってきたので、膝の上にいるヴォルデモートを取り囲んで小さな輪が出来ている。
レイルたちが楽観的なのか、アラタが考え過ぎているだけなのか……ナツキと手遊びを始めたヴォルデモートを見ていると、人畜無害の生物にしか思えなくなってくる。きゃっきゃと声を出して無邪気に遊ぶヴォルデモートとナツキの姿は、学生時代の彼を思い出させる。おまけに、僕とレイルの創りだした人形がヴォルデモートを麗しく見せているために、どうしても彼をこのまま留めておきたいという衝動に駆られてしまう。
……もちろん、それがホグワーツに悪影響をもたらすであろうことは十分理解しているのだが。
アラタの手がおもむろに僕の手首をつかんだので振り返ると、この上なく複雑な顔をしたアラタが僕を真剣に見つめていた。きっとアラタも心の中に沸くいろいろな衝動と闘っているのだろう。特にアラタは、ヴォルデモートの件に関して人一倍自責の念が強い。
溜息をついてアラタの輪郭に触れた。驚き見開かれた目を見つめると額でアラタの額を軽く小突いた。
「……判断は君に任せるよ、アラタ」
「シキ……」
「ホグワーツは僕らの守るべき場所だ。僕らはホグワーツに危害を与える者を排除しなくてはならない。だけど、今の僕は感情が先走っていて冷静な判断が下せそうにない。だから、君に任せるよ」
レイルもナツキも僕に同意するかのように頷いた。
僕らはもうすでにヴォルデモートの魅力に獲り込まれている。ヴォルデモートが僕らの元にいるという喜び、この世で一番美しく完成させたトムが動いていると言う感動……人畜無害に見えるヴォルデモートをこのままトムに宿らせておきたいと思ってしまう衝動が僕の中に渦を巻いている。
アラタもおそらくそう言った衝動と闘っているんだろう。彼が声を荒げるときはいつもそうだ。
「……君たち、顔が近いよ」
不満げなヴォルデモートの声がする。僕の腕をよじ登ったヴォルデモートが、僕らの間を裂こうと僕とアラタの間で両手をいっぱいに広げている。アラタが顔を真っ赤にしてヴォルデモートを掴み上げ、そのままナツキのほうへ放り出した。
「丁寧に扱ってください、アラタ」
「そうだよー。せっかくシキとレイルが創ったのに、壊れちゃうよ? 壊れちゃったらイグアナのヴォルデモートとしかおしゃべりできなくなるんだよ?」
震える腕が僕の腰の辺りを抱くのをヴォルデモートが恨めしそうに見つめている。僕のことを離す気配がまったくないまま、アラタはヴォルデモートをきっと睨みつける。
「おまえが少しでもホグワーツや生徒に危害を加えたら即刻此処から追い出してやるからな、ヴォルデモート」
「何度言ったらわかってくれるんだい。僕は君たちに逢いに来ただけだって言ってるじゃないか」
ふん、と鼻を鳴らすヴォルデモートと、むきになって彼に噛みつくアラタの姿はヴォルデモートが入学してきた当時の二人の様子を再現しているみたいで、なんだか懐かしくなった。ヴォルデモートはレイルやナツキとはすぐに親しくなったけれど、アラタと普通に会話をするようになったのは1年生が終わる頃だったように思う。
依然睨み合ったままの二人を見つめ、結論は出たようですね、とレイルが微笑んだ。
夜も更けた、とレイルがテーブルの上の食器を片づけ、ナツキはヴォルデモートを抱えたまま自分の寝室に戻ろうと像の前に立った。
僕はレイルの手伝いをしようと思い、立ち上がろうとしたが、アラタは相変わらず僕の腰に腕をまわしたまま、ヴォルデモートを睨み続けていたので、その場から動くことができなかった。
ナツキの腕の中で身動ぎしたヴォルデモートの深紅の瞳が僕を捉える。
「ナツキ、僕はシキと寝たい」
「だーめ。ヴォルとシキが一緒にいるとアラタが怒るもの」
「そんなの大したことじゃないだろう?」
「ヴォルには大したことじゃなくても、僕たちにとっては一大事なんだよ。シキとアラタが喧嘩するとホグワーツが吹っ飛ぶかもって思うくらいの大事になるんだから。それに、本来なら追い出されちゃうはずだったヴォルを、追い出さないでいてくれたアラタに感謝しなくちゃ。今日は僕と一緒に寝ようね」
みんなにお休み、と声をかけると、ナツキはハッフルパフの像に触れ守護者の間から姿を消した。ヴォルデモートの手が最後まで僕の方に伸びていたけれど、ナツキの言ったようにアラタを怒らせてしまうと後が面倒なので、僕は手を伸ばさずにヴォルデモートがナツキと共に部屋に戻っていくのをじっと見ていた。
続いて食器の片付けを終えたレイルが部屋に戻り、守護者の間には僕とアラタだけが残った。
「……いい加減手を離してくれ」
「毒されすぎだ」
「悪かったな。だが君だって衝動と闘っていたんだろう? 結局ヴォルデモートをこの場で追い出すことはしなかった」
鬱陶しいとアラタの手をはがそうとすると、アラタは不満げな顔をして僕の腰から手を離し、そのままその手を肩に回した。一方の手が僕の髪を一房掴む。
「認めたわけじゃないからな。何か少しでもおかしな行動を取るようだったらすぐに此処から追い出す」
「判断は君に任せると言ったはずだ」
「……だったらそんな悲しい顔するなよ」
アラタの唇に触れる髪、なぞられる輪郭線。そんな顔をしていた覚えはない、と撥ね退けるけれどアラタには嘘をつけない自分に苦笑する。
額に触れるだけの軽い接吻をやり過ごすと、少し不満げなアラタの顔が目の前に迫っていた。
「君もヴォルデモートも昔と変わらないね。ヴォルに噛みつきすぎるのは大人げないよ、アラタ」
「シキがヴォルデモートを構い過ぎているんだ」
「もう少し寛容になってくれた方が僕は嬉しいんだが」
嫉妬深くて独占欲の強いアラタは、誰よりも何かを失うことを恐れている。何かあるとすぐに僕に触れてくるこの行動も、自分の手で触って僕がここにいることを確かめないと怖いからなのだ。主ゴドリック・グリフィンドールを失ったときからずっと、彼は何かを失うことを恐れている。
「……もう寝る」
「機嫌を悪くしないでくれ。僕は君がヴォルデモートをこの場に留めてくれたことにすごく感謝しているんだ」
ふん、と鼻を鳴らしたアラタはそのまま僕の膝の上に頭を載せて眠る態勢に入ってしまった。今日はこのまま寮へ戻らせてくれそうにないな、となだれ込んだアラタを見て溜息をつく。
いくら眠るにしてもソファーは狭いよ、と不満げな表情を浮かべたままのアラタをなだめすかして寝室に連れていき、部屋の明かりを絞った。抱きついてくるアラタを寝台の上に寝かせ、シーツと掛布の間に足を滑り込ますと、ひんやりとした感覚が全身に広がった。
アラタは僕がヴォルデモートを甘やかし過ぎていると言うけれど、アラタだって十分僕に甘やかされていると思う。
枕に顔をうずめたアラタの額に軽く接吻を落とすと、寝台に身体を預けて目を閉じた。
お人形さん達がお人形さんを愛でる。